16.エリはウルフヒュムを圧倒する
見張りが次から次へとやってくる……かと思われたが、ちらほら一人ずつしか来ないのをエリは【サーチ】で感じ取っていた。
当然どこから来るか分かりきっているエリにとって、やる気のない戦士が一人ずつやってきたところで相手になるわけがない。
頭を一撃殴られて、即気絶だ。ちなみに殴った後には【スリープ】と【ヒールライト】を使っている。
読んで字のごとく、スリープは睡眠魔法である。ゲーム中では隣接した敵にしか使えない、縛りプレイでもないとあまり出番のない魔法である。
しかしこういう時には、便利な魔法であった。
その魔法のコンビネーションで、エリは次から次へと相手を無力化していく。
ユウトは成果に満足そうに、エリの後ろをついていくのみだ。
そうして計五人ほどが倒れたところで、エリは野営地の動きがなくなったことに気づいた。
全部、ジュライミスト側にしかないのだ。
「ほんとにうまくいった……」
「正直計画した僕でも、ここまでうまくいくと気持ちいいね……もうちょっと警戒するかなって思ってたけど、全然そんなことなかったみたい」
エリは、先ほどユウトに『狼少年』にまつわる話の考察を話した。
その回答にユウトが正解と言ったため、エリは今何が起こっているかを把握していた。
「狼少年って、羊飼いの少年の羊が狼に食べられるか、狼に喰われたところで終わっちゃうんだよね」
「うん」
狼少年は、嘘をつき続けていると信用されなくなる、という単純な話である。
しかしこの話には『少年が嘘をつき続けていたから』が行われた原因なのに対して、その作用が結果を引き起こした事象もある。
それは『村人が少年の話を信じなくなった』イコール『ドッキリに慣れた』ということだ。
「だから、あの村はあの後どうなるかなって思うんだ。少年以外の人が狼が来たと言っても、恐らく完全に新鮮な状態でその報告を聞けないし、狼というのは『一匹狼』という言葉が特別な個体を指すように、普通は集団で襲ってくる。あと人間の味とか覚えちゃうし」
「……ゴクリ」
「だから――」
――狼少年の村、あの後滅ぶんじゃないかなあ。
エリは、自分の下腹部までしか背丈のないユウトの小さな背中が、急に巨大なものになったかのような錯覚を覚えた。
(すごい……ユウトはすごいって分かってるけど、今回のこれゲームの攻略情報とか全く関係なくすごいよね?)
いつもすごいすごいと思いながら従兄を見ているエリでさえ、今日ばかりは本気で驚いていた。
朝永エリは、親戚の従兄であるユウトの家へと毎年遊びに行っている。
しかしいくら昔の憧れのお兄ちゃんで幼なじみだといっても、何年もその気持ちが続くということはまずない。
それでもエリが、ユウトに惹かれていた理由がこの、会話するたびに頭の回転の速さを感じる考え方だ。
ただの二つ年上というのなら、部活に入れば先輩として必ず出くわす。
しかしエリは、そのどんな先輩よりも夏休みの度に毎年会うユウトが、いつも一歩進んだ人に見えた。いつもアドバイスをもらって、困ったときは嫌な顔一つせず必ず助けてくれる。
ユウトが解決できない問題は一つとしてなく、また解決が不要な愚痴は共感しながら聞いてくれるのが、柳葉ユウトという頼れるいとこのお兄ちゃんである。
片思いの相手が変わったことは、一度としてなかった。
そしてお互いの身長が完全に入れ替わった今となっても、ユウトの背中はやはり『一歩進んだ人』の背中だったのだ。
だから。
「ユウト」
「ん?」
「もう残りのウルフヒュムはジュライミスト側だけ。テントにガイアは一人みたいだし、ここで先にガイアを組み伏せれば勝ちなんだよね」
「そういうことだね。それじゃあ……えっと、お願いできる?」
そのユウトが何度も自分を頼ってくれるという今のシチュエーションを、何よりも幸せに思うのだ。
「余裕だよ。戦いに関しては、どんどん頼ってね」
エリがテントに向かって突入する。
その瞬間ガイアは立ち上がり、エリが槍で襲いかかってきたかと思い剣で受けようとする。
そこでエリは……ジャンプ中に槍で叩き付ける動作のまま、なんとインベントリに槍を入れ、攻撃モーション途中で大槌に変えてみせたのだ。
これには後ろで見ていたユウトも驚いた。
ゲームプレイヤーのユウトでは到底思いつかない、エリの天賦の才とでもいうべきセンスの成せる技。ゲームでは操作コマンドにないため発想しづらい、圧倒的な柔軟さと技術による一撃である。
同時にそのインベントリの超高速操作にも驚き、エリが完全にインベントリの扱いに関しては自分を抜いたことを悟った。
「ぐおおっ……!」
ガイアはサラセナと相打ちになり、片手は使えない状態である。だからエリの大槌ジャンプ両手攻撃を片手で受けなくてはいけないわけで、当然のことながら全く力が足らずに、頭にほぼ無防御の一撃をもらった。
頭を打たれた瞬間、剣を取り落とし膝を突いて、視線をふらつかせるガイア。
しかしさすがは戦闘種族の族長、すぐに復帰してきた――が、その数秒はあまりに致命的すぎたのだ。
ガイアが気がついた瞬間には、もうエリの槍が首元に突きつけられていた。
「これで、私が二回勝ちました。……少しお話したいので、一旦降伏してくれませんか? 私は別に命を取りに襲いに来たってわけじゃありませんから」
ガイアは、襲撃を目視してようやくテントに慌てて駆け込んできたウルフヒュムの仲間達の前で、絞り出すような声で「わかった……」と言う以外の選択肢はなかった。