プロローグ——仲良しすぎる二人旅
二章開始します!
「ここらの魔物はゴブリンより強いんだ。だけど攻撃は直線的だから、回避してから攻撃すると楽だよ。危険は少ないから見ていて」
柳葉ユウトは、ぬかるんではいないが湿度の高い平野で、剣を構えながらナイフヘッドリザードの前に立つ。
ナイフヘッドリザードは、その名の通り頭が固く尖ったトカゲだ。鋭利な刃物のようになった頭は、ナイフとまではいかなくとも、十分に危険な生き物である。体長は60cmほどと、トカゲにしては異様に大きい。
頭が下がった瞬間に「今」と小さく呟き、その直線的な突進と同時に、横に避ける。
そして通り過ぎたところで胴体を切ると、青い血がブシャ! と上がる。
しかし倒せるほどのダメージではなく、再びユウトの方を向いて探るように頭を揺らすナイフヘッドリザード。
「頭が揺れているうちは、突っ込んでこないよ。わかりやすいんだ」
そう説明した直後に、再び頭を低くし、一瞬静止するナイフヘッドリザードを見て、ユウトも腰を落とし……突進と同時に回避する。
すれ違い様に、再び剣で胴体を切り、大きく血が出たところで振り向く前にユウトは両手で飛びかかって首元を刺す。
彼は、最弱転生した。初期レベルは1であり、18歳の男性でありながら130cm、ハービットンという種族全てが子供のような種族に転生した。現在のレベルは、ようやく25まで上がったところだ。
しかし彼は、強かった。ゲームの中にある知識を全て暗記していて、持ち前の器用さと頭の良さで、大抵の敵を軽くいなす。
動かなくなった相手をもう一度刺して倒したのを確認すると、顔を上げて「ね?」と少女とも見紛う柔らかな笑顔を作る。
その視線の先には——彼の一挙一動を、きらきらした目で見る16歳の女の子……というには、あまりにも色々と育ちすぎた女性。
(ユウトの回避とか攻撃とか、いかにもベテランって感じですっごくかっこいい! なのに笑顔が可愛くて、何もかもステキすぎるよぉ……!)
彼女の名前は、朝永エリ。ユウトの従妹である。
身長は200cm以上、体つきはうっすら筋肉質で、胸は頭より大きく、お尻が高く足が長い、どんなモデルも裸足で逃げ出すほどの獣系亜人だ。
その種族名は、フェンリルヒュム。初期レベルは781という、日本一のやり込みプレイヤーですら足元にも及ばないほどのレベルをした、最強の転生者。
しかしその内面は、ゲームのタイトルすら覚えていないほどの、何一つ知識のない普通の女子高生であった。
最初はユウトも、年下の従妹に圧倒的なまでの最強転生で追い抜かれて、嫉妬と羨望から卑屈になりかけることもあった。
しかし、ユウトはエリの、男子に気まずい顔で引かれて傷つく年頃の女の子としての内面を知った。
それと同時に、自分を救うためだけにこの身体になって、知らない世界に飛び込んできてくれたことを強く意識した。
本当のエリは一人で知らない街に行くだけで恐怖に足が竦むぐらい、内面は決して身体ほど強くない普通の女の子だったのだ。
たとえ最強が約束されていても、最弱で知っている世界より、最強で知らない世界の方が恐怖を感じるだろう。
それほどまでに、『未知』は、怖い。
それでもエリは、ユウトを助けに来た。
エリにとってユウトを救うということは、ずっと自分の願いであり、目的だった。
だから迷いなくユウトを助けるために転生を選んだし、ユウトのために身体を張るつもりでいた。
しかし現実は、ユウトの圧倒的な知識に助けられっぱなしだった。
ユウトは日本一のRTA記録を保つプレイヤー。エリが思った以上に、ユウトはかっこよかった。
それ故に、エリはなんとしてでもユウトの役に立ちたいと、普段から気合いが入りまくっている。
「っと、ちょうどもう一体出たね。エリ、任せていい?」
「もちろんっ!」
そしてユウトが実演したとおり、エリはナイフヘッドリザードが動いたと同時に避け、通り抜け様の腹を、自らの持つ巨大な槍で一凪ぎする。
ユウトの時とは違い、一撃で骨や内蔵ごと上下に真っ二つにされたトカゲは地面にべちゃりと落ちて動かなくなる。
更に同時に奥から二体、同じ魔物が現れるも、エリは相手を見ながら軽く避けて再び真っ二つに、次の一体は跳び上がって真上から串刺しにした。
「強いし、動きはどれも綺麗だし、戦い方のセンスも抜群だし、【インベントリ】の扱いもいつの間にか僕より上手い気がするし。やっぱり僕が教えなくても、エリ一人でも十分いけるんじゃない?」
「いやそれほんとありえないからね? 一応【サーチ】使ってるから不意打ちには対応できるけど、本番でいきなりあの突進見てから考える余裕ないからね? 私が戦えるのってユウトのおかげだからね? ていうか【インベントリ】も【サーチ】も全部ユウトのおかげだからね?」
「わ、わかったよ、もう、エリは僕のこと褒めすぎだって……」
「いや私のこと褒めすぎなのも絶対ユウトだからね!?」
二人はいつでも、お互いを尊重して褒め合う仲の良さであった。
この二人は本気で、相手の方が凄い人物であるとお互いに思っている。
それが、実力差があると起こる軋轢というものの気配すら感じさせない、二人の良好な関係を保たせていた。
「でもやっぱり、エリにだけ魔物を任せるのは心苦しいなあ」
「むぅ〜っ……私、そのためにこの身体になったんだけどぉ。もーっ、そんなこと言うユウトはこうだっ!」
「えっ? ——んむっ!?」
エリは一瞬でユウトの首に腕を回すと、そのまま軽く片腕で、自分の身体に抱え込む。
ユウトの鼻から下は、エリの胸の中にズブズブと埋まってしまった。落ちそうになり、エリの身体にしがみつく。
「そうやってると、動けないよね? また魔物が来てるけど、ぜーんぶ私に任せてね!」
「んむぅ〜っ……!」
「ユウトの役に立てたら、私、それだけですーっごく嬉しいから……だから活躍チャンス、もらっても……いいよね?」
エリの、それまでと少し違う切なげな目に、抵抗したり言い返す気を失い、胸の中で困ったように上目遣いで小さく頷くユウト。その姿を見て、エリはどこか大人びた顔で優しく微笑んだ。
ユウトは再び動き出したエリに抱きつき、その柔らかさを感じながら顔を真っ赤にした。
エリはそんなユウトの好みど真ん中な可愛らしい姿にときめきながらも、襲ってきた魔物を片手間で瞬殺していく。
ユウトは、自分の足で動いた時とは全く違う、移動の速さ、ジャンプの高さ、そして唸る大槍の風切り音を感じる。
あらゆる意味で抵抗する意思を失ったユウトは、年下の女の子に全てを任せながら、今日もこう思うのだった。
————僕の従妹が強すぎる、と。