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18.エリは吐露する

 フェンリル。

 それは、北欧神話の中でも最強であり最凶の怪物。

 その名前を冠した、朝永エリの種族が『フェンリルヒュム』である。


 『ブラッディ・ブラックバーン』において、亜人はヒュムという名前のついた種族であった。ウルフヒュム、キャットヒュム、フォックスヒュム、ラクーンヒュムなどがそれである。

 そして、ユウトは勿論ゲーム内の全ての種族を把握していたが、フェンリルヒュムという種族を知らない。

 間違いなく、エリのためだけにある種族だと判断した。


「フェンリル、って? 遊んでるソシャゲでも聞いたことある気がするけど……ユウ兄ぃ、私はそのフェンリルになったの?」

「……そうだろうね。ウルフヒュムが狼人間なら、フェンリルヒュムはフェンリル人間で間違いないよ」


 頭を押さえながら唸るユウトに、今ひとつそのインパクトが理解できないエリ。


「具体的に、教えてもらえる?」

「……北欧神話の主神、戦争と死の神『オーディン』は、知ってる?」

「名前は知ってるよ。北欧神話の神様なんだ」

「その最高神を殺した狼がフェンリル」


 エリは、ユウトの一言にびくりと震えて止まった。

 そして意味を理解すると、自分の耳にゆっくり手を伸ばす。

 まだ慣れないものの、もふもふとした動物の耳の感触がある。


「……私、それ?」

「それ。白い毛の犬耳獣人なんてゲームでも見たことなかったけど……文字通り、最強転生だね。ていうか……レベルも滅茶苦茶高いしさあ……」


 エリは、ユウトの23というレベルに比べて、今も表示しっぱなしになっている自身のステータスの数字を見た。


「……781って、具体的にどれぐらい強いの?」

「わからないよ……大体最終ボスは50や60から倒せる人は倒せるし、遅くとも150もあれば大体の人はクリアできるからね。三週も四週もして、ようやく300以上が視野に入るってぐらいのレベル。やり込んでも220ぐらいだよ」

「……ち、ちなみにその300って、どれぐらい強いの?」

「剣も弓も魔法も、全部一流のキャラだよ。成長を攻撃側に振れば、装備不可能な武器はなく、使用不可能な魔法はないんじゃないかなあ……」


 ユウトの発言は、間違いなく正確だろう。なんといってもずっとゲームをやり込んできたユウトなのだ、その情報を疑うはずもない。

 そのユウトは、「781かあ……」と呟いて、ふらりとクローゼットの方へと歩いていった。


 エリは自分のステータスに困惑しながらも、再び自分で「……【ステータス】」と呟き、目の前のパネルを消した。

 ユウトは、ずっとこのゲームを遊んできた。そのユウトにとっても、エリのレベルはユウトの育ててきたキャラを遥かに凌駕するものであった。エリもなんとなく、それを察した。

 エリはこういう時、自分が相手より上にいるという感覚に慣れていない。何か声をかけたいのに、何を言っても慰めにならないし、寧ろ嫌味にしかならないだろうなとエリは想像して、声をかけるのを躊躇っていた。


 ユウトは、なんとなくクローゼットを開く。


「————うおおわああっ!?」


 急にユウトが叫んで、クローゼットを見ながら尻餅をついた。

 エリはその突然の反応に考えていたことを忘れ、まさか敵かと思ってすぐにユウトを庇う形でクローゼットの間に割り込んだ。


 そして、ついに見てしまった。


「え……これ……!」


 クローゼットの奥にあったのは……大きな鏡だった。

 エリは、視線を屈めて鏡を見る。そして、鏡を見ながら自分の耳に触れる。

 柔らかい毛。そして、鏡の前で同じように耳を触る、自分に似ているような気がする綺麗な女性。大きなバストと、長すぎる脚。

 脚まで視線を下ろすと、そこで起き上がってきたユウトを鏡の中で目が合った。


「……ユウ兄ぃ……私、この髪が白くて耳の生えてる、これが私なの?」

「そう、だよ……っていうか、えっと、つまりこの茶髪で女の子みたいな髪をした小学生が……僕、なんだよね」

「う、うん……」


 ユウトは、立ち上がってエリの隣に立った。

 改めて見て見ると、大人と子供よりも差がある。

 更にエリの太股は筋肉質で、細くて小さいユウトの胴体に近いぐらい、太く強靱さが見て取れる。


「……こんなに、差があるなんて……そりゃカレン様も、皆も、エリが僕を兄みたいに呼ぶのは驚くよなあ……」

「……」

「身長、来年には抜かれると思ってたけど、その日のうちに追い抜かれちゃったね……」

「——ねえ、ユウ兄ぃ」


 エリは、ユウトの発言を途中で区切り、鏡越しにまっすぐユウトの目を見ながら真剣な顔で強めに声を出した。

 急な変化に、ユウトは驚きつつも真面目に聞こうとする。


「ど、どうしたの——」

「……私が隣だと、男の人は嫌がるのが普通なのかなぁ」

「——え?」


 エリは、ユウトから視線を逸らして俯く。

 その暗い表情をした姿は、毎年会う度に明るい表情の思い出ばかりのユウトにとっては、初めてのエリの姿であった。




 両親にさえ話したことのなかった、エリの心の中が露わになる。


「私、身長167cmになったんだ。女の子だったら、結構大きいんだよね」

「……そうだね」

「うん。それでさ……。えっと、中学の頃、なんていうか私も……アタックとか、沢山されたんだ。全部断っちゃったけど」


 ユウトは、エリが昔からお洒落で綺麗な子だと思っていたから、そりゃ皆ほっとかないよなと分かっていた。が、本人の口から聞くと、ちくりとする。


「フっちゃっても、まあクラスメイトだし、当然会うし、近くで話もするんだ。高校に入っても、何人かは同じところに進学して……でも」


 エリが、鏡の前で膝を突く。そうなっても尚、ユウトと視線は大差ない。


「私、普段から大きくなりたい、大きくなるぞーって言ってて。高校に入って、背が165になって。するとね、あんなに近づいてきていた男子が、そんなに近づかなくなったんだ。夏休み前は完全に追い抜いちゃって」


 エリは、そのことを思い出すように、自分の両手を見る。


「こっち来る前、高めのヒール履いて店歩いてたら、その男子がいて。隣に並ぼうとしたら……はっきり気まずそうに、無言で避けられた。別のクラスメイトの方に行っちゃったんだ。小さい女子、だった」


 それは、誰にも話したことのない、エリが今年一番傷ついた思い出。

 大きくなりたいと願ったことを、少し後悔した日だった。


「ユウ兄ぃと背が並んだ時、ほんとは……ほんとはね、アレ聞くの、すごく怖かった。追い抜かれそうだと分かったら、ユウ兄ぃはどんな反応をするのか……」


 ユウトは、つい今日あったばかりの出来事を思い出す。


————ん~、これはもうすぐにでも追い抜いちゃいますかな~?


 あんなにおちゃらけてたのに、内心は自分の反応を恐れていたのかとユウトは驚く。

 正直、大人びたエリを見て言葉に言い表せない焦りや羨望はあった。だけどエリに苦手意識を持ち、拒否するという選択肢は思い浮かばなかった。

 改めてユウトは、自分がエリを避けなくてよかったと心から思った。


 ……多感な時期の女の子に、ここまで言わせたのだ。

 ユウトは、次にエリが何を考えているか理解した。


「だから、今の私の身体——」

「エリに、嫌なことなんて何一つないよ」

「——え?」


 ユウトは、鏡のエリを見ながら、はっきりと言う。


「エリにされて嫌だった思い出なんて、ひとつもないって言ったよね」

「う、うん」

「それは僕自身、エリといると楽しかったからだよ。元々こんな世界に転生してしまったこと自体が僕の責任なのに、エリは助けにきてくれた。それだけでも嬉しいのに、僕ができないことも、全部できる姿に転生するって分かって、助けにきてくれたんだ」


 今度はユウトは、すぐ隣にあるエリの顔を見る。

 エリも、赤面しながらもユウトを見る。……そして、エリ自身も、ユウトがかなり赤面していることに気付いた。


「だ、だからね、こっちに転生してきてからも、そりゃ正直強いのは羨ましいけどさ……エリのことを悪く思ったことはないし、エリがやったこと、されたこと、嫌に思ったことは……一度も、ありません……です……」

「そ、そこで何故に丁寧に!?」

「だって……これをよりによって、エリ伝えるの、すごく恥ずかしいので……言わずに、察してもらえると、助かります……」


 エリは、ユウトの発言を反芻する。

 悪く思ったことはない。それは嬉しい。

 そして、一度もない……というのは。


 エリは、その発言を理解した瞬間、自分が今日ユウトにどれだけのことをやらかしてきたか思い出して、一瞬で顔が熱くなった。

 そしてそれを、ユウトがどう思っていたか。


(……わーっ!? あ、アリだ、ユウ兄ぃに私の身体、アリなんだ! 少なくとも今日やったこと全部嫌じゃないんだ、うそうそ待って嬉しいヤバイどうしよ!)


 そしてエリは、興奮から少し冷静になり……ユウトの発言の、更に向こうの意味を理解する。


(……そう、か。ユウ兄ぃは……私が亜人転生から人間に戻って、高校卒業して……この先身長が170cmになっても、180cmになっても、隣に立つのは嫌じゃないんだね)


 このことを伝えるのは、男としてはきっと葛藤があったし、恥ずかしさもあるはずだ。それを察せないほどエリは鈍くない。

 エリはそのことを思うと、ユウトが今告白してくれた内容が、この世界にいる間だけでなく将来的にずっと、大きくなりたいエリを救ってくれる内容だと理解した。


 今年に入ってのエリにとって、一番の救いの言葉だった。


(……せっかくのチャンスだと思って、救世主のつもりで来たのに……また私ばかり救われちゃってるなぁ……)


 エリは、もう暗い顔をしていなかった。

 ユウトもそれを理解して、赤面したまま笑う。


「まー僕がこの身長だと、カレン様が相手でもでかい女の子に振り回されてる形になっちゃうからね。エリはもっと、そのへん気楽に構えてくれていいよ」

「……うん」


 ユウトはクローゼットを閉じると、エリから離れてベッドに入り「もう遅いし、寝ようか」と一言。

 エリも、無言で隣のベッドに入る。


「おやすみ、エリ」

「……うん、おやすみ、ユウ兄ぃ……」


 ユウトは最後に小さく微笑むと、目を閉じた。

 その可愛らしくも頼もしい、自慢の従兄の顔を目に焼き付けながら、エリも目を閉じる。


 初めての異世界。エリにとっては、世界観そのものが初めてだった。

 いろいろあって疲れが溜まっていたのか、エリは自分が思うより遥かに早く睡魔に襲われた。


「……ユウ兄ぃ……わたし、ゆうにぃの、こと……ずっと……」


 その無意識で放った言葉を言い切ったかは、微睡みに沈んだエリ自身にはわからなかった。

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