1.エリはユウトを真っ直ぐ評価する
そろそろ魔物も出なくなるであろうタイミングで、ユウトはエリの身体を軽く二度叩いた。
エリもユウトの合図に気付いて、数分ぶりにユウトの足が地面に着く。
しゃがんだエリと視線が合い、すこし気恥ずかしさに頬を掻きながらも。
「えっと、ありがとう」
「うんっ! えへへ」
ユウトはお礼を言い、エリはその一言に顔を緩めていた。
すっかりエリの活躍である程度は刈り尽くした湿原を眺めて、ユウトはその圧倒的な実力に呆れつつも、反則ともいえるほどの攻略速度に感謝していた。
(ほんと、エリって可愛いし色っぽいのに、戦うところはかっこいいよなあ)
ユウトは自分の体力とゲームのプレイヤーの動きを思い出しながら、思った以上にちゃんと戦える自分の小さな身体で戦っていた。
それはそれで、悪くはないとは思っていた……が、エリを前にすると自分の設けたハードルの低さに恥じ入る限りであった。
エリは、全く知識がないが故に、ゲームでは有り得ないようなジャンプ攻撃やフルスイング、武器の投擲などを駆使して敵を倒していた。
自分のようなプレイヤーはもちろん、普通の人間の感覚だと有り得ない動き。それを行うエリは、単純に戦闘のセンスがとても高いのだ。
エリがボスキャラなら、絶対に対処不可能だろう。
「エリって、格闘とかアクションゲームとかやってるわけじゃないの?」
「か、格闘って……ボクシングとか習うと、ユウトを守るためでも拳を出したら私が罪人になっちゃうんでしょ? さすがにやってないよ。ああでも……映画は観るかな?」
「映画?」
「うん。流行ってるやつなら何でも。最近はあのアニメ映画を見たし、あとアメリカのなんかヒーローもの? の映画とかも見たよ。全部見てないからちょっと登場人物わかんなかったんだけどね」
流行っているから見る、という言葉で、ユウトはエリが最近見た映画が何であったかすぐにわかった。
ビルとビルの間を飛行ではなく、ジャンプのようなもので飛び越えるアメリカのカートゥーンヒーローだ。
「なるほど、あれと比べると確かに2メートル3メートルもジャンプするぐらい、訳ないのかもしれない……なんて言うと思う?」
「へ?」
「それにしたってエリはちょっとかっこよすぎだよ。ほんとすごいね、憧れちゃうな」
ユウトは、ストレートにエリへと本心を伝えた。
急にそんなことを言われたエリは、ぼんっと爆発するように一気に顔を真っ赤にして、両手も首も勢い良く振る。
「い、いやいやそんな! この身体が凄いだけで、私はそんな、えっと、えっと……えへ、えへへ……」
「身体が勝手にってんじゃなくて、自分の意思でそれだけ動いてるんでしょ? 度胸あるなって思うよ。ちょっと男としては、ここまで圧倒されちゃうと格好悪いなあ」
「……いや、それはないからね?」
エリは緩めていた表情を引っ込めて、真剣な顔をして否定し、ユウトの脇に手を入れて持ち上げた。
「わっ……え、エリ?」
「んー、これぐらい……これぐらいかな……」
エリは、ユウトを持ち上げながら、高さを調節する。
その腕が、ちょうどユウトが斜め45度の位置に持ち上げているあたりで止まる。
「エリ……?」
「ユウトから見たら、街の人って170とか180ぐらいだから……みんな胸とかお腹なんだよね」
「まあ、そうだよね」
「……あの、痴漢しようとした男も、そうだよね」
痴漢男というのは、オーダーギルドに入ってすぐに襲ってきた、エリの胸を触ろうとした男のことだ。
二人目の男は剣を抜いたが、襲ってくる前にユウトが盾で弾いて、相手を倒した。
「私から見たら、3メートルぐらいの巨人。そんな相手にユウトは、私の前に出て守ってくれて」
「……」
「あれ完全にピンチの時に助けてくれる王子様だったよ。すごく嬉しかったけど……もう、それ以上にあの時の自分が格好悪すぎて……」
ユウトは、全く知らない情報であった頭の中でのインベントリを極めてエリを守った。
エリはその直後にインベントリをユウトから習い、小石を使って一日中何度も練習をしていた。
「強い身体で、弱い相手に立ち向かうことなんて誰でもできるよ。だけど弱い身体で強い相手に何度でも立ち向かう。それが勇気のある人、ほんものの勇者ってものだと思うんだ。その上でユウトは、毎回さらっと勝っちゃうんだもん」
「……エリは、僕をそんなに評価してくれていたのか……」
「あのね、これ別に持ち上げてるつもり全くないからね? 当たり前のことを言ってるだけだからね?」
エリは、ユウトを降ろす。
その身長は、自分の股関節に頭が来るぐらい。
エリから見たら、園児の女の子そのものだ。
だけど、そんなユウトが常に、エリの前に立って魔物の倒し方を披露し、エリの前に立って嫌な男から守ってくれる。
「男とか女とか関係ないよ。それ含めて逆の立場想像してみてよ、人間の時のユウトが6歳の私に大人から守ってもらってるような感じだよ?」
「ああ……それは、確かに……」
「だからね、私から見たらユウトの方がちょっとおかしいぐらいかっこよすぎるの。これもう絶対訂正受け付けませんからねー」
エリはそう行って、ユウトの隣を通り過ぎる。
ユウトは、エリの背中を見ながら、自分の心が一気に軽くなるのを感じていた。
絶対的な活躍というより、相対的な活躍で見れば、確かに自分が人間に対峙するのは、大きなハンデを背負う。
客観的に成果だけ見たら、圧倒的にエリの方が活躍しているだろう。しかしエリは内面を加味し、そういった要素を全て含めて、ずっとユウトの凄さを感じ続けてくれていた。
ユウトにとって、こんなに嬉しいことはない。
(……こっちにきたエリを救うつもりだったのに、また僕ばかりエリに救われちゃってるな……)
奇しくもそれは、この異世界に転生した初日、エリがユウトに対して抱いたそれと全く同じものであった。
見た目は凸凹コンビでも、二人の内面はよく似ていた。
……しかし、ここで問題が起こっていた。
ユウトは少し言いづらそうな声色で、エリに声をかける。
「あ、あのさ、エリ……」
「訂正は聞かないよー」
「えっと、それはいいんだけど……」
ユウトが歯切れ悪そうにしているのに気付いて、何事かとエリが振り返る。
ユウトは……右手を左に向けて、人差し指を立てていた。
「……あの、目的地は南で、そっちは西……」
エリはそれを聞き、顔を真っ赤にして俯きながら、「ふぁい……」と小さく呟いた。
ユウトもユウトで、自分で言っておきながら、なんともいえない気恥ずかしさに赤面している。
二人はどこまでも、よく似ていた。
やがてユウトは目的地に到着する。
「なんか、こんなに霧、濃かったっけ……?」
「気付いたね、ここが『ジュライミスト』だ」
「ジュライミスト……?」
ユウトは霧に覆われた森の中を見渡す。
そして少し歩いたところで、エリの手を握る。といってもエリが大きすぎて、ユウトの肩の辺りにあるエリの手の甲を、なんとか半分掴むような感じであった。
「一人でプレイするときも、大体の感覚で歩いてた場所だからさ。はぐれそうだから、こうしていよう」
「う、うんっ……!」
散々胸に押し込めたり太股に乗せたり抱き枕にしたり、エリはユウトにいろいろやってきていたが、純情な部分が刺激されるのか、こうやって手を握り合うのには赤面していた。
言うまでもなく、ユウトもエリの大きな手で優しく握り返された感触に赤面していた。
二人はそのまま、手の感触を確かめ合うように黙って足を進める。
しかしそれから一分ほどして、ユウトは急に手をほどいた。
エリが疑問の声を出しかけたが、ユウトの左手にいつの間にか盾が構えられているのを見て、自分も盾をすぐに構えた。
直後——キィン! という高い音が自分の金属の盾から響く。
間違いなく今の音は、何者かの矢だと判断した。
「ユウト、どういうこと!?」
「わ、わからないよ……! おかしいな、敵対関係のはずが……」
ユウトが疑問に狼狽えていると、矢を番えた何者かのシルエットが、木の枝に乗っている。
「何故、野蛮亜人が我らの森に来ている……!? 荒らしに来たか、獣どもが!」
女性の声が響き、ユウトはもちろんエリも、襲われている理由に気付いた。
全く対応に問題がなかったが故に、ユウトは自分たちが人間ではないことによる影響を、想定できなかったのだ。