30.トニーの秘蔵アイテムと、二日目ギルド報告
ユウトとエリは、ひとまずトニーのところへ戻り、事態を報告する。
その衝撃的な事実に唖然として、ようやく搾り出したのは確認の一声だった。
「…………。……マジっすか」
「マジっすマジっす、これっす」
まだ驚いているトニーに、エリが口調を真似つつホブゴブリンの魔石を取り出す。
「……でっけえ……間違いないっすねコレ。本当に、さっきそこでなんすか?」
「マジでそこっす。昨日の分は昨日ちゃんと換金したところ、アリアが確認したよ」
トニーは自分の持ってきた箱の中に半分ほど積み上がっている魚と、エリの魔石を見比べて、ガシガシと頭を両手で掻いた。
「あーーー、もうちょい獲っときたかったとこっすけど……切り上げる! こういう時は、七割ホワイトってぐらいのグレーでも、常にブラックを引くと思って安全策を取るのが生きる秘訣っすわ。翌日の一時間で挽回できる『あとちょっと』で、最後に命を落とした先人は多いんすよ……」
「なるほど……」
「後は、我々はいいんすけど、ぶっちゃけ今からこっちに出向くヤツもいるはずなんで、そういうやつのためにも早めに報告した方がいいんす。ギルドメンバーの安全は、ギルドメンバー全員の連体義務、基本すね」
そう説明するトニーの決定にユウトも頷き、二人も戻ることにした。
行きの時の明るい雰囲気ではなくなってしまった、帰り道。
その空気を打破するため、トニーはおもむろに、袋の中から黒っぽい塊を取り出した。
「これ、食べたっすか?」
「ううん、見たことない。何だろこれ、肉?」
「へっへっへ、折角なのでおひとつどうぞ、ユウトも」
楽しげに笑うトニーから黒いものを受け取ると、エリとユウトは二人同時に、恐る恐る撮った感じで口に含む。
そしてゆっくり噛んでいくと……口の中に、えもいわれぬ美味しさが広がる。
「わ……すごっ、これ、おいしい!」
「ジャーキーみたいなのかと思いきや、思った以上に食べやすく味が染み出してくるね……! もしかしてこれ、干し肉か何か?」
「さすがユウト、初めてって言いながら大当たりっすわ。ヘラ串焼きやってるじーさんが、時々出している『ヘラ干し肉』っす! ちょい値は張る上にすぐなくなるんすけど、手に入った時は嬉しいっすねー。昼に持ち運べる食事では一番好きっす」
干し肉……所謂調味した液に漬けて乾燥させた、保存食品の一つである。
塩と、串焼きでも使っていたスパイスがふんだんに使われている。
「ま、エリちゃんにはアリアに続いて命を助けてもらったってことで、二人分のお礼としちゃ安いっすけど、希少価値ってことで受け取っといてほしいっす」
「わーっ、ありがとう! いっつもお腹すいてるから嬉しいっ!」
いつも空腹のエリは遠慮なく肉を受け取り、おいしそうに食べる。
次いでトニーはユウトに肉を渡そうとしたが、ユウトは「小食だからね」と首を振り、エリを指した。
そしてユウトの分まで受け取った干し肉は、街に着く頃には見事に全て、エリの胃袋の中へと収まっていたのだった。
三人は、オーダーギルドで再びミリアとともに奥の部屋へ入る。
「まずは……こっちの箱はじーさんに習った魔法で冷やしてるんで後回しでいい。エリの報告からっすね」
「あ、うん……」
エリを優先させたことに嫌な予感を覚えたミリア。果たしてその予想は、当たることになる。
エリの手元に出て来たのは、ゴブリンの魔石28個と……そして大きな魔石。
「……念のため聞きますけど、エリさんは、トニーさんと一緒に西の川へと行ったのですよね?」
「はい、間違いありません」
エリの返答に、ミリアは目を閉じて大きく溜息をついた。
「緊急事態ですね……すみません、お手数おかけします。ボスにすぐに連絡してきます」
「はい、わかりました」
ミリアはすぐに部屋から出て行くと、ギルドマスターのボス——シャルロットのところへと走った。
そして数刻後、部屋の向こうでうっすらと、どこかで聞いたようなノリの声が聞こえてきた。
——お前らァ!
——はいボス!
途中で、ガチャリとドアが開いてミリアが入ってくると、今度はハッキリと「だからボスって言うんじゃ——」とまで聞こえてきたところで、扉が閉まった。
相も変わらずのシャルロットに、常識人のミリアが少し恥ずかしそうにしていた。そんな姿に三人は苦笑い。
「ええっと……ボスへの報告は終わりました。それではトニーさん」
「おうよ」
それから昨日のアリアの時のように、慣れた手つきでトニーの成果チェックを終える。
「これで報告は全部ですかね?」
「ああ、いえ。僕の分があります」
そしてユウトは、ファス草を取り出す。
「……? ユウトさんも西の川に行ったんですよね?」
「はい。少し似た草が多かったんですが、ファス草もありましたよ。代わりにシェイル草はありませんでした」
「そ、そうなのですね……確かに少数見たって話はありましたが、こんなによく見つけられましたね……」
「慣れてますから」
ユウトのあっさりとした返事に面食らいながら、ファス草を並べて感心するように頷く。
葉を触り、少し揺らし、根の方を見る。
「これも……全て状態がいいですね。昨日も思いましたが、根を残してくれて土も付いていないので、錬金ギルドが本当に有り難がってましたよ。初心者は最初やらかす人が多いんです」
「ああ、その回答を聞けて安心しました。作法が分からなかったので、根から狩りすぎて絶滅させないように気をつけましたから。皆で共有する山の知恵です」
「本当に、ルーキーとは思えないぐらい何もかも優秀ですね……」
ギルドのベテラン職員も唸らせるユウトの圧倒的なる観察眼。
その賞賛の声に……ユウトの後ろで、エリが代わりに腰に手を当てて自慢気な顔をして胸を張っていた。
(そうでしょうそうでしょう、なんてったってユウトは日本一なんだからっ!)
ユウトが褒められると、とりあえずそれだけで嬉しいエリであった。
トニーとミリアは、エリとユウトの仲の良さからその内心を察してくすりと笑ったが、当のユウトだけが不思議そうに首を傾げた。
「ふふ、それではこれにて——」
終了です、と言おうとしたところで、ドン! と音を立てて扉が開く。
そこにはギルドマスターのシャルロットがいた。
「ちょいとまちなァ」
「……え? マスターの、シャルロットさん?」
「二人は、これからミリアと一緒に私の部屋だ。個人的な話で申し訳ないが、付き合ってもらえるか?」
「ええ、用事もないですし。わかりました、シャルロットさん」
「うむ」
満足そうな顔をして扉から出て行く。
事情が分からず皆首を傾げていたが、行けばすぐに分かるだろう。
直後、トニー含め全員の硬貨を受け取ったところでトニーとは解散となった。
「助かったっすよホント! エリには頭あがんねーなぁ!」
「いえいえっ! おいしいお肉、ありがとうございましたっ!」
「そこまで喜んで暮れると嬉しいなあ! また面白いモンあったら紹介させてもらうっすわ!」
笑顔でトニーはギルドを出た。
そして出た直後、扉を振り返り腕を組む。
「……ほんと、一体誰が糸を引いてるんだか」
エリが助けてくれなかったら、自分は死んでいた。
そのことが分からないトニーではない。
だからトニーは、エリの強さと、自分の天運に心から感謝していた。
(きっと、ボスの用事は……。ユウト、表だって動けなくても、手伝いが欲しかったらいつでも頼ってくれよな)
最後にそう心の中で念じ、トニーは屋敷へと足を向ける。
ギルドマスターの部屋で、トニーの予想通り……同時に、ユウトもある程度予測していたシャルロットからのお願いを、ユウトから先に聞いた。
「やはり、ホブゴブリンの件ですか?」
その質問にシャルロットは眼を細めて頷いた。