33.ユウトの調査と、エリの気持ち
ユウトは計画を察知して行動はしていたものの、相手に関する調査は難航していた。
この街の住人から、異変に関わっていそうな人を探し出すのは容易ではない。特にここ最近、変化が全くないわけではなかったのだ。
街の外のホブゴブリンは、明らかに増えている。つまり、相手の方が一手上を行っているのだ。
この街での出来事で違和感があったことといえば、ひとつ。
それは、エリ用に買おうとしていた『魔力のタリスマン』の買い占めだろう。
誰が買い占めたか聞こうとしたこともあるが、不思議なことに店員は覚えていないと言ったのだ。それどころか、あの店員はユウトがあてずっぽうで何度か容姿を想像して喋ると、頭を抱えて倒れてしまったのだ。
結局あの後、二人は白教会の人達に追い出されてしまった。
しかしあの時の店員の反応が余計に、魔力のタリスマンに関わる異様さを際立たせていた。
ただし、疑惑がある、というだけで未だ尻尾は掴めない。
「相手の方が一枚上手か。僕とエリのことを警戒している可能性が……ん?」
人混みの中に紛れて辺りを見渡していると、ユウトはそこで見知った、しかし珍しい顔を見つける。
「あれは……ダグラス?」
屋敷ではあまり見かけず、基本的に単独行動をしているダグラスがちょうど門から帰ってきている様子だった。
ダグラスは袋をのぞき込み、逆さにして中の小さなゴミを落としている、どうやら袋は空のようであった。
誰でも疑いをかける、というシャルロットからの指示を受けて、ユウトは一度エリとともにダグラスを尾行したことがある。
ただし、エリはあまりにも目立つため相手は気づいていただろうなとユウトは思っていたし、実際ダグラスはエリの姿に気付いていた。
そもそもエリが近づくだけで、周りの住人が視線を上に上がるので、隠れていても分かるのだ。
とはいっても、ユウトもエリも、サリスの部下であるあまりダグラスを疑ってはいなかった。
平日のダグラスは、辺りをぼんやりと眺めながら散歩するだけの男であった。
農地の方面に行ったり、住宅街に行ったり。そんな行動が数日続いた。
ただし、控えめにに暮らすだけなら『大鷲の翼』の報酬だけで十分満足のいく暮らしが出来るのだから、ダグラスの平日がそういったものでも、二人ともあまり疑問には思わなかった。
だから、ダグラスが外から帰ってくる姿を見るのは、ユウトにとって初めてのことであった。
「ダグラス、今帰りかな?」
「……! ユウト、か。エリがいないので驚いた……」
「あー、そんなに四六時中べったりしてた?」
「それはもう、二人とも起きてから寝る時までずっと一緒なのかとさえ思うぐらいだな」
ダグラスは、軽い冗談のつもりで言ったのだろう。
しかしユウトは「さすがにそれはないよ」と返しながらも、内心は冷や汗ダラダラであった。
彼の言った『寝る時まで一緒』という表現は、間違いなく同じ部屋か、精々同じベッド、程度の感覚だろう。
まさか、この街に来て以来毎日抱きつかれていて、おはようからおやすみ、ではなく、おやすみからおはよう、まで一緒だとは思うまい。
「それじゃ、俺はもう戻る」
「うん、お疲れ様」
ユウトは、やはり先日見たときと変わらない淡々としたダグラスを見送り、そろそろ時刻が差し迫っていることに気付いた。
「いけない、もうこんな時間か……。エリが心配してるだろうから、合流地点に行かないと」
そこまで呟いて、ユウトは、自分の感覚のズレに気付いた。
(いやいや……待って? 今、僕なんて考えた? 年下の従妹を迎えに行くんじゃなくて、従妹が僕を心配していることを気にして? それじゃ……完全に、エリが僕の保護者じゃないか……?)
そのあまりにも不思議な倒錯感は、ユウトにとって嫌ではないが故に、未知の感覚で困惑するものであった。
しかもその関係で、そこまで間違っていないところが余計に。
(……ま、まだ時間まで早いけど、エリが気になる。戻ろう)
そう決めると、ユウトは迷うことなくギルドへと足を進めた。
いざギルドに戻ってみると、少し早めに着いてしまっていたユウト。
エリが来るまで待っていようかと思えば、そのエリは既にオーダーギルドの中で、奥の席にじっと座っていた。
少し近寄りがたい雰囲気をしていたのか、人がそのテーブルの周りだけ綺麗にいない。
心なしか元気がなさそうな姿をしている。
ユウトは努めて明るく声をかけた。
「もう戻ってたんだ、お待たせ、エリ」
「…………」
「……エリ?」
ユウトは声をかけてもすぐに反応しなかった、普段と違うエリに近づいた。
その瞬間。
「――うわっ!」
エリは、ユウトの脇から手を入れると、そのまま自分のすぐ近くへと持ってきて思いっきり抱きしめた。ちょうどエリとユウトの顔が至近距離になる。
柔らかい身体の中にズブズブと埋まるユウト。さすがに人前だからと遠慮させるように身体を叩こうとするも、今度はむしろユウトの腕ごと、エリは片腕で抱え込んでしまった。
後頭部を手の平で包まれて、顔を近くに寄せられる。
美しい顔。切なげな表情。赤面した顔。
「……」
「……」
ギルドの奥なので、人目にはつかない。
しばらくはいいだろうかと、ユウトはエリが落ち着くまで待っていることにした。
一体どんな気持ちだったのかは分からなかったが、やがてエリは抱きしめているユウトの顔を、赤面しながらちらちらと上目遣いに見るようになった。
その反応を見て、ふっと笑うユウト。
「大丈夫?」
「……うん」
「何か、不安にさせてしまった? やっぱり……僕のことが心配だった?」
エリは、黙って首を振った。
「あのね――」
そこから、エリはユウトにさっきまでの自分のことを正直に話した。
農民の区に入って、急に不安になったこと。
自分はユウトと一緒じゃないと、知らない街を歩くこともできないこと。
そして、何より。
「ユウトが一人で大丈夫かなんて、勝手で失礼な心配だよね。ユウトは好きでこの身体になったんじゃないのに、私にまるで子供みたいに扱われて……」
エリからの素直な告白に、ユウトは少し驚きつつも、すぐに笑って首を振る。その歳に、エリの手がユウトの髪を少しかき乱す。
「ううん、それだけ心配してくれるのは、エリが僕より頼りになるからだよ。僕が弱くて、エリが強い。それは、ただの事実。だけど……ちょっと嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「うん。僕はね……」
正直に答えてくれたエリに報いるように、ユウトは自分の心の内を話す。
それは、この世界に転生して、そしてエリに出会ってすぐに想像したこと。
「エリはね、本当にその身体は、凄すぎるから……もしも僕の知識を全て授けると、もう僕はいらないんじゃないかと思ってたんだ」
「そ、そんなこと……!」
「十分ありえる……と思っていたんだけど」
ユウトは目を閉じて首を振る。
それらは全て、ユウトの勝手な思い込みだったから。
「そうだね、それこそエリに対して失礼だったね。エリはいつも一緒にいて、守ってくれて。だから僕は、今……実はエリが僕を頼りにしていって知っただけで、もうこんなに心が浮ついちゃってる。なのに僕は、今日、エリを頼りにしなかった」
「ユウト……」
「エリの気持ちを考えず、一人にしてごめん。また明日から、一緒にいてくれるかな?」
「うん……うん!」
エリは少し涙目になりつつも、ユウトにおでこを合わせて笑った。
そしてユウトを離して……ようやく事態に気付く。
「……………………あれ?」
「あれ、じゃないですよ。めちゃめちゃラブラブじゃないですか、エリさんの恋愛運私にくれませんか?」
周りを見ると、ギルド員全てがちらちらと二人を見ていて、ミリアは腕を組んで溜息をついていた。
二人のやり取りは……かなり、見せつける形になってしまっていた。
「ご、ごめんなさい……」
「そこで謝られるのは心苦しいんだけど……分かったわ」
それから、すっかり顔なじみとなった他のギルドメンバーに気軽に冷やかされつつも、二人はギルドマスターへ報告をする。
進捗など何もなかったが、辺りも暗くなったというあたりで時間切れと思い、二人はすぐに宿に戻った。
単独で動いたことで得た情報を、お互いに共有する。
まずは、ユウトからだ。
「実は、自分一人でやっておきたい準備があったんだ。だから単独行動をしたという部分もある」
「それも、ゲームに通じる部分?」
「そう」
ゲームの知識、という部分をすんなり肯定したユウト。
それだけを聞いて、エリは今日のユウトの行動の全てを信頼できた。
「後は、珍しく外帰りのダグラスに会ったぐらいかな」
「そうなんだ。私もダグラスさんの話題出たよ」
帰りがけに会ったのだろう。
そう結論づけようとしたユウトは、エリの軽く振るも次の一言に大きく首を傾げることと鳴った。
「ううん、ダグラスさんは、今日は珍しくやってこなかった、って言ってた」
「……珍しく、ってことは、普段はやってきているってことだよね」
「うん、あのヘラ串のおじいさん!」
ユウトは、あの気っ風の良い裏表のなさそうなおじいさんの姿を思い出していた。
「珍しく、ってことは普段は来ているのか」
「うん」
その話を聞いて、ユウトはぼんやりと頭の中を整理する。それまでの出会った人のそれぞれの行動。
それらの不整合が見つかり……やがて一つの推論が出来上がる。
「エリ」
「どうしたの?」
「犯人が分かったかもしれない」
ユウトは、あっさりと言ってのけた。