25.カレンと思い出のタリスマン
当たり前ではあるが、ゲームでは大体、主人公が全ての装備を手に入れることが可能である。
それに、道具屋は全ての店舗で、消費アイテムを99個買えるのも、どんなに商品を売ってもお金が返ってくるのも、当然である。
だからユウトは、特殊装備でもない通常装備が在庫切れという状況に困惑した。
「『魔力のタリスマン』が、ない?」
「はい……申し訳ありません」
ユウトは、エリが馬を治したところを見て真っ先にここでタリスマンを買おうと思っていた。
エリの使った『ヒールライト』など、様々な回復・補助を可能とする魔法を発動する触媒、いわば魔術師の杖にあたるものが、回復術士のタリスマンである。
ただし、普通のタリスマンではなく、少し高価な『魔力のタリスマン』という装備アイテムが必要になる。
そのタリスマンがなければ、当然魔法は使えない。
「在庫は潤沢なはずでしょう? 何故……」
「そもそも潤沢ではないですし、滅多に売れませんよ。普段は普通のタリスマンを取り揃えているのです。しかし、つい先ほど魔力のタリスマンが残り13個、買い占められてしまいまして……」
「13個買い占め……!?」
ユウトは、のんびり屋台で食べていたつい先ほどまでの自分を後悔した。しかしこういった順序は分からないものだし、ないものは仕方がない。
誤った注文ではないため、店員の神官を責めるわけにもいかず……諦めて教会を出る二人。
「惜しかったなあ……エリには一つ、絶対必要だと思っていたのに」
「直前で買い占められたってのが悔しいねー……」
教会の扉から外に出ると、二人の目には、日傘の中から手を振る人の姿が見える。
「カレン様?」
領主の娘であるカレンが、ナタリアに日傘を差してもらいながら、アリアとトニーを連れて歩いていた。
カレンは日傘から身を乗り出すと、金の髪が太陽の光を受けて輝く。お付きの三人も慌ててついてきた。
「エリは目立つから、遠目でもすぐに分かったわ」
「カレン様は、ここへ何をしに?」
「お祈りよ」
そう言って、首にかけているタリスマンを見せる。
つい昨日、エリが魔法を使ったそのタリスマンを見て、ユウトとエリは少し伏し目がちになる。
それを見逃すカレンではなかった。
「どうしたの?」
「あ、いえ何でも……」
「何でもないことないって表情してるわよ。あなたたちには助けられたんだから、何かしてあげないとこっちの気が休まらないのよ」
ユウトとエリは顔を見合わせると、先ほどあったことを話した——。
「『魔力のタリスマン』の買い占め? そんなの、滅多に起こることじゃないのに……」
「そんなに珍しいんですか?」
ユウトの疑問に、トニーが手を上げて答える。
「他の国に比べてこの国、穏やかっつーか魔物とかも弱いじゃないっすか。国でも腕が立つという俺らだって、魔法とか使えないし」
「魔法使いが、あまりいない?」
「生活魔法ならともかく、攻撃や回復の強い魔法が使える人、そんないないんすよ。こないだみたいなホブゴブリン二体以上は『帰らずの城』に近づいたパーティー以来っすねー」
「なるほど……」
「だから、魔力のタリスマン買い占めは異常っすね。どっかの部隊の遠征か、余所の国の需要か……まーつまり、まったく理由わかんねっす降参」
この地元に通じているトニーが両手を挙げてそう言うのなら、間違いないのだろうとユウトも納得した。
しかし、そうなると手に入れるのは難しいと頭を悩ませる。
その様子を見たカレンが、首に掛かっているタリスマンを外す。そしてそれを、エリの目の前に差し出した。
「エリ、これを貸すわ」
「お、お嬢様!?」
ナタリアが大きな声を上げて驚くも、カレンは引かない。
エリはカレンとナタリアを交互に見つつ答える。
「へ? いいんですか、カレン様?」
「いいわよ、あなたならきっと役に立ててくれるだろうから。このタリスマンはね……お母様の形見なの」
「ええっ!? そんなのとても借りられませんよっ!?」
カレン・オーガストフレムの母の形見。
それは紛う事なき、カレンの宝物であった。
それを差し出すということがどれほど大きな意味を持つのか、分からないエリではない。ユウトももちろん驚いている。
驚くエリに対して、カレンは一度、自分のタリスマンを見るように腕を引き戻しながら呟く。
「少し、昔話に付き合ってくれるかしら」
カレンが、ぽつりぽつりと今は亡き母親の話を始めた。
ホブゴブリンは、街の近くには生息しておらず、馬車のルートにもまず現れない。
しかしその日は轍の中心に木の実を食べるホブゴブリンがいて、近づくと馬車の馬に襲いかかってきた。
「お母様とは、半年前……たまたま昨日の私のように、ホブゴブリンに襲われたの。そいつが引き連れていたゴブリンアーチャーの毒矢を受けてね。みんな戦っていたから、対応が遅れて……」
「そんな……」
「お母様は、私を庇いながら、背中に矢を受けた。それでも、額に汗をにじませながらも、私にタリスマンをかけて微笑んだ。魔物の討伐が終わった頃には、かなり衰弱しきっていたわ」
薬を飲んでいたら良かったが、魔物への対応を疎かにするわけにも、ましてカレンを離して薬を飲みに行くわけにもいかない。
カレンの母親は、娘を守るあまり手遅れになってしまった。
「屋敷に戻ってポーションを飲んでも、結局治りきらなかった。だけど、お母様は語ったわ。次の領主として、どんな時でも前を向かなければいけないと」
それは、カレンの中での一番のつらい思い出。
しかし同時に、今のカレンを形作る礎となったものでもあった。
「お母様は……つらそうな表情は、最後まで見せなかった。だからお母様の気高さは私の憧れであり、誇りなの」
再び、カレンはタリスマンを前に差し出す。
「私が生まれる前に、お母様がこのタリスマンで命を救われたって知ってたから、私はいつもこれに祈っていたのよ」
「……ますます貸していただくわけにはいかないと思うんですけど……」
エリが慌てる中で、しかしカレンは冷静に首を振る。
そして、決然とした目でエリを正面から見た。
「いいえ、このタリスマンはあなたに貸すべきものだと思うわ。……草原の中で、次に魔物がいつ襲ってくるかわからない中。私を屋敷まで運ぶための馬を、治してくれた。あなたと、タリスマンのおかげよ。私はあなたがタリスマンを使ってくれたおかげで、お母様に命を救われたと思えた」
「カレン様……」
エリは、膝を曲げて目線を低くする。カレンは、「だからね」と言いながら、背伸びをしてエリの首にタリスマンをかけた。
「今度は、このお母様のタリスマンが私を守ったあなたを守ってくれるのなら、それは私にとって嬉しいことなのよ」
「あ、ありがとうござ——」
「でも」
エリの言葉を、途中で遮るカレン。
「貸したからには、絶対に役立ててね。そして……いつになってもいいけど、最後には返してほしいわ」
「も、もちろんです! カレン様、ありがとうございます!」
「僕からも、本当に助かります……!」
「ふふっ、私はお母様の誇り高き娘ですもの。お礼を言われるほどでもないわ」
嬉しそうに微笑んで、一歩下がる。ナタリアは後ろで、ハンカチを持って自分の顔をぬぐっていた。
「ところで二人は、今日何か予定でもあるのかしら?」
「オーダーギルドのメンバーになったので、採集と、ついでに魔物討伐を」
「なるほどね」
ユウトの答えを聞いて、アリアが緑の髪を揺らして二人を見ながら、元気よく手を挙げた。
「それ、私もついていっていいかな?」
「アリアが?」
「うん。今は自由行動だし、ちょっと二人にも興味あるし。いいわよね、トニー」
「おう! なんつっても俺がいてもエリの役には立たねえが、アリアの弓なら問題ねーだろ。任務が草なら『ヘラ』の方もついでにやっといたら? サリスには言っとくわ」
「うん。……あ、二人のお邪魔じゃなければ、だけど」
アリアの言い方を聞いて……エリは勝手に『そういう関係』に見られていると顔を赤くしたが、それがすぐに勘違いだと気づき……ますます恥ずかしくなり、慌てて取り繕うように声を発した。
「わ、わわ私はだいじょうぶだよ! ユウトはどうかな!?」
「うん、遠距離担当が一人いると助かるよ。アリア、よろしく」
「よっし! じゃ、トニー。サリスによろしくぅ」
アリアが手を振ってこちらに合流する。
トニーはカレンとナタリアとともに、教会の中へと入っていった。
「それじゃ私達も、行こうか」
「ええ」
アリアと一緒になり、三人は再び道を中心側へと戻っていく。
ユウトは初めてのパーティーにアリアが入るのはどうなるかと思ったが、エリはすぐにアリアと打ち解けた。
その様子に安心して、ユウトもアリアと打ち解ける。
ギルドの近くまで来ると、予め予定していた武具の店に入った。
店内を見渡した二人は……当然のように、一つの問題にぶつかった。
「鎧は諦めよう……」
「そうだね……」
この街には、130cmの戦士の服も、2メートルの胸の大きな女性のための鎧もなかった。
二人の体格は、店の品揃えに比べて、あまりにも規格外すぎた。
「いや〜、二人は目立つねぇ」
「あはは……こんなに人が多いところは初めてなので、ちょっと恥ずかしいね」
「見つける側からしたら、助かるんだけどね〜、ユウトは、はぐれないようにしないと」
「そうなんだよね、人混みは避けたいなあ」
「ゆ、ユウトは私が責任を持って、絶対に離さないよっ!」
そう言ってユウトを自分のホットパンツに押しつけるように、ぎゅっとユウトの身体を押さえるエリ。
すっかりユウトを守る保護者となったエリの頼もしさと、温かくて大きな女の子の手のひらの感触……そして自分を包み込むような太股の感触に照れつつも……安心感を覚えてきていたユウトであった。
小学生にとって、大人の人は見上げるほど大きい。
大人になると、どうしてもその視線の感覚を忘れてしまう。仮にバスケットボールの代表選手など、背の高い集団に巻き込まれてたとしても、その差は頭一つ二つ分ぐらいである。
だから、大人の集団の中に久々に入る感覚……すれ違う人が全て頭一つ以上大きい世界を、ユウトは少し怖く感じていた。
全く知らない巨人の国に迷い込んだような、そんな感覚。
人混みの中で対面の人と肩がぶつかるようなことは、今の身体では到底できるはずがない。
その中で、ずっと隣に一番大きい味方がいてくれるという安心感。
ユウトは、もしも自分一人で転生してきていたらと想像する。自分一人が子供扱いの世界で、長い間過ごさなければならないのかと思うと……それだけでクリアする前に心が折れそうな気さえした。
(この世界に来て、エリはずっと僕の役に立つことを考えてくれているけど……もう隣に立っているだけで心の支えになっちゃってるんだよね)
ユウトは、エリの腕の中から一旦離れると、振り向いてエリの顔を見上げる。
「エリ、街にいる間はずっと傍にいて、僕を見てくれると助かるよ」
「……! うんっ! もちろんだよっ! ユウトのこと、絶対見逃さないからね!」
エリも笑顔で、ユウトの要求に応える。ちなみに、言われるまでもなくエリは、ユウト以外見ていなかった。
そのユウトが、自分を頼ってくれる。エリは小さくガッツポーズをした。
「……ほんとに私、一緒で邪魔じゃないよね?」
「あっ」
そこで、すっかり放置していたアリアに二人は照れながらも頭を下げて、改めてついてきてもらうようお願いした。
ユウトは武具の店で、ナイフを買った。ショートソードでも少し自分の手には大きいからであった。
エリは『ザガルヴルゴスの尾槍』と『ザガルヴルゴスの呪縛槌』があれば、当面武器には困らない。相手が近づいたら、素手や蹴りでも戦える自信があった。
門では、『大鷲の翼』の名声もあって、アリアが顔パスで通れるようになっている。アリアは門番に改めてユウトとエリを紹介し、信頼出来る人として覚えてもらうことにした。
その二人の容姿は、一度見たら忘れられるものではないだろう。
門の外に出ると、草原が広がっていた。
まだまだ時間は十分にある。
「それじゃ、行こうか」
「うん!」
「楽しみだねぇ」
三人は、目的地の方へと足を進めた。
途中ユウトが疲れる度にエリが立ち止まり休んだが、ユウトの気持ちを汲んで、エリが背負うような提案はしなかった。
ユウトにとって、エリのそういった気遣いもありがたいものだった。
しばらく歩いて、予定通り昼前に森へと到着する三人。
そこでアリアが、一歩前に出た。
「っと、早速ヘラ発見だぁ! 私はあれの依頼受けてたから、あっちをいただくね!」
「ヘラ、っていうと、あの屋台の肉?」
「そうそう! そのおじぃちゃんから受けたよ〜」
ユウトとエリは、アリアの視線の先を見ると……そこには、妙に大きいウサギがいた。
「ねえアリア、ヘラって、正式名称?」
「違うよ〜、正式名称は、『ヘビーラビット』だねぇ」
「略しすぎだね!?」
そんな突っ込みに「あっはっは! 私もずっとそう思ってるよ!」とけらけら笑いながらも、弓矢を取り出した。
矢を番えて引き絞る瞬間、アリアの目が細くなり無言になる。
その真剣な姿を見て、ユウトは剣を取り出し、エリも遅れて槍を出す。
ユウトとエリの、初めてのギルド任務が始まった。