36.二人は巨人相手に無双する
二つの巨人。泥で出来たような、見方によっては雑な造形という印象すら受ける巨人。
しかしその体格は、建物より倍は大きい。そんな存在が人間の身体と同じ構造をして立っているのだ、どんなに鈍重そうであろうと、脅威には変わりない。
顔の部分に穴が空き、目らしきものが淡く光っている。
エリは、巨人が出現した瞬間、一目散に巨人目がけて走り始めた。
巨人の片方は、オーガストフレムの屋敷。エリが任されたのはそちらのゴーレムだ。
しかし、左側の丘の上にいる、もう一体のゴーレムが気になる。
(あいつの話、ユウトはしていなかった……って、待って、あいつはこっちに向かって……)
崖の上にいる巨人は、少し姿が違う。
顔にあたる部分がなく、胴体部分に大きな穴が空いている、太った泥人形のような巨人だ。
その巨人はずっと、エリの方だけを見ている。エリが走っているから、はっきりとエリの方を目で追っていると気付いた。
その胴体に、ぽっかりとあいた口のようなものから、光が溜まりだす。
(え、あれって、攻撃――)
なぜユウトは、この巨人の話をしなかったのか。
知らない敵なのか。
あの攻撃が来たら、自分はどうなってしまうのか。
数々のいやな想像が、不安とともに一瞬のうちに錯綜する。
巨人がそろそろ攻撃をしてくるんじゃないか、というタイミングで……どこからともなく矢がふわりと巨人に届く。
その矢は勢いもあまりなく、それでいて巨人に対してあまりにも細い。
泥の巨人に矢が刺さったところで、ダメージにはなるようには見えなかった。。
しかし矢が刺さった直後……巨人の身体がぶわっと燃える。
これで巨人を止める攻撃が成功した、と思ったのも束の間。巨人のチャージは、全く止まらなかったのだ。
エリの頭が、嫌な結果を予想してしまう。
(失敗、したんだ……!)
明らかに当たった攻撃と、明らかに効いてない敵。
その二つの事実に、あの攻撃が次の瞬間にも、自分のいる場所を蹂躙することを想像してしまう。
(街を、みんなに、任されたのに……!)
エリは屋敷目がけて全力で走りながらも、あまりの無力感に泣き出しそうになった。
そんなエリの代わりに、まるで涙を流すように、巨人の身体から液体がぽとりと落ちる。
その瞬間――――!
「えっ……えええええええっ!?」
大爆発とともに、以前ニュースで見た、火山の噴火の際に出るような冗談みたいに大きな黒い煙が、もくもくと丘から立ち上っていた。
否、丘はもうとっくに消滅していた。土砂が崩れ、外壁に多少の砂が押し寄せている。
もちろん、巨人など跡形もない。
エリが唖然としながら丘の上を見ていると。
「んん〜っ……! 気持ちいいねぇ〜!」
隣に、見知った顔が現れた。
「アリア!」
「よっ、エリ。彼からもらった秘密兵器、すっごいねぇ〜! っなーんてさ、そんなんじゃないことぐらい分かるよ」
「え? アリアが撃ったんじゃないの?」
「私が撃ったのは、ただの火が付く油袋つきの矢だよぉ。……間違いなく、彼の仕業だね」
彼。その単語が意味する人物など、一人しかいない。
エリは、自分を遠くから一方的に殺そうとする巨人の、もはやどこが泥の本体でどこが土かさえ分からない跡を見て、最後の彼の言葉を思い出す。
――――また少しずつエリを、助けていける。
あれは、このことだったのだ。
全てをひっくり返す、ユウトの規格外の一撃。
そのあまりにも凄まじいやり方に、エリは全身に鳥肌が立ち、ぞわぞわとした快感で足が震える。
(ど、どこまでかっこよくなるの、ユウト!? 明らかに転生前より今の方が断然かっこいい! これもう、王子様とか完全に凌駕しちゃってる! ああもうこれやばい! 気持ち良すぎて絶対帰ったら我慢できない〜っ!)
一瞬頭が真っ白になるほどの感覚に身を震わせ、少し冷静になった直後にアリアと目が合う。
「彼にはたっぷり感謝を後で伝えるとして〜……エリは、私たちじゃ絶対太刀打ちできなさそうなアレ、やってくれるんだよね?」
アリアの視線の先には、屋敷がある。
門を破壊しようとする、ゴーレムの顔亡き顔の、無表情な目と目が合った気がした。
「っ! もちろん! いってくる!」
「任せたよ、私たちの救世主〜!」
エリは背中から、そして街中から自分を賞賛し、激励する声をかけてもらいながら……同時にその全てを、頭の中で否定した。
(違う! 私じゃなくて、救世主はユウト!)
門が近づくにつれ、泥の巨人の異様な大きさも分かるようになってきた。
エリから見ても見上げる巨人の持つ、剣とも呼べない細長い酸化鉄の塊を見て、エリは更に自分の頭の中を否定する。
(違う! それじゃ、私のことを信頼してくれた……私に救われたと言ってくれたユウトに申し訳が立たない! 過度な謙遜、いいえ、自己否定は、ユウトを傷つけてしまう!)
エリは、閉まった門を両足で飛び越え、敷地の中に入る。
射程圏内に収まった巨人に向かって、一瞬で出現させたザガルヴルゴスの尾槍を両腕に構える。
「私とユウトは——」
そして、両手で持った槍を、バットのようにフルスイングした。
「二人で、最強だッ!」
この泥巨人のボスの名前は、『イーリアスのクレイゴーレム』という。
エリは最初は分からなかったが、ユウトから二度目にその名前を聞いただけで、このボスのことを理解した。
足首が両方同時に、エリのフルスイングによって一瞬で削れる。
ただでさえダメージを受けただけで倒れ込むクレイゴーレムが、エリのその一撃に耐えられるはずがない。
『イーリアスの主人公……その名前はアキレスだよ』
ユウトの知識による簡潔な説明で、ゲーム系の知識が疎い自分でも、クレイゴーレムの弱点は一瞬で判断できた。
そして倒れたゴーレムを見下ろす。無言でその手に持っている槍を——首もとに突き立てる。
無表情なクレイゴーレムの顔の光が、一瞬驚きに明度を上げたような気がした。
「最強のユウトの前では、君の姑息な作戦も意味はなかったね」
この『イーリアスのクレイゴーレム』は、ボスの中でも初見殺しと呼ばれる存在だ。といっても、このゲームのボスは大体が初見殺しである。
足首を攻撃して転倒させるまではいい。しかしこの敵は、心臓と脳の部分には核がない。首元にある。
そしてその露骨なまでに弱点のような、顔。
『顔の光を先に狙って倒すとね、全回復した上で暴走モードに入って攻撃速度が上がるんだ。強いよ、初見殺しもいいところだ』
教えてもらってなかったら、間違いなく自分はひっかかっていただろう。
しかしそんな敵も、ユウトの知識にかかればこのとおり。
「ま、相手が悪かったね。ユウトと組んだ私が敵じゃ、絶対勝てないもん」
エリはふふっと笑った。その直後、クレイゴーレムは光り輝き、そしていつかの暴力呪術師のように跡形もなく消滅したのだった。
もくもくと煙を上げ続ける崖を見ていると、扉が勢いよく開く。
「エリーーーーーっ!」
そこには、満面の笑顔で自分に走ってくるカレンの姿。
エリがしゃがむと、その胸に勢いのまま飛びついてきた。
「カレン様!」
「やったわね! オーガストフレムの救世主様!」
「い、いえ私なんてっ! ユウトのお陰ですよっ」
「ふふっ、そうでしたわね! 二人はオーガストフレムの救世主ですわ!」
エリは、ユウトを認めてくれたカレンを抱きしめる。
遅れてヘンリーや使用人達が屋敷から姿を現した。
最後に門が勢い良く開き、一番見たかった顔……ユウトが息を切らして現れる。
エリのことを心配して、走って来てくれたのだろう。
ユウトが自分を見て微笑んだことで、エリはようやくこの騒動が全て終わったのだと、はっきり意識できた。
喜びを抑えきれないように、ユウトと目を合わせながら、拳を天に向かって突き上げる。
「余裕の完全勝利ーーーーーっ!!」
エリがこの身体になって以来の、一番の笑顔だった。