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3.最弱転生に立ちはだかる敵は、負けイベントボス

 絶望的な悩みを抱えつつも、チュートリアルステージを自分の肉体で器用にクリアしていくユウト。さすがにそのプレイングの正確さは、日本一のプレイヤーだけあった。

 次に現れるは槍持ちのスケルトン。チュートリアルの敵ながら、少々強い敵である。

 ここでは相手の攻撃を受け流して致命の一撃を行う『パリイ』を習得する。そのための敵なのだが……。


「大きい……いや、僕が小さいだけなんだよなこれ」


 ユウトはその事実に何度目かの溜息をつきながら、スケルトンの攻撃を誘う。

 本来なら相手を恐れず攻撃をパリイするところであるが、今のユウトの体では失敗した際に取り返しがつかなくなる危険性がある。ユウトはそう判断し、距離を取って安全に攻略することにした。


 スケルトンが動いたところで、距離を測り攻撃を誘うように位置を調整する。そして相手の攻撃の振りが見えたところで、バックステップ。

 ただしユウトは、感覚的にかなり大きめのバックステップをする。だいぶ余裕を持った距離で相手の攻撃が空振りした姿と、跳んだ場所のすぐ傍に、背中の中心から血を流したハービットンの死体が見えた。

 自分の回避距離が、思いの外大きかったので少し余裕が出てきた。


「見た目の体格ほどは弱くないのかも。でも失敗しないようにしないとね」


 同じような攻撃を誘い、相手が空振りしたところで剣を振る。

 その繰り返しが二十を超えた頃、ようやくスケルトンは崩れた。


「攻撃力が低すぎるなあ……」


 その事実に諦めながらも、次の扉を開く。

 そろそろチュートリアルステージも終わりだ。あくまで戦い方を教えるためだけにあるステージだ、広くはない。


 最後の二体同時に出てくるスケルトンを一体ずつ誘い出して処理すると、ユウトはチュートリアルの見慣れたステージの違和感に気付いた。


「ハービットン……またハービットン」


 チュートリアルステージは廃墟を使った戦闘をモチーフにしているのか、マップに配置された死体が多い。

 ゲーム中ではこのうち二体がトラップである。一体は道中で死体だと思っていた相手が近づくと起き上がってくるだけだが、もう一体はボスへの扉近くにいる死体が、自分の通過後に起き上がってきて、挟み撃ちをするように後ろから攻撃してくるのだ。

 油断大敵、そういうところに気を配らないとすぐにやられるゲームだということを、ここのチュートリアルで教えてくれる。


 しかし、出てくる死体はゴブリンとスケルトンだけだったはずだ。

 こんなにハービットンがいるはずがない。


「ハービットン多めのゲームに変わったのか?」


 そのつぶやきに返事が来るはずもなく、奥から現れたゴブリンに対して剣を構える。

 それらを全て倒し、チュートリアルステージの全ての敵を倒したユウトの前に、大きな赤黒い魔法の壁が立ちふさがる。ボスステージの印だ。


「ここから先は、もちろん『洗礼君』だよな」


 ————洗礼君。

 そうプレイヤーから名付けられた存在とは、このゲーム『ブラッディ・ブラックバーン』のプレイヤーなら誰もが覚える最初のボスのことである。

 2メートル以上は余裕でありそうな巨体で、大きな杖を振り回す、筋肉質な悪魔の姿をした魔族であった。名前は『魔王四天王 暴力呪術師ザガルヴルゴス』という、明らかに序盤に戦うとは思えない名前。その名の通り、終盤のボスがプレイヤーを殺すためやってきているわけだ。


 最初にこのボスで『このゲームの難易度を知ってもらう』という目的のため、大きなインパクトを与えて覚えられるのが、洗礼君とユウトが呼んだ存在。

 ここで最後のチュートリアルである『セーブポイントへの死に戻り』というシステムを覚える。

 最初のセーブポイントは、主人公でありプレイヤーの使うキャラの、生まれ育った街だ。そこに戻されてようやく一章が始まるのだ。

 そこまでが、チュートリアルの一連の流れ。


 だから洗礼君こと暴力魔術師は、絶対に勝てないように作られている。

 まず初期レベルではダメージが一切通らないし、相手からのダメージは一撃で瀕死になるほど大きい。


 ふとユウトは、ある一つのことが気になった。


「……死にイベって、どうなるんだろう」


 先ほど、スケルトンの攻撃がすこし擦った時に痛かったのを思い出した。

 ならば、死ぬほどの怪我はどうなるのか。果たして人間に、その激痛は耐えられるのだろうか。


 少し悩んだユウトだが、結局狭いチュートリアルステージには、もう行く場所がない。仕方なくその魔力の扉に手をかけ、中にゆっくりと入っていく。

 ゲームで見たような、ボスの部屋への一歩。自分の視界一面に広がる赤い膜が、どこか根源的な恐怖を呼び起こすようで、ユウトは少し震えた。




 ――――死体。

 目の前に広がるのは、ハービットンの死体の山だった。


(なんだ、これ……!)


 小さな屋内闘技場みたいなボスステージには、あまりにもおびただしい数の死体が積み上がっている。

 ユウトがうろたえていると、肉の壁の向こうから、小さく弱々しい少年の声が聞こえてきた。


「……痛い……おかしいだろ、なんだよこれ……ゲームじゃ……」


 息を殺して足音を消し、自分の背が低いことを利用して死体の壁の隙間から覗いてみると……そこには、いた。ユウトから見て正面に、洗礼君こと暴力呪術師の背中。そして自分と同じ、初期装備のハービットン。

 彼は敵の方を見ながらじりじりと後退する。足は怪我をしていて、自由に歩けないようだ。


 ゲームでは、ダメージを負ったからといって動作が緩慢になるなど有り得ない。

 アクションゲームには『ダメージ一回で即死式』という、ゲーマーのプレイ技術を競うためのプレイスタイルがある。わざと瀕死にしてからプレイを始めるのだ。

 もし瀕死になるだけで動きが緩慢になるのなら、アクションゲームはとてもではないがプレイ技術を競うことができない。

 その設定はリアルではあるが、最早ゲームが変わってしまうのだ。


「この俺が、こんなはずじゃ……や、やめ――――」


 暴力呪術師の巨体が振るう杖に、ハービットンの男は吹き飛ばされた、明らかにプレイヤーと思われるその彼は、最後に「ばぇ」と意味のない音を吐き出すと、そのまま落下し動かなくなる。


(ゲームオーバー。いや、これでクリアか。怖いなあ……。…………あ、れ……?)


 ぴくりとも動かなくなったハービットンの他プレイヤーの死体を見て、ユウトは眉間に皺を寄せた。

 ゲームは、死に戻るのだ。それには肉体が第一章の場所へと戻らなければならない。そうでなければ死に覚えゲーなんて、プレイヤーの死体が半永久的に増え続けてしまうからだ。

 彼は、ゲームから現実に戻った……ゲームオーバーなのだろうか。

 あのハービットンの死体は、最後の一撃で吹き飛ばされ、周りの死体のうちの一つとなった。まるで最初から、そうなることが約束されているように。


 ふと、ユウトは母親の顔を思い出した。

 ゲームだというのに走馬燈など、自分でもおかしいと思いながら――


 ――ユウも突然行方不明になったりしないでしょうね。


 ……ついさっきの居間でのニュースだ。

 確か……行方不明者。行方不明者がゲームをやっていたという話。

 そういえば行方不明者は、誰か一人でも戻ってきた報告はあっただろうか。

 ここに積み上がっているハービットンは、容姿の差はあれど、一人残らず全く同じ装備ではないだろうか。

 ……例えば、ユウト自身と全く同じような。


 猛烈に、嫌な予感がする。


(……まさか……こんな弱い体に転生して、しかも相手は絶対に勝てないボスである洗礼君で、その上でここで倒さなければ……僕は……実際に死ぬのか?)


 あまりにも非現実的な状況に、現実逃避したくなり頬をつねる、しかし自身の小さな指は残酷にも、これが現実だという痛みを伝えてくる。


 あのハービットンより、自分が上手く戦える保証などない。そもそも人間の体格ですら、初期レベルではダメージが通らないのだ。

 ユウトは積み上がっている死体に隠れるようにして、暴力魔術師の動きを伺う。

 しかしこのゲームは、一度ボス戦に入ると、その赤い魔法の扉を内側から開けることは出来ない。

 つまり、倒すか、殺されるか、二択しか残されていなかった。


(詰んだ。……ゲームじゃなくて人生が、だけど)


 ぼんやりと、諦めにも似た感情でボスの見慣れた背中を見ていた。

 もう、いっそのこと挑んでみるか……そう自暴自棄になりかけたところで、魔法の扉が少し揺れて、次の挑戦者が入ってきたのがユウトに見えた。

 ああ、新たな犠牲者が……と思ったユウトは、その姿を見て驚いた。


 一面ハービットンの死体が積み上がる空間に足を踏み入れたのは、この場にいる何者とも似つかない、白い獣の亜人らしき美女だった。

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