34.ユウトは作戦を立てる
「は、犯人!? 手がかりすら掴めてなかったんじゃないの!?」
「そうだね。今日別々に行動したのは正解だったよ。恐らく相手も、僕が気付いたということに気付いていないはず」
「……だ、誰なの?」
ユウトは、腕を伸ばして平手を前に出す。
エリはそのポーズを見て口を閉じた。沈黙の合図だ。
「誰が聞いているか分からないし、もしかすると……話しかけた瞬間に発動するタイプのボスだと、迂闊にその名前を言った瞬間に敵が出てくる可能性もあり得る」
「……ああ……なんかその展開わかるー……」
エリも普通に漫画本などを読む女子だったため、そういったいわゆる『フラグ』というものを敏感に感じ取っていた。
なんといってもゲーム世界なのだ、黒幕を知った瞬間にボス戦、なんてことになったら目も当てられない。
「だから、今回僕は更にその上で、エリに事前にボスのことを話しておこうと思う」
「……へ?」
ユウトの唐突の提案。先ほど相手の話をはぐらかしたばかりとは思えない、唐突な話の持って行き方にエリは困惑する。
しかし、ユウトがそこで語った内容に驚き……同時にとてつもない情報量であり、エリの表情は引き締まる。
何度も確認のために、ユウトから問題形式で出題してもらいながら、エリは言われた内容を頭に入れた。
二度繰り返したところで、エリは全ての内容を正解した。
「エリは覚えがいいね」
「学校では成績優秀で通ってますからっ! クラスだといつも3番目ぐらいだよ。最高順位は学年で4番!」
「うわ、ほんとに優秀だね! 僕はクラスで10番以内には入っていたけど、そんなに上位になったことないよ」
「えっへん。ユウトは最高で何位?」
「学年で9番目には入ったことあるよ」
「……一応言っておくけど、ユウトは塾通いじゃない上に家の手伝いしながらだから全然条件違うからね? ていうか家でゲームしかしてないって言ってたのにその成績なの、明らかにおかしいからね?」
エリは呆れつつも、そういうところがユウトの凄さだな、と感じていた。
基本的に全てのことをそつなくこなすのだ。
そんな不得意分野のない彼のことを、元がとても優秀だからなのだろうと少し羨ましくも思っていた。
エリは、朝永家の両親の方針で、しっかり塾通いして今の成績を維持していたからである。
不得意分野がない、程度にしか思っていたため、得意分野ということに関してはあまり意識したことがなかった。
ゲームは基本的に遊びだ。だからゲームが多少上手くても、特別に優秀だと思うことはさすがにエリでもない。
しかし、人気タイトルで日本一となると、全く事情が違ってくる。
(ほんと、滅茶苦茶頼りになるもんね)
今説明してもらった話を再び頭の中で反芻しながら、エリはしっかり頷く。
「いつが決行日になるかわからない。明日かもしれないし、来週かもしれない。だから、今この話ができてよかったよ。……もう少し早めにしておくべきだったね」
「うーん、そうかもね。でも言われるまで現実味なかったし、間に合ったからいいんじゃない?」
エリは楽観主義であった。反面ユウトは悲観的というより、最悪を想定して動くタイプであった。
「今回は間に合ったけど……次からは気をつけるよ」
「真面目だなあ」
「僕より真面目に利用規約読んだエリには言われたくないねそれ」
「いやいやユウトの方が真面目だと思うから。多分私が読まずに転生してたら、ユウトが読んでただけだから」
二人はお互いを褒め合って笑った。
お気楽そうな顔をしているエリであったが、ユウトはそんな彼女のことを心から頼りにしていた。
年一回会うエリは、いつも明るく、それでいて頼りになる少女であった。今年からはもう、少女という呼び方は失礼なぐらい、成長した。
それでも例年と同じように、変わらない態度で接してくれるエリ。それなりに慕われているとは思っていたが、まさか異世界までやってくるとは思っていなかった。
(本当に頼りになるよ、肉体的にも精神的にも上になった、僕の年下の従妹。……帰ったら、エリのお願い、なんでも聞いてあげたいな)
ユウトもやはり、エリと同じ気持ちであった。
翌日、ユウトは真っ先にアリアへと会いに行く。
外のホブゴブリンがいよいよ街の門から見える時もあるぐらいで、街中には人が溢れかえっているものの、その活気はあまりない。
途中手ぶらのダグラスとすれ違って軽く挨拶し、朝食にヘラの串焼きを5本買って(もちろん、そのうち4本はエリ)、オーガストフレムの屋敷に着く。
門のすぐ近くで、トニーに会った。
「お、どもっす! お二人とも朝早くから用事っすか?」
「そうだよ。アリアはいるかい?」
「もちろんいるっすよ。アリアとってことは……じゃあ今日は釣りはなしっすねー。さすがに今のオーガストフレムから出られるとは思ってないすよ。あー、二日続けてってことはないと思ったんだけどなー」
仰々しく肩をすくめながら、背中の大袋を抱えて回れ右をするトニー。
しかしユウトは、その言葉を否定した。
「いいや、今日は出かけるわけじゃないよ。あとサリスはもちろん、ヘンリー様とカレン様にも話を繋げたい」
「なるほど……わかったっす」
ユウトは、何度か話してトニーのことを、丁寧語を使う軽い感じの下っ端……の体を装った、相当な知恵者だと認識していた。
多分自分のことも、必要以上に知識がありすぎると疑っている部分はあるはずだと。しかし、敵対するつもりが無い以上、味方になってくれると踏んでいた。こういう『言わなくても分かる』協力者は有難い。
そして、もちろんトニーもそれは分かっていた。
(信用いただけるのはありがたいすね。しかし、ユウトはもう敵を察知、か……自分も頭回る方かとうぬぼれてましたが、到底彼のレベルは無理っすねー……)
そしてユウトは堂々と歩き、エリは腰を曲げて丁寧に門を閉めようとする。しかしあまりの身体の大きさに、門のフレーム側に頭をぶつけてしまった。
門全体が大きな音を立てて揺れるも、エリは痛がるどころか恥ずかしそうに頭を掻くだけであった。
(……鉄板を頭突きしても余裕で曲げそうなんすけど、ほんと何モンなんすかあの子……。いやマジで、エリがユウトべったりで、ユウトが味方で良かったっすわ。こんなん敵対したら、帝国から魔法剣とか買い付けて不意打ちしても、絶対勝てる気がしないっすね……)
二人の組み合わせに何度目かわからない驚きの溜息を吐きつつ、トニーは先ほど見送りしてもらった執事の人に話しかけ、ヘンリーとカレンを集めてもらうよう指示した。
エリはカレンのところへ行き、ユウトはアリアの部屋へと歩く。
トニーの言ったとおり、暇そうにしていたアリアに挨拶しつつ、本題を切り出した。
「アリアの弓矢の技術は信頼してる。ものは相談なんだけど……」
「うん?」
ユウトは、窓の外に見える街のはずれにある大きな崖に視線を向けた。
そこに立てば、街を一望することができる。高さは20メートル、ビルの屋上ぐらいの高さがある。
そこから説明された内容に、アリアは首を傾げつつもすんなりと頷いた。
ユウトは、インベントリから道具を取り出す。
「これは何かな〜?」
アリアが疑問に思いながら触っていると、ユウトは珍しく勝ち気な顔で答えた。
「秘密兵器だよ」
アリアへの用事が済んだ後、皆で集まった場所は、食卓であった。
最初に異世界転生してしまった日に、お世話になった食卓。
ユウトが元々待っていたエリの隣に座ると、最後にヘンリーが部屋に入ってきてユウトに話を促す。
「遅れてすまない。ユウト、私までわざわざ呼ぶほどの要件とは一体何だ?」
「はい。まずはヘンリー様とカレン様、更に使用人も含めて一人残らず、朝から昼にかけての時間、この屋敷から出ないでください」
「……理由を聞いても?」
ユウトは全員を一度見渡して、最後にヘンリーの方を再び見て、はっきりと宣言した。
「殺されるからです」