19.ユウトとエリの、異世界の朝
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異世界転生してから、初めての朝。
窓から差し込む薄暗い光は青く、日光が上る前であることがわかる。
異世界の早朝の空気は湿度が低いこともあり、夏に近い気候でも十分に涼しいものだった。
ユウトは日差しを浴びてベッドから起き上がると、隣ではエリがぐっすり寝ている。
よく見ると、毛布から足が少し出ていた。さすが耳を含めると身長2mを余裕で超えるだけある。
その朝に弱いフェンリルヒュムの寝顔は、毎年見ている従妹の顔を彷彿とさせる。
「こうやって見ると、寝ている姿はほんとにエリそのものだな……」
ユウトは、エリの顔を見ながら昨晩のことを思い出す。
寝る前に、どんな会話をしたか。
勢いもあったとはいえ、今更ながらユウトは少し気恥ずかしくなった。
(……顔、洗ってこよう。洗面台らしきものはゲームのマップにはあったけど、当たり前ながらゲームのキャラに洗顔とかシャワーとかしたことないからなあ……)
それでも貴族の屋敷にはあるだろうと思い、ぼんやりとした頭を覚まそうと部屋を出た。
メイドの一人が朝早く掃除をしており、ユウトは挨拶をしながら洗面台のことを聞く。
そしてこの付近で使われているものの、基本的な部分を新たに学んだ。
(電力の代わりに、魔力を使うのか)
ゲームでモンスターを倒すと、倒した瞬間にお金が手に入る。それは全ての魔物が、同じ種族なら同じ量の金額が手に入る。
それは、モンスターの体内にある核となる、魔石を取り出して換金しているのだとすぐに理解した。
(そもそもリチウムイオン電池とか、具体的にどうやってあれに電気が入ってるかなんて知らないもんなあ)
仕組みは、きっとゲームの設定でありながらも専門的で難しいものなのだろうと判断し、とりあえずは魔石のことを電気の変わりとして覚えておく。
洗面台で顔を洗うと、昨日はあまり会話しなかった、護衛パーティーのトニーが起きてきていた。
「おっ、ユウト早いっすな!」
「おはよう、トニー。昨日はいろいろ疲れて……ああいや、とてもいいベッドで眠れたので、入ってすぐに寝てしまってね」
「やっぱ貴族の持ってる毛布は格別っすよねー……」
ユウトは慌てて、疲れの部分を訂正した。
今の自分は、突然転生してしまった人間ではなく、長い間旅に慣れたハービットンだ。だから、自然とそうなるように辻褄を合わせた方がいいと判断した。
「トニーがいるということは、四人も泊まったんだ」
「そっすねー、やっぱ夜中の襲撃とか、可能性としてはあるわけで……なんだったかな、リーダーは『戦力は居るだけで抑止力になる』って言ってたっす」
「なるほどね」
「衣食住ありの代わりに、貴族の依頼としてはかなり低賃金っす。でも本来なら稼ぎだけじゃ足が出るぐらいの贅沢生活って皆分かってるんで、自己鍛錬を頑張ってるんすよ」
貴族の屋敷の護衛としては、理にかなっているものであった。
ある意味では、兵士として雇われているに近い。しかしこの街は他の街からはかなり離れており、大陸でも孤立している。侵略者に警戒するほどの街ではないのだ。
だから、少数の護衛を雇うことで済ませているのだ。
「二人はなんか予定あるんすか?」
「とりあえず、オーダーギルドはあるよね?」
「もちろんっす。場所は……」
「確か、大通りの真ん中らあたり、400メートル先ぐらいかな?」
「うおう、あってるっす」
トニーは、ふと一瞬黙って顎に手を当てると、ユウトに質問した。
「……他に、覚えてる部分あるっすかね?」
「ギルドの近くの露店はパスとして、対面の武器屋と、あと街の門付近の錬金術師にも……あ、西の教会でエリ用にタリスマンも取っておきたいなあ」
「よく見てるっすね。……じゃ、そろそろ俺はアリアの様子見てくるっす」
「ええ」
トニーは、ユウトから離れて部屋に戻っていった。
そしてトニーは部屋に戻る途中で立ち止まり、廊下の角を曲がったあたりで誰もいない空間を振り返る。
「西の教会って通りの向こうだし、錬金術師は看板出してないんで暗い店内覗かないとあのおばはんの店、そもそも店だとすらわかんねーのに……」
そしてトニーは、もっと肝心なことに気付く。
「つーか馬車すげー速度で走ってたし、カレン様にお人形さんみたいに抱っこされてたはずだし……そんで喋りながら全部見えてた? どんだけやべぇ観察眼と、あとなんつってもありえねー記憶力。そりゃあのエリって謎の亜人も、ユウトべったりになるはずだ」
トニーは、エリ以上にユウトのことを謎に思っていた。そして探りを入れてみて、理解した。
エリは、あのユウトの頭脳を何度も見せつけられてきたのだろうと。
だから力自慢の亜人でも特に強そうな身体でありながら、人間より弱そうなユウトを兄貴分と慕っている。
ある意味では、その知能が強さに繋がるのなら、『強い者に従う』という亜人の習性そのものなのかもしれないとトニーは思った。
(今の会話、サリスにも報告……。エリ以上に、ユウトの方にしっかり縁を繋いでおきたい)
トニーはアリアの部屋を通り過ぎ、サリスの部屋へと向かった
しかし、トニーはもちろん勘違いをしている。
エリがユウトを慕うのは、従兄のお兄さんだからというのが最大の理由である。
そしてユウトが優秀なのは、単に何度も街をぐるぐる回ってオーダーをしらみつぶしに調べて、見飽きたオーガストフレムの街を完璧に覚えているだけである。
ただ、勘違いしたままでも問題はない上、二人に関してはそこまで間違ってもいないのであった。
ユウトに関してだけ、ちょっと過剰に能力が評価されたかもしれない。
……もちろんユウトの本来の知識量の全てを持ち出すと、今のトニーの評価でも過小になるだろう。
ハービットンの肉体と引き替えに持ってきた知識量は、間違いなくこの世界でも随一のものであった。
ユウトが部屋に戻ろうとすると、エリが起きて部屋から出てきたところに鉢合わせた。
「あ、ユウ兄ぃいた〜っ……」
「エリ、おはよ————んむぅっ!?」
——エリは、元々寝起きがあまり良くない。しばらくはちょっとぼんやりしているような反応になる。
そしてエリは、ユウトを見つけると、いつものように——毎日ぬいぐるみに囲まれた部屋でやるように——ユウトを抱き上げた。
「えへへ〜、あったか〜い」
「む、むぅ〜……っぷはぁ! え、エリ、やめ……!」
「おはだぷにぷに〜」
必死に果実の隙間から這い出したユウトに対して、エリは嬉しそうに頬ずりして、抱き上げたままふらふらと洗面台まで歩く。
(ぷにぷになのはエリだよ!)
なんてツッコミを言えるはずもなく、エリに抱っこされたまま廊下を移動させられる。
途中、掃除中のメイドさんと目が合い、くすりと笑われて猛烈に恥ずかしくなった。
しかしユウトは、そこで自分がどんな姿だったかを思い出していた。本当に小学生というか、エリと比べたら園児である。
きっと格好悪い男というより、巻き込まれた妹みたいに微笑ましく見られてるのだろうと分かり……ますます恥ずかしくて顔に血が上った。
「はーい、ユウ兄ぃはここで待っててね〜」
「……え? え?」
ユウトはエリに下ろされ、先ほど来たばかりの洗面台の横に立たされた。そして直後、何故か頭をよしよしと撫でられた。
エリが朝、ぬいぐるみにしている行為であった。
昨日隣の浴室を利用した際に使ったのだろう、エリは慣れた様子で顔を洗う。
そして、ばしゃばしゃと冷水を顔に何度も浴びせて、タオルで拭いて……ユウトと目を合わせた。
エリは朝から何度も冷水で顔を洗うことで、寝ぼけた頭を起こしている。
転生前と同じように目を覚ましたエリは、不自然なぐらいそわそわしている真っ赤なユウトに疑問を抱く。
「…………ユウ兄ぃ?」
「……はい、ユウ兄ぃです……」
「え? あれ? ど、どうしたの? 私、何か嫌なこと、しちゃった……?」
「嫌なことは、してないです……」
「あっ!? や、やっちゃったんだねごめんっ!」
なんとなくエリは、この丁寧語を使う時のユウトのパターンに慣れてきた。
そしてじわじわと、覚醒した頭が何をやっていたかを無情にも思い出してしまい、顔が熱くなり……再びばしゃばしゃと顔を水で洗った。
エリは顔を水で洗いながら「ごめんなさいぃ〜はずかしいぃ〜……」と呟いており、そんなエリを見ながらユウトは、こんな姿でも中身はエリなんだなーと気持ちを軽くして笑った。
二人の新しい朝が始まろうとしていた。