23.新しいパーティー名と、ギルドの仕事内容
一騒動あったものの、無事にユウトとエリはオーダーギルドのギルドメンバーとなった。
「パーティー名はどうするの?」
「……ぱーちーめー?」
話が終わって再び受付テーブルに戻ったミリアからの質問に、エリは思わずユウトを見る。
「どうしよう?」
「エリが決めてよ、リーダーなんだから」
「へっ!?」
一瞬エリは驚いたが、年上の従兄ではなく背の低い連れとなっているユウトがリーダーだと、当然不自然だと思い当たる。
しかしこういう時にネーミングセンスを試されるのは困るものだし、なんといっても自分の考えたオリジナルの名称を、その場で告げるのは恥ずかしい。
「そ、そっか……わかった。えーっと、えーっと……。………………! じゃあ、リーダー命令! いいパーティー名を私の代わりに考えて!」
「はい?」
ユウトは自分でリーダーを指名しただけに、当然リーダー命令とあらば断るわけにはいかない。
こういう時のいとこ同士の冗談も含めたやり取りは、昔っからの仲の良さで慣れたもの。勝ち誇ったようにユウトの頭上で、満面の笑みをしながら腕を組んでいる。
エリもエリで、なかなかいい性格をしていた。
「あーっ、しまった、やられたなー……。うーん……」
「……ど、どうかな?」
「…………。……対極、太極……『拡眼太極』はどうだろう」
ユウトの案に、エリは首を傾げる。
「かくがん、たいきょく?」
「太極図のことだよ。細かい説明は省くけど、陰と陽の二つの気と、男女の差。でも男の中にも女らしさ、女の中にも男らしさがある。それが小さな点のことで、魚の眼にも例えられる。……えーっと、こういうやつね」
エリは、ユウトが自分の手に形をなぞったことで、太極図の白黒が勾玉のように重なった図を思い出した。
「あー、あるある」
「その特徴が完全に逆転してしまってるから、各々の性別の中にある魚の眼が大きくなった形で『拡眼太極』」
「な、なるほど……?」
エリはいまひとつ理解できなかったが、他にアイデアもなかったため(太極図ならかっこいいかも)ぐらいの気持ちで採用となった。
「『拡眼太極』、リーダーはエリ・トモナガ。パーティーメンバーはユウト・ヤナギバですね」
「はいっ!」
ミリアからの確認に元気よく肯定し、これよりユウトとエリはパーティーを正式に組むことになった。
「えへへ……名実共に、私とユウト二人だけのチームだね!」
「うん。完全に二人でやることを前提とした名前だからね」
「そういえば他に名前のアイディアとかあった?」
「名字を取って落語家みたいな名前とか、他には陰陽魚にあやかった『陰陽金目鯛』とかあったけど」
「金目鯛はおいしそうだなあ……」
なんとも間の抜けた感想にユウトは笑い、それに釣られて照れたように頭を掻いて笑うエリ。
「これでしばらく、ユウトとずっといていいんだよね、楽しみだなあ」
「僕もエリがどれぐらいの可能性を秘めているのか、これから楽しみだよ」
二人のパーティーが始まった。
仲睦まじく話している二人をにやにやしながら見ていたミリアだったが、さすがに周りの視線もちょっと集まっているので少し咳払いをする。
エリが「あっ」と漏らしてミリアに笑いかける。
「あはは、すみません……。えーっと、それで……」
「はい。当ギルドの説明は要りますか?」
「できれば……あっ、ユウトはどう?」
「ミリアさん、こちらから確認をしてもいいでしょうか?」
「ユウトさんからですか? はい、構いませんよ」
ユウトは、エリほどではないがそれなりに背の高いミリアに向かって、ゲームの内容を再確認するように知っている内容を話す。
「オーダーギルドは、各職種の商業ギルドからの依頼と受注を一手に引き受けるギルドで、多分魔物の魔石回収もこちらで行うのですよね」
「え、ええ」
「よかった、討伐の際の回収が同じ窓口で助かりました。それで……依頼の受注はEランクからAランクまで。昇格、降格などはギルドへの様々な功績により……でもメインは討伐ですね。降格を恐れてか、上のランクほど礼儀正しい……はず? だと思います……ですよね?」
堂々と説明していたユウトだったが、最後の方は少し尻すぼみになっていた。
「……はい……あの、概ね合っているので、説明は不要そうですね……」
「すみません、そんなつもりでは……」
「いえ、全面的にこちらが悪いので……」
ミリアも、ユウトが何を言いたいのか察して、尻すぼみになってしまう。
ユウトは先ほどギルドマスターの部屋で『降格』という単語を聞いていた。
それは間違いなく、エリに手を出そうとしたあの男達のことであり……同時に、降格という単語を使われる理由が、彼らがDランク以上の『降格出来るランク持ち』だと分かったからだ。
ユウトは案に『ランクが上がれば礼儀正しいとは限らない』と嫌味のように言ってしまったと気づき、言いづらくなったのだ。
そして実際ユウトの言ったとおりなので、ミリアも身内の恥に気まずくなってしまっていた。
「……?」
ちなみにエリは、わかっていなかった。
「ええと、とにかくギルドの内容は概ね把握しています。早速依頼を受けても?」
「ありがとうございます。Eランクの張り出しもありますが……今ですと、魔石の回収はもちろん、常に不足している『シェイル草』『ファス草』はどうでしょうか? 西の森の方にあります」
その草の名前と森の場所を、ユウトはゲームの中から思い出していた。
「門近くに卸すポーションの原料と……ファスは、ゴブリンの毒矢消しの薬でしょうか」
「……本当に初めてですか……? 念のため布に描かれた絵を貸し出しますが、違いは分か……ってそうですよね」
「形はもちろん、色が違いますよね。青い草は珍しいので、すぐ分かると思います。そうだ、レアの月光シェイルがあったら持ってきましょうか」
月光シェイル、という単語を聞いた時。
ただでさえ感心していたミリアは、それまで以上に驚いた。
「も、もちろん上乗せです。……私も久々に聞きましたよ、その単語。……凄いですね、知識の量が……」
「魔物はエリが担当してくれるので、このあたりの知識面や採集は僕が役に立ちたいんです」
「私達、二人が協力したら世界最強ですのでっ! えへへ、なんちゃってぇ……」
エリが嬉しそうに答えて、ユウトの肩を抱く——といっても、お尻の側面にユウトの頭を軽く押しつけるような形であった。
ユウトその感触に照れながらも、ミリアからシンプルな絵の描かれた布を受け取った。
最初は布と聞いてユウトは疑問に思ったが、こうやって見ると皺もつかず汚れも落としやすい、使い回しやすい資料だと感心する。
「なるほど……それでは、ギルドの常設任務ですので受注という形ではありませんので、自由に回収してきてください。お願いできるでしょうか?」
「はい。エリもいいよね」
「うん! 私はあの小さいのと、パンチするマッチョを相手にすればいいんだよね? 今度は素手で挑んでみようかな?」
「ホブゴブリンを見て殴り合おうとするのはエリだけだと思うよ? エリなら余裕で勝てると思うけどさあ……」
エリの豪快さと強さにユウトは呆れ気味に笑い、エリは自慢気に腰に手を当て、胸を張ってドヤ顔をする。
そして二人はミリアに礼をして、ギルドを出た。
二人の背中を見ながら、ミリアは視線だけで周りを見渡す。
皆はエリとユウト、『拡眼太極』の二人を意識しないようにしつつ、隣を通り過ぎるとさりげなく背中を見る。
恐らく、皆同じ事を考えているに違いない。
(強い亜人は、趣味で奴隷を囲うなどすると聞いたこともある。真偽はわからないけど亜人は性欲も強いとか聞くし、実際に弱い異性を連れていることもあると聞いたけど)
先ほどのユウトとの会話を思い出す。
二人は正真正銘、オーダーギルドに初めて登録した。
エリが強いだけの素人なのは分かる。だが、長年ギルドメンバーを見てきたミリアからしても、ユウトは底が知れなかった。
詳しすぎるのだ。
二人が出た後、周りのDランクやCランクも案の定「月光シェイル?」「高いの?」と互いに相談している。
誰も知っている様子はない。
しかし知らないのは当然のこと。シェイル草の中でも特殊な成長をした月光シェイルは、錬金ギルドに持って行けばハイポーションの原料となる。この辺りにはまず見ないので、遠方遠征した際にミリアが一度見たぐらいだ。
そのポーションの値段は、一桁違う。極端に高価なわけではないが、この情報を知っているということが、ミリアや他のギルドメンバーの驚きである。
そしてミリアは、何よりあのハービットンの彼が、その情報をオーダーギルドに登録する前に得ていたことに驚いていた。
(なるほど、ボスが去り際に『ユウトの方が上』と私に伝えたの、理解した。パリイ寸止めが出来ても、さすがにエリより上だとは思わなかったけど……彼はエリの奴隷でも愛玩物でもない、パーティーの頭脳だったんだ。……凄い二人組ね)
少しざわついているギルドを見渡しながら、ミリアはカウンター前の椅子に深く腰掛け、「ふー」と自分の前髪を揺らすように息を吐く。
(『二人が協力したら世界最強』か。エリは、なんちゃって、なんて笑ってたけど……大言壮語でもなんでもないかもね)
二人の今後の活躍に期待し、その第一歩を担当できたことに頬を緩めるミリアであった。