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37.ユウトは常識を爆破した

 ユウトは、エリなら任せても大丈夫だとは思いつつも、やはり心配するなという方が無理であった。

 そのため必死に走って、エリのところまでやってきた。


 当のエリは、ユウトと目を合わせた瞬間に、領主の娘を抱きながら満面の笑みで拳を突き上げていたわけであるが。


「完全勝利、かあ。さすがエリ」

「いやユウトのアドバイスなしに挑む気とかさらさらないからね?」


 一番最初の街ながら、最早このやりとりもお馴染みになっていて、ユウトとエリはもちろん、周りで見ていたカレンやヘンリーも一緒に笑っていた。


 笑っていたところで、オーガストフレムの屋敷に、新たな来客が現れる。


「ヘンリー様、失礼します! ユウトさん、エリさん、ボスが呼んでます!」

「わかりました。エリ、行こう!」

「うんっ!」


 エリはカレンを降ろすと、ユウトの所まで歩く。その途中で、ヘンリーもユウトの近くまで来た。

 そしてギルドでも何度か顔を合わせたミリアの方をまっすぐ見る。


「ミリア殿。私もその相手が見たい。ついていってもよろしいか?」

「えっ!? あ、えっと、それは……」

「いいと思いますよ」


 その問いにギルド員であるミリアの代わりに、ユウトが答えた。

 そのことにミリアが抗議する前に、ユウトはもう一つのことを言う。


「というより、もしかするとヘンリー様かシャルロットさん……ギルドマスターか、もしくは近しい人が原因となっているかもしれません」

「……そう、なのか?」

「サプライズプレゼントでもなんでもないので、早い段階で言っておきましょう。相手はダグラスです」


 その名前を聞いた瞬間、ヘンリーはもちろん、カレンや使用人も驚いた。


「何かの、間違いでは、ないのか……?」


 弱々しい呟きに、代わりに答えたのはミリアだった。


「いいえ。ダグラスを確保したのはサリスさんとトニーさんの二人で、確保の指示を出したのはユウトさんです」

「……本当、なんだな……」


 ヘンリーは少し沈黙すると、頷きミリアを見た。


「わかった。やはりユウト殿の言うとおり、私も行こう」

「……わかりました、ヘンリー様。くれぐれも前に出たり、相手の出方に早まった行動は慎むようにしてください」

「もちろん、わきまえておこう」


 不安そうな顔をしたカレンの頭を、エリが撫でて「大丈夫」と言う。

 それでもまだ不安そうな目をしていたが、カレンは少し背伸びをして、エリのタリスマンに触れる。


「お母様、エリを守ってあげて……」

「カレン様……」


 エリは再び膝を突いて、軽くカレンを抱きしめた。離した時には、カレンももう不安そうな顔をしてはいなかった。

 四人は、ギルドへと向かった。




 ギルドへの道の途中で、エリはどうしても気になることを聞いた。


「丘のゴーレムって、どうやって倒したの?」

「『爆発小樽』だよ」

「ばくはつこだる?」


 ユウトが使った道具は、『爆発小樽』というアイテムだ。

 相手に向かって投げると、そこそこのダメージを叩き出す、場合に寄ってはボス攻略のための道具となるもの。

 ちなみに魔石換算だとホブゴブリン3体分ほどの価格なので、護身用ならともかくも、好んでこの道具を消耗したいと思う人はいない。

 比較的近年に普及したアイテムの一つだった。


 ゲームでは、アイテムとして装備して、一個ずつ投げるのがアクションゲームとしてのスタイルだ。

 それなりにダメージが出る反面、価格も高い消費アイテムなので最終的には縛りプレイでもない限りは一切出番がなくなる。


 ユウトはそれを、持てる金貨の殆どを使って買い込んだ。

 そして、それらを全て丘の下に埋めたのだ。


 ボスが別の場所に出没する可能性はほとんど考えなかった。

 理由は、簡単。

 この街は、『イーリアスのクレイゴーレム』を討伐した直後、滅ぶからだ。


 街でのイベントは、最終的に主人公プレイヤーが門に着いた途端、あの丘の上のゴーレムに撃たれるのを建物に隠れながらやり過ごすのだ。

 門の後ろからはホブゴブリンが押し寄せてきて、それらから逃げつつ、オーガストフレムの屋敷のクレイゴーレムを倒す。

 そうすれば、クレイゴーレムが同時に消滅する。ただし当然のことながら、街はボロボロになっており、ホブゴブリンは廃墟と化したオーガストフレムに住む。

 だから殆どの人は死ぬか、街を去ってしまうのだ。


 ユウトはその滅んだオーガストフレムの街を当たり前のように受け入れて周回していた。

 しかし、こうやってオーガストフレムの街の人と触れ合って、個性的な人達と協力して、おいしい料理を食べて。

 そうなると、当然思ったのだ。


 ——この街、滅ぼさずにクリアできないだろうか。


 そこでユウトが考えたのが、完全に先手を打って、ゲームの常識に囚われずに砲撃側のクレイゴーレムを倒す方法だった。

 事前に爆発小樽を仕込んで、アリアに着火してもらう。

 その計画は、見事にうまくはまり、オーガストフレムの街を無傷で守りきることができた。

 犠牲になったのは、せいぜい景観の一つだった丘ぐらいだ。




 という説明を、ミリアとヘンリーに聞こえないようにユウトがエリに話した。

 エリは、全ての内容を聞いた後に……いてもたってもいられなくなって抱きついた。


「え、エリ! ここ、大通り……っむ……!」

「ユウト、ユウト〜!」

「んーっ、んーっ……」


 ユウトの抵抗お構いなしに、エリはユウトを胸の中に抱きしめたまま歩く。

 このままギルドに向かうようだった。


「えへへ、これが私のユウトなんだ、これが私の、最強のパートナーなんだ……!」

「……んむ……」


 その、当の最強のパートナーを、手も足も出ないぐらいに自身の身体で無自覚に圧倒しながら、エリの心の中はすっかり踊っていた。


(はぁ〜、ユウトとの夏休み、状況が状況だから不謹慎ではあるんだけど、でもやっぱり幸せだよぉ〜)


 浮かれた顔をしたエリの抱擁を受けて、ユウトはすっかり抵抗を諦めていた。

 なんというか、どんなに力を入れても全くびくともしないので、いっそ身を任せてしまうことにしたのだ。


(どうせ元の柳葉ユウトの顔でもないし……恥の掻き捨てにしておこう……ああ、でも……)


 ユウトは、少し汗に蒸れたエリの身体の匂いを嗅いで、頭の中に鳴り響く警鐘をぼんやりと聞き流しながら思った。


(これ、好きになっちゃってるの自覚すると、年上の従兄としては完全に終わっちゃうな……もう手遅れだけどね……)


 ユウトは、フェンリルヒュムのエリに、完全に魅了されていることを自分で認めた。




 エリの抱擁が終わり、ユウトは少しふらつきながらもなんとかエリを支えにして立つ。

 後ろを振り返ると……ミリアが、顔に手を当てて指の隙間からちらちら見ていた。


「あの、ミリアさん……それ、堂々と見られるよりも恥ずかしいのですが……」

「う、うう、耐性がなくてすみません……」

「いえ、ミリアさんは悪くありませんので……」


 なんとも気まずい空気が流れる中、ギルドの扉が開く。

 そこにはシャルロットがいた。


「ミリア、帰ったか! あ……ヘンリー様……?」

「ギルドマスター。私はユウトに、私も来るように言われていたから来たのだ。ミリア殿を責めないでほしい」

「分かりました。皆、私の部屋へ」


 そしてシャルロットは、少し騒がしいギルド内部を一喝しながら、自分の部屋へと入る。


 部屋の中には、ついにギルドマスターが戻るまで一言も発することができなかった、『大鷲の翼』が全員待機していた。

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