21.初めてのオーダーギルドでトラブル
オーダーギルドに入っての、いきなりの初心者狩りみたいなどこかで見たような事態に、少し笑いながらも受付へと歩いていくユウト。エリはユウトの後ろを無言でついていく。
「なんだ、無視かぁ?」
「……ハービットンだよ、見たことないかい? これでも年を重ねて18なんだ。通らせてもらうよ」
ユウトが横に避けようとすると、正面の男二人は道を塞ぐように動く。
「ハーブだかなんだかしらねえが、なんか気にいらねえなぁ!」
男が大声を出したところで、受付嬢が身を乗り出して声をかける。
「ちょっと、トラブルはなしよ!」
「ミリアちゃーん、言いがかりはよくないなぁ! これは親切な相談だよぉ? ってーわけでハーなんとか、年とか関係なしにお前がオーダーとか無理だろ。……それにしても」
ユウトは、男の視線が自分の後ろ側、遥か頭上になったのを見た。間違いなく、エリを見ている。
その視線は上に、正面に……ほとんど正面か少し上で固定される。
つまりエリの胸を、顔より見ていることを如実に表していた。
あまりにも不躾な男の視線に、普段はそうそう眉間に皺が寄らないユウトもさすがに嫌そうな顔をする。……ただし、その程度の表情で済んでいるのはユウトだけであった。
「ねーちゃん、すげえいい女だなあ……こんなガキの子守りしてないで、俺達と遊ばなぁい?」
「……」
「なんだ無視かよ、つれねーなぁ。それにしても触ってくれっていわんばかりに立派なことで……へへ、触ってもらって育ったかぁ? 優しい俺も、その成長に一役買って——」
男が手を伸ばしかけた瞬間、ユウトは頭の中で【インベントリ】を表示し、武器を準備する……途中。
——パァン!
バキィ! ガラガラ……ガシャン。
ユウトの目には、何が起こったか全く目で追えなかった。
ただ受付の下で倒れている男を見て察する。男は木製の受付に突っ込み、そのカウンターを破壊した挙げ句にカウンターの上のものが落ちたのだろう。
この惨劇を引き起こした原因を、頭上左に伸びたエリの腕を見て……そして手の形を見て理解した。あの拳銃でも撃ったかのような乾いた破裂音は、恐らくただのビンタ一発だと。
ビンタ。それは殴る蹴るのような暴力とは少し違い、相手に怒りを伝える時に取る手段のひとつ。
もちろん怪我させるような意図でビンタを出す人はそうそういない。
だからエリ自身も、怒り任せのビンタとはいえ成人男性が一発で5mほど錐揉み回転しながら吹き飛ぶとは思っていなかったので、自分でやっておいて自分で驚いていた。
しかしそんなエリの考えなど分かるはずもない。客観的に見たら、いきなり殴り飛ばしたと思われてもおかしくない威力と速度だった。
もう一人の男も、実際その動きが追えていない。胸でも殴ったのかと思ったようだった。
「こ、このクソアマ!」
「え」
エリが少し呆けていた隙に、男は剣を抜く。鞘から剣身を出すということは、一線を越えた、越えてもいいという証明であった。エリは、そんなローカルルールを当然知らない。
急に両手で突き攻撃をしてこようとしてきた男に、エリは驚きつつもインベントリを表示させる。しかし、出現させたはいいものの、操作が間に合わない。
エリはいくら最強の肉体になったといっても、中身は日本人女子高生。素手で剣に対処する勇気は、さすがになかった。
咄嗟に腕で身体を防ぐようにして目を閉じ、エリは痛みを覚悟した……が、いつまで経っても剣は来ない。
目を開けると、驚くべき光景が広がっていた。
ユウトは、相手の男が見たことあるような基本的な片手剣っぽい動きだなと思った瞬間……頭の中のインベントリからウッドシールドを左にフリックし、出現した盾で剣を滑らせるようにパリイ。
男のバランスが崩れたところで足払いをかけ、ショートソードを右へフリック。背中から倒れかけた男へ、剣先で寸止め——しようと思って、相手の顔のすぐ横の床へ剣を突き立てていた。
「僕の目の前でエリに手を出すなら、許すつもりはないよ」
「……あ……」
「あとねー……僕はショートソードですら重くて使うの苦手なの。こうやって顔の前で止めようと思ったのに、寸止め失敗しちゃうんだよね」
寸止め失敗、というのがどういうことを指すのかを理解し……男は青くなった。
実際、ユウトは重そうにショートソードを持っている。なんとか怪我させないようにと、寸前で刃先をずらしたのだろう。
もしも、相手がそのまま寸止めしようとしていたら……。
男の顔の横に剣を突き立てているユウトは、自分でも驚くぐらい頭に血が上ったなと思った。
昨日から、そして今日も朝からというかついさっきも、一日に何度あるんだというぐらいエリの布に包まれた大きく柔らかなものを堪能しておいて——実際は全てエリからの先制攻撃によってだったが——ほんの少しでも、他の男が触れることが我慢出来なかったのだ。
それはエリがセクハラされるから怒ったというより、エリの身体に自分以外が触れることに怒ったと、ユウトは自分で理解してしまった。
(もしかしなくても、僕、エリに対して……かなり独占欲ある?)
自分の正直な気持ちと、それ故の苛烈な反応に、だんだんと恥ずかしくなってきてしまった。
さすがに赤面した顔で相手の男と睨み合う趣味はないので、すぐに剣を引き、インベントリへと仕舞う。
その動作を周りは注目して見ていた。
一瞬の静寂。誰かが何かを言う前に、奥の扉が大きな音をたてて開き、中から気の強そうな女性が出てきた。
「部下から報告があって来たが……この私のギルドで暴れている命知らずがいるらしいな!?」
女性が叫んだ直後、ユウトとエリの前に立つ。
そして、倒れている男達の顔を確認する。
「倒れてる奴は顔も見たことあるが、明らかにあんたらは見ないツラだなおい……。で、これは一体どういうことか話してもらおうか、ええ?」
その女性の熟練者ならではの剣幕に、ユウトもエリも今の状況をどう説明しようか息を呑む。
女性が腕を組んで一歩、ユウトの前に踏み出したところで……思わぬ所から助けが入った。
「ボス! その人たちは被害者ですっ!」
「だから私をボスと呼ぶなと! って、ミリア? どういうことだ?」
「はい……っと、その前に」
受付嬢ミリアは受付のテーブルに片手をついて……前方倒立の回転跳びのように、大きく足を伸ばして一瞬でこちら側へと降り立った。
その場に姿を現したミリアは、まるで片手でやってきたとは思えないほど、それなりに重さのありそうな革の鎧を着ており、腰にはナイフの鞘もある。
ユウトとエリはそれだけで、ミリアの筋力と運動神経の半端ではない強さ、そして『ただの受付嬢ではない』ことを理解した。
「まず……こいつらッ!」
ミリアは、気絶したままの男を遠慮無く蹴った。気絶した男が「ぐえっ……」と声を上げて起きる。
ボスと呼ばれた女性も、さすがに目を白黒させる。
「前々から気に入らなかったけど、今日はもうほんっと女性として見下げ果てました。とりあえず……そこの、そうあなたたち。縛るの手伝ってくれない?」
「え……あ、わかりましたミリアさん……」
指名されたギルドメンバーたちだが、ミリアの要求に応えないわけにはいかないため、粛々と手伝う。
男達は抵抗しようとしたが、ミリアが片足を踏みならして睨むと、びくっと震えて大人しくなる。
「それではボス、上でお話をします。そちらの方々も」
「だからボスじゃなくてシャルロットって呼んでほしいんだけど……」
ボス——シャルロットは、ユウトとエリに目配せをすると、まだ訝しく見つつも、首でついてくるように指示をする。
ユウトとエリは顔を見合わせて、ユウトがズボンを叩いて頷いたことで、エリも『それ』に気付いて頷きついていく。
その数分後。
「——申し訳ありませんでしたあああああ!」
目の前で土下座するシャルロットに、ユウトとエリはかえってうろたえてしまうのであった。