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エピローグ——ユウトとエリは、オーガストフレムを発つ

「もう行くのかい?」


 早朝、街から出ようと門の前に行くと、そこにはまだ日が昇ってないうちから、串焼きを食べているシャルロットが待機していた。

 隣には屋台のおじいさんが、シャルロットの隣で椅子に座っている。


「はい。もう役目も済んだので、誰にも会わないつもりだったんですが……」


 ユウトはここ数日、エリに昼間はホブゴブリンの掃討を任せつつ、夜は魔法を教えるという日々を送っていた。

 ちなみに『祝福のタリスマン』は、無事入荷して、今は全く同じものに交換してもらっていた。


『全く同じものでも、これはカレン様の思い出の品ですから』


 エリはカレンに貸してもらった感謝を伝えたが、カレンはむしろ、祝福のタリスマンを使えるエリが自分のために役立ててくれたことを何度も感謝した。


 そしてエリの観測する範囲で、ホブゴブリンがいなくなった今。あまり長居をすると離れるのがつらくなるのではないかと思ったユウトは、街を出て行くことを提案した。

 エリも少し惜しみつつも、ユウトの提案に頷く。


「シャルロットさん、早いんですね」

「ここ毎日はずっといたよ。ユウトが出て来たら、その日だろうってね」

「……ところで、屋台のおじいさんは……」

「娘が世話になったと聞いてな」


 明かされる事実に、ユウトもエリも驚いた。

 店員をしているにしては、魔法も達者で慕っている人も多いとは思っていた。しかしまさか、ギルドマスターの父だとは思わなかった。


「はっはっは、若作りだから、祖父だと思っただろ?」

「一言余計だぞ親父、これでも化粧で隠すのに必死なんだ。それより——」

「おう、そうだったな」


 おじいさんは、大きな袋を渡してきた。

 エリは、受け取ったずっしりと重いその中身が、オーガストフレムベリーであることを確認した。


「わあ、ありがとうございます……!」

「いや、そっちはおまけだ」

「へ?」


 エリが困惑する中、もう一つの袋をユウトの方に渡す。

 その中身を確認して、ユウトは何であるか理解した。


「これは……!」


 その中には、以前トニーに食べさせてもらった、ヘビーラビットの干し肉が入っていた。


「長い旅になるんだろ? あんたらインベントリが使えるのは分かってるが、それでも保存がきく食事を持ってるだけで安心感は段違いだ。飢えはオーダーギルドメンバーの中でも『冒険者(根無し草)』最大の敵だからな」

「もしかして、おじいさんが保存食を作っているのって……」

「あんたらみたいなヤツのために作ってるんだよ。店に出してるのは溢れた分だ。渡したヤツは、見た目以上に保つぞ」


 ユウトは、店に並んでいる干し肉が少ない理由を理解した。

 自分たちみたいな、旅立つ人のためなのだ。


 この老爺ろうやの名前は、クラウス。

 かつて冒険者として旅して回った人間である。

 数々の街で問題を解決して、その中でも気の良い人物の多かったこの街に立ち寄り、妻となる女性から食事を提供してもらったことに感銘を受け、やがて彼女と結婚してシャルロットを産んだ。

 彼は街の雰囲気を気に入って永住を決めたが、逆に旅立つ若者達も少ないわけではなく、オーガストフレムの周りの魔物が弱いことを知っていたクラウスは、彼らへの心配も絶えなかった。


 自身の経験から『飢えは最大の敵』という矜持のもと、常日頃から食事を提供する名物屋台を作り、自分で狩っていた魔物も引退後は後継の者に狩ってもらい、毎日街のために焼き続けていた。


 やがて居心地の良さから、旅立つ者は減っていった。

 かつて自分が永住を決めたこの街の、永住する理由になれたことが、クラウスは嬉しかった。


 それでも……旅立つ若者は、いる。

 クラウスは、その者達を忘れないよう心がけてきた。

 今日は、街を救った英雄二人の、旅立ちの日。

 育てた娘は優秀で、今やギルドマスターとなった。今日はそんな娘から二人の旅立ちのタイミングを聞かせてもらったクラウスの、集大成となる日だった。


「ありがとうございます……こんなに、いただけるなんて……」

「なんだ若いの、泣いておるのか? こういう時に泣くのは、年寄りの役目だと決まってるだろうに。まったく……」


 クラウスは、少年の頭を撫でて涙ぐむ。

 後ろでエリも、鼻水をすすっていた。


「さ、もう行くんだろ? 後ろ向きではいけねえな、ホラさっさと行ってこい」

「シャルロットさん、ありがとうございました」

「これ以上お前が礼を言うんじゃねえよ、もうどう返せばいいかわかんねーよ」


 呆れ気味に笑ったシャルロットは、ユウトの頭をぽんぽん撫で、エリの方は……背中を思いっきり張り手で叩いた。


「きゃっ!」

「ハハハ、私のコレで『ギャッ!』じゃなかったヤツは男含めてエリが初めてだよ! そんだけ頑丈なら……私が心配するだけ無駄、だな」

「ボスさん……あっ違った、シャルロットさん」

「……ユウトは名前で呼ぶのに、ついにエリは直らなかったな……そんなに私、ボスって感じかな……」


 頭を掻きながら目線を明後日の方向に向けるシャルロット。

 それと同時に……街壁から太陽が昇った。


「おっ、いい時間だね。それじゃ」

「はい。それでは」

「行ってきますね」


 門が開き、ユウトとエリが街の外に出る。

 そして門は、重い音を立てて閉まった。




「……」

「エリ」

「うん、分かってる、分かってるんだけど……」


 エリは、少しずつ歩きながらも、俯く。


「やっぱり、挨拶なしで出て来たの、寂しいなあ……」

「ごめん、正直ゲーム中の一つの街にこんなに愛着を持つなんて思ってなくて……。……ん?」


 ユウトがエリの表情を見て、失敗したか、と思った矢先。

 街壁の方から、うっすら音が聞こえてきた気が……いや、明らかに大きな音が聞こえてきている。

 それはまるで、角笛のような——。


「エリ、後ろ!」

「えっ!?」


 二人が振り向くと……街壁の上に、『大鷲の翼』が()()

 シャルロットとミリア、それに続くギルドメンバーの男達。

 更にはなんと、ヘンリーとカレン達までいた。


 実は二人が現れた段階で、トニーがオーガストフレムの屋敷まで走っていた。

 そして皆で連絡を取り合って、一斉に集まっていたのだ。

 門をくぐる前に顔を出さなかったのは、こういったサプライズのためだ。


 ダグラスは、他のギルドメンバーたち皆に問題なく受け入れられた。

 むしろ皆は、オーダーギルドの仲間であるダグラスと、更には白教会の人間にも呪いをかけたワレリーという男への敵対心による団結で、以前より士気が高まっていたぐらいであった。


 もう声も届かないが、皆が手を振っていることは十分に分かる。


 ユウトがその姿を見ながら、呟く。


「……気のいい人だらけの、平和主義の国は脳天気な人が多く、狡い外敵が現れると脆い、と言ってたけど——」


 ユウトは、右手を上げて、大きく振る。

 見えているだろうか、と自分の小ささを感じながら彼は思う。


「——僕は、それでもやっぱりこっちの方が好きだね」

「……うん、私もっ!」


 エリは、ユウトの分まで両手で大きく手を振りながら飛び跳ねた。

 きっと、街の人達には手を振り返したと気付いてくれたと、エリを見上げながらユウトは感謝する。


 エリとユウトは、オーガストフレムの問題を解決した。

 そしてユウトは、自分の頭の中で攻略情報を整理する。


(最寄りの街は、ジュライミストか。ここより魔物は強い地帯……だけど)


 隣を歩く、身の丈2mのフェンリルヒュム。

 二つ年下の従妹、エリを見上げる。


(エリが隣にいてくれるのなら、どこに行っても余裕だね)


 エリは、ユウトからの視線を感じて振り返り、首を傾げる。


「どうしたの?」

「いや、世界一頼りになるエリが味方なら、どのボスも余裕だなーって。パートナーがエリで、僕は幸せ者だよ」

「へ!? え、っと……あ、あの、私も幸せで、でもそんなこと言われると、て、照れ、照れちゃ、ああっごめんほんと顔熱い無理!」

「え? エリ……わっ!?」


 ストレートな好意と、一番求めていたことを突然言われてパニックになったエリは、再びユウトの頭を自分の胸の中に沈めるように抱きしめた。照れている顔を見られたくないのだ。

 ちなみに暴走しているエリは、照れた顔を見られるより恥ずかしいことをしている自覚は全くない。


 落ちそうで不安定になるので、否応がなくエリの胸に埋まりに行くように、ユウト自身もエリの背中に手を回してしがみつく。


(ほ、褒め方ちょっと過剰すぎたのかな!? 僕って、そんなつもりないけど、もしかして相当たらしているのかなあ……!?)


 もちろんユウトは、エリの一番弱いところににピンポイントで刺さる言葉を撃ち込んでいた。

 顔全体で柔らかさの暴力を受けながら、エリの匂いにくらくらしつつ、ユウトは思う。


(でも……本当に、幸せ者だな今の僕……)


 オーガストフレムでの騒動は、ゲームの知識とは違った。

 これからの冒険で、どんな困難が待ち受けるかは分からないが、それでもユウトは、エリと一緒なら大丈夫だと確信を持っていた。

 今回は特に、滅ぶはずだった街を救ってみせたのだ。

 お互いの得意な部分で、ゲームの常識すら打ち破る力を発揮した。もうユウトには、最初に出会った時のエリに対する、どう付き合っていけばいいのかという困惑した気持ちは残っていない。

 お互いを頼りながら、最高の結果を引き出すのだ。


 そんなユウトは今、どれぐらいでエリの抱擁から解放されるかなと、年下の従妹に求められ振り回されるがままの自分にすら、すでにちょっと幸せを感じつつあった。




 ちなみにエリも——、


(えへ、えへへ、ユウトとずっと一緒で、ユウトにずっと助けてもらって、ユウトをずっと助けてあげることができて……その上、ユウトがこんなに可愛くなっちゃって、私に毎日しがみついてくれるなんて幸せすぎだよぉ……! 私、こんなに幸せでいいのかなぁ?)


 ——もちろん同じ気持ちだったのは、言うまでもない。

一章終了です!

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