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39.祝杯、そして疑惑

 事後処理を終えて、ヘンリーとともにオーガストフレムの屋敷に戻ったユウトとエリ。

 ヘンリーはカレンに事情を説明し、カレンは母のタリスマンが再び街を襲った呪いを解いたと聞いて、小さく「お母様……」と呟きながら目を閉じ、お付きのナタリアはそんなカレンを優しく抱きしめた。


 この日の晩は、ヘンリー自ら外に赴き、街で盛大に祝うこととなった。

 領主自らの奢りということもあって、暫く閉塞感の漂っていたオーガストフレムの街はそれまでの鬱憤を晴らすかのように明るい雰囲気となった。


「っしゃあー! 飲むぜオラァ!」

「あまり羽目を外しすぎるなよ! 酒に溺れてるようじゃ未熟者だからな」

「そう言いながら、ボスは火酒ウォッカ大瓶じゃねえっすか!」

「私は気合いが入っているから問題ない! あとボスって言うな! お前は罰として私と同じもので挑んでこいッ!」


 ちょうどオーダーギルド初日で見たような、明るく遠慮のないギルドメンバー達の元気の良さは、本来の姿を取り戻したように和気藹々としている。

 

 ユウトとエリは、シャルロットからの酒を断りつつも、人混みの中で皆に揉まれる。

 エリは戦ったところを領主が見ただけに人気が出て引っ張りだことなり、ユウトは巻き込まれるのは大変そうだとミリアのところへと行く。

 ミリアは隅の方で水を飲みつつ、片手でパンを食べていた。


「あら、お疲れ様ですユウトさん」

「ミリアさんも、お疲れ様です。本当はお酒も飲みたいでしょうに」

「私が酔ったら暴れる子を止められないからね。それにしても主役が来ちゃってよかったの?」

「主役はエリですから」


 ユウトとしては、あまり悪目立ちするつもりはなかった。

 こっそり影から世界を助ける、みたいなプレイを楽しむのも悪くないとは思ったが……結局のところ単純に、人の少ない田舎で育った18歳の日本人としては、大勢から絶賛されるような空気には、あまりに照れが出過ぎて耐えられないだけであった。


「ユウトさんって不思議な方ですね。誰よりも頼もしく見えるんですから」

「僕のこの姿でそう見えたのだとしたら、頑張った甲斐があります。エリって僕が隣にいることが不自然なぐらい、凄すぎますからね。エリの隣に並べるぐらいには、活躍したかったんです」

「……。はー……それ、エリさんに伝えてあげてくださいね?」


 少し呆れ気味に溜息をついて、ミリアは一人で黙々と追加のパンを取りに行ってしまった。

 ユウトは首を傾げつつも、中心ですっかり皆に囲まれているエリと目が合うと、エリが必死に両手を振ってきたので、苦笑しながら彼女の所へと向かった。


「どうしてどっか行っちゃったの〜っ!?」

「こういうの慣れてないからだよ」

「私も慣れてるわけないからね!? 喋らなくてもいいから、ち、近くにいてっ……!」


 エリはユウトを人形のように太股に乗せて抱きかかえた。

 ユウトは大股開きでエリの両脚に乗る形になり、後頭部がずぶずぶと埋まっていく。

 逃げ出そうにも、お腹を片手で押さえられて身動きが取れない。


 エリはユウトが近くにいる感覚に安心して満足すると、そのままヘラの串焼きを頬張っていく。

 食べながらルンルン気分で身体を揺らし、その度にユウトも一緒に左右に揺られる。


「ていうか食べてる? はい、あーん」


 それだけでは飽きたらず、エリは串焼きをユウトの口元に持ってくる。


「ぼ、僕はもういいって……」

「え〜っ? ほらほら、食べないと帰してあげないよぉ? あ〜ん」

「え、エリ? どうしたの……? えっと、その……じゃあ……」


 ユウトは口を大きく開けて、エリはユウトの口の中に串焼きを入れる。

 一口噛み切ると、ゆっくり咀嚼して呑み込む。


「うっへへへ……」


 エリは、ユウトの食べかけの串焼きを頬張ると、今度はユウトを両腕で身体の中に押し込めるようにしながら、嬉しそうに左右に大きく揺れる。

 巻き込まれたユウトは、最早アトラクションにでも乗っている気分だ。それも、とびっきり柔らかいものに。


(ほ、ほんとにどうしちゃったの、エリ……。……ん?)


 ユウトは、エリの胸に沈みながらも、正面の飲み物を見た。

 ……サトウキビジュースのガラスコップに、シャルロットが、自分の火酒を注いでいた。

 ユウトと目が合った瞬間、「あ、やべ」と呟く。


「……シャルロットさん、何やってるんですか?」

「あ、あはは……めぼしいやつ潰れちまってさ、飲み仲間がほしいかなって……」

「僕も今度からボスって呼んだ方がいいですか?」

「すまんそれはマジで凹むのでやめてくれ……」


 ユウトの視界外からやってきたミリアが、本気で頭を下げてうなだれるシャルロットの隣に立ち、腰に手を当てて溜息を深く深く吐く。

 さすがにユウトの発言には反省したようで、シャルロットは水を手配しエリに飲ませるようにした。

 ミリアは、酔いつぶれた人間を店の隅に運んでいく。


 しばらくすると、店もだいぶ静かになってきた。

 ヘンリーは早い段階で屋敷に戻っており、カレンはいくら祝杯とはいえ、さすがに酒場には最初から呼ばれていない。

 ユウトも、この辺りでお開きだろうと宿の方に戻っていった。エリは酔っていたが、ユウトが帰るというとついてきた。


 ちなみにその日、エリはユウトの頭を抱えて、抱き枕のようにして寝た。

 ユウトも疲れからかすぐに眠ったが、その日はずっと夢の中でもエリに抱きしめられて身動きの取れない夢を見てしまっていた。

 夢の中でのエリは、今のエリ以上に大きく……ユウトはなされるがままにエリに抱きしめられ、しかしユウト自身も自分の意思でエリを抱きしめていた。


 夢の行動は自分で自由に動かせないとはいえ、起きたユウトは夢の内容に自分で呆れて少し笑ってしまった。

 未だ理性で押し留めてるものの、抗えない自分の本能は完全にエリに惹かれている分かってしまったからだ。




 エリもお酒が抜けた翌朝、頭を掻きながら朝のあいさつをする。

 ちなみにエリは、酔った時の行動も全部覚えている方だった。自分でそれを思い出さないように、必死に声を上げる。


「そ、それにしてもー……ダグラスさんって、何があったのかなあ」

「誰かに呪いを受けたはずなんだけど、特に変な人とは出会ってないしなあ」

「うん……うん?」


 ユウトは、エリの返事のイントネーションが変わったところでエリの方を向き首を傾げる。


「どうしたの、エリ。ダグラスはいつも一人だったよね?」

「え? ユウトこそどうしたの? 人の顔覚えるの早いのに珍しいね。なんか不健康そーな人とダグラスさんが喋ってたの覚えてない?」

「どんな人?」

「うーん、会話したじゃない。ほら、えーっと……ワレリーさんって——」


 エリが、その名前を出した瞬間。

 ユウトは偏頭痛を覚えて、頭を押さえながら座る。


「……頭痛……いや、なんだこれ、あ、頭が……!」

「ユウト……ユウトっ!?」


 急に襲ってきた頭が割れるような激痛に、宿の毛布の上で寝転がりながら頭を抱える。

 それまで何ともなかったユウトのあまりにも急激な変化に、エリはパニックに陥る。


「あああ、アアアアア!」

「ユウトっ!? しっかりして、ど、どうしよう私、どうすれば、回復、治療、どうすれば」

「アアァ! 違、う!」

「えっ!?」

「これ、だ、ダグ……!」


 ユウトがその名前を呟いた瞬間、エリは全てを察して、左手を胸元で握りしめながら叫んだ。


「【ブレッシング】っ!!」


 その魔法が発動した瞬間、ユウトは一瞬痙攣して、それから汗を噴き出し肩で息をしつつも、なんとか平静を取り戻す。


「ユウト! 大丈夫、ユウト!?」

「ああ、もう大丈夫だよ……ありがとう……」

「一体何が起こって——」


 大きく息を吐いて、汗を拭いながらユウトは答える。

 この症状と問題に関して、疑うべき相手は一人しかいない。


「ワレリーという男が僕に呪いを施した。エリにもやったけど、効かなかったんだろうね」

「じゃあ、ダグラスさんは」

「間違いなく、そいつにやられたんだと思う。……そしてエリ、僕と同じ症状だった人がいたのを覚えている?」

「あっ……!」


 エリは、ユウトの視線に気付いた。

 ユウトは座り込んだエリの隣で立ち上がり、宿の窓から西の方向を見る。

 その視線の先にあるのは、オーガストフレムの白教会。


 以前話を振ったら、頭痛で倒れてしまった人がいた。


「何が起こっているか大凡の予想はつくけど、それでも放置するわけにはいかない。あの人も治して、真実を聞こう」

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