31.ユウトとエリは、ジュライミストを離れる
「そうですか、もう行ってしまわれるのですね」
サラセナが、ユウトとエリを見て切なげな表情をする。
ユウトは頷き、エリは少し目を潤ませている。
「あ、あのっ!」
「エリさん……」
「えっと、えっと……!」
エリは何かを言いたかったが、何を言えばいいか頭の中でまとまらなかった。
頭二つ分ほど高い身の丈は猫背で、上目がちにおずおずと、手を差し出す。
その姿を見て、少しおかしそうに笑ったサラセナは、エリの手を両手で握って自分の近くまで持ってきた。
「あっ……」
「ふふ、エリさんは私たちジュライミストの救世主なんですよ? なんでもおっしゃってくださいな」
「いえ、あの、はい……ありがとうございます。私、短い間でもお世話になった皆さんのこと、忘れませんから」
その返事に嬉しそうに笑って頷いたサラセナを見て、エリもようやく頬を緩めて手を離す。
そろそろいいだろうかと、村の出口の方へと向かったユウトの前に出てきたのは、シャティナであった。
緊張した面持ちで、こちらはユウトより遙かに高い目線からユウトを見下ろす。
「えっ、と……シャティナ?」
「……」
シャティナは、無言でユウトと目を合わせると——次の瞬間、勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい」
「え?」
「……い、いきなりで困るわよね。でも聞いてほしいの。……その……」
先ほどのエリのように、うまく言いたいことを言葉に出せない様子で、少しずつ単語を選んで声に出す。
「私、最初はユウトのこと、どんなにエリが言っても絶対大したことないヤツだって思って、詐欺師か何かが、優秀な亜人を騙してるんだって、そんなふうに思って、いたの」
「それは……仕方ないと思うよ」
「仕方なくないわ。だってあなたは、証明してみせた。エリがいなくても、グレーターデーモン一体程度は一人でも余裕で倒せること、やってみせたもの。……私は、とても一人じゃ、何もできなかった……」
それは、ずっと下に見ていた相手がずっと先を行っていたことへの葛藤と、それによって救われたことへの感謝を綯い交ぜにした、複雑な感情だった。
しかし一番大きいのは、そんなふうに思ってしまう自分の申し訳なさであった。
「エリの言ったとおりだった。この集落……いいえ、狼の連中も、狐の連中も、そして私たちエルフも……ユウトが一番優秀なんだって、見抜けなかった。見抜いていたのは、一番優秀だと思っていたエリだけだった。そういう意味じゃ、確かにエリは見る目が一番優秀だったのね」
「シャティナ……」
「ううん、同情しないで。これは私が未熟だったのが悪いんだもの。……隣に立っているのが私じゃないことが……少し……悔しいけど、ね……」
複雑な内面を押し隠すように顔を伏せるシャティナに対して、これに一番申し訳ない気持ちになっていたのは、エリだった。
ユウトもエリも、転生者である。エリは最初から柳葉ユウトの能力が『ブラッディー・ブラックバーン日本一』という事実を知っているので、別にエリの審美眼が優れているわけではないのだ。
もちろんその気持ちをユウトは察して、頭を掻きながら笑う。
「エリと僕は、長いからね。最初はエリだって、僕がどれぐらいの能力か分からなかったし、僕もエリの能力がどこまですごいかなんて知らなかったよ。シャティナもきっと、いいパートナーが見つかるよ」
「……そう、かな」
「そうだよ。シャティナの弓は、本当にいい腕だと思うから。それこそ、エリのために後衛として頑張りたい僕からしたら羨ましいぐらい、サラセナ様の大弓を扱う世界が視野に入ってる身体だもの」
「……ユウト……そう、そうね」
シャティナは、自分の泣き言が、この小さな身体でショートソードを振るうユウトにとってとても失礼なことであることに気づいた。
ユウトは頭がいい。エリに前衛を任せればいいことぐらい分かっているし、エリのためには後衛に回った方がいいことぐらいも分かっている。
だけど、一番役に立てる族長の大弓なんて、体格がなければとても扱えないのだ。
シャティナには、出来る道のりがある。
ユウトには、やりたくても道そのものがない。
彼には族長の持つ2メートルの巨大強弓を、その体格で扱えるようになる未来が最初から用意されてないのだ。
それでも、彼は出来ることがたくさんある。あのグレーターデーモンを倒した剣の腕すらオマケというぐらいに、戦闘指揮は見事なものであった。
そんな彼だから、エリの隣に立てるのだろう。
————これは能力ではない、『絶対にエリの隣に立つ』という心持ちの問題だとシャティナはようやく理解した。
「ありがとう。最後に素晴らしい薫陶をもらえたと思う。あなたたちのこと、忘れないわ。忘れようと思っても、こんな珍しいコンビ、忘れられそうにないけど」
「そりゃ光栄だね。僕もシャティナに世話になったこと、忘れないよ」
ユウトが最後の挨拶を終えて、集落から出る。
エリは振り返り、後ろ向きに歩きながら大きく両腕を振って。
ユウトは振り返り、小さく胸の前で手を振るように。
ジュライミストを抜ける直前。
エリの目の前に、銀の閃が一筋。
「——ッ!?」
キィン! という音とともに、エリの手にある槍は相手の剣を吹き飛ばしていた。
そして穂先は……アグロウスの首で寸止めされている。
「……見事じゃ」
「アグロウスさん!」
先ほど、会えなかった人。
アグロウスは、エリを待ち構えていたのだ。
「試すようなまねをしてすまん。しかしまさかここまで、儂の剣技を吸収しとるとはのお……! まこと素晴らしい!」
「もちろん、ずーっと寝るときも頭の中でうまくいく姿を想像していましたから! どんなシチュエーションでも、戦えます!」
「なんと勤勉で向上心の素晴らしいことか!」
二人の会話を見ながら、ユウトはぼんやりと思う。
(グレーターデーモン九体って早すぎると思ったけど、なんてことはない、エリがゲームモーションの限界を超えて自由に動けるから、ただひたすら単純に……僕の従妹が強すぎただけだね……)
ユウトもアグロウスと一言二言交わして、森の外で手を振って分かれた。
隣を歩く、大きな美女を見上げながら魔法の杖を出すユウト。
その視線を感じて振り返り、微笑みながら首を傾げるエリ。
「今度は、もーちょっと僕も、エリに任せすぎないよう役に立ってみせるからね」
「だから何度も言ってるけど、ユウトは既に活躍しすぎだからね? むしろ私が頭を使う役にも立たないとフェアじゃないぐらいだからね?」
「そうかな?」
「そうだよっ」
そんないつもどおりのやりとりをやって、二人はお互いに笑い合った。
どんなに能力が上がっても、どんなに活躍しても、お互いが相手の方が凄いと思っているのだ。
あらゆる意味であべこべな似たもの同士は、どこまでも楽しそうに、おかしそうに、笑っている。
「おっと、魔物だね」
「よーし! がんばるぞーっ!」
「って、わっぷ……!」
「えっへへー、早い者勝ち!」
そしてこれまたいつもどおり、二人っきりとなったエリはユウトを胸に抱えて、あらゆる意味で自分を圧倒する年下の女の子に顔を赤くするのだった。
魔物との遭遇ですら、二人にとっては幸せな日常の一ページである。
ユウトとエリの旅は、まだまだ続いていく。
これにて二章終了です!
ちょっと現在この作品は展開練り直し中です……! お待ちくださいませ!
また、更新再開して年内コミカライズも決まったもう一作品も、是非読んでくださいませ!
『きゅうけいさんは休憩したい!』
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