4.朝永エリもゲームの世界に転生した
ユウトは今入ってきたばかりの女を凝視する。
自分とは全く違う、背の高い女性プレイヤー。その身長は200cmはありそうで、プレイヤーを上から叩き潰してくる暴力呪術師と並んでも、せいぜい平均的な男と女の身長差ぐらいにしか感じない。
耳が頭の上についており、この世界でも近接戦闘力に特化した動物の亜人の一族であることが伺える。しかし白い亜人は、全ての要素をコンプリートしたはずのユウトでさえ初めて見た。
キリッとした美しさにどこか可愛らしさを残した顔、肩口までの銀髪、メリハリのついた体つきはぴっちりとした布に包まれており、ショートパンツを履いた高い腰からすらりと伸びた足はやや筋肉質で、その身体能力の高さを感じさせる。
明らかにこの空間の中で浮いた存在は、もちろんユウトのようにハービットンの死体の山から隠れることなどできない。亜人の女は、まず目の前にいる暴力呪術師と目を合わせてしまい、盾を構えた。
「強そうなのがいる! 絶対こいつボスだ! よしかかってこ……うわ怖ッ!」
余裕そうに喋るその女性に、暴力呪術師が容赦なく無言で巨大な杖を振り下ろす。
一撃目は回避するも、二撃目はユウトの持つものと同じ――女性にとってはかなり小さめの――盾で受けようとする。
(まずい!)
暴力呪術師の攻撃を盾で受けるのは悪手だ。しかしその女性は……相手の攻撃を余裕で受け止めた。
女性の腕が杖と盾の衝撃に少し跳ね上がり、暴力呪術師の大槌のような杖が、まるで跳ね返されたように、大きく弾かれる。
それは間違いなく、力で圧し勝っている証。ゲーム中では弱い敵の攻撃を、大盾で受けて弾いた時の動きだった。
「おおっ……今までで一番強い敵だけど、それでも私の方が強いみたいだね! よーし、やっちゃうよ!」
そんなことを宣いながら、余裕そうに剣で反撃を試みる女性。
ユウトと同じ武器のはずなのに、彼女が持つと子供のおもちゃにしか見えないショートソードで素早く斬り付けると、なんとその腕から少し、赤黒い血が噴き出した。
負けイベントボスにダメージが入った瞬間を、ユウトは初めて見た。
(……なんだよあれ、あんな肉体に転生できるのか!?)
暴力呪術師は魔王四天王の一角。その攻撃は初期レベルどころか、後半の高レベルであっても攻撃を回避しなければならないほど高威力だ。基本的に、何度も防御することはあまり考慮されていない。
あそこまで簡単な動きでも余裕で圧倒出来てしまうということは、あの女性のキャラクター性能は恐らく、仮にユウトが操作すると一切育てなくても魔王に余裕で届く強さだ。
強い。どうしようもない羨望と嫉妬を覚える。
しかしこれは、ユウトにとってもチャンスだった。
(あの女性が倒すのを待って、一緒に抜けだそう)
ボス空間に一緒にいるので、恐らく協力プレイで同時討伐という認識になれば、生き延びられる可能性が非常に高い。そうユウトは予測を立てる。
順調と思われたボス攻略。
しかし、ここで事態は急変する。
ユウトが何といって声をかけようかと、既にボスを倒した後のことを想像しながら亜人の戦いを見ていると、暴力呪術師は攻撃をやめて杖を地面に突き立てた。
それはユウトにとっては何度も見た動作。必殺攻撃の準備。
ユウトは相手に見つからないように、杖を突き立てた暴力呪術師の背中側へと移動する。
ところが亜人の女は相手の行動に首を傾げつつも、剣での攻撃を続行した。ブシャっと腕から血が吹き出る様を見て追撃をしようとする女に対して……ユウトは全てを忘れて叫んだ。
それは、彼の人柄の良さがどうしても出てしまったものだった。
「後ろに回り込んで!」
「へっ、誰かいるの!?」
「後ろッ! 僕と同じ方に、早くッ!」
亜人の女性は驚きつつも、すぐに緊急事態を察したのか持ち前の身体能力の高さにより一瞬でユウトの隣に移動する。
直後―――ドォン! という爆発音とともに、暴力呪術師の杖から正面に向けて赤黒い爆発が起こり、死体の山が吹き飛び壁一面をハービットンの血肉がグロテスクに塗りつぶす。
完全回避を前提とした、暴力呪術師の生物だけを狙って押し潰す一撃必殺技。
その威力の凄まじさは、建物を一切破壊していないにも関わらず、床にあったハービットンの死体が全て壁際に押し飛ばされているさまからも伺えた。
女性は、自分がどれだけ危機感のない行動をしていたかにようやく気付き、血の気が引いていた。
「やっば……あんなん受けてたら……」
「暴力呪術師のアレを回避しようとすらしないなんて……あなたは未クリアか、まさか初プレイなんですか?」
「へ? あっ、初めて動いてる子がいた! 助かりました! はい、初めてなんです私」
チュートリアルボスの知識すらない亜人が最強で、最も知識のある自分が最弱。
この状況にユウトは頭を悩ませながらも、亜人の女性を見る。
しかし顔を見ようにも子供と大人以上の背丈の差、ほぼ下からそのゆさゆさと揺れる巨大な胸を見上げるだけの形となってしまった。
慌てて顔を逸らせていると――。
「もぉ、ユウ兄ぃはどこにいるのー?」
――ユウトの耳に、信じられない単語が聞こえてきた。
「さっさと探しに行かないと……まさかもう、死んでるなんてことは……ううん、ユウ兄ぃは日本一なんだもん。そう簡単に、負けるわけないもん……!」
その独り言は、ユウトにとって目の前の美女を理解するのに十分すぎる内容だった。
「……エリ、なのか?」
「えっ、まさか、ユウ兄ぃなの!?」
目の前の亜人は、つい先ほどまでユウトが話していた年下の女の子であった。よくよく見ると、その顔にはどこか従妹の面影がある。
あまりの展開に二人とも頭の中の整理がつかない。しかし敵は考える時間を待ってはくれず、硬直時間が終わった暴力呪術師が二人を向く。
ユウトは真っ先に、その動きに気付いた。
「ごめん、エリ、詳しい話は後! あいつを止めてくれ!」
「う、うん!」
「自分のこの体は弱すぎる。多分僕が盾受けすると、一撃で即死してしまうから」
「……! わかった! 任せて!」
エリは再び前に出て、暴力呪術師の攻撃をしっかり受け止める。
一瞬ターゲットがユウトの方を向いた気がして肝を冷やしたが、それに気付いたエリが斬ったり蹴ったり大声を上げたりしながら襲いかかり、暴力呪術師もすぐにエリへとターゲットを変更した。
「ユウ兄ぃを見るなっ! お前の相手は私だーっ!」
「なるべく背中に回るようにしてみて!」
「ユウ兄ぃ、わかった……って、わ、わわっ!? 尻尾も振り回すんだ」
「そうだ、その尻尾を根本から切れる?」
ユウトの問いに、エリは行動で答えた。エリの手には、同じ武器でもおもちゃのように小さく感じるショートソードを思いっきり尻尾の付け根に向かって振り下ろすと、暴力呪術師の尻尾が一撃で切れた。
「一確とかほんとすごいな……。よし、エリ! 尻尾が武器に変化したはずだよ!」
「え? あっ、本当だ!」
切れた尻尾は切断直後に真っ直ぐ伸びて硬直し、アイテムに変化する。
暴力呪術師の尾は切断後『ザガルヴルゴスの尾槍』という強力な武器となる。
終盤まで使える隠し武器の一つであった。
「そいつを使えば早い!」
「ありがとっ!」
エリはショートソードを床に投げ捨て、槍を拾うと再び暴力呪術師の背中に回り込む形で体への攻撃を再開した。
そこからは、一方的な展開だった。
尻尾による背面攻撃を失った暴力呪術師は、素早い速いエリを捉えることが出来ない。
元々の運動神経の良さもあって、エリは回避運動だけでなく槍の使い方もすぐに慣れ、次第に一撃入れる度に暴力呪術師の体から出る黒い噴水の量が増えていく。
また、動く度に身体の女性らしさが大きく強調されて、ユウトは目のやり場に困った。
また暴力呪術師は杖を地面に突き立てるも、一度見た攻撃を、ましてユウトが注意してくれた攻撃パターンをエリが受けるはずもない。
ユウトも指示を出しながら相手の背中側に移動し、エリは杖を突き立てている暴力呪術師に向かって、槍を両手で握り深く突き刺すように、その背中に思いっきり突き立てた。
暴力呪術師は、一瞬痙攣すると杖を手放した。その巨大な杖が地面に落ちて、大きな音と土煙を立てる。
その頃にはもう暴力呪術師は、全身を白い光に変えて消滅していた。
一度も見たこともないほどの美女が、何度も聞き慣れた呼び名で自分の名前を発する。
「ユウ兄ぃ! 私、倒せた!」
その圧倒的な力と、モデル顔負けの美貌とスタイル。
この異世界をどう生きるかとか、そういう重要な問題すら頭から消えてしまうほどの困惑。
(僕の従妹、強すぎるし、いろいろとデカい……)
やり込んだゲームの絶対倒せないボスを、全く遊んでいない年下の女の子に代わりに倒してもらった。
ユウトが最初に思ったのは、この強すぎる獣系亜人の長身美女という従妹に対して、どういう心持ちで接していけばいいのだろうということだった。
ようやくプロローグまできました!