9.ジュライミストのオーダーギルド
ユウトとエリは、前日にシャティナとともに村の皆へと事情を説明したからか、翌日からは問題なく外に出歩けるようになった。
そこでユウトはエリとともにジュライミストの中心へと足を運んだ。
ゲーム中で一番お世話になるのが、やはりこの建物。
「オーダーギルドへようこそ、お客様。シャティナさんからお話を伺ってますよ」
そう、オーダーギルドである。
「シャティナ、そこまでやってくれたんだ……ありがたいなあ」
「むしろシャティナさんの方こそお礼を言いたそうにしていましたよ。かなりまずい局面だった、殺されてもおかしくない相手だったって」
先日倒した二人目のウルフヒュム、盾を構えてエリの攻撃を誘う姿はベテランらしさを感じさせたけれど、まさかそこまでだとは思わずエリは目をしばたかせた。
なんといってもエリにとっては、ユウトの言ったとおりに鞭を装備してSMのようにバシバシひっぱたいただけなのだ。
——もちろんそれが『だけ』で済まないのは、目の前で見たユウトが一番実感していたことではあったが。
「こちらへ来たということは、ギルドの依頼を受けられるのですね」
「はい!」
エリは満面の笑みで、受付嬢に頷く。
「こちらに手を置いてください」
「? はい」
「パーティーは……『拡眼太極』で合っていますか?」
「おおっ……!? 合ってます!」
受付嬢が用意したのは、各ギルドにおいて出自を偽ることができないよう、その者の魔力そのものに紐付けられた、認証システムであった。
これにより、どこでもオーダーギルドを利用することができるようになっている。
「いつの間に……」
「オーガストフレムでしたら、受付テーブル全体でしょうか」
「ああ、あの妙に綺麗な……あっ!」
エリはそこで、受付ギルドの机の材質が、今の小さな認証パネルと同じ質感であることに気づいた。
「さりげなくやられてたんだ、うわー、怖いなー」
「一応こちらからはレベルのようなプライバシーに関わる情報は見られませんので」
「あっ、嫌とかじゃないよ! びっくりしただけ」
エリは首を振って、ユウトの方を見る。
「依頼を選んでもらっていい?」
「うん。エリと僕は……。……あれ?」
ユウトは、自分たちのパーティーの表示を見て、壁に貼られた依頼のリストを見て……再び自分たちのパーティーの表示内容を二度見した。
「——Bランク!?」
それは、オーガストフレムでギルドの新人として登録したばかりの自分たちにしては、あまりにも高すぎるランクであった。
「あれ、ご存じなかったのですか? ええっと、詳細内容は、と……」
ギルド職員が、自分たちの履歴を読み込んでいく。
「……ホブゴブリンの複数討伐、クレイゴーレムの討伐……って、帰らずの城の悪魔の討伐!?」
「あれ、そこのお城ってそんなに有名なんですか?」
「パーティーの一人にエルフがいましたからね。っていうか」
職員はあきれ気味に二人を見て腕を組んだ。
「なんでBなんです? AかSの間違いでは?」
「あ、あはは……新人なもので……」
「一度ならまだしも、ここまで何度も倒した功績があれば、そんなの些細なことになりますよ。多分あまり高ランクになりすぎないよう、オーガストフレムのギルドマスターが配慮したのでしょうね」
Bランクともなると、それだけで相当な信頼となり、達成可能と判断され受けられる任務の範囲も大幅に上がる。
しかし、A以上はまた少し事情が違ってくる。
権力のある王都などで、大きな危機が予想されるような場合、各地から召集がかかる場合があるのだ。
世界の様々な流通を担う王都の機能が止まれば、その影響は当然末端の村にも及ぶこととなる。
そういったことを未然に防ぐためには、事前にA以上の戦士の配備が必要とされる。
その話を聞いて、エリとユウトは同時にシャルロットのことを思い出す。
あの人は、自分たちが動きやすいようにランクを上げてくれて、その上でこういう事態を見越してBランクに留めておいてくれたのだ。
豪快な脳筋っぽい人ではあったが、やはりさすがはギルドマスター、こちらのことをよく考えてくれている。
「あ、一言ありますね。『もしも本人たちが望むのであればランクアップしても構わない』だそうです。……しますか?」
「いえ、今はやめておきます」
ユウトはシャルロットの配慮を尊重し、再び壁の依頼を見た。
「……北の遺跡から、大型のデーモンの討伐ですか。あれを受けても?」
「ギルド指定のものですね。難易度が高い任務ですが、よろしいのですか?」
「はい。というか……大型のデーモンって相当強いはずですよね。僕たちが受けなかったら誰が受けるんですか?」
職員は少し言いづらそうに口を止めたが、やがて口を開いた。
「危険な相手は、サラセナ様自らが出向いて倒していました。しかし今はお怪我をなさってしまい、宙に浮いた任務でした。今のところは遺跡から離れる様子もなく大丈夫そうなのですが……」
「わかりました。それではこれを僕たちが受けます。エリなら大丈夫なはずですから」
「……はい、ありがとうございます」
心苦しい、といった表情を隠そうともせずに、依頼の受託を処理する。しかしサインを終えて、少し重荷が落ち着いたかのようにため息をついていた。
ユウトはエリに「じゃ、行こう」とあっさり言い、エリは迷いなく頷いた。
ユウトが大丈夫というのなら、きっと大丈夫。エリの判断基準はやはりそこであった。
「っと、そうだ忘れていた」
「何でしょうか?」
「エリ、魔石だよ」
ユウトに言われて、自分のインベントリの仲に山ほどの魔物が入っていることに気づいた。
ジュライミストまで歩く際に、目に見える敵はすべて刈り尽くしてしまっていた。
もちろんその異常な量の魔石を見て、ギルド職員たちは皆飛び上がった。
「……今からAランクに上げませんか?」
「上げません」
そんなやりとりをして、今度こそ討伐に出向いた。