17.ユウトはガイアに証明する
エリがガイアを無力化したところで、ユウトはエリの隣に立つ。
その姿を、ガイアが忌々しげに睨み付ける。
ガイアにとって、ウルフヒュムにとって、力こそが全て。
だからユウトのような相手は、憎悪の対象となる。
「お前が『謀略』で俺らをはめやがったヤツだな……!」
「そうですね。でもこれに関しては、二回目の襲撃で既に緊張感を失っていたそっちが悪いですよ」
「言うじゃねえか……!」
そして立ち上がろうとしたところを、エリが片手で押さえ込む。
「交渉に来たんです、私は頭踏んだりとかする趣味ないので、ちゃんと聞いてください」
「っ! お、お前、俺らと同じ亜人だろう! なんでこんな弱そうなヤツに従ってるんだよ!」
「いやだって、ユウトと組んでると勝てますし? 実際勝ってますし?」
エリは余裕そうに、肩をすくめる。
ガイアにとっては争いとは力を競うことであり、それこそが最大の娯楽であり生きる目的と考えている。
さながらオリンピックでタイムを競うぐらいの感覚で、戦いを仕掛けているのだ。
もちろん襲撃される側にはたまったものではない。
「ううん……できればそこまで時間をかけたくないんですが。えっと、そうだ、後ろのウルフヒュムの……そう、あなた」
「……ん? 俺か?」
「あなたは剣でしたよね、僕に襲いかかってみてください」
目の前の飄々としたハービットンに急にそんなことを言われて一瞬困惑したが、煽られていると気づいて目を細めた。
「……後悔するなよ」
そして剣を構えると、無言で斬りかかった。
ユウトはそれを、ギリギリで躱す。
「ユウトっ!?」
「大丈夫」
その余裕そうな返事も気に入らなかったのか、剣を両手で持って大きく踏み込んで斬りかかるウルフヒュム。
ユウトはそれに対して……前方に出た。
「うっ!」
ユウトは、ウルフヒュムの腹部に右手を当てた。
それは、決着の合図。ユウトが短剣を持っていたら、命はない。
そのお腹を軽くぽんぽんと叩くと、ウルフヒュムは座り込んで呆然とユウトを見上げた。
「次、あなたは槍を持っていますね。どうぞ」
「てめ……うおおおっ!」
次にユウトが指名したウルフヒュムの野性的な女は、激昂しながら槍を振りかぶる。
刺されば危険な一撃だが、ユウトは再び前方に出て、左腕を伸ばし——一瞬で円盾を出して相手の腕を払う。
そのままユウトは、女性のお腹に手を触れる。
「え、あれ」
「僕はね、見ての通り【インベントリ】を……えーっと、もうエリほどじゃないけど、使いこなせるんだよ。右手はいろんな武器も出せるし」
「あ……」
「勝った者が強いのならば、僕の方が強いよね?」
ウルフヒュムの女は、右手から槍を取り落として両手を挙げた。
ユウトはその右手を離さずに、ガイアの方へと向く。
その力を持たずに争いを避けるはずのハービットンの姿は、ウルフヒュムの皆にとっても見慣れないものであり、さすがのガイアも雰囲気に飲まれていた。
「ガイアさんが羨ましいですよ。僕だって、エリと背中合わせで戦ったりするだけの身体が……そう、ちょうどあなたぐらいの身体が欲しい。でもね、僕じゃいくら技術があっても駄目なんです。エリに全部任せる方がうまくいくって分かっているから」
ユウトの独白を聞きながら、エリは切なげに顔を伏せていた。
身体さえ大きければ、このフェンリルの肉体とレベルがあれば……間違いなく自分より強い。エリはユウトの戦いぶりを見て余計に感じた。
「でもね——」
ユウトは、ウルフヒュムの女から手を離してガイアの方へと歩み寄る。
「——これでもエリの横に立って戦うぐらいの力は、ちゃんとあるつもりですよ」
ガイアの厳つい顔が、驚きに瞠目する。
そして目を閉じると、少しずつ方を揺らし始めた。
「ふふ、ふふふ……なるほど、こいつは強いな……」
ガイアは座り込んだまま、自分の両膝を勢いよく叩いた。
実際に力を証明されて、ようやく聞く気になったようだ。
「ハービットンの連中は面白くないと思っていたが、お前は別だ、わけわかんねえぐらい面白え! 気に入った! いいだろう、ユウトといったな? あんたが聞きたいことなら聞こう、言ってみな」
「ああ、よかった……。それでは質問です。『遺跡の解錠石』というものを……持っていませんよね?」
ユウトの言葉に、この中で一番驚いたのはエリだった。
出発前にある程度の会話を理解していたため、進行のために必要なアイテム、『ジュライミスト』にあるはずの解錠石がないからここにあると踏んでやってきたのではなかったのか。
遺跡から魔物が現れたりしたタイミングで、ウルフヒュムの襲撃があった。
それはウルフヒュムが解錠石で魔物を出して、討伐のために二人が出たタイミングで集落を襲ったからだということ。
ユウトはエリの表情を見て、首を横に振った。
「エリ、僕も最初は持ってると思ってたんだけど……それは『謀略』なんだよね」
「あっ……!?」
エリも、気づいた。
搦め手狙いが嫌いなウルフヒュムが、よりにもよってエリが不在のところを狙って長のサラセナを襲うようなことを許すだろうか。
答えは、否である。
「いせきの、かいじょう……? いや、俺は知らねえな。おい! 他に知ってるヤツいるか!?」
ガイアの問いかけに、周りで見ていたウルフヒュム達も首を横に振る。
「やっぱり、そうですよね。ここで僕が聞きたいのは……そもそもウルフヒュムはどうしてエルフの里を襲うのかってことですよ」
「そりゃおめえ、強いからだよ。勝てるまで攻めてこその俺らだ」
「ちょっと聞き方が悪かったですかね。エルフが強いという情報は、どこからもらったものかということを聞きたいのです」
今度はガイアも質問の意図を理解して、腕を組む。
そして言葉を出そうとした寸前で……目を見開いた。
その大きな拳が強く握られる。
「そうか……お前、そういうことか」
「多分そういうことなんだと思います」
二人の会話を聞いて、エリは「え?」と困惑気味に二人を見る。
しかしユウトは、理解したように頷き、話を促した。
「エルフが強いと持ちかけてきたのは、フォックスヒュムの連中だ。どうやら『謀略』を使ってきたヤツがちゃんといたらしい」
それは、この一連の騒動の黒幕への大きな一歩だった。