24.ユウトとエリの、オーガストフレム街歩き
ギルドを出たユウトは、エリの方を少し見て歩き出す。
目的地があるのかとエリがついていくと、途中で見知った顔に出会った。
「あれ、ダグラス?」
「……んあ、ユウトにエリか」
屋敷で一緒にいた『大鷲の翼』の戦士、ダグラスと……隣には、ローブ姿の男がいた。
金髪の、少し寝不足そうな目をした男。
「ダグラス、彼らはもしや?」
「はい。例の屋敷での」
「ほう……」
男はユウトとエリに一瞬視線を移すと、軽く礼をする。
「私はダグラスの友人の、ワレリーだ。よろしく」
「ユウトです」
「エリですっ、友達の友達は友達ですね!」
「そうかな……?」
エリの言葉にユウトが首を傾げて、ワレリーは低い声で笑う。
「ふふ……なるほど、元気な子だ。……それではダグラス、私は行くよ」
「わかりました」
ワレリーは名前だけ名乗り、二人の前から去っていった。
ユウトは見知らぬ彼のことが気になったが、追うのも変かなと思いダグラスへと話しかける。
「ダグラスは一人なのかい?」
「ああ。『大鷲の盾』も四六時中一緒にいるわけではない、むしろ自由時間の方が多いぐらいだ。サリスは常にオーガストフレムの屋敷にいるがな」
「なるほど、今はみんなそれぞれ自分の時間を使っているんだね」
「そういうことだ。……じゃあ、俺もそろそろ行くから」
「うん」
ダグラスは膨らんだ袋を片手に、城門方面へと歩いていった。
その姿を見送ると、ユウトも「行こう」と一言エリに言って歩き出す。
ユウトは、ギルドからそう遠くない屋台の前で止まった。
「ここ、食べてみたかったんだよね」
その屋台は、様々な食べ物が並んである。
店の人が作ったであろう、何かの串焼きの肉がメインだ。他にも飲み物のサーバーと、甘い木の実が置いてある。
当然のことながら、ゲームでおいしそうな食事が液晶ディスプレイの中にあっても、実際に味覚で味わうことなどできない。
だからユウトは、ゲームの中で見た屋台のおいしそうな串焼きがどんな味なのか、実際に食べてみたくなったのだ。
「この串と、飲み物と……木の実を二つお願いします」
「おう、ヘラ二つ、シェーレ二つ、ベリー二つだな」
「金貨で支払っても大丈夫でしょうか?」
「金貨か、ちょいと待ちな」
店員のおじいさんは、店の下にある袋をジャラジャラと音を立てて調べる。
「串200にシェーレ瓶2600、ベリー200だと……」
おじいさんが、銀貨を7枚持ってユウトの金貨と交換する。
「瓶はすぐ返却してくれ。そいつの値段が一つ1000ゴールドで、返却したら銀貨を返すようにしてある。破損か持ち帰りは払い戻しなしだ」
「なるほど」
使い捨ての紙コップが大量生産されている国ではない。飲み物の容器は全て返却する義務があるのだ。
エリは関東の催し物で、オクトーバーフェストなどのビールの野外飲みを思い出してすぐに理解した。ビール2000円、瓶を返して1000円返してもらうか、そのまま瓶を持ち帰るのだ。
もちろんエリはお酒は飲めないが、とてもおいしい特大ソーセージが出てくるので、よく父についていって食べていた。
ユウトは何か飲み物がほしいからと注文したが、その飲み物がどういったものかは見当がつかなかった。
そのガラス容器に濯がれた、緑の濁った液体を飲む。
「……あ、意外とあっさりしてていけるね」
甘さがあり、人工甘味料のようにきつくもない。ユウトはそのよく冷えた飲み物を気に入った。エリは飲みながら、少し目を閉じる。
「これ、果物というか、サトウキビとかあのへんの絞り汁なのかな?」
「そうなの?」
「中学校の修学旅行は台湾だったんだけど、外の露店でシナモンかけた大きな串揚げとか、タピオカミルクティーとかの中に、こういう昔ながらっぽい飲み物があったよ」
田舎出身とはいえ、ユウトは日本のみで過ごしているので、飲料は大体店売りのものしか知らない。
エリの見識に感心しながら、天然のジュースをおいしく飲む。
今度はヘラ、というものを二人は食べる。見た目は大きめな鶏肉の串焼きにしか見えない。
二人が目を合わせて当時に食べると……口の中に、野性味溢れる肉の味が広がる。しかし想像より遥かにおいしいと思える味だったので、二人は目を見合わせた。
「ユウト、これすっごくおいしい!」
「エリもそう思う? これは当たりだね……!」
二人は飲み終わったグラスを返却すると、銀貨二枚を受け取ってそのまま串焼きを更に二つずつ追加した。
「景気いいな! そんじゃ張り切って焼くかね」
屋台のおじいさんは銅貨を6枚ユウトに渡すと、肉を並べて焼き始めた。
その間にガラス瓶を二つ、後ろの方まで持っていく。
「【ウォッシュ・ウォーター】」
エリは「わー、便利だなー」と眺めていたが、ユウトはその姿を見てかなり驚いていた。
(知らない魔法だ……そりゃそうだろうなと思っていたけど、戦う以外の魔法もあるんだな)
その姿を見ながら、これらの魔法の知識はどこで得られるか、想像を巡らせていると。
「おう、焼けたぞ」
と、二人に追加の肉が渡される。
ユウトは考えるのをやめて、串焼き二つを食べた。しかし……少し考えなしだった部分もあった。
「エリ……これ、食べてくれる?」
「えっいいの? やったね!」
ユウトは、串焼き三本目が多く感じたので、エリに渡した。特に事前にシェーレのジュースを飲んだのが大きい。
反面エリは、四本でも足りないぐらいであった。
つい昨日もこのやり取りをやったばかりなのに、ユウトは自分の食事量を見誤っていた。
(食費がかからなくていいなあ……育ち盛りを過ぎた小学生の身体)
もりもりと肉を平らげる年下の女の子に圧倒されていると、その目の前に果物が二つ、にゅっと店から出てきた。
「え?」
「え、じゃねえよ。お前さん、オーガストフレムベリー注文しただろ」
「そうでした……」
ユウトはすっかりヘラという謎の肉のおいしさに追加注文していて、肝心のベリーを忘れていた。
手に取った果物は、苺というよりは桃ぐらいの大きさの果物。
とても今のユウトが食べられるサイズではなかった。
「後でいただくことにします」
「おう、また利用してくれよな」
とりあえずもらったベリーを【インベントリ】に入れ、エリを誘って次の目的地へと向かうことにした。
人の少なくなった道の途中で、エリはユウトの前に躍り出て振り向いた。
「ユウト先生に質問です」
「え? 何かな」
「痴漢をパリイした時にも思ったけど、さっきからユウト先生は【インベントリ】を唱えてないと思います。どーやってるんですかー?」
エリが質問しながら、目の前にインベントリのパネルを出す。
ユウトは、そういえばエリが風呂に入っている間、暇だったから練習したんだと思い出した。
「ごめんごめん、エリがいないうちにいろいろ試したことの一つで、頭の中で【インベントリ】と唱えると、頭の中で【インベントリ】が出てくるんだよ」
ユウトも自分のパネルを出して操作せずに閉じた後——無言で左手に盾を出現させる。
エリはその一連の動きで、ユウトが本当に、頭の中だけでインベントリを唱えたことが分かった。
「頭の中で浮かべて、頭の中で上下左右にフリックすると、できたんだ。こういった能力は当然ゲームのコントローラーを使った操作じゃないから、こっちにきてから調べてるんだよ」
「な、なるほどー……ご指導ありがとうございました」
「いえいえ」
エリが納得する様子を見て、ユウトが再び先頭に立って歩き始めた。
この時ユウトは気付かなかったが、エリは地面から手頃な石を一つ拾うと、頭の中でインベントリを出して石を収納していた。
(ギルドで、咄嗟に対処できなかった私に、この世界に来てから新たに得た知識で剣を弾いてくれた、かっこいい……本当にかっこよすぎるユウト。私の、王子様……。……でも……)
エリは、静かに右手をぐっと握る。
(……嬉しかったけど……やっぱり、こんなに強い身体をもらっておいて、助けられるだけなんて悔しいよ……)
その握った手が、傍目には少し緩んだように見える。
中には、石が握られてある。
(私、がんばるよ。今よりもっと、役に立ってみせるからね!)
この時、ユウトの後ろを歩くエリの握った手は、少し緩んで、またぐっと握ってという動作を繰り返す。
その動きが教会に着く頃にはかなり高速になっていた。
エリもユウトに似て、努力家であった。
ある程度計画通りに進んでいたユウトは気分も良く、意気揚々と教会に入った。
しかしここで、その教会の売店から思いがけない言葉を返されて、呆気にとられてしまっていた。
「『魔力のタリスマン』が、ない?」