1.一年ぶりの従妹と、突然の転生
二話あったのを、一話で分かりやすく整理しました。
――――話は、一年ぶりにユウトとエリが再会した時間まで遡る。
朝永家が今年も来る。
夏の暑い日。柳葉ユウトは、その知らせどおり親戚の家族がやってきたと気付いた。
窓の外から聞こえてきた去年と同じ車のエンジン音が止まり、もうそんな時間かと頭を掻きながら、手元にあるゲーム用のコントローラーを置く。
優しい顔立ちの青年は、腕を上げながら欠伸をする。
娯楽の少ない田舎でも、電気さえあれば最新のゲーム機は遊ぶことができる。若く村での楽しみの少ないユウトは、暇な時間はいつも家に籠もって遊んでいた。
画面から視線を外して、玄関へと足を伸ばす。
(エリも今年で十六かあ……)
エリとは、父の姉が産んだ従妹、朝永エリのことだ。
昔はユウトの近くに住んでいて、よく遊んでいた。自分に懐いていたし、ユウトも小さくて素直なエリのことを気に入っていた。
ユウトにとって昔のことなので、細かいところまで覚えている部分は少なかったが、随分と長い間どこに行くにもべったりだったなと当時を思い出す。
近所の男子より、よっぽど遊んだと感じていた。
しかしエリは、十を超えた辺りで朝永家の父の転勤により、神奈川方面に引っ越すことになった。別れる際は、随分と泣いていたのはユウトも覚えている。
何か約束でもした気はするが、それは幼い子供の口約束。そちらは彼もあまり覚えていなかった。
ただ、毎年必ず会いに来る、と最後に言っていたのは覚えていた。
あれからもう六年。今年もやってきた従妹を迎えに、ユウトは玄関を開ける。
「――ユウ兄ぃっ!」
引き戸をずらした瞬間、正面から飛びついてくる元気な子……というには、すっかり大きく育った私服の女子。
ユウトは決して体格が良い方ではないため、飛びつかれてふらつき、彼女が慌てて離れた時には尻餅をついていた。
「こらっ、エリ! もうそんなこと出来る身体じゃないんだから、危ないでしょ!」
「うう、ごめんお母さん。あ、えへへ……久しぶり、ユウ兄ぃ。大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ」
ユウトに対して笑いかけたこの少女が、従妹の朝永エリ。
前に会ったのが、去年の夏。一年見ない間に驚くほど見違えて綺麗になり、大人っぽくなった。
ユウトが立ち上がり、エリの正面に並ぶ。その目線はユウトと同じ高さになっていた。それの意味するところは……。
「……あれ、ひょっとして背、おいついちゃった?」
「本当だ……大きくなったなあエリ」
中学になっても順調に伸び続けたエリの身長は、ちょうどユウトと同じぐらいになっていた。
ユウトは平均からやや低い程度。しかしエリは、女子にしてはかなり大きい身長である。
飛びかかられたユウトが尻餅をついてしまうのも当然といえた。
「ん~、これはもうすぐにでも追い抜いちゃいますかな~?」
「ああー……順調にいけば、そうなりそうだね。僕はもう四年は伸びてないからなあ」
元気の良さと、都会の子らしい薄い茶髪に着合わせの良い服。あまり身だしなみにこだわらないユウトと見比べると、見る人によっては、エリの方が年上に見られるかもしれない。
その、どこか年齢すら追い抜かれたような垢抜けた姿に、なんともいえない羨望と、うまく表現できないむず痒さを感じつつ、それを悟られないようワゴンの中に体を入れる。
「おじさん、この大きな箱も家に入れればいいんですよね?」
「おっ、助かるよ! そいつは今回の土産でな」
早々にユウトが目を合わせなくなったことに少し焦りを感じたのか、大きな箱を抱えたユウトに対し、エリは慌てて声をかけた。
「あ、あの、えと、私も手伝うよっ!」
「ん? んー……じゃあエリは反対側持ってくれる? 背が同じならバランスも取りやすいだろうし、頼りにしてるよ」
「……! うんっ! えへへ……」
ユウトが声をかけてくれたことを、ちょっとだらしなく見えるぐらい緩んだ顔で喜び、荷物を持つエリ。
それは、変わらず仲のいい二人の関係を表していた。
久々に会った二人が仲良くしている様子を、エリの両親は温かい目で見ていた。
しかし内心は、心からほっとしていたのだ。
夏休みの期間、毎年親戚の家へ来るのはエリの強い要望があるからであった。
その理由、目的が分からないほど両親は鈍くはない。
昔から大きくなりたいと言っていたエリは、すくすくと育った。
しかし両親の予想を超えて、エリの身長は高校一年で167cmと、女子にしては少し大きくなりすぎていた。
特にこの一年でユウトと同じ身の丈になったエリに対して、ずっと実の兄のように接してきた彼がどう反応するか——有り体に言えば、苦手意識を持たれないか、拒絶しないか——心配していた。
結局のところ、二人の心配は杞憂で。
一年前と全く変わらず、穏やかな人柄で受け入れてくれたユウトに、朝永家の両親は心から感謝していた。
一年ぶりの大家族の、仲睦まじい夕食は和気藹々としていた。
ユウトとエリも、互いの家族と久々の会話を楽しんでいた。
テレビでは行方不明者の世界的な増加というニュースが流れていて、その行方不明者が、よくゲームを遊んでいたという関係あるのかないのか分からないような情報が流れてきていた。
ユウトの母が「ユウも突然行方不明になったりしないでしょうね」と言ってくるものだから、呆れ気味にユウトも否定する。
「ありえないよ、第一どっかに行ったらゲーム遊べなくなるし」
「それもそうねえ」
母親はユウトの理由に納得すると、父親がチャンネルを変更して夏のお笑い芸人の特番になり、興味のない母が机の上にあった食器を流し台に持っていく。
ユウトも見る気はなかったので、そういえばコントローラーを置きっぱなしにしていたなと思い出して部屋に戻った。
すっかり自分の城となった大型の机に合うようになっている大きな椅子に腰掛け、コントローラーを持つ。
さあ、起動……というタイミングで、扉が開いた。
「おじゃましま――うっわ何これ前見た時よりモノ増えてない!?」
「そうかな? そうかも」
エリが入ってきて開口一番ディスプレイの裏面を見ながら叫び、ユウトの側まで回り込む。
エリは、コントローラーを持つユウトのことを気に入っていた。スポーツの大会も、格闘ゲームの大会も、対戦を見るのは分け隔て無く楽しめる性格だった。
ユウトのゲームを器用に操作する姿は、昔から妙にかっこよくて好きだった。ちなみにエリ自身は、ゲームのタイトルすら覚えてない。
しかし、去年と同じ画面は覚えていた。
「これ、前も同じ画面見たことある。確か難しいやつじゃなかった?」
「全部ノーミスでクリアするトロフィーも手に入ったよ」
「……すごくない? ていうかそんなにやってたらもう遊ぶことないんじゃ……」
「まだタイムアタックがあるよ。もしかしたら世界のタイムに届くかもしれないから」
そんな従兄の極端なやり込みに感心したエリは、真っ先に思った疑問を口にする。
「よっぽど気に入ったねー、でも世界の前にまず日本でしょ」
しかしその疑問に対して、従兄の返した言葉は驚くものだった。
「今その全国一位だよ」
「……へ?」
「検索したら出てくるよ、今画面にあるID」
すぐにスマホを取り出してユウトのIDを入力する。するとそこには、二位の記録から五分以上早いタイムの一位の動画の隣に、画面に映っているIDと同じ文字列が現れた。
「タイムアタック動画の一位……すごい、ほんものじゃん!」
「本物の日本一だよー、そして次は、世界一に挑戦するわけだね」
エリはすっかり、ユウトの格好良さに目を輝かせた。
畑と田んぼだらけの田舎の一軒家に、最新ゲーム機の日本一がいるのだ。しかもそれが、自分の従兄。
ユウトもすっかり自慢げな顔になり、コントローラーを持つ。
「それじゃ今日も挑戦……ん?」
ユウトが画面を見ると、普段の開始画面に見慣れない文字がある。
「……Reincarnation?」
何気なくその文字をクリックし、出てきた説明文を読む。
「何々……? えーと、『このゲームは一定のプレイ時間を超えたユーザーのための、高難易度モードです。プレイをする際は自己責任でお願いします。注意事項……』なんだこれ?」
ユウトも珍しがっている様子に、エリも乗っかってくる。
「ユウ兄ぃも見たことないんだ。ねえ、プレイしてみてよ!」
「初めて見たし、面白そうだね。ものは試しだ、やってみるか」
「うん!」
突然現れた謎のモードであるが、いつも飄々とプレイしていたユウ兄ぃの初プレイの姿を見られると思い、エリはわくわくしながら後ろで画面を見る。
「利用規約……? って、ネットワーク対戦の時に見たヤツかな多分、読み飛ばすよ。一番下までスクロールすると……チェックボックス」
「こういうのスマホのアプリでもあるけど、大体ガチャルールどれも一緒だし読まないよねー」
「うんうん、わかるよ」
そんな会話をしながら、気楽にスタートボタンをクリックしたユウトは……突然その場で光り出した。
「へ!? ユウ兄ぃ!? ちょっと、体……!」
エリが慌てて手を伸ばすも、その手はユウトの体をすり抜けて……ユウトはそのまま部屋から消えてしまった。
「……」
その大きな椅子の座面をぼーっと見て、今起こったことを現実逃避気味にぼんやりと考える。
しかしいくら考えても、全くまとまらない。
(消えた……消えた、絶対今消えた、光って消えた、ユウ兄ぃがどこかに消えたおかしいおかしいおかしい! 何これ! 何なのこれ!)
頭の中はパニックになり、椅子の背もたれを叩き、椅子を回し、椅子の下や机の下を見て……それでもユウトは見つかるはずもなく愕然として立ち上がる。
ちょうど机の下から顔を上げると、そこには先ほどまでユウトが操作していた画面があった。
(注意事項……? そういえば、長いこと遊んでるユーザー向けに、新しい注意事項を読ませるんだよね。……何か、書いてるかも)
エリは不安になり、注意事項と利用規約をゆっくりと読んでいく。
いざ読むと、普通ありそうな項目はなにもなかった。
その代わり、異様な項目がある。
「……時間無制限の、異世界転生?」
その項目を読み進めていくうち、エリはだんだんと恐ろしくなり……不安で叫びそうになる寸前で、画面の一番下のチェックボックスに気がついた。
そして、自分の可能性に気付く。
「これ、もしかして……私も押せる?」
しかしエリは、今の転生の規約を読んだ後だったのでさすがに尻込みをしてしまう。
それでも、もしも規約に書いてある内容が本当なら————
(……ユウ兄ぃ……今度は、私が……!)
エリは決意を胸に、スタートボタンを押した。
直後、エリの身体も光り、ユウトの部屋にはもう誰一人いなかった。
ゲームの画面が点滅し、そのまま暗転する。
こうしてNew Gameも押したことがないどころかタイトルすらおぼろげだったエリの、このゲームにおける初めてのプレイがReincarnationとなった。