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26.『拡眼太極』の初任務

 ユウトとエリが武器を構えた瞬間、アリアが矢を放つ。

 その矢は巨大ウサギ、ヘビーラビットの頭に刺さり……それだけでヘビーラビットは踏ん張る足の力を抜き、倒れて動かなくなる。

 アリアは特に感慨も何もなく、矢を抜いて首を切る。足を縛って首から血が出てくるのを確認すると、そのまま近くの木に吊した。

 そして茶色い毛に覆われた腹を捌くと、心臓にあたる部分をナイフでくり抜く。中から出てきたのは黒い石、魔石だ。


 身長155cm程度でユウトと同じ年齢の、緑の髪をした優しそうな見た目のアリア。

 しかしその手腕は、オーダーギルドのベテランのそれであった。


 ユウトとエリもその姿を見ながら後ろからついていっていたが、手慣れた様子にあまりできることはなさそうであった。

 特に都会育ちのエリは、その手際の良さに面食らっている。


「うわー……すごいね、アリア。さすがって感じ」

「あはは、これをやって長いからねぇ。……ん? どうしたのかな、ユウト君は」


 ユウトはいざ目の前でウサギ肉が処理される様子を見て、近くに行って首を捻る。

 田舎では、鹿の猟をしていた知人もいて、その量の手伝いの関係でいろいろな野生動物の処理をしてきた。その中でアリアの処理の方法が気になったのだ。


「兎の肉、水にさらしたり冷やしたりはしないのかなって」

「そういうのは聞かないねぇ。さくっと血を抜いた後は、ヘラはそのまま焼くのが一番だよ〜、食べたでしょ?」

「ええ、まあ……」


 ユウトは地面の草木に流れる血を見ながら、もしかしたら地球のウサギとは根本的に肉が違うのかもしれない、と考えていた。


 こちらの世界に科学というか医学がどれぐらい発展しているかはわからないが、細菌の種類自体が違う可能性もあるし、そういう腐食に関する考え方もあるとは限らない。

 血液から菌が入るとは限らないし、菌によって腐食するとも限らない。

 とにかく、全ての常識が違うのだ。


 ただ、分かる事はひとつ。

 アリアの方法で処理したものが、あの屋台の肉。

 ならばアリアの方法は、正しいのだろう。

 ユウトはそう判断した。


 そしてアリアはある程度血が抜けると、背中の布を敷いた籠にウサギを入れて歩き出す。

 布に血がしみ出すも、アリアは気にせず歩く。


「そんじゃま、もちょっと探そうね」

「そのヘビーラビットは、そのままでいいの?」

「この辺には肉食の魔物、後はゴブリンぐらいだからね〜。寄ってきたら倒すんだよ、追加報酬だねぇ」


 ホブゴブリン相手には苦戦したというだけで、基本的に『大鷲の盾』のメンバーはかなり優秀である。

 アリアは群がるゴブリンを、おまけのように倒す計画を立てたようだ。

 そのオーダーギルド先輩の方針に二人は感心し、アリアの後を追った。




 アリアの背中を見ながら、森の奥の方へと足を進めて数分。

 ある程度歩いたところで、ユウトは木の近くに生えている草を引き抜き始めた。


「……ユウト、何やってるの?」

「何って、依頼の草だよ。シェイル草、この辺りにあるんだよね」

「これが、そうなの?」


 エリは、ユウトの手の中にある、葉がふわりと広がった草をじーっと見て、そして自分の足下を見た。

 そこには、似た草が沢山生えている。


「わ、私も手伝うよっ! えい、えい」

「……」

「よっ、ほっ………」


 その、しゃがみ込んで草を引き抜くエリの姿を見ながら、ユウトは首を傾げる。


「ねえ、エリ」

「ん、どうしたの?」


 ユウトは、エリの左手にある草を指して言った。


「その五本のうち、シェイルは一本だよ」

「……えっ!?」


 エリは、自分の摘んだ草をよく見る。

 すると、一本だけ、うっすら色が違うことに気がついた。


「……あ、そういえば青色って」

「そうそう、だからシェイルはそれだけだよ」

「で、でも待って!? あんまり青くないよこれ!? 見分けつかないよ!」

「普通の植物なんだから、そんなガラス工芸みたいに真っ青な草じゃないよ?」


 ユウトは苦笑しながらも、ゆったり木を背に座り込んで、ナイフをインベントリから取り出す。


 ゲーム中でも、うっすら色が違うところの草でボタンを押すと、プレイヤーは草を採集できるようになっていた。

 そのゲームでの知識と経験から、色の差を見分けるのは、ユウトには容易い。


 特にユウト自身は、田舎暮らしで春の土手で草が生い茂る中で、土筆を見つけて採ることも得意だった。

 この手の森や山での採集はお手の物だ。


 そんなユウトの姿に、エリは改めてその優秀さを感じた。同時にこの分野では到底ユウトの役に立てないどころか、邪魔になりそうなことに気付き、少し焦り始める。


「わ、私……手伝い、できない……?」

「えっ? そんなことは……そうだ! エリは周りを気にしてくれない?」

「……周り?」

「できれば、ゴブリンのことを警戒しながら採集するより、草だけに集中したいんだ。もしもエリがゴブリンから僕を守ってくれたら、こっちも集中できるから、すっごく助かる」

「……! もちろん! 任せて!」


 エリは『ユウトを守る』という任務にぐっとガッツポーズをして、周りを見渡しながらシャドーボクシングを始める。

 ユウトはそんなエリの迫力ある姿を見上げながら、動く度に揺れる胸と……それに弾かれて跳ねたり挟まれたりと踊るタリスマンを見る。

 その動きを目で追ってしまったユウトは、煩悩を振り払うように首を振りながら声をかけた。


「そ、そうだ、エリ」

「ふっ、ふっ! ん?」

「タリスマンを左手に握りながら、サーチと言ってみて?」

「あ、それも魔法なんだね? じゃあ、えっと……【サーチ】」


 エリがタリスマンを握って魔法を発動させると……エリに、新たな感覚が流れ込んでくる。


「えっ……! な、なんだろこれ、ユウトの場所が、はっきりと感じる!」

「索敵魔法だよ、それで敵の位置を把握できるんだ」

「すごい、これ初めて自分が特殊な能力持ちに転生したんだって分かるよ。気配を感じるって、こんな感覚なんだ。わー、わー……」


 ユウトはその様子を見ておかしそうに、再び草を刈り始める。

 エリはぐるぐると周りを見渡して……じっとこちらを見つめていたアリアと目が合った。

 アリアはエリに近づくと、顔とタリスマンに視線を往復させながら驚く。


「わぁ〜、エリはサーチ使えるんだ、すごいねぇ……! それ、結構高度な魔法って聞いたけど、さすがエリ!」

「はい、私もちょっとびっくりしているところで……あ!」


 エリは、近くのアリアを見下ろしていた首を、遠くに向ける。


「あっちに、ユウトとアリアとは全く違う反応がある! あと左斜めの方と……後ろにも」

「……魔物かな〜?」

「多分。前方は任せても?」

「もちろん。後ろで集中してるユウト君、しっかり守ってあげなよぉ〜!」


 アリアはいたずらっぽく笑ってエリの腕をつっつくと、森の奥へと消えた。

 エリは……やはり顔真っ赤となっていた。


(い、言われなくても守るもんねっ……!)


 そしてエリは、高い身の丈からは本当に小さく見える、ユウトの姿を見る。

 その目は気負うでもなく淡々としていた。

 エリからは見分けのつかない草を左手で掴むと、根本付近を右手に持ったナイフで切り、その瞬間には草が消えている。インベントリだ。


(そういえば、この草インベントリに入れたらどうなるんだろう)


 エリは集中しているユウトの後ろで、似た草をいくつかちぎってインベントリに入れる。


(……『エルラドラール草 1』『カルサクター・エフス草 3』……うわ、ぜんっぜん駄目だ、この任務、私が受けてたらカウンターでミリアさんに怒られるよ。雑草山盛り並べた挙げ句、笑いものにされておしまいだよ)


 振り返り、ユウトの丸まった背中を見る。

 右手のナイフを動かし、再び左手から草が消える。その動作に何の迷いもない。


 エリは、自分でインベントリに入った二種類の草の表記を見たが故にはっきりと理解した。

 ユウトは間違いなく、インベントリで『シェイル草』と表示されるものだけを刈っている。

 あのスピードで、一つも間違うことなく。


(凄すぎ……ユウトってあんなに可愛い姿になっても、24時間ずっと頼りになるんだもん。かっこよすぎてずるいよぉ……)


 その集中している採集姿を熱い瞳で見つめ、自分の身体を抱くように胸を歪ませる。

 昨日のユウトからの『答え』と、今朝の事件があったからか……エリは、ユウトを無意識に、抱きしめたくなってしまう。




 ——後ろから、反応が、近づく。


 エリは右手に槍を出し、森の外側を向いた。


「ずっと見ていたいけど……私も、自分の役目、果たさなくちゃね」


 小さく呟き、腰を落とす。

 視界にようやく、ゴブリンが見えてきた。


「私のユウトの邪魔はさせない。先手————必勝ッ!」


 エリは木々を縫ってそのゴブリンに近づくと、一瞬で首を切り飛ばす。

 あまりのスピードに、ゴブリンは反応すら出来ない。


「————」

「まずひとぉつ!」


 吹き飛ばした方はにはもう目もくれず、近くで様子を伺っていた残り二匹に飛びかかると、片方を一刀両断し、もう片方の頭を蹴り上げた。

 蹴り上げられた途端に、ゴブリンの首が後ろへと完全に曲がる。完全に身体から力が抜けたように崩れ落ちた。


 続けざまに左手に大槌を持つと、遠くのゴブリンに向かって投げる。

 勢い良く大木に叩きつけられ、たまたま重なっていたゴブリン三体は全て一撃で圧死。

 遅れて槍を使って真っ二つにしゴブリンの体内から、黒い石がぼろりとこぼれ落ちた。


「……あ、これがひょっとして」


 エリは、その石を拾ってインベントリに入れる。

 中には『ゴブリンの魔石』と書かれていた。

 そして残り五つも、胸を捌いて手を当てると、魔石を回収できた。


「よっし」


 エリがユウトの方に戻ると、ユウトは立ち上がってエリを見ていた。


「もしかしてゴブリンが出てきていたの?」

「そだよ、五匹……あ、重なってたの三つだから六匹? 出てきてた。ちなみに『ゴブリンの魔石』っての回収したよ。胸とかあんま派手に捌かなくても、切って手を当てたら回収出来たよ」

「い、今の一瞬で六匹……? すごいなあ、さすがエリだよ。頼りになるね、ありがとう!」

「え、えっへへへ……! 採集はほんと駄目っぽいから、戦いに関してはぜーんぶ頼ってね!」


 この森に来てようやく役に立てたことを嬉しく思いながら、ユウトの感謝の言葉に胸を躍らせる。

 ユウトが嬉しそうなエリの顔を見ていると、エリが急に表情を驚かせて森の奥を見る。


「エリ?」

「向こう、アリアと……魔物! 走って来てる!?」

「嫌な予感がする、エリは先行して! 僕も追う!」

「わかった!」


 エリが槍を取り出し、森の奥へと一気に駆ける。

 ユウトもその姿を見て追いかけるが、森を駆けるエリの速度は半端なものではない。やはり一気に離されてしまった。

 ユウトは改めて、行きの道はかなり遅いペースで合わせてもらったんだな、と実感し、心の中で感謝を告げた。


 ユウトがエリと離れても落ち着いているのには、理由がある。


 エリがサーチの魔法を使った以上、もう周りに魔物はいないと理解していた。

 それは、レベル781のフェンリルヒュムであるエリの魔法が、間違いなく信用できる精度であると判断したから。

 そして、エリが魔物の残っているような危険な環境に、自分を一人で置いていくことはないと信頼していたから。


 ユウトは誰よりも、エリのことを信じていた。




 当のエリは、ものの数秒でアリアを視界に捉えた。

 近づくにつれて見えてきたアリアの顔は、先ほどまでのどこか暢気さもあるような、余裕のある先輩の表情ではない。

 顔面蒼白で緑の髪は振り乱れ、目には涙すら滲ませていた。

 アリアはあまりの事態に、慣れた森の道ですら足をもつれさせて倒れる。


「あヅっ! なん、で……!」


 地面に手を突いた直後に振り返り、ズルズルと地面を這うように後ずさる。


「この森には、一度も、出てきたことないのにぃ……!」


 アリアの視線の先には、肩に刺さった鉄の矢を抜きながら折り曲げ、アリアを見下ろすホブゴブリンがいた。

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