12.ユウトとエリは、お互いの背を追いかける
朝永エリは、今までになくおろおろしていた。
今の姿を見れば、ウルフヒュムの族長を余裕で退けた最強の女性だと思う人はいないだろう。
しかし、それも無理からぬこと。
サラセナとの会話を終えて、部屋に戻ったエリの目の前では……先ほどから声をかけても手のひらを黙ってこちらに向けるだけで、ずっと考え込んでいるユウトの姿。
この世界に転生してきてから、いつでも話しかけたら声が返ってきたユウト。その彼が、ずっと黙って俯いている。
そんなユウトの姿には、さしものエリでも声をかけることができなかった。
さすがにこのまま、黙って待っているのも気まずい。
だからといって、ユウトの邪魔をするなど論外。
エリは考えた結果邪魔にならないように、退室することにした。
「……えっと、私、出てるね……」
「――――あっ、うん、ごめん。その……怒ってるとかじゃないから。でもちょっと、今は一人で考えさせてほしい」
「……! うん、頑張って!」
「普段はエリに頼りっきりだから、せめて僕の分野は僕が頑張るよ」
返事が返ってこないことを覚悟して声をかけたが、ユウトはエリに怒ってないと伝えてくれた。
それだけで、エリの心の中には暖かいものが染み渡る。
その上で、やはりエリのことを認めながら、自分も頑張りたいと言っている。
(……きっと、ゲーム通りじゃないんだ)
エリにとっては、知識がない故の最強転生。
ユウトはその代わり、知識があるから最弱転生。
つまりユウトにとって、今回の問題はあまりにも不利な条件だ。
それでもエリは、ユウトを信じていた。
(いつだって、私のユウ兄ぃは問題を解決してくれた。知識だけじゃない、知恵も発想も常に私の先を行っていた)
だからエリは、自分の出来ることをしようと気合いを入れる。
隣の部屋のアグロウスの扉をノックすると、返事を聞いて部屋に入った。
ユウトは、放置状態にしてしまい、自分が声をかけるまで寂しそうな顔をしていたエリに対して申し訳なく思っていた。
それと同時に、なんとしてでもこの問題は自分が解決しなければならないと意気込んだ。
「……考えろ、考えろ……『遺跡の解錠石』は、どこにある……」
ここ、ジュライミストにおけるイベントは非常にシンプルである。
複数人のプレイヤー同士で戦うイベントであり、ジュライミストのエルフはこちら側のサポートメンバーだ。オフラインでは、NPCがジュライミストを襲撃する。
この討伐を繰り返すと、友好の証として遺跡の解錠石をもらうことができる。そこから、あの『ナスタレアの陵』へと入っていくのだ。
ボスは強いが、ザガルヴルゴスほどではない。エリなら問題なく倒せるだろうと判断して、ユウトは近場のここを攻略に来たわけであったが……。
「……鍵がなければ、直接降りるしかない。いや、エリが降りることが出来たとしても、戻ってこられないと意味がない。別の出入り口はなかったはず」
ユウトはそこで、ふと何か、ひっかかるものがあった。
(エリが戻ってこられない可能性……ってのは、もちろんジャンプが届かないということもあるだろうし、このゲームがジャンプで移動できるゲームではないことも考えられる)
ぼんやり考えていたところで、窓の外からエリの声が聞こえてきた。
あまり考えが煮詰まらないうちに袋小路に迷い込むのもよくないと思い、いったん考えるのをやめてユウトは窓から顔を出す。
「こうっ! ですか!?」
「そうじゃな。そして……こう!」
「よし。……やっ! やあっ!」
そこでは、エリがアグロウスに戦い方を教えてもらっていた。
ユウトにとって、何度か見たゲーム中の攻撃パターン。
アグロウスの武器は特殊武器で、その両手持ちには特殊モーション——つまり、アグロウスの武器専用の必殺技みたいなものがあるのだ。
エリはその、両手に持った剣を踊るように回転ジャンプしながら地面に叩き付ける動作を、完璧に再現してみせた。
エリの体格も合わさって、ものすごい迫力だ。特に、入念に再現する気迫がすごい。。
しかし、なぜエリがアグロウスに教えを請うているのかは分からなかった。
「どうですかっ!」
「なんとも筋がいいのう! よく見とるし、真剣じゃ。村の者に比べてもすさまじい真剣さだぞい!」
「だって……」
エリは、自分の剣を見る。
「ユウトが、今、すっごく頑張ってるから」
その言葉は、ユウトに向けられたものだった。
ユウトは慌てて窓から身を離し、声だけ聞くように耳を近づける。
「今回の件、多分ユウトは、私が戦うのと同じように自分と戦う場面。だけど……絶対に不利なはずなんです。それでもユウトは、自分が頑張りたいって言ってくれて……。だから、私も、この強い体を享受するだけで、立ち止まっていられないんです」
それは、あまりにも強い想いであった。
ユウトにとって、エリは誰よりも自分の手と足を使って物事を解決してくれる最大の功労者であり、ユウトにとってはパーティーの苦労部分を押しつけてしまっている形になる存在だ。
しかしエリは、それだけでは不十分だと思っていたのだ。
「私は、私をユウトが許してくれても、私が私を許せないから。だから、ユウトの隣に立ってもいいラインまで来たって自分を認められるまで、強くなりたいんです」
ユウトは、窓のすぐ近くの壁に座り込んで、膝を抱えていた。
エリからの、あまりにも厚い信頼に、心が震えていたのだ。
少し、視界がかすむ。
「……まいったなあ。僕も頑張らないと、とてもじゃないけどあんなに心が強いエリに対して、この程度で躓いている僕を、僕が許せないよ……。エリの隣に堂々と立つには、戦い以外の全てを、僕が余裕でこなしてみせないと」
エリの自己評価の低さは、少しユウトにとって悩ましいぐらいのレベルだった。
あまりにも、ひたむきすぎて眩しい。
(やっぱりエリは、すごいな)
ユウトは、もう少し会話を聞こうと思っていた窓のそばから離れる。
そして誰もいない部屋の中で自分の頬を張ると、両拳を握った。
「——よし!」
気合いを入れて、もう一度一から考え直す。
ユウトの考え方が無意識のうちに多角度的になり、一度に広げる思考のマップが大幅に広がる。
ユウトは、様々なケースを考えた。
グレーターデーモンの存在。ナスタレアの陵。ウルフヒュムの襲撃。
サラセナ、ガイア。アグロウス、シャティナ。
村の皆と、魔物と……それと……。
(……もしかすると……)
ユウトは複数の仮説の中から、最終的に一つの仮説に辿り着いた。
ちょうどそのタイミングで、エリが帰ってくる。
「……た、ただいまー……」
「おかえり」
ユウトが毛布の上で笑顔のまま返事をし、目を合わせてくれる。
それだけでエリは、すぐにユウトが疑問を解決したことを見抜いた。
それが表情に表れたのだろう。ユウトはエリの顔を見ながら、口角を上げて自信に満ちた顔で頷いた。
(やっぱりユウトは、すごい!)
お互いがお互いに全幅の信頼を置き、お互いの能力が一段階上へと引き上げられた。
奇しくもそれは、同じ想いをお互いに抱いたからである。
力をつけたユウトとエリは、ジュライミストの攻略へと乗り出した。