22.ギルドでの出来事説明と、派手な加入劇
シャルロットの土下座を見ながら、ユウトをエリは頭を掻いてミリアを見る。
ミリアは自分も責められると思ったのか、ユウトが止めに入る前に一瞬で土下座の姿勢になってしまった。
————話は数分前に遡る。
ギルドマスターのシャルロットの部屋へとやってきた一同。
まずシャルロットは腕を組んで奥の椅子に座り、隣にミリアが座る。
テーブルを挟んで、ユウトとエリが対面する形だ。
シャルロットは金髪の長い髪を背中まで伸ばした、30歳過ぎぐらいのギルドマスターにしては若い容姿の人物。
ミリアは青い短髪をした、溌剌とした雰囲気の20代らしき女性。
「……で、どういうことなの、ミリア。朝はいい報告聞いて気分上々だったのに、エントランスでトラブルなんて……しっかり報告してもらうわよ」
「はい、ボ……シャルロットさん」
ボス、と言いかけたミリアを見て、エリはちょっと笑いかけたので口を押さえて背筋を伸ばす。
ミリアは最初に、ユウトとエリへと確認を始める。
「まず、そちらの二人は……もちろん初めてですよね?」
「はい」
「ハービットンの男性。種族の容姿に関して、我がギルドの者が大変失礼をしました、申し訳ありません」
種族差別同然の発言があったと頭を下げたミリアに、ユウトは首を振る。
「こういうこともあるだろうと思っておりましたから、気にしておりません」
「寛大な配慮をしていただき感謝します。そして……亜人の方。ハービットンの彼は、あなたの連れでいいのですよね」
「あ、えっと、はい。ハービットンは……その……私、の……連れている仲間、です」
自分がユウトを引き連れている立場である、と宣言するのはエリにとってかなり抵抗があったが、シャルロットとミリアはすぐに納得したように頷いた。
「わかりました。……シャルロットさんに経緯を説明すると、あいつら、入ってきたばかりの彼女と、彼を引き離そうとしたんです」
「……」
シャルロットは、その報告で既にこめかみを抑えだした。
しかしミリアは間髪入れず、その次の展開を言った。
「しかも……私の目の前で、胸に触ろうとしたんです!」
「は?」
「でもその前に亜人の彼女に反撃されて、それでカウンターまで吹っ飛ばされたという、滅茶苦茶ダサい理由で倒れたんですよあいつ。簡単に言うと、大の男が女の子のおっぱい揉もうとしてビンタされて一撃で気絶です」
シャルロットは……あまりの事態に、眉間に指を当てて「ああ……」と唸っていた。
「まーぶっちゃけあのクソは自業自得だし、女として見ていてスカっとした感じですねマジで。ありがとう、あなたがビンタした瞬間、後ろのキャスターとかアーチャーとか女の子達めっちゃ笑顔でガッツポーズしてましたよ」
大分前に怒りは収まっているエリは、急にくだけた感じで話し始めるミリアにうまく反応出来ずに「はあ……どうも……」と頭を掻く。
「ところで、もう一人は」
「もう一人は落ちていた剣を見ての通り、仲間がやられて逆ギレして剣を抜きました。ただ見方によってはこいつの方がダサいですね」
「……どういうこと?」
あの気絶した男の姿と、もう一人の倒れていた方。
シャルロットが思い出しても、気絶した方が格好悪かったように思う。
しかしその考えは、すぐに覆ることとなった。
「あいつは、彼に負けたんです」
「……負けた?」
「はい。亜人の女性に斬りかかろうとして、ここにいるハービットンの彼に一瞬で負けました。パリイ足払いで寸止め、二秒ぐらいの出来事ですね」
今度こそシャルロットは、机の上に腕を乗せて倒れ込んだ。
「ええ〜……」
「子供は家に帰りなとか気に入らないとか言っておいて、あの広間で皆の前でやられたわけですよ。もうあいつオーダー無理じゃないですかね」
「散々大口叩いただけに、この街にはいられないでしょうね……でも勝手に余所にいってもらったら困るし、捕まえているうちに降格だわ」
捕まった二人の処遇が決まったところで、シャルロットは顔を上げて二人を見る。
「当ギルドメンバーが失礼をした。これからメンバーになりに来るように見受けられるが、その中でいきなり嫌な思いをさせてしまうとは恥じ入るばかりだ」
「あ、いえそんな気にしていただかなくても」
「——が、しかし」
シャルロットは、腕を組んで二人を見る。
「この街には、君たちのような種族のギルドメンバーがいない。特に獣系亜人でもあなたみたいな方は、珍しいわね。悪いのだけれど、何か自分の身分を証明できるものはないかしら?」
身分証、と言われて……エリは学生証とか戸籍謄本を連想して、当然自分がどこの住民登録もしていないことに気付いた。
慌ててユウトの方を向くと……ユウトは落ち着いていた。
そして懐から出てきたものに気付いて、エリもユウトが落ち着いている理由が分かった。
「こちらをどうぞ」
「!」
ユウトは手渡したのは……サリスの封筒。
すなわち、この街の領主の屋敷を守護する、オーダーギルドの代表ともいうべきパーティー『大鷲の翼』のもの。
その意味が分からないギルドマスターではない。
「……き、君はこれをどこで……」
「さっき直接もらいました」
さっき、直接。
話を聞いた途端に慌てて封筒を少し歪に破り、中の文章を確認していく。
視線が動く度に、シャルロットの顔が、みるみる青くなる。
ミリアも、段々とこの騒動が大きな問題を孕んでいるのではないかということに気がついた。
そして、シャルロットは騒動のあまりのひどさに、重要な部分を聞きそびれていたことに気がついた。
「……お、お二人の名前をお聞きしても……?」
「へ? あっそうでした。私は……逆がいいのかなこれ? エリ・トモナガです。そして、えっと、私の旅仲間の彼が」
「ユウト・ヤナギバです」
その名前を聞いた直後——
「——申し訳ありませんでしたあああああ!」
——シャルロットが勢い良く土下座をし、ミリアも続いて土下座をして今に至る。
この日の朝、シャルロットは気分がよかった。
理由は、領主のヘンリーが気分良くやってきて、気分の良くなるいい報告を朝一番に持ってきたからだ。
それは、あの憎きギルドのタブーである『帰らずの城』の魔物が、ついに討伐されたという話。
シャルロットにとって、前任の護衛パーティーが戻らなかったことと、調査パーティーが二つとも全滅してしまったことは未だに苦い記憶である。
しかし、なんと旅の戦士がその悪魔を討伐したというのだ。
ヘンリーはその二人を『身長差のある二人組。仲も良さそうで、男が女を引っ張っていると見た』と言っていた。
名前は、ユウトとエリ。
その時点で気付くべきだったのだ。
ペアで男が女を引っ張るというのは、討伐パーティーではわざわざ言うほど珍しくはない。しかしヘンリーがわざわざ男が女を引っ張ったことを見抜いたように表現したということは……つまり、普通は男が女を引っ張っていると連想しない二人組なのだ。
そしてシャルロットは、遠方の国で聞いた雰囲気の名前であったその二人を、勝手に黒髪黒目の大男と、黒髪黒目の小柄な女性だと思い込んでいた。
しかし。
悪魔を倒したのは人間の大男ではなく、獣系亜人の大女。
サポートは人間の少女ではなく、ハービットンの男。
根本的な部分が、完全に間違っていた。
更に二人は、令嬢のカレン様と『大鷲の翼』の四人を助けた恩人であるとも聞いた。
シャルロットにとって『大鷲の翼』リーダーのサリスは、幾度となく依頼をして便宜も図るなど、お互いにギルドの運営を円滑にしてきた自分の妹分のような女性である。それ故に、封や文字を見間違えるはずもない。
そのサリスが、この封筒を用意した意味がわからないシャルロットではなかった。
そんな大恩ある二人の、初めてのオーガストフレムのオーダーギルドとして、一番大切な第一印象。
セクハラ。
恥以外の何者でもなかった。
ユウトとエリは、とにかく頭を上げてもらうことにした。
何度か言葉を交わして、ようやく顔を上げてもらう。
「本当に……恥ずかしい限りで……」
「だからもういいですって」
「でも私は、まだ私のユウトに手を出そうとしたこと許してないけどね」
「ってちょっとエリ!?」
話がまとまりかけたところで、思わぬところからぶり返されて慌てるユウト。
それに対してエリは、はっきりと言う。
「だって、私は多分襲われても怪我とかしないと思うけど、ユウトは絡まれでもしたら、大丈夫な保証がないから。私はそんなのは嫌だよ」
「エリ……」
「……ユウトが危険な目に遭うなんて、ユウトが良くても、私は、絶対に嫌だよ……」
ユウトはようやく、自分が構わないと思っていることがいかに自己満足かに気付いた。
エリは、今日自分が襲われそうになったことより、ユウトが危険に晒されたことを嫌がっていたのだ。
ユウト自身も、もし背の低いエリが怪我の危険があっても気にしないなんて言いだしたら、絶対に気にすると思った。
「……うん、僕も逆の立場ならそう思う。ごめん、軽率だったね」
「ん」
エリはユウトの方に手を伸ばして……あわてて手を握った。
それは穏やかな一場面のようで……エリの頭の中は、突然パニックになっていた。
(い、今……私、手を……頭に、乗せかけた……! いい子いい子しかけた! それじゃ完全に弟とか子供扱いじゃん! ユウトは、年上なの! おにいちゃんなの! 自分で望んで超私好みの超超可愛い子になってるんじゃないのっ! あ、あっぶなぁ……)
慌てているエリの内心は分からず、ユウトは首を傾げる。
そんな手を握り合っている二人を見て、本当に仲が良いんだなと思ったシャルロットは一つの提案をする。
「そうだな……領主に恩があり、サリスの紹介状があるというのなら、この件は私に任せてもらっても構わないか? 私が皆を説得しよう」
「シャルロットさん自ら動いてくれるというのなら助かりますが……よろしいのですか?」
「もちろん。迷惑をかけた分、少なくともこのオーガストフレムのオーダーギルドでは、私が責任を持ってユウト君には手出しさせないようにしよう」
その申し出に、エリは迷うことなく頷いた。
ギルドのボスであるシャルロットさんが言ってくれるのなら、信用出来る。ユウトもエリもそう判断した。
結果から言うと、ユウトの身は無事に保証された。
シャルロットの説得があってのことだった。
ちなみに、どういうことをやったかというと。
「——いいかお前らァ! この二人は、領主ヘンリー・オーガストフレム様と、そしてこの私、シャルロットの恩人だァ! 変な下心は持つなよ!? 特にユウト君に手を出すヤツは……!」
カウンターに仁王立ちしたシャルロットが、剣を抜く。
そして「【マナブースト】!」と叫び、わざわざ青く光り輝く魔法付与剣を作って、これ見よがしに高く掲げ、そして正面へぶぉん! と音を立てて振り下ろす。
「この私自らが、半分にかっ捌いてやろう! 彼はエリ君が普段は守っているが、もしその場にいない時は他のメンバー全員でユウト君を守るつもりでいろ! その場にいなくても、気合いで守れ! いいなァ!?」
「押忍! 了解ですボス!」
「わかりましたわ、ボス!」
「だからボスって言うんじゃないっ! お前らは1日30時間マラソンだッ!」
その姿を見たユウトとエリの、頭の中がシンクロした。
((この人脳筋だーっ!?))