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28.ユウトはエリの抱き枕になる

 抱き枕。

 それは、読んで字の通り、抱いて寝るための枕である。


 基本的に縦長く大きめな形状になっており、腕で抱くように、そして足を絡めるようにして眠ることができる。

 近年では定番のアニメグッズとして、キャラクターのカバーをかけることも多い——


 ——ということも、ユウトはよく知っている。

 現実逃避じみた知識の整理を終えて、エリの頭頂部を見る。


「エリ」

「はい」

「抱き枕っていうのは、あの、細長くて、クッションが入っていて、眠る時に使う抱き枕のことで合ってる?」

「合っております……」


 エリからの解答を聞いて、ユウトはエリの昨日と今朝の様子を思い出す。

 そういえばエリは、昨日眠る時に枕をしていただろうか。


「もしかして、昨日は……」

「……ベッドのおっきい枕を抱きしめてました……何か抱いてないと、眠れないのです……」

「今日の朝は」

「うっ」


 びくりと震えて、真っ赤な顔を上げながら白状する。


「……いつも、ぬいぐるみを、抱いてまして……」

「そういえば、うちにも時々あったけど……あれってもしかして」

「はい……いつも持ってきてます……自分の部屋には、もっとぬいぐるみがいっぱいです……」


 ユウトはようやく、昨日の状況と今朝の状況が飲み込めた。

 エリは、抱きつき癖があるのだ。

 そういえば玄関を開けたと同時に飛びついてくるのも、毎年のことだったように思う。


「まず、エリに言っておくよ」

「は、はいっ!」

「僕は、エリにされて嫌なことは何一つないんだけど……いや、なんと言ったらいいかなあ……」

「はい……はい?」


 エリが聞き返しながら首を傾げて、今度はユウトが赤くなりながら顔を剃らせる。

 ここまで来たら、言うしかない。


「だから……その。要するに……嫌じゃない、というのは言葉の綾で……いい、というか……」

「…………」

「その……そういうわけだから、抱き枕になるのは、もちろん、僕は大丈夫、だよ」


 なんとかそこまで搾り出したユウトに対して、エリは最後の言葉を拾う。


「……抱き枕、なってくれるの?」

「なるよ。僕に抱きついて寝る、んだよね。……あ、一応言っておくけど」


 ここまで無防備というか、グラマーで天然なのか、わざと狙っているのか分からないエリに対して、ユウトは一応釘を刺す。


「僕以外の男の人には、その、抱きついたりしないように。妙な勘違いでつきまとわれかねないよ」

「そ、そんなことしないよ! こんなこと頼めるのはユウトだけだよっ!」

「それを聞いて安心したよ。じゃあ、えっと、寝ようか!」

「う、うん、寝よう、寝ようっ!」


 二人は同時に言うべきことを言って、インベントリに鎧を仕舞うと毛布に転がりながら……お互いに最後、何を言ったか頭の中で思い出す。


(あれ? エリは僕にしか、抱きついたりしない? それって、どう考えても……! いやいや、勘違いはかっこ悪いぞユウト、早とちりするんじゃない……!)

(抱き枕……いつもの『ユウ兄ぃ人形』じゃなくて、今日は本物、しかもおっきな人形サイズの……! えへ、えへへ……ずっとやりたかった、本物のユウトに抱きついて眠れる……!)


 エリは、半分嘘をついていた。


 毎日実家で抱きしめているのは抱き枕ではなく、ユウトに見立てたどこかのアニメキャラグッズの黒髪黒目のぬいぐるみである。


(……あれ? ユウトは自分以外の男に抱きつくの、嫌がってる? それって…………わっ!?)


 ユウトの発言の意図に気付きかけたエリは……唐突に考えを中断させられた。

 自身の腰に、ユウトの腕の感触がやってきたからである。


(そ、そうだった! ユウトはぬいぐるみじゃないから、もちろん自分で動くんだ! うわわ、遠慮がちなユウトのあったかい腕の感触、良すぎ……!)


 当のユウトは、エリの腰に抱きつきながら……やはり頭上を見上げていた。


(た、体格差がある漫画で、男の先輩の胸に女の後輩が飛び込む少女漫画とかよくあるけど……僕とエリの場合あまりにも体格差がありすぎて、こんなに大きな胸が僕の頭にもぶつからないのに、足はエリの方が下にある……!)


 その体格差に圧倒されていると、背中に温かな感触——エリの手が触れる。

 同時に、エリの足が自分の足を挟み込んだ。


「……ゆ、ユウト、本当に大丈夫なんだよね?」

「もちろん……これでもレベルも上がったから、抱きつかれるだけで潰れるなんてことは、多分ない……と、思うよ……」

「そ、そこは絶対って言い切ってほしいんだけど……」

「エリ次第かなあ……」


 エリは「き、気をつける……!」と言った後は、すぐに静かに黙った。そして、少しずつ息の音が聞こえてくる。


(眠った、かな? 疲れてたのかな……おやすみ、エリ)


 ユウトはエリの感触を全身に感じながら、自身も少しずつ睡魔がやってくるのを自覚した。

 最後に、冷静な頭で今の自分の状況を考える。


 二歳年下の、よく知っている女の子に、抱き枕扱いされている。

 強くて、明るくて、優しくて……ひたすらに色っぽくなってしまった従妹。


 寝ながらなので無意識だろう、エリの手がユウトの髪に触れ、軽く抱き寄せるようにユウトを自分のお腹に当てる。

 これがフェンリルの雌の匂いなのかは、ユウトにはもちろん分からないが、筋肉質な腹筋からは妙にいい匂いがする。


 全身が温かくて、五感全てが気持ちいい。


(……まずいなあ、これ、良すぎる……)


 その、街の領主の来賓用ベッドよりも遥かに温かさを感じる、極上の感触に酔い痴れながら、ユウトの意識も沈んだ。




 翌朝。ユウトはゆらゆらと揺れる感触で目を覚ます。


「……。……?」


 何故か、眠りから起きたはずなのに、身体の感覚が横向きになっていない。座っているような感覚。

 違和感に目を開けると……エリの顔がすぐ正面にあった。


「……え、り……?」

「えへへ……ユウトおはよ〜……」


 ユウトはそこで初めて、自分がエリの太股に座っている形になっていることに気付く。

 エリはユウトを抱きしめながら、女の子座りをしていたのだ。


「え、エリ、ごめ……ん!?」


 慌てて身体を離そうとするも、エリの左腕がユウトを抱き寄せていてびくともしない。

 そしてエリはにこにこしながら、空いた右手でユウトの頭を撫でている。


(……あ、もしかして昨日と同じように、寝ぼけているのか)


 ようやくエリの様子がわかったユウトは、一体どうしようかと困っていた。じっと待っていると……。


「ん〜……あさぁ〜……」


 と最後に呟くと、ユウトを自分の横の毛布に座らせて、最後に頭をぽんぽんと叩いた。


 ————エリは、起きた後は、そのぬいぐるみを胸に抱きながら洗面所に行き、ユウ兄ぃ人形の頭を撫でてから顔を洗う。

 つまり、昨日はユウトがぬいぐるみみたいな大きさだったから、寝ぼけて同じ行為をやってしまったのである。


 夏休み以外も、エリはユウト一筋であった。


 そのまま女の子座りでゆらゆら揺れると、やがて少しずつ目を開けたエリは、初めてユウトを目を合わせた。


「……ユウト、おはよぉ〜」

「お、おはよう。意識ははっきりしてる?」

「うん……うん? うん!?」


 エリは、自分の左腕を動かし、右手を開いて閉じて……じわじわと自分が、寝ぼけ眼で何をやっていたか思い出した。


「ゆ、ユウト、嫌じゃなかった……?」

「……あのね、僕も毎度嫌じゃなかったと言うの、さすがに恥ずかしいので……何されても喜んだ、ぐらい前向きに考えてくれた方が、こっちも気が楽といいますか……」

「ご、ごめんね! うん、もう聞かないよっ!」


 そして自分の頬をぱんと張って「よし!」と気合いを入れると、エリは立ち上がった。


(……毎日、この流れをやるの? どうしよう……戻れないかもしれない……)


 ユウトは最早、エリに与えられた全ての感触を『嫌じゃない』『悪くない』とはぐらかすのにも限界があった。

 正直な気持ちは……全ての感触がたまらなく『気持ちいい』のだ。

 その甘美なエリからのふれあいは、年上といえど精々18歳程度の、健康的な男子のユウトにとって、理性で抑え込めるようなものではなかった。


 ユウトは諦めにも似た感情で今後の覚悟を決め、エリの後を追って部屋を出る。

 初めての、二人だけで迎えた朝だ。




「しばらく、オーガストフレムに?」


 エリが、先ほどのユウトの発言をオウム返しに聞き、ユウトが頷く。

 二人は朝早くからやっている店で簡単に朝食を取りながら、ユウトはエリに今後の計画を話した。


「そう。暴力呪術師ザガルヴルゴスみたいなボスが、この街にも出るんだ。討伐必須キャラだけど、ゲームの世界とは条件が違うから全くわからない。違う名前の悪徳領主が暴走して、ボスを召喚したからね」

「そりゃ絶対違うねー」


 エリは頷きながら、追加で魚料理を注文する。


「だから、暫くこの辺りにいようと思う。それでいいかな?」

「もちろん! 他のみんなとももうちょっと喋りたいし」

「分かった」


 二人は今後の予定を立てると、とりとめのない会話をしながら朝食を楽しんだ。

 ちなみに三倍以上の量を注文しても、エリの方が当然のように早く完食した。




 二人が店を出ると。


「よっす! ここにいたんすね。お話いっすか?」


 そこには、大きな道具を背負ったトニーが楽しそうに笑っていた。

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