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6.エリはウルフヒュムを驚きの武器で撃退する

 二人はアグロウスの後を追い、家から出た。

 そのまま村の門を出て走るアグロウスを追いかけようとしたが、ユウトは自身の身体が小さいため、遅れてしまう可能性を危惧した。

 オーガストフレムの頃のユウトなら、様々な感情をない交ぜにしながら自分の足で追いかけようと思っただろう。

 しかし今は、遠慮をしない。


「エリ、僕が遅れないように運んでくれ!」

「ユウト……! 分かった!」


 エリは、ユウトが自分を頼ってくれたことを嬉しく思いつつ、ユウトの肩に手をかける。

 そしてそのまま、もう片方の手は膝裏に伸ばした。

 そのまま抱えると、当然……エリに横抱きにされる。


「わっ……!? え、エリ……!」

「ごめんユウト、一番持ちやすいのがこれだから、ちょっと我慢しててね!」


 ユウトはエリにお姫様抱っこされていた。

 しかしお姫様抱っこは本来、その名の通り男がするものである。


 王子の胸板をソファの大きな背もたれや腕置きのように使うこの姿勢を、エリがしたらどうなるか。


 つまりユウトは、エリの腕の中で横向きになりながら、自分の身体の中心部分が思いっきり埋まる形になっていた。

 それは、時々起こるエリとの過剰なスキンシップや、毎日の抱き枕のようにお腹に抱きつく姿勢とは全く違うもの。


(か……顔ごと埋まるのより、ある意味恥ずかしいというか……!)


 まるで柔らかいクッションを抱えながらエリに乗る感触は極上で、同時に今までにない恥ずかしさに襲われる。

 周りから、エリの胸に抱きつくユウトが注目されているさまを、ユウト自身が確認できてしまうのだ。

 実際さっきから何度もエルフの人たちと目が合っている。


(不可抗力、不可抗力……! だけど、き、気持ちよすぎる……これ僕が到着しても戦力外だよ、せめて邪魔にならないように気をつけよう……)


 その気持ちよさか、はたまたエリの種族による特殊な魅了の魔力か。

 すっかり文字通り骨抜きにされ、身体に力が入らなくなっている自分の情けなさに呆れてしまう。

 先ほどまでエリを指導していた、いとこのお兄さんで先輩プレイヤーとしての姿は、すっかり跡形もなくなっていた。


 到着と同時にふらついたりしないよう、ユウトはなんとか目を閉じて気合を入れ直した。




 アグロウスが一時停止し、エリも足を止める。

 ゆっくり身体を下ろされたユウトは、少しエリの身体に捕まりつつも、木にもたれながらもなんとか体裁を保った。


「だ、大丈夫だった? かなり揺れたと思うけど、気持ち悪くなかった?」

「えっと……はい、かなり揺れて、気持ちよかった、です……」

「あっ」


 ユウトの真っ赤な顔といつかのような丁寧語を聞き、エリは、さすがに自分のセリフが完全に『誘っている』ことに気付いた。

 エリ自身にも当然、当てた感触はあるのだ。


 同時に、以前言ってもらったことから、こういうことを嫌がってないどころか、むしろ好きだと恥ずかしがりつつも伝えてくれた、あの時のユウトの顔を思い出す。


(……今度から移動の時も、これで運ぶともっと私のこと意識してくれるかなぁ?)


 戦闘力だけではなく、魅力においても無自覚最強の肉体を持つエリは、少しずつ小悪魔の顔を覗かせていた。


 ちなみに言うまでもなく、とっくにユウトはエリの魅力にやられているのであった。




 エリとユウトが到着した数秒後、アグロウスが剣を構えると、大きな金属の音が鳴り響く。


「まったく、飽きもせずによく来るもんじゃのう」

「うるっせぇ、その余裕ヅラぶっとばしてやるよ!」


 アグロウスと剣を合わせる相手は、茶色い毛をした身の丈180cmほどの、エリと同じ耳の付いた男の強そうな種族。

 間違いなく『ウルフヒュム』である。


「そっちのも我らがウルフヒュムか! 手伝ってくれよ!」


 相手は当然、エリを一目見て仲間だと思ったようだ。

 エリは、ユウトを見る。


「ユウト、これ」

「もちろん、教えたとおりやっていいよ」

「分かった!」


 エリは腰を低くすると、一瞬で二人の剣の鍔迫り合い目がけて走る。

 そして————棒でウルフヒュムの手を突いた。


「グアッ!」


 エリの棒が綺麗に相手の手の甲に当たり、相手は手から剣を取りこぼした。

 その剣を足で後ろに払いながら、未だ右手を押さえるウルフヒュムの男を見る。

 エリはユウトに言われたとおり、足を棒で強打した。


「ギエエェッ!? あ、あが……!」


 あまりの痛みに後ろへ倒れ込み、足を抱えて脂汗を流しながら動かなくなる男。

 その苦しみから眉間に皺を寄せながらも、エリの方を向く。


「な、んで……」

「ユウトが、今回はエルフの味方だって言ってたから。そっちの先制攻撃なんでしょ? やり返されるぐらいは覚悟して来ないとね?」


 よろよろと立ち上がり、剣の方向をちらりと確認するも取りに行くことはない。

 既にユウトがインベントリで回収してしまったのだ。


「……く、くそ……こんな、ばかな……」


 ウルフヒュムの男はそのまま向こうまで走って戻っていった。


「エリ殿、見事なり!」

「おまかせください!」


 アグロウスからの賞賛に胸を張り、再びユウトと合流して周りを見渡す。


「他にも来ているらしいので、暫く別行動で構わんかの!」

「はい!」


 エリが元気よく返事をして、ユウトも無言で頷く。

 二人の様子を確認すると、アグロウスは元々シャティナがいたであろう方へと足を運んだ。

 ユウトとエリは、その反対側へと二人で向かう。


 しかし戦いの曲面は、思ったよりも混戦を極めていた。

 アグロウスの反対方面へ来たつもりが、エリの視線の先にはシャティナがいたのだ。

 そしてシャティナは、木の上から矢を放ち、ウルフヒュムの先ほどとは別の男を相手にしていた。

 ユウトは一目見て強いと認識したが、エリはそれがわかりにくい。


「なんとかさん、助太刀しますっ!」

「あなたは、村に来た亜人!?」

「シャティナさんですよね、サラセナさんとアグロウスさんの指示でこちらに来ました!」


 シャテイナの問いに首肯し、する前に、エリは相手をじっと見る。

 相手は少し小型の、丸く出っ張った特殊な盾を構えていた。


「ユウト、あの盾」

「パリイ用の盾だね」


 エリは、正面の男の隙を探そうとした。

 しかし相手も手練れの者、エリが味方ではないと気付くと盾を正面に構えてエリを警戒している。


(こういう相手に棒術は、危ない)


 エリは、こうなった時のために事前にユウトに用意してもらっていた武器へとインベントリを使ってすぐに交換する。

 その武器の交換速度と、出てきたものに相手のウルフヒュムだけでなく、シャティナも目を見開いた。


「覚悟してね。————てやっ!」

「ッギャアアッ!?」


 可愛らしいかけ声とともに放たれたエリの攻撃は、一瞬で相手の顔に当たった。

 それだけで相手は痛みから、盾を構えて顔の前に持ってくる。

 それは顔を庇う、無意識の防御であった。


「たあっ!」

「ギイッ!? ひ、ひぃっ……!」


 もちろんそんなことをすれば、顔以外がガラ空きになる。エリは胴体に遠慮無く攻撃を叩き込むと、再び大きな悲鳴が上がった。

 相手のウルフヒュムの男は、涙目になりながらバックステップをし、そのまま一目散に走り去った。

 エリは武器を手に巻くと、インベントリへとしまい込む。

 シャティナはお礼を言うのも忘れて、エリの何も持ってない右手とエリの顔を交互に凝視する。


「え、エリ、今のって……鞭よね?」

「はいっ、ユウトに選んでもらいました!」


 ユウトがエリに渡したのは、長い上によく曲がる鞭であった。

 相手が盾なら、なるべくその盾が有利にならない戦い方をする。


 一つは、弓矢や魔法の遠距離攻撃。

 もう一つが、ユウトの選んだこの武器である。


 鞭は、古くから刑罰や拷問に使われるほどの、かなり強力な『激痛』専門武器である。

 その装備をユウトは思い出し、エリに装備させたのだ。

 殺傷能力があるわけではないので、ゲームでは『リーチはあるけど攻撃力が低い』という、その存在感の特殊さの割には、使って見ると地味な、所謂「ガッカリ装備」であった。

 しかし、こういう曲面では何よりも強力な武器となる。


 同時に、いくら模擬戦とはいえ年下の女の子の鞭でぶたれるのは、さすがに想像するだけで堪えるものがあった。

 エリが使うと、この鞭は本格的に恐ろしい速度と痛みを伝える武器へと豹変する。

 敵の男が見た目の怪我以上に震えていたのも、それが原因だ。


「うまくいってよかったね」

「ユウトのアドバイスのおかげだよ! あ、シャティナさんでしたっけ、大丈夫ですか?」

「え、ええ……」


 未だに面食らいながらも、その威力を目の当たりにしたシャティナは、周りを軽く見渡す。


「もう残ってないみたい。それじゃあそろそろ、帰りましょうか」

「僕はいいと思いますよ。エリは【サーチ】使ってる?」

「もちろん! あ、近い範囲に敵はいないですよ」


 その報告を聞いて、幾分か態度が軟化したシャティナとともに、村へと戻ることになった。

 まずは最初の撃退任務は成功に終わり、ユウトは安堵しながら次への対策を考えていた。

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