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23.シャティナは、ユウトを見る

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 グレーターデーモン。強敵との戦い。

 各族長が集まる中で、戦いの前には『自分はどこまで通用するだろう』と緊張した面持ちになっている者がいた。

 シャティナである。


 そのシャティナが、今目の前で倒れたグレーターデーモンを見ながら、呆然としていた。


(こんなに、簡単に……!?)


 光になって消えるという、転生したゲームユーザー以外から見たら、明らかにこの世界の生物の理から外れた超常の魔族。初めてのボス魔族討伐の瞬間。

 その手応えに打ち震える前に、すぐ近くから声がかかる。


「すごいね、シャティナ。もう一体の方も狙ってもらえ……って、大丈夫?」

「——えっ!? え、ええもちろん」

「じゃあ、もう一体、左の方にだけ矢を当てて」

「わかったわ」


 そう、彼の名はユウト。

 この近くに来てから、ずっとずっと、侮り続けていたハービットンの、いかにも弱そうな女男である。


 ユウトの指示通り、矢で一匹のグレーターデーモンを釣る。するとその相手を見て、ウルフヒュムの筋骨隆々とした肩を回して、ガイアが近づいていく。

 それからぐるりと横に回る形で、相手の攻撃を誘いながらも攻撃をする。

 その横っ腹へ、シャティナの上司であり教師であるハイエルフのサラセナによる、地面に置いて構えた巨大弓から放たれた矢が突き刺さった。


『グオオォォォ!』

「ヒューッ、味方に回すと頼もしいことこの上ないな!」


 その攻撃を受けてグレーターデーモンが振り返ると、サラセナの方を向いたタイミングで顔面が爆発した。

 攻撃は、魔術師として群を抜くフォックスヒュムのヤルクのもの。強力な魔法がクリーンヒットしたところへ、意識を逸らされたグレーターデーモンは二人を向く。

 しかしの背中には、大剣を両手持ちしたガイアがいた。隙だらけになった背中に必殺の一撃が決まり、グレーターデーモンの肉を大きく削っていく。


 シャティナはもう一体釣っていた。そちらの方は、アグロウスが力強く剣を振るって圧倒しながら、フォックスヒュムのユンがサポートする形になっている。


 つい先日まであわや一触即発という状況だったとは思えないほどの、三種族揃っての見事な連携。

 しかしその連携がうまくいっているのも、シャティナを含めて一人の指示によるものであった。


「ルーチンワークができあがったね。シャティナが静かに一匹ずつ相手を釣り出せる腕でよかった、おかげで一斉に来る気配はないからね」

「そりゃいいんだけど、でも、ちょうど三体目が来たわよ!?」

「うんうん。それじゃあもう指示は必要なさそうだし、一体は僕が対処するね」


 シャティナは意味が分からなかった。

 確かにユウトは、今さっき『僕が対処する』と言ってのけた。言っている言葉は分かるが、理解ができない。

 あのハービットンが、族長達が囲んでいる魔族を、一人で相手にする?


 そして当のユウトは、グレーターデーモンの正面に立つと、ショートソードを片手で持ってユウトを見るグレーターデーモンと目を合わせた。


(エリのおかげでレベルが高くなったから、ショートソードも軽い軽い。こいつも再走する度に倒さなくちゃいけないから、本当に見慣れたよなあ)


 武器を構えたグレーターデーモンを見て、ユウトは盾を()()()


「エリに尊敬の目を向けられるような僕であるためには、この程度の敵はハービットンであっても余裕で完封できて、ようやく及第点ってところかな」


 シャティナ以外の者が聞いても空耳かと疑うような言葉を呟いた瞬間、グレーターデーモンがその大きな斧を振り下ろした。土煙が舞う中で……ユウトはぎりぎり躱しながら、手首に切り傷を負わせていた。


「ダメージあり。意外と回避ステップも余裕があるし、エリ様々だね。ボス戦とレベリングでヒモ男子状態を脱却できそうで一安心だよ」


 なんとも朗らかに笑いながら、グレーターデーモンの大斧の、構えの溜めを含んだ突き攻撃を難なく回避する。

 その顔は、涼しげだ。


 ――柳葉ユウトは、RTA走者である。

 しかし彼は、片手間に遊んで日本一になった、という存在ではない。

 攻略順序をしっかり計画して、その上で技術を磨いてきた。


 それでも簡単には、クリアまでいかない。

 新記録が出なければ意味がないので、タイムに影響の出る失敗の度に、データを消して最初からやり直していた。

 攻略しづらい場所で失敗してやり直す、簡単なところで油断してやり直す、中盤のアイテムドロップの悪さでやり直す、ラスボス相手にやり直して悲鳴を上げる……等々。


 それら全てのプレイ……もう少し踏み込んで言うと、『全てのゲームの通しプレイ』に共通するのが『序盤のボスは、倒す回数が多くなる』という必然だ。

 だから、最初のボスは当然、飽きるぐらい倒す。

 それが、ユウトにとってのグレーターデーモンである。


(単調だなあ。まあ弱いから、こういう後半マップで急にホブゴブリンみたいな中ボス的ザコとして使い回されちゃったんだろうけど。本当に転生したこの世界でもワンパターンだよグレーターデーモン。ま、ありがたいけどね)


 考えながらも、次は相手の腕が右上に持ち上がったところを見て、ふふっと笑いながら敵が攻撃する寸前に、左に回避。そして避けた瞬間には、脚を切りつけている。

 RTAでは序盤で強い装備を回収してしまうので、こうやって時間をかけて回避しながら倒すのも少し懐かしく思い、最初の頃のプレイを思い出して穏やかに笑う。


 既に五体目のグレーターデーモンを仕留めていたサラセナ達は、すっかりユウトの戦いに見入っていた。


「……おかしいですね、私の目には、ハービットンがグレーターデーモンを圧倒している姿が見えます。視力は落ちていないはずなんですが……」

「……アンタの視力がおかしいなら、俺の視力も完全におかしいな。自分の目に自信がなくなってきたぜ」

「儂はすっかり老眼じゃのう……。どう見ても、気を奮い立たせるために笑ってるわけではなく、片手間に遊んでいるような、穏やかで楽しげな笑顔に見えるんじゃが……」

「老眼は遠方大丈夫だろーが……で、アンタは助けに入らねえのか?」

「必要ないというより、邪魔になりそうな気がするぞい……」


 皆が会話をしながらユウトを見ている中で、ヤルクは落ち着いていた。


「でも皆さん、彼ならあれぐらいやりそうな、そんな気はしていたのではないですか?」

「お主はしていたのかのう?」

「……ちょっと、いえ、大幅に上方修正する必要はありますが、ね……」


 さっきまで会話していた三人も、押し黙って唸り、ユウトに視線を向けた。

 ハービットンの攻撃が、何度目か分からないクリーンヒットでグレーターデーモンの身体から大きな流血を引き出す。

 振り返ろうとしたところで、グレーターデーモンは自身の流血量に、ついにふらついたと思った瞬間に、光って消えた。

 あまりにもあっけない幕切れだった。


 そのグレーターデーモンが消えた瞬間、サラセナ達の視線の延長線上に、ちょうどエリが戻ってきていた。


「……ゆ、ユウト、今まさか戦ってた?」

「そだね。エリのおかげでレベル高いし、あんまり達成感とかないかな? あ、攻撃は全く当たってないから安心してね」


 エリはそんなユウトを見て、身体の奥からぞくぞくを背中を駆け上る快感に身を震わせた。

 さっきまでエリ自身がグレーターデーモンと戦っていただけあって、その攻撃の迫力は目の前で見ていたのだ。

 それをユウトは圧倒してみせたのだ。しかも、この姿で。


(私の従兄が強すぎる……ていうか何やってもちょーかっこよすぎる最高か……最高だったわ)


「そっちは?」

「え!? え、ええっとぉ……九体、かな? 倒したよ。【サーチ】にはもう何も映ってないから、全部だといいなあ」

「もう九体も! すごいね。さすがエリだよ!」

「……いやどう考えても今のはユウトの方がすごいからね!?」


 ユウトはいつものような会話だなあと笑って、サラセナ達の方を振り返った。

 ずいぶん前に戦いは終わっていて、手助けにも入らず見ているだけであったことがばれて、おしゃべりしていた三人はすっかりハービットンの少年に萎縮する。

 そんな皆をヤルクが朗らかに笑って見ながら、ユウトの前に出てきた。


「こちらは五体、ユウトさんが一体。これで全部倒したのではないんですか?」

「もう五体も倒してくれたのですね、ありがとうございます」

「お安い御用です、こちらこそ、指示をいただきありがとうございました」

「それではサラセナ様、一旦ジュライミストに戻りましょう。脅威ではなくても、小さい魔族がまだいるかもしれません」

「ええ、そうですね」


 そうして全てのグレーターデーモンを倒し終えたメンバーは、村へと帰る。

 帰路につく臨時パーティーの並びの中で、シャティナは一番後ろからついていっていた。

 シャティナの様子を見て、アグロウスが後ろに回ってシャティナに並ぶ。


「……アグロウス様」

「なんじゃ?」


 シャティナは、いつの間にかエリに抱きしめられているユウトの姿を見ながら呟いた。


「ずっと私は、ユウトの実力を疑っていたんです。……ほんっと、自分で嫌になるぐらい節穴でしたね……」

「ほほほ、精進するとええ。……といいたいところじゃが、ユウト殿のこととなると、儂もサラセナも当然失格じゃのう……あれは想像以上すぎたわい……」


 それは、自信のなかったシャティナにとっては、何よりも慰めになった。

 ずっともやもやしていた胸のつかえがとれたと同時に、ユウトを早い段階で捕まえたエリのことを、少し羨ましく感じていた。


 それは、本人にも認知できないほどの、恋未満の好意。

 シャティナの頬を、森を通ってきた春の風が優しく撫でた。

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