13.ユウトとエリの、ジュライミストの夜
「ユウト、次は何をすればいい?」
エリは、自信に満ちたユウトの表情を見て迷いなく尋ねる。
「まずは、ウルフヒュムのガイアへ聞きたいことがあるんだ」
「……ん? えっ? 相手のウルフヒュムに直接会いに行くってこと?」
「そうだよ」
ユウトが選択したのは、まさかの相手のボスへの接触だった。
「とにかく、ここに遺跡へ入るための道具がないのなら、こちらに協力していても解決するとは限らない」
「……で、でもでも、困っているなら助けないと」
「そりゃあそうなんだけどね。でも僕たちは、ここに永住するわけじゃないでしょ?」
「そ、それは……」
ユウトの正論に、エリは口をつぐむ。
いくら感情移入したといっても、この世界の住人はゲームの世界か、ゲームの世界観である異世界の住人なのだ。
ここの人たちの気持ちを考えて、柳葉家と朝永家の家族のことを諦める、なんていう選択肢はありえない。
しかし、それでもエリは気にかけずにいることなんてできなかった。
もちろんそんなエリの気持ちも、ユウトはちゃんと分かっている。
だから座り込んで困っているエリの頭を、ぽんぽんと撫でる。
「……ふぇっ!?」
「確かに最初は、エルフに協力して『遺跡の解錠石』を貰うつもりでいたよ。でもこれがウルフヒュムが解錠石を持っていたとして、別にウルフヒュムの方に協力して解錠石を貰うというわけではないんだ」
「え、え?」
協力したからアイテムを貰う。
だから、相手がアイテムを持っているから協力するのかと思ったが、ユウトはそうではないと言うのだ。
エリにはその理由がさっぱり思いつかなかった。
「一応それに関わる会話をするけど、もしもウルフヒュムが襲ってくるようなことがあったら、その時はエリに守ってほしいんだ。全員気絶させるのは最終手段になるけど……お願いできるかな?」
「も、もちろん! そういうときは、どーんと頼って!」
エリは自分の望んでいたユウトの要望に笑顔で応え、ユウトもエリが笑顔になったことで笑顔になる。
ちょうどそのとき、部屋の扉がノックされた。
「もうそろそろいい時間じゃが、夕食でもどうかの?」
「はい、是非に」
それから二人は、アグロウスとサラセナとともに夕食を食べた。
エルフの村の料理は野菜と豆中心だったが、ハーブで煮込んだ料理の数々はむしろ肉よりも腹持ちのいいもので、二人はすぐに気に入った。
ちなみにエリは、ユウトの五倍は食べた。
夜、エリは部屋の布団を見る。
それなりに厚い毛布であり、床にも編み込まれたマットのようなものの上に皮が使われている。それが、二セット。
野性的であるが、十分にくつろげるような就寝場所であった。
更には、二人で使えるぐらいに大きいクッションのようなものまである。
エリはその転移してきてから一番家に近い環境を見て、喜……びはせず、複雑な表情をした。
「……ユウト。お願い、いいかな?」
「うん?」
エリは、その自宅で使っているような抱き枕代わりになるクッションを、横によける。
そして、ユウトの方へ振り向くと、正座をしてユウトを見る。
「ここでもずっと、その、私の抱き枕になってくれないかな?」
エリにとって、抱き枕のない就寝はありえないというぐらい、抱き枕は必須のアイテムである。
その代わりになるものが就寝場所にあるのだから、本来ならば歓迎することであった。
しかし、エリは覚えてしまった。
ユウトを。
ハービットンのユウトに腕を回してもらって眠る、あの感触を覚えてしまった。
だからもう、普通の抱き枕には戻れないのだ。
それに対してユウトは、顔を赤くしながらも頷いた。
「い、いいよ」
「ほんとに? 代わりになりそうなクッションがあっても、私の抱き枕になってくれるの?」
「うん」
ユウトが返事をすると、エリはぱあっと花開いた表情をしながら「ありがとう……!」とつぶやき、ユウトを抱きしめる。
ユウトはエリに抱きしめられながらも別のことを考えていた。
(……そもそも僕の方が気持ちいいんだよね、これ。エリは……そのつもりはないだろうけど)
ユウトは、エリに抱きしめられたまま、体にかかる重力が動いたことに気づいた。
エリはどうやら、ユウトを抱いたまま横になったらしい。
そしてエリの胸から頭が抜け、腹筋に頬ずりするような形になる。
ここ最近すっかりおなじみとなった、オーガストフレムでの宿泊時と同じ、抱き枕の姿勢となった。
よっぽど疲れたのか、エリはすぐに眠気が襲ってきた。
「えへへ……おやすみ、ユウト……」
「うん、おやすみ……」
その姿と優しい手つきを感じつつ、ユウトはエリの腰にしがみついて眠る。
エリはそのユウトの感触をしっかりと頭に焼き付けながら、足を絡める。
(やっぱり、ユウトの細くて小さい腕にぎゅってされるの、しあわせぇ〜……)
そのエリにとって極上となる感触を堪能しながら、睡魔の世界へと意識と飛ばす。
やがて寝息しか聞こえなくなったので、ユウトもエリに包まれる感触に微睡む。
(……エリは、抱き枕なんていくらでもあるだろうけど……僕は、こんな有り得ないぐらいの長身で、何か市販品を買ってきても絶対体験できないレベルの……その、えっと……グラマーな抱擁を日常的に堪能させてもらって……家に戻ったら、一人で眠れるかなあ……)
抱き枕になる提案は、二回連続でエリからの提案であった。
しかし本当に気持ちいいと感じているのは、もしかするとエリよりも、ユウトの方かもしれない。
ユウトはぼんやりとエリに抱きしめられる感触に、抗えない多幸感を覚えつつ、エリと同じ眠りの世界へと落ちていった。
翌朝、ユウトはやはりジュライミストでも、エリの抱擁によって起きる。
寝ぼけ眼のエリは、ユウトを抱きしめながら「おはよ〜」と挨拶し、ユウトも挨拶を返す。
その後まだ寝ぼけている段階のエリは、やはり頭を撫でるのだ。
気恥ずかしくも、片腕で抱きしめられているユウトは動くことが出来ない。エリが起きるのを待つのみ。
そしてユウト自身、この時間も少し慣れてきたというか、恥ずかしさよりも幸せが勝るようになってきていた。
「んふふ……」
そしてエリはユウトをそばに置くと、いつものように頭を軽く撫でて、少しの間意識が覚醒するまで待つ。
朝に弱いエリを見ながら、ユウトは今日の計画を考える。
(まずは、誤解されないようにサラセナさんに話を合わせてもらおう。その上で、ウルフヒュムを騙す)
ふと、ユウトは昔の寓話を思い出した。
ずいぶん前に一度見たけど、印象深くてよく覚えているお話。
「……あっ、ユウトだ、おはよう〜」
「おはよう」
目も覚めたようで、すっかり元通りのエリとなっていた。
ユウトは今日のことで少し考え込むと、おかしそうにくすりと笑い、そんな姿を見てエリが首をかしげる。
「どうしたの? ユウト」
「今日とは限らないけど、今度の計画を考えていてね」
「今度の計画?」
ユウトはエリの方を見て、肩をすくめながら言った。
「狼人間に対して、狼少年になる、ってことだよ」