40.オーガストフレム騒動の後始末
ユウトがまず向かったのは、オーガストフレムの屋敷。以前一度閉め出されたから、ユウトとエリだけで向かうのは難しいと判断したからである。
屋敷の中でヘンリーに事情を説明して、白教会へと強行することにになった。
ヘンリーが教会側に詳細な事件の流れを説明し、教会側の人間も納得したようで、いつぞやかの店員が現れた。
緊張した面持ちであったが、ユウトが「自分も同じ症状だったけど、エリのおかげで治った」と説明したら、よほど痛かったのか、縋るようにエリを見た。
周りが緊張した様子で見つめる中、エリがタリスマンを握って、その魔法を使う。
「【ブレッシング】……!」
治るように祈りながら使った魔法は、大きな光を放ち……その光が収まった頃には、少しふらついた店員がいた。
よくよく見ると、周りの皆も少しふらついていた。
「大丈夫ですか……?」
「ええ、ええ、大丈夫です、もう大丈夫です」
「…………」
店員は、笑顔で頷いている。
何も問題の無さそうな店員の様子に、ユウトは……一歩下がって、左手を腰まで持ち上げた。
エリはその動作を見て、黙ってユウトのすぐ後ろにつく。
「祝福のタリスマンを買い込んだ人の話を聞きたいです」
「ああ、祝福のタリスマンの買い占め、ですね。それは」
「それは……?」
店員がユウトに顔を近づけた直後、右手が素早く動く。店員はなんと、右手にナイフを持ってユウトを急襲する。
ユウトはバックラーを出現させながら器用に弾くと、店員は続いて左手に持ったナイフで、ユウトを狙いに行く。
(しまった、二刀流……!)
両方とも武器を持っているというのは、想定外のことであった。ユウトは完全に油断していた。
右手の怪我を覚悟したところで……エリの巨体が動く。
「てぇえええいっ!」
「ぶぇっ」
店員はエリの出現させた剣の腹で腕ごと頬を張り倒されると、床に倒れ込んだ男に覆い被さり、再びタリスマンを握る。
「【ブレッシング】!」
エリは、その魔法を二度使った。
その一連の流れに周りの人達が——ユウトも含め——唖然としていると、その店員は一度痙攣して眠りにちいた。
「……エリ、どうして?」
「ユウトこそ、どうして? 私はユウトが、何か構えたから警戒しただけだよ」
エリは、ユウトをしっかり見ていた。だから彼のどんな変化でも察知することができたのだ。
「……なんだか、呪いが治ったにしては変な感じだったからね」
周りに人がいるから嘘をついたが、ユウトはこの暴走パターンもゲーム中で知っていた。二重に呪いを使って、不自然に大丈夫な振りをさせるのだ。
しかしまさか、エリが初見殺しの一つえある二重の呪いに気付くとは思わなかった。
「どうして、二回目の解呪を?」
「んん……なんとなく、かな。効かなかったらユウトにまた聞くつもりだったし」
エリは、自分で判断して解呪を選んだのだ。
ユウトがそのエリの優秀さについて考えるよりも早く、その店員が起き上がった。
「……いたた……わ、私は何を……?」
「店員さん、祝福のタリスマンの買い占めについて、教えてください」
「なんですか、急に……祝福のタリスマン?」
店員は、まるで今初めてユウトに会ったかのように振るまい……そして「ああ」と呟いた。
「いましたね、買い占め客。黒いローブ姿の、フードを被った青白い男ですか」
その言葉を聞いて、ユウトとエリは目を合わせる。
「ワレリーだ!」
「うん、間違いない!」
ワレリー。その名前を出して、教会の中にはその名前がじわじわと広がっていく。
事情が飲み込めない領主がユウトのところまで行き、説明を要求した。
「ヘンリー様、僕はそのワレリーという男が、ダグラスと行動を共にしていたのを見たことがあったんです。祝福のタリスマンの買い占めも、教会の店員に二重に呪いを掛けたのも、全てその男です!」
「そんなことが……!」
ユウトの宣言に、辺りは再び騒然とする。
しかし途中で「静粛に!」という、よく通る声がホールに響き渡る。
見るからに立場の高い老人が現れ、ヘンリーのところへと歩いてくる。
「事情はある程度聞いておったが……どうもきな臭いことになっているようですな」
「そう、ですね、司教様。自分の領地で、ここまでの事件が起こっているとは思いませんでした」
その男は、オーガストフレムの白教会司教であった。
司教は店員であった男に向き直ると、ワレリーの特徴を仔細に聞き、周りの者に再び大きな声で宣言した。
「今度は、絶対に入れてはならぬ! その男の特徴を、必ず皆で共有するように!」
「はっ!」
周りの人達全員がしっかり頷いた。
この教会から、連日祈りに来る人に話が広まる。
オーダーギルドからも、領主からも、話を広げていく予定となった。
ここまでやれば、この街に再びワレリーの手が伸びることはないだろう。ユウトはそう判断した。
オーガストフレムの屋敷に戻ると、気絶したままだったダグラスが起き上がっていた。
身体は縛られているが、サリスもトニーも既にあまり警戒していない様子だった。
更に一日休みにしたシャルロットも、今日は事情を聞くため屋敷に来ていた。
「まずダグラス、自分が何をやったかは覚えているか?」
「ああ、リーダー。俺は……取り返しの付かないことを……」
「いや、今はその話はいいんだ。それでは……ユウト」
サリスに話を振られて、ユウトがダグラスと向き合う。
「ダグラス。縛られているから大丈夫だと思うけど……ワレリーという名前に覚えは?」
「ああ、覚えている。何か……いや、何か、忘れているような……おかしいな、長い間一緒にいたようで、ずっといなかったような気さえする……」
ユウトの問いに、ダグラスは落ち込んだように頭を垂れた。
それよりもユウトは、まずワレリーという名前が偽名ですらなかったことに驚いた。二つとも共通しているだけの偽名を使っている可能性もあるが、なんとなくあの男はそこまで警戒してこちらを見ていないのではないかと思った。
「やはり、記憶の混濁があるようだね。じゃあ……ワレリーに最初に何を言われたか覚えている?」
「……デボラは、お前の姉は、領主に殺されたと。領主とギルドマスターが癒着して、意図的に省いたと会う度に言っていて……さすがに途中からは怒ったと思うのだが、そこから……」
「……」
「そこから……何だろう、何もはっきりしたことは思い出せない。ただ、異様に領主が、街が、姉がいなくなったのに楽しそうに日常を送るこの街の全てが、憎くなって……」
ダグラスは、搾り出すように話し出して……そこから先、喋ることが出来なくなっていた。
周りの人達も、ダグラスの今の言い分が分かるだけに、うまく声を上げられない。
そのため、流れをユウトが持ってくることにした。
「ワレリーのことは、元々反発してたんだよね」
「当たり前だ。だからはねのけようと思ったのだが……情けない。あれほど街一番の守りを自負しておいて」
「いいや、ダグラスは悪くないよ」
ダグラスが何かを言おうとする前に、ユウトが声を挟む。
「ダグラスの他、僕も呪いを受けていたし、白教会の店員に至っては解呪直後にナイフで刺し殺しに来たからさ」
「……そんなに、恐ろしい相手だったのか」
「そう、気付かないうちに僕も記憶が怪しくなっていた。ダグラスが抵抗できなかったのも分かる」
「……し、しかし、俺は……」
ダグラスが煮え切らない様子で言葉を濁す中で、シャルロットが立ち上がり……ダグラスに頭を下げた。
それは、サリス、トニー、アリアから比べても非常に珍しい行動だった。
「デボラが死んだのは、私の責任だ……皆には、何と詫びをすればいいか……」
「やめてくださいよ、ボス。あなたは姉の友人であり、そして理解者でもあった。その姉の言葉通りに街を守ってくれたボスに、文句を言うことなどありません」
「……。そう、か……。他でもないダグラスが許してくれるのなら、デボラにも許してもらえるだろう、な……」
シャルロットが再び顔を上げると、少し憑き物が落ちたような、緊張の抜けてすっきりとした顔をしていた。
再び疲れからかベッドで眠ったダグラスを見て、ユウトとエリは、オーガストフレムでの騒動の全てが終わったとはっきり思った。
二人の協力プレイで、オーガストフレムの街は守られたのである。