38.オーガストフレムでの事件の詳細
ずっとパーティーを組んできた、部屋の皆は、この状況にどう対応していいか分からないようだった。
それでも、こうやってしっかり確保してくれたことに、ユウトはまず二人にお礼を言った。
「サリス、トニー、僕ができなかった分をやってくれてありがとう」
「何を言う、ユウト。本来ならばリーダーである私が一人で決着を付けなければならないことでしょうに。それを全て教えてもらったのだから、手を下すことぐらいは譲ってもらわないと」
責任感のあるサリスらしい言い分に対して、トニーはむしろ腕を組んで溜息をついた。
「むしろ、この街そのものを助けてもらったすね……」
トニーのいた場所からはもちろん、全てが見えていた。
もちろんサリスも、シャルロットとミリアも気付いていた。
ずっと屋敷の中にいたヘンリーは気付かなかったようで、改めてトニーから説明を受けた。
「そんなことが……」
「起こらなかったんすよ、ユウトが防いじまってね」
「……本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」
ヘンリーからの申し出は、今回のユウトの行動にとって渡りに船だった。
「それでしたら、『爆発小樽』で報酬を使い切ってしまったので、その分も上乗せして金貨をいただけますか?」
「ははは、欲のないことだ。その程度で良ければいくらでも渡すし、もっと上乗せするつもりだ。……この街の人間の命、何より無力な娘にゴーレムからの攻撃があれば、その損失は私の財産全てと比べてもとても補いきれない……ケイトにも赦してはもらえないだろう」
ユウトは、その小さな呟きで、新たに出た名前がカレンの母親であることに気付く。
ケイトは、ヘンリーが唯一愛した女。カレンの母親である。
カレンから見たら誇り高い母親ではあったが、ヘンリーから見れば子煩悩で、子育てにいつも悩む心優しく繊細な女性だった。
その彼女が遺した者を守るためなら、いくらでも命を張れる。しかし、命を張ったところで守れなければ意味はないのだ。
「————何故」
今まで沈黙を守ってきた、ダグラスがここで初めて声を上げた。
「何故、ここまで俺の計画が分かった……?」
「そうだね、ダグラスも僕を警戒していたから、僕にばれるとは思わなかっただろう」
ユウトは、エリと一緒に尾行していた時は、ダグラスが『尾行した日だけ行動を起こさなかった』ことを考慮の一つに入れていた。
それはエリが目立つからであり、エリと別行動をしたユウトを見て驚いたことから、確信に変わった。
しかし極めつけは——。
「エリが暴いたんだよ」
「……へっ!? 私!?」
ユウトの発言に、一番驚いたのはエリだった。
そのエリに対して、はっきりとユウトは頷いた。
オーガストフレムベリーは、誰かが種を持ってきて街の中で栽培しているもの。
すっかりそれが馴染んでしまったために、気付かなかったのだ。
ゲームでは、ホブゴブリンにもある程度の生息場所が決まっている。
一つは、強い魔力につられてやってきたのか、暴力呪術師ザガルヴルゴスのいた、チュートリアルステージ改め『帰らずの城』の前。
もうひとつ、森の奥に生息場所がある。
ホブゴブリンは森の奥をうろついたりしているが、数体は木の方を向いて、プレイヤーがすり足で近づけば後方致命で先制攻撃できるようになっていた。
ゲーム中は、回復アイテムじゃない食料を気にしない。
だから、気がつくのに時間がかかった。
ホブゴブリンがじっとしていた森の奥の木。それは、オーガストフレムベリーの実が生っている木だ。
そう、ホブゴブリンの主食は、オーガストフレムベリーだったのである。
更に考察の材料になったのが、ダグラスの手元の袋。
行きは山ほど詰め込んでいて、帰りは空であることに気付いた。ただ、ユウトはその中身がずっと分からなかったのだ。
しかしエリが屋台のおじいさんに聞いて、その中身がオーガストフレムベリーであったことを突き止めた。
「えっ、あれってそんなに重要だったの?」
「もちろん。あれのお陰で今回の件が全て分かったようなものなんだ」
「ええ……?」
当のエリがまだ分かっていない中で、ユウトは説明を続ける。
何度かアリアとトニーと、時々サリスとも一緒に討伐をした際には、一緒に食べることも日常となった。
その初日。最初にアリアは何と言ったか。
「あ……! オーガストフレムベリーが、久々だって!」
「そうだね」
そしてユウトが次に視線を向けたのは……ギルドマスターの、シャルロットだった。
「ダグラスが、『大鷲の翼』のメンバーのために、オーガストフレムベリーを買っていないことが確定した。そしてダグラスに家族はいるかシャルロットさんに聞いたら、『燃え尽きぬ大剣』のリーダーがダグラスの姉だったと聞きました。つまりダグラスは、家族のためにも買ってない。そこから導き出されるのは、オーガストフレムベリーを主食にした魔物、ホブゴブリンの——」
ユウトがそこまで喋ったところで、ダグラスが急に暴れ出した。
サリスとトニーが咄嗟に動こうとするところで、それに先んじてシャルロットが上から抑え込む。
「……っ、くそっ! お前らが、お前らが姉を……!」
「ダグラス、お前は……」
シャルロットは鍛えられた力で巨体を抑え込みながらも、困惑した顔でダグラスを見下ろしていた。
デボラは、ダグラスの姉であり、『大鷲の盾』の先輩で皆の指導役だった。
まだ爆発小樽が開発・輸入されていなかった頃、ヘンリーとシャルロットが決めた『帰らずの城調査任務』の際に犠牲となった、将来有望な頼れる皆の姐御だった。
しかしユウトは、ダグラスに対してばっさりと一刀両断する。
「不測の事態で不幸が起きたことは憐れに思うけど、それを予見できないのに責任を押しつけるのはどうなの」
「黙れ! お前に何が分かる!」
「分からないよ。分からないけど……そのせいでアリア達が殺されるのはあんまりじゃない? その手段を取った時点で、ハッキリ言って同情できないよ」
ユウトの言葉に、サリスが続く。
「そうだ、お前はデボラ先輩に普段から、『でかい身体なんだから命張って盾になってやれ』と言われていたではないか」
「俺は、止まるわけにはいかないんだ! 止まれば……とま、れば……」
そこで、ダグラスの様子が急に変わる。ぶつぶつと何かを言っているかと皆が注目する中で……シャルロットが抑え込んでいる上で、急に暴れ出した。
「あああ、アアア!」
「ダグラス!?」
「あ、頭が、頭が……あああ!」
急に様子が変わったダグラスに、シャルロットは警戒しつつも腕を放す。
ダグラスは頭を抱えるようにして、床に丸まった。
ユウトはその苦しむ姿を見て……ゲームのとあるイベントを真っ先に思い出した。
それは確か、この場でのイベントではなかったはずだと思ったが、考えることは後にする。
「エリ!」
「な、何!?」
「タリスマンを握って、『ブレッシング』!」
エリは、すぐにユウトが何かこの局面で重要な魔法のことを伝えていることを察して、タリスマンを出現させて握りながら叫んだ。
「『ブレッシング』!」
その瞬間、ダグラスの周囲に黒い霧が一瞬現れたかと思うと、そのまま空気に溶けるようにぶわっと霧散した。
ダグラスは靜になり、床に倒れている。シャルロットが、手袋を外してダグラスの鼻の付近に手を当てる。
「……息をしているようだな……」
その報告に、皆はほっとした。
恐らくダグラスは、何かに操られていたのだろうと皆は察する。
ダグラスはそれだけの信頼がある男であった上、デボラという今は亡き人に世話になった皆は、弟のダグラスの精神的な強さも一目置いていた。
何より……今のダグラスの異様な変化と、不自然な黒い霧を見て疑うなという方が無理な話であった。
その中で一人、エリの方を見て瞠目している人がいた。
領主のヘンリーの視線の先には、エリの左手にあるタリスマン。
「まさか……それは……」
「……あっ、その……ええ。このタリスマンは、カレン様から『必ず役立てて』という約束をして、貸していただいた……お母様の形見です」
その一言を聞いて、ヘンリーは床に膝を突いた。
「そう、か……そうなのか……。ケイト……お前は、いなくなって何年経とうとも、私を守ってくれるのだな……」
ヘンリーは、今は亡き妻の姿を思い浮かべながら、涙を流した。