8.二人は村の本当の事情を知る
早速ユウトは、エリを連れてシャティナとともに村の中を案内してもらう。
案内といっても、ユウトにとってジュライミストはゲーム通りの見慣れた配置であった。だから、今回はエリとともに、顔見せするという意味合いも兼ねていた。
「こちらが武器……は、もちろん利用したのよね」
「そうだね、いくつか買わせてもらったよ。精度の高いものが多かったけれど、ここで作ったの?」
「まさか。我々が鍛造をしているわけではないわよ。これらの武具は輸入したものだから」
ユウトはその先の名前を聞くのをためらったが、シャティナはあっさりと言った。
「ドワーフよ。といってもハービットンのあなたには女神に聖典ね」
『女神に聖典』とは、おそらく『釈迦に説法』みたいな言い回しのことなのだろうなと思いながら、ユウトはその種族の名を聞いて、まず最初に気になったこと。
「エルフは、その……例えばドワーフといがみ合ってるとか、そういうのはないの?」
「……? なんで? 変なこと聞くのね……。酒好きが過ぎるし不潔だけど悪人じゃないし、取引していないと武具なんて取りそろえてないわよ」
「そりゃ、そうですよね。すみません変なことを聞いて」
「いや、別に怒ってたりしないから、急に言葉遣い変えるのやめてもらえる? あなたにかしこまられると、ちょっと悪いことしてる気がして嫌よ」
「そうで……ああいや、そう、か。そういうことなら気をつけるよ」
シャティナに返事をしながら、今度はエリがユウトに聞く。
「ドワーフってどんなの? なんか名前は聞いたことあるんだけど」
「エリはそういえば知らないか。ドワーフというのは、ひげの生えた小さな種族だよ。背丈自体は僕と同じぐらいだけど、力が非常に強い。魔法は……あまり使わない種族だ。鍛冶を専門としているね」
「鍛冶って、刀鍛冶とかああいうの?」
「そうそう」
ユウトとエリの会話を聞いて、シャティナが横から声を上げた。
「ウルフヒュムを知らない時点でおかしいとは思っていたけど、ドワーフを知らないのはさすがにちょっとびっくりするね……。もしかすると、エルフだって見たことはともかく、種族ごと知らなかったり?」
「ええっと……名前ぐらいは、知ってたよ?」
「耳が長いことは?」
「そっちは全然」
エリの回答に、シャティナは自分たちの誇り高き種族が急にマイナーになったように錯覚し、勝手に少しへこんでいた。
エリはその心情をなんとなく察して、本当に自分は何も知らないんだなあと改めて思う。
「なんだか、ほんと何も知らなくてごめんね」
「ああっ、気にしないで! むしろエリこそ、記憶がないなんて不安じゃないの?」
「あ、う、それは」
エリは、自分が思いっきり嘘をついていることを後ろめたく感じた。
しかし視界の端にユウトを捉えると、すぐに考え方を切り換えてシャティナに答える。
「不安ではあるけど、でも今は、ユウトがいるから。ユウトと一緒なら、きっと大丈夫だろうって思えるんだ」
「そう。本当に仲がいいのね」
「もっちろん!」
エリは、シャティナの前でユウトを抱き寄せ、両腕で持ち上げて背中から抱っこをする。
もちろんユウトは、突然の浮遊感に加えて背中に心地よい圧迫感が急に襲ってきて、シャティナの顔を見ながら恥ずかしがる。
「うーん……そんなにいい男なのかなあ……」
「ユウトは私の一番なんだから! シャティナでも絶対にあげないよ!」
「別に取らないわよ」
「むう……ユウトを過小評価されてる気がする……」
なんともめんどくさい反応だ、とシャティナは思った。
エリがすごいのは、もちろん目の前で見たし、実際ここまで大きくて力強い体をしているのだからわかる。
しかしシャティナにとってみれば、ユウトは小さくて自分にあおり返してきて、今は顔真っ赤で女にされるがままになっている小さき者以外の何者でもない。
過小評価というか、どう評価すればいいのかわからなかった。
「ま、いいわ。二人でよろしくやっていてちょうだいな」
「後から欲しいっていってもあげないからね! 元々あげるつもりないけどね!」
「……ユウト、あなた大変ね? 嫌じゃないの?」
「正直、自分でこうされて嫌じゃないのが、ちょっと男としてどうなのかなって思い始めてはいるよ……僕にとっても、エリは一番のパートナーだし……」
ユウトの『一番』というのが力なのか付き合いの長さなのか、それとも恋愛感情まで含めているのかはわからない。
しかしどれであろうとも、ユウトにとって自分が『一番』という単語を聞いて、エリは満面の笑顔でユウトを力強く抱きしめる。もちろんユウトは、エリの体の中に少し沈み込む形になる。
二人の仲の良さを見せつけられながら、シャティナは「私もそろそろどっかの男オッケーしようかな……」と呟いていた。
ちなみに言うまでもなく、アグロウスとともに警備を担当するだけの能力のある強く美しいシャティナは相当モテる。
相手がいないのは、なんとなくとりあえずフってきたからであった。
今日初めて、相手の男がいることをうらやましいと感じた。
「エリのおっぱい、じゃなかったユウト。ほかにも見ていく?」
「……お願いします……」
わざとそんなことを言って苦笑しながら村を案内するシャティナ。さすがに恥ずかしくなって、ユウトはエリに下ろしてもらった。
村の人たちとも、シャティナを介して会話をする。
皆、エリの姿に驚きつつも、村の最前線であるシャティナが実際に助けられたと聞くと、すぐに態度を軟化した。
ユウトとも会話したが、おそらく皆『エリのおまけ』程度にしかなってないだろうと思っていたし、実際そのぐらいの扱いで十分かなとユウトも考えていた。
ハービットンは別に嫌われていない、という情報が入っただけでユウトにとっては収穫である。
「それにしても、村の全員がエリを見て『亜人』『獣』って警戒するんだもんなあ。ちゃんと協力する機会を得られてよかった」
「仕方ないわよ、みんな気が立っているんだから」
「襲撃が実際にあるんだし、そりゃ気が立つよね」
「……そういえば、サラセナ様は自分からは話さないような人だったわね。じゃあ私から言っても……いっか」
「ん?」
シャティナは、村長の家の方を少し見ると、ユウトとエリの方に向き直った。
「サラセナ様、相手の大将に怪我させられたのよ」
「え?」
「今でこそ立ち直っているけど、痛み分けっていうには痛すぎるぐらいのダメージ。サラセナ様は、左腕があまり使えないの。利き腕ってわけじゃないから、物を書いたりとかはできるんだけれど……」
左腕が使えない。それは日常生活に、かなりの不便を強いることになる。
本のページを押さえる、食器を持つ、そういった日常の動きのすべてに、両手での慣れがある。
それが片方使えなくなるのだから、それはもう不便だろう。
「あと、サラセナ様って私の先生なのよ」
「……!」
ユウトとエリは、ようやく片腕の重大さに気がついた。
シャティナが何を使って戦うか、知っているからである。
「そう……サラセナ様は、怪我故に武器を持つことができない。相手の片腕とは訳が違うの」
弓矢は両腕を使う武器である。
だから、サラセナは片腕が使えなくなった時点で、自身の専門武器は一切封じられてしまっていた。
片手で弓矢を引いて的に当てるなど、無謀もいいところだろう。
「お互いの長が怪我して以来、ずっと争ってる。みんな、アグロウス様にお世話になっているし、サラセナ様のことを慕っている。だから、獣の連中は許せない。……あ、もちろんエリが違うことは分かっているからね」
「う、うん……」
エリは返事をしながらも、思った以上に根深い問題に息をのんでいた。
ユウトもその事情を察してシャティナに頷く。
「あまり残酷なことはできないけど、それでも相手側から攻めてきたのなら、容赦なく敗退させようと思うよ」
「信頼してるからね、二人とも」
「うん。サラセナ様、私にも皆となじめるようにすぐに気を回してくれたし、いい人だよね。私も自分の意思で手伝うよ」
「ふふっ、いろいろ案内した甲斐があったわね」
シャティナは改めて、エリに手を差し出す。
エリはその手をしっかり握り、勝ち気な笑顔で頷いた。
その後ユウトとも握手をしたが、シャティナの視線はその少し上を見ていた。
ユウトの肩に乗せている、エリの手。まるでそれは保護者のような関係にしか見えなかった。
(……ほんとに頼りになるわけ? 信じられないわねえ……)
だから、シャティナがユウトを見てそう思ったのも、無理からぬことであった。