11.エリは村の危機を軽く救う
村の火の手を見ながら、ユウトは周りの様子を気にする。
グレーターデーモンの討伐に行っている間に、ジュライミストへとウルフヒュムの集団が連日続けて襲ってきていたのだ。
一応襲撃方向とは逆となる『ナスタレアの陵』からやってきているため、この付近にいる可能性は低い。しかし……ゼロではない。
ユウトは無言で盾を構えて、村まで走る。
決して安全だとは言えないが、それでもユウトは後ろからの襲撃を心配していなかった。
理由は一つ。エリが自分の元を離れたからである。
エリには【サーチ】を教えているので、その魔法で周囲を調べずに離れることはあり得ないだろうとある程度確信に近いものがあった。
そのためユウトも、すぐに村へと向かう。
「ウルフヒュムのことを侮っていた、こういう作戦を選んでくるか……!」
一度襲撃してきた挙げ句にエリの力で一瞬で撃退させられたのだから、ユウト自身『すぐには来ないだろう』という油断があったのかもしれない。
そこを突いてきたというのなら、相手はなかなかの切れ者だ。
もしかすると、エリが村を離れる瞬間を見ていた可能性もある。
いくつか考えを巡らせているうちに、ユウトはようやく村の近くまでやってきた。
どうやら既に音は止んでいて、村の付近には静けさが漂っている。
襲撃は成功したのか、失敗したのか……ユウトは恐る恐る、村の中へと入っていった。
「ユウト、ごめんね離れちゃって」
「エリは僕が大丈夫だって分かっていたから離れたんでしょ? さすがにそこは信頼してるよ」
「そ、そんなに……えへへへへ……」
エリは、『少しでも自分のことを信じてくれてると嬉しいな』程度にしか思っていなかったので、予想以上にユウトが自分のことを信頼してくれていると知って、赤面しながら頭を掻く。
ユウトは、自分が離れたことに関しても、大丈夫だから離れたのだと、だから危険を感じる必要すらなかったとはっきり言ってくれたのだ。
エリにとって、こんなに嬉しいことはない。
「よっし、気合い入った! それで、ユウト。一応もう村にはウルフヒュムはいないみたいだけど、どうする?」
「エリは誰かと戦った?」
「なんか私と同じぐらいの背丈の、真っ黒いウルフヒュムがいたので軽く打ち合ったよ。盾持ってなかったから、ちょっと動きは良かったけど槍で撃退させた」
ユウトはエリの報告を聞いて、少し考え込む。
2mのウルフヒュムの戦士など、そうそういるだろうか。力自慢が種族の基本となっているウルフヒュムなら、間違いなく上位か、もしくは……。
「エリ、とりあえずサラセナさんのところへ行こう。オーダーギルドへはその後」
「分かった!」
二人はまず、村長の無事を確かめに向かうことになった。
途中火の手が上がっているのは、見た限り木や藁で出来た建物に火の矢を打ち込んだからであった。
村全体が燃やされたわけではないようで安心した。
ユウトはその矢に、どこか不自然な感覚を覚えた。
この違和感は、後でじっくり考えようと思うことにする。
サラセナの部屋の前まで行くと、扉が開け放たれていた。
二人は中の様子をうかがうと、窓の近くで外を確認しながら、杖を持ってこちらを警戒するサラセナと目が合った。
「あなたたち……そう、エリさんが撃退してくれたのですね」
「はい! えーっと……なんか、私ぐらいの大きさの、真っ黒いウルフヒュム? っぽい人でした」
「っ! その相手には、勝ったのですか!?」
「もちろん!」
エリの元気いっぱいの宣言に、サラセナは力が抜けたように壁へと背をも垂れかけさせると、そのままずるずると床まで座り込んでしまった。
「えっ、あの、サラセナ様、大丈夫ですか……!?」
「……ええ、大丈夫です。ちょっと安心して、力が抜けちゃって……」
「もしかして、私が撃退した相手って……」
「はい。恐らくウルフヒュムの族長『ガイア』ですね」
ユウトもエリもなんとなくそうかなと思っていたが、サラセナからの情報により相手が族長であったことが確定した。
「あ、名前知ってるんですね」
「向こうから宣戦布告の時に名乗りましたから。というよりも、エリさんには名乗ったりしなかったんですか?」
「……あー、あはは……えーっと……」
エリは、不思議なことに曖昧に笑ってごまかそうとする。
ふとユウトは、なんとなく当てずっぽうでエリの態度の理由を指摘する。
「もしかして、エリって相手が宣言する前に、大声を上げてまくし立てるように倒したりとか、した?」
「ユウトって見てきたように言うね……?」
「偶然だよ偶然、なんとなくそうかなって思っただけ」
すぐにユウトの目の前から消え去ったときに、もしかするとエリは一気に頭にきたのではないかと予想して言ったのだ。
ユウトの話に、今度はサラセナが乗る。
「かなり相手は声の大きい男だったと思うのですが、具体的にどう言ったのですか?」
「……えっと……えっと……『家を狙うなんて卑怯者』とか言って……あと『弱いからそんな作戦しか出来ないんだ』とか、後は……そんなに言うこと思いつかなかったので『よわい、ざこ』って言いまくってばしばし槍を当てて、最後は剣を弾き飛ばして撃退しました」
エリの話に、サラセナは床に座り込みながらも、おかしそうに笑い出す。
「ふふっ……強いですね、エリさん。ガイアが雑魚ですか、そりゃあ相手にとってはこの上ない屈辱ですね。なんだか聞いてるだけで、私もすっきりしてきました」
「ええっと、ありがとうございます?」
「こちらこそ、ありがとうございました」
ユウトは二人のやりとりを聞いて、妖精みたいにきれいな見た目のエルフの丁寧な長でも、人並みに嫌いな相手の醜態に溜飲を下げたりしてるんだなと、少し笑った。
「何にせよ、お礼をしなければなりませんね。また後日、私が用意するのでそれまでお待ちいただけますか?」
「あっ、それでしたら」
ユウトがここで、話に割って入る。
「はい、何でしょうか?」
「『遺跡の解錠石』をいただけないでしょうか? こぶし大の石です。恐らくサラセナ様が持っていらっしゃると思うのですが」
ユウトの提案は、少し踏み込んだ、無理な要求かと思ったが……予想外の方向で、無理な要求だった。
「そのような道具は、知らないですね……お役に立てず、申し訳ありません」