31.二人はギルドの信頼を得る
ホブゴブリンの異常出没。これは間違いなく、何らかの異変が起こっていると判断したシャルロットは『拡眼太極』に相談した。
ユウトはそれを予想して、先手を打って話したが——。
「……話が早いヤツはありがたいが、相手の腹を捌く前に突っ込んだこと喋るヤツは、早死にするぞ?」
「それは肝に銘じておきます。が、シャルロットさんは信用できる人ですし、僕はたとえ襲われたとしても、エリのことを信頼してますから」
ユウトは隣に座る、エリの手を握って微笑む。
「口説かれた瞬間にフられた気分だよオイ、あんたら本当に仲良いな」
真剣な話を始めるところ、冗談交じりのやりとりに緊張もほぐれたところで、シャルロットが切り出す。
「ああ、ユウトには説明する必要もないだろうが……ホブゴブリンは、何らかの異変で集まっているか、誰かの意図で集められているか……とにかく、自然に集まっているとは考えづらい。東だけでも数十年来の異変なのに、翌日に西もとくれば、これはもう偶然じゃねえ」
やはりそうだろうなとユウトは頷き、エリも事態の深刻さを意識した。
二つの場所は安全な狩り場であり、初心者にも向けたコースである。
今回は初心者といってもエリだったから良かったが、他のパーティーだったらとうに全滅していただろう。
同時に、全滅してしまうと当然報告が遅れる。
それ故に、シャルロットは今回の新人がエリのように元々強い亜人であることに内心感謝していた。
「エリは、ホブゴブリン相手には全く問題ねえんだよな?」
「今まで4体ですかね? 倒しましたけど、全部一撃でしたよ」
「……なるほど、な」
シャルロットは、ふー、と溜息をつくと、椅子に深く腰掛けながら窓を見る。
大きい魔物の姿を思い出し、シャルロットは遠くを見る。
「ホブゴブリン……かつて、自分も止めなかった任務で、かなりの人数が死んでしまった」
死んだ人。アリアが世話になったという人。
そのメンバーの死の責任を、シャルロットはずっと感じていた。
「誰かの計画で集められているのなら、私がどっかで恨まれていても、仕方ないのかもしれん。……が、それとこれとは話は別だ。私以外を犠牲にしようというのなら、全力で抵抗させてもらう」
「それで、僕達に調査を依頼したいと」
「そういうことだ」
ギルドマスターのシャルロットが考え出した答えが、ユウトとエリの二人に頼み込むこと。
しかし、ユウトは真っ先に疑問を呈した。
「なぜ僕達なんです? 異変ということなら、むしろ一番疑われるのが突然やってきた僕達では?」
「そりゃそうだな、私の疑惑候補の中にはあんたらもいた」
本人を目の前にして、すんなりと答える剛胆さ。
シャルロットの竹を割ったような性格は、慣れたミリアでも隣でぎょっとしていた。
「……が」
首を振って、シャルロットは否定する。
「だったら、わざわざ報告する方がおかしいし、何より集めてるんだったら討伐してること自体がおかしいんだよな」
「ああ……なるほど」
何か意図的に事件を起こすというのなら、異変を感じさせずに一気に行動するのがセオリーだ。
実行する前に計画が感知されることは、暗躍者にとって最大の下策である。
「次に、カレン様が襲撃された時点で、この計画がそれより前から立てられているんじゃないかと思うんだが……あんたらの目撃情報は最近までねえし、カレン様を助けたりするのもおかしい」
「信頼を得るためにやったのかもしれませんよ?」
「ハッハッハ、自分でそれ言うヤツが考えてるとは思えねえし、昨日は街で泊まったって知ってるぜ? ありえねーよ。っつーわけでよ。色々聞いて調べた結果、私は頭の良いあんたを信頼することにした」
ギルドマスターからの直々の言葉に、ユウトは思いの外自分が信頼されていることに驚いた。
自分は来たばかりの新人のはずである。どこかにそこまで信頼される要素はあっただろうかと思い出す。
「驚いたって顔してるな」
「ええ、合っています……」
「かーっ、嫌味かね。エリもこいつと一緒にいると、自分は図体ばかりで無力だなって思ったりするんじゃねえの?」
「あ、分かります?」
「エリ!?」
シャルロットからの振りにすんなり答えたエリ。
あまりに自然な流れで同調したため、ユウトは驚いてエリを振り返る。
しかしそんなユウトに対して、むしろ驚いたのはこちらだといわんばかりにエリはユウトにまくしたてた。
「いやいやユウト、ほんと自覚ないよね? 私ユウトの指示ないと何もできないってレベルだからね? まるまる頼りきっちゃってるからね?」
「そ、そう?」
「そうそう。なんかさ、ユウトって分からないことを任せてると、最後には解決してくれるんじゃないかなーって思わせるものがあるの」
——最後には解決してくれる。
そのエリの回答を拾って対して真っ先に頷いたのが、この部屋に呼んだ人物、シャルロットである。
「そう。このギルドは平和だし、この街も平和。国民も平和主義で争いも少ない。……それはいいことなんだが、いざ狡い外敵が現れるとこういう国は脆いんだよな」
「……そこで、僕なのですか?」
「ああ。あんたは荒くれ者じゃないが、間違いなくこのギルドの脳天気なヤツより頭が回る。隣にいるヤツは、間違いなく私やミリアを含めても街で一番強い。それに……」
「それに?」
それまでの雰囲気を緩めて、笑いながら肩をすくめる。
「もう一つ、ぶっちゃけホブゴブリン集めるのがどんな計画かは知らねえけど、そもそもエリ一人いればこのギルドメンバー全員相手させるぐらい余裕だろ。ホブゴブリン集める理由になってねえ」
「あー、それもそうですね」
「……褒めてるんだよね? ね?」
話すことは終えたといった様子で、シャルロットは手を叩いた。
その合図でユウトもエリも立ち上がる。
「よし、こっちも情報を集めてみるが、そっちも任せた。今回の件、街の人全てを疑ってかかれよ」
「もちろんです」
「ねえ褒めてるんだよね?」
「もちろんだよ、エリは僕にとって最高のパートナーだよ」
ちょろいと言われても仕方ないぐらい、一瞬で照れながら無言になるエリ。
ミリアは事態を共有する者として、あくまで話を聞く側に徹していた。会話が終わったので、ユウトとエリとともに受付へと戻る。
三人が部屋を出て行く直前、「ああ」と声をかける。
「ま、それでも最大の理由はユウト。あんただよ」
「……僕ですか?」
「そう。このギルドで、私を『ボス』ではなく『ギルドマスター』と。『シャルロットさん』と呼ぶお前さんが気に入った」
最後の理由は、非常に個人的な理由だった。
ミリアは「ええ……?」と若干呆れ顔。
そんなミリアの顔を見たシャルロットは、明るく笑っていた。
三人が退室し、部屋に静寂が訪れる。
彼女は扉を見ながら、さっきまでの飄々としていた表情を消した。
ギルドマスターとなった彼女は、これまでギルドメンバーとして長い間様々な人と関わってきて、こういった単純な理由が、案外大きな局面で大事になることも知っていた。
ギルドに登録する者は、皆ノリが軽い。シャルロット自身もそうだし、ギルドメンバーも皆そうで、シャルロット自身もそんなメンバー達のことを何だかんだと気に入っていた。
平和なギルドのメンバーは一人残らずお調子者。だからこそ、ユウトのように聡明でありながら、驕らず穏やかなままの男性というのは、シャルロットの中で例外であり、ギルドにとって大変稀有な存在であった。
内面は細部に宿るのだ。
違った側面で見れば、確かにそこらの男より余程格好良く見える。
エリが懐くのも、頷ける話だと思った。
(この出会いが偶然か必然かはわからないが、彼の力を信じてみよう)
窓の外を見ながら、シャルロットは自分とよく似た性格の、亡き友人の顔を思い出す。
「……デボラ、お前の分まで『大鷲の翼』と皆は絶対守るからな」
その呟きを聞いたのは、部屋に飾った木彫りの像だけだった。
ギルドを出て、二人は同時に深呼吸をする。
「ふー……、なんだか大役を仰せつかっちゃったね」
「うん、これも全部ユウトの頑張りのおかげだね! ボスさん、ユウトのことベタ褒めだったん、絶対世界一頭良いって思ってるよアレ」
「一応パーティーの頭脳として断言しておくけど、絶対エリが【サーチ】で見つけて討伐したホブゴブリンのおかげだからね?」
二人でお互いの功績だけを持ち上げて……そしてお互いに噴き出した。
「あはは、僕達『拡眼太極』が優秀だった、ってことにしよう」
「もっちろん! 私とユウトが合わされば、二人で世界最強なんだからっ!」
エリの能力は全く底知れない。
だけどユウトは、そのポテンシャルを見ながら、自分の攻略知識と合わされば十分に世界最強もありえるなと感じ始めていた。
ちなみにエリは、とうの昔にユウトと組んだ自分は世界最強だと思っていた。
「さて、調査を始めるわけだけど……どうしようか」
「んー。どうしよっかね?」
「とりあえず、食べながら考えようか」
ユウトとエリは、屋台のおじいさんのところで焼肉を食べる。
「おうおう、アリアちゃんが世話になったそうじゃないか!」
「ええ。今日はトニーが魚を獲るところを見てました」
「二日目なのに、すっかりこの街の一員じゃねえか! 気に入った、こいつをくれてやるよ」
おじいさんは、ユウトにベリーを投げ寄越す。
「いいんですか?」
「おう! たくさん食べて大きくなりな!」
「いえ、僕はこれで成人でして……」
理由を話そうにも、ガハハと笑う元気なおじいさん。この人も豪快で、人が良くて、この屋台が愛されているのも分かるなと二人は感じていた。
「ベリーはあんま人気ねえんだが、保存が利くから置いてはいるんだ。最近はちょくちょく売れてるし、しばらく作るよ」
「あなたが作っているんですか?」
「ああ。少ない水と光でよく育つが、街の外じゃ危険なところにしかありゃしねえ。最初に種を拾ってきてくれたヤツに感謝だなあ」
そう行ってからっと笑うおじいさんにお礼を言って、二人は今日の調査を終えて宿に戻った。
ちなみに、部屋に入ったところで、ユウトはお腹に入らないだろうと判断してエリにベリーを渡し、エリは笑顔で軽く二つを平らげたのであった。