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7.振り回しちゃっても憧れの従兄

 ユウトはその鉄の扉を見ながら言った。


「エリ、あの扉を開けてくれない?」

「えっ? いいけど……」

「ただし、扉を開けた直後に飛び退くこと」


 エリはユウトの指示を疑問に思いながら、扉に手をかける。

 ガチャリ、と音がして鉄の扉が動いた。そこから奥側へと大きく蹴破る形でエリは扉を白く美しい脚を伸ばして吹き飛ばし、同時にバックステップで2メートルほど距離を取った。


(あの素早いバックステップ一回であの距離か……)


 ユウトはその身体能力に驚きながら、扉の方を見る。

 扉の向こうには、敵はいなかった。同時にユウトは、何もない空間ではなくちゃんと建物があることに安心した。


「よし、大丈夫そうだね。それじゃ行こう」


 何事もなかったかのように歩き出すユウトに対して、エリは今の対応をさすがに疑問に思った。


「ユウ兄ぃ~、いくらなんでも慎重すぎない? 扉開ける度に一歩引くの?」

「初めての場所は慎重すぎるぐらいが丁度いいよ。盾ぐらいはずっと構えて扉を開けた方が無難かな?」

「そうかなあ……うーん、ユウ兄ぃが言うならそうなのかも?」


 まだ少し疑問に思いつつも、エリはユウトが言うならと自分を納得させてユウトについていく。

 しかし前を歩くユウトをほぼ真上から見下ろす形となり、自分がこの大きさなのにユウトに前衛を任せるのはおかしいと思い、エリは盾を構えながらユウトの前に出た。


 なので今は、エリがユウトを守るように前を歩き、ユウトが後ろについていく形となった。

 敵の攻撃を想定するのなら当然の隊列なのだが……ユウトはここで、その並びの問題にぶつかった。


(め、目のやり場に困るっ……!)


 ハリのあるショートパンツのお尻が、目の前で左右に揺れるのだ。

 見ないようにしようと思っても、すぐ足下にはすらりと長い美脚が見える。

 上には背中と、後ろから見ても見事に身体からはみ出している巨大な胸が、衣服の中で窮屈そうに揺れている。


 それともう一つ大きな問題があった。

 ユウトはエリを見ていなければ、すぐに置いていかれることに気がついた。

 歩幅があまりに違いすぎるのだ。ハービットンの自分の首から下全てぐらいの長さが、エリの脚の長さである。

 エリの一歩は、当然ながらユウトより遥かに大きい。結果、しっかりとエリの姿を目に焼き付けながら、小走りでついていかなければならなかった。

 健全な男子として、まるで大人の精神のまま幼稚園にまで戻されたような感覚……というよりそのものであり、ユウトは心の中で、エリの体をまじまじと見ることを謝りながらついていった。




 廊下を出た先は、大きな中庭があった。しかし正面の中庭は、瓦礫や穴が開いており、とても通れるような場所ではない。

 中庭をぐるりと囲むように廊下があり、左は瓦礫で埋まり、右のみ開いている。そちらが進み道だろう。


 その近くにゴブリンの死体があった。


「ユウ兄ぃ、行こう」

「……」


 ユウトはエリの顔を見ながら唇に人差し指を当て、剣を構える。

 急に雰囲気を変えたユウトに対してエリは疑問に思うも、ユウトはそれに構わずゴブリンの死体のところまで行く。


(……ユウ兄ぃ?)


 エリの困惑を余所に、ユウトは行動を開始した。

 ユウトは迷うことなくゴブリンの心臓めがけて、ショートソードを勢い良く両手で突き立てた!


「グゲエエエッ!」

「!」


 大声で断末魔を叫びながら、ユウトの剣に唾を飛ばして絶命するゴブリン。

 その姿を見て、エリはようやくユウトが何をやったかに気付いた。ゴブリンは、死んだふりをしていたのだ。


 エリが何も考えずに細い廊下まで進んでいたら、ユウトは音もなく後ろからゴブリンに殴られていただろう。

 ゴブリンの持つ木の棍棒は、エリにとっては胸までしか先端が届かないが、ユウト相手なら余裕で頭を強打できる。

 もしも正面から、先ほど戦っていたスケルトンのような対処に時間がかかる敵と前後同時に来ていたら、今頃ユウトは……そうなった時の想像は、エリにとってあまりに恐ろしいものだった。


 しかし相手の姑息な作戦を、ユウトは軽く一捻りした。

 鮮やかな手際、見事な看破だった。


「……ユウ兄ぃ、ここ初見なんだよね? どうして気付いたの?」

「ここからは、ハービットンの死体がない。つまりここまで来たのはエリと僕が初めてってわけだよね。だとすると、ここにプレイヤーと戦っていないはずのゴブリンの死体があるのはおかしいんだ」

「ほえぇ……」

「後は、まあ、慣れかな?」

「……な、慣れ……?」


 ユウトはエリの問いに対して、肩をすくめて答えた。


「こういう手合いは多いから慣れたよ。それに、仮に相手が本当に死体だったとして、別に刺したところで損はしないよね? だったら刺しておこうって。こういった部分でエリの分からないところは僕が全部カバーしていくから、そういうところは頼りにしてくれていいよ」


 エリは、さらりと言ってのけた従兄の姿に対して……体中からぞくぞくと何かが上ってくる感覚に襲われた。

 それは、可愛らしい見た目の子供が、自分より圧倒的に優れた知識と洞察力を持っていたことに対する、所謂『ギャップ萌え』の一種のときめきが快感に変換されたものではあったものの。

 一番はユウトの『頼りにしてくれていいよ』の格好良さに、単純に嬉しくてたまらなくなったのだ。




 自分に言い聞かせるように、ユウトは日本一、ユウトはかっこいい、とずっと思っていたが、本当にユウトはエリの想像を超えてかっこよかった。

 ——それが、エリを暴走させてしまった。


「ユウ兄ぃ、かっこいい……!」

「え? ……うわっ!」


 エリはたまらず、ユウトを抱きしめる。敵意なく急に迫ってきた従妹の体に、ユウトは反応できない。

 ユウトの体は、そのエリの腕の中……というよりむしろ胸の中に包まれることとなった。


「もぉ~っ、今のは良すぎだよぉ! こんなに可愛いのに頼りになるなんて、やっぱりユウ兄ぃは私のユウ兄ぃだぁ!」


 そんなことを言って当の『かっこいい従兄』を胸の間にホールドしながら、ぐるぐるとその場で軽々と振り回す従妹。

 ユウトは何が起こったか一瞬分からなかったが、顔面に広がる柔らかさと暖かさ、甘酸っぱくもどこか野性的な匂いが何であるか把握すると、すぐに状況を把握して、必死に背中をタップする。


 エリは自分のやっていることに気がついて、慌ててユウトを解放する。


「ご、ごめんっ! あ、えと、大丈夫だった……?」

「大丈夫かどうかと言われると……多分大丈夫……だと思います……」

「なんか他人行儀っ!?」

「いえ、お気になさらず……」


 未だにパニック状態にあるユウトは、返事するのもいっぱいいっぱいだった。


(今日の昼に飛びつかれた時は普通だったのに、それでもちょっとドキドキしたっていうのに……今のエリが、こ、こんなに、すごい、なんて……!)


 もともと四親等のエリが無防備にくっついてくることでさえ、女性として意識しないようにするのは既に一昨年ら辺りから難しかった。それでも朝永家のご両親の信頼を裏切れないと、家族として実の妹のように接していた。


 エリは背丈がいくら成長しても、胸だけは成長しなかった。

 だから背中から抱きつかれたりしても踏みとどまれた。

 しかし、今のエリの体に色気を感じずにいるのは到底無理な話だった。




 ただ……そう思う中でも、さっきのエリがあれだけ喜んだ自分の知識と経験。それらがエリのために役立つことに気付き、自分がただのお荷物にはならなさそうだということにユウトがほっとしていたのも事実だった。


「ほ、ほんとにごめんなさい……怒って、ない?」


 そのエリは、今度は高い背丈を丸く屈めて、本気で申し訳なさそうに上目遣いになっていた。


「元々怒ってはいないよ、いきなりで驚き過ぎちゃっただけだから」


 ユウトは再びタメ語を意識して返す。そのいつもの様子を見て、「よかったぁ〜」と心底ほっとしたような顔をするエリ。

 どんなに大きく強くなっても、年下の女の子なのだ。ユウトは自分の感情を完全に制御しきれないことを自覚しつつも、自分を素直に慕ってくれる最強従妹のことを、出来る限り全力でサポートしていこうと思うのだった。

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