32.ユウトとエリは別行動する
それから数日、ユウトとエリは街の中で聞き込みをしてみた。
東の森と西の森で出没したホブゴブリンの件もあり、あまり迂闊に出歩けなくなったギルドには、いつも人が溢れている。
その中でもユウトとエリは、ヘラの肉をアリアと一緒に狩りに行く係として重要な任務も併せて受け持っていた。
オーガストフレムはそこまで大きな街ではない、そのため内部の畑だけでも十分に食料を賄うことは出来る。
それでも、やはり食というものは幸福において重要な位置を占めるため、アリアも気合いを入れて狩りに精を出すこととなった。
もちろん、川で魚を獲るトニーとも何度も出向いた。
ユウトは、ここ数日のことを思い出す。
(アリアと出て、トニーと出て、サリスも何度か手伝って……。しかしダグラスは都合が合わなかったんだよなあ)
それでも、サリスが手伝ってくれることは有難かった。
サリスはさすがリーダーという貫禄で、ヘビーラビットを捌くのも、川で魚を捕らえるのも、アリアやトニーより上手かった。
文句なしの、街を支える一番の万能ギルドメンバーだ。
何日経っても気持ち良すぎて慣れない——というより依存に半身突っ込んでいる気がする抱き枕としての役目を終えて、宿を出る。
いつものように宿を出る二人だが……今日のエリは先ほどから不安そうな顔をしてユウトを見ていた。
それにはもちろん理由がある。
「——別行動?」
ユウトの朝一番の提案に、エリは驚いてオウム返しで聞く。
「そう。僕とエリで、別々に情報収集するんだ」
「な、何か理由があるんだよね?」
エリにとって、こっちに来てからユウトはいつでもそばにいる相手だ。
だから単独行動した結果、何か危険がないか心配になっているのだ。
「別々に行動しても、今はすっかりギルドメンバーに顔が知られたから大丈夫かなと思って」
「でも、それだったら一緒に行動しても」
「調査の件が、少しね……お互い何も成果がないから」
ユウトの言葉に、エリも黙る。
ホブゴブリンは、以前にも増して出現するようになっていた。
本当に東の森にも西の森にも、連日出てくる。
一体何が原因なのか、エリだけでなくユウトでさえ全く掴めていないのだ。
「ゲームと登場人物が違うから、展開も少し違うらしいね。相手も何か、こちらの動きを察しているのかもしれない。だから……相手に気付かれないように別行動して、尻尾を掴むしかないと思うんだ」
何か言い返そうにも、ユウトの行っていることは尤もであり、エリには反対するための理由が思いつかない。
やがて溜息をつき、諦めたように頷いた。
「分かった。それじゃあ今日は、別行動だね」
「うん。……なんだか僕の我が侭に付き合わせたみたいでごめん」
「そ、そんな、気にしないでよ!」
エリとしても、ユウトに考える部分を徹底的に任せっきりにして、すっかりどうやったら計画を暴けるのか、全く想像すらできていなかったのだ。
ユウトが街の人に質問するのを、後ろで聞いているだけなのがここ数日のエリであった。
「それじゃ……少し遠くも調査するから、晩にギルドの前で」
「うん。必ずギルドの前で!」
エリが念を押し、ユウトは向こうへと去っていった。
その方向をずっと見ていたエリだが、首を振って自分の頬を思いっきり張る。
(……よーし! 私もユウトより先に敵を見つけてみせるぞっ!)
エリは気合いを入れると、ユウトと反対方向に出向いた。
小さな街といっても、ユウトが普段利用している店以外は、調査で一度行って以来あまり寄ることがない。
エリは、早くも自分が街のどのあたりにいるか掴めなくなってきていた。
(あ、あれ……? そういえばこの辺り、お店とかないんだっけ……ユウトも滅多に来ないし)
ここは、街の中でも農家が暮らすところ。
畑を耕し、よく育つオーガストベリーなど、様々な野菜や果物を作る人達の場所。
魔物と戦わない分、この地区は年配の人が多めである。
エリの姿は、特に住んでいる人の中でも珍しく、そしてその背丈と姿は目立った。
その全ての街の人が、エリのことを横目に黙って見ていた。
すれ違う度に、エリは小さく会釈をしたり、「どうも……」と言って通り過ぎる。
振り返ると……すれ違った人が、顔を背けた瞬間が見えた。後ろからじっと見ていたらしい。
その、スラムというほどではないにしろ、見知らぬ住宅街を歩いていると——急にエリは世界が歪んだような感覚を覚え、足元がふらついた。
(……な、なに、これ……)
その感覚が最初は分からなかったが……エリは、初めて自分が『怖い』という感情を抱いていることに気付いた。
(なんで……なんで!? 私は、街にいる全ての人より強い、最強転生をしたのに……! どうして、何に恐怖を抱いているの……!?)
そしてエリは、突然襲ってきたこの感覚に気付いた。
気付いてしまった。
今日突然襲ってきた、周りの人から異物のように見られる恐怖。
今日突然襲ってきた、自分の力に疑問を抱くほどの心の弱さ。
今日だけ、これまでと違うこと。
それはもちろん、ユウトの存在だった。
(な……なんだ、私……自分はユウトが一人で大丈夫かなんて心配しておいて……! 私だ! 私が大丈夫じゃないんだ! 私はユウトがいないと、この知らない街を歩けないんだ……!)
エリは早足で、その地区を去った。
やがて外壁伝いに歩くと門が見えていて、見知った門番の顔が見つかって……初めてエリは、安堵で腰を抜かした。
「も、戻ってきた……!」
エリは、自分で情けないと思いつつも、自分の調査は自分の見知った人達の範囲だけにしようと決めた。
正直に伝えて、そして侮ったようなことを言ったこと、全て謝ろう。
そうしっかりと心に決めて、エリは歩き慣れた中心街へと足を向けた。
一方その頃、ユウトは単独行動でしかできない準備をこなしていた。
(これでひとまず、完了……!)
それは、ゲーマーであるユウトにしかできない、反則ともいえる計画だった。
このユウトの常識外れな計画が街を救うことになるのは、もうすぐである。