17.朝永エリは何に転生したのか
全ての食事を終えて、二人はその後どうするかという話題になった。
「旅をしているのなら、もちろん街に来たばかりとなれば宿はなかろう」
「はい」
「二人が構わなければ、今日はこの家に泊まっていきなさい」
「えっ? 僕はもちろん有難いですが、よろしいのですか?」
ヘンリーは、ユウトの発言に返事ではなく、カレンの方を見ることで答えた。
カレンは、きらきらした目でユウトたちを見ている。
「是非、泊まっていってほしいわ! まだまだ話し足りないもの!」
「そういうことでしたら……エリも、いいよな?」
「もちろん!」
すっかり打ち解けたエリも同意したことで、ユウトは改めてヘンリーの提案に甘えさせてもらうことを伝えた。
「まずは、エリも女の子だし、身だしなみ整えたいでしょ?」
「あっ、はいっ!」
「私一人が入るんじゃ勿体ない浴場も、エリが来てくれるのなら大きいものを設置した甲斐があるってものよ」
「わあ、楽しみです!」
カレンに誘われて、エリがユウトに一言断って浴場へと行く。
振り向き様に一言。
「……覗いてもいいよ?」
「のぞ……っ!? 僕はそんな、いや、あのね、カレン様がいる時に覗くつもりはないよ」
「あっ、あはは……そだったね」
すっかりそのことが抜け落ちていたエリが困ったように笑い、手を振って屋敷の奥へと進んでいった。
ユウトははぐらかして返しつつも、エリの冗談を真に受けてその裸体を想像してしまい、赤面しながら自分の頬を張った。
すっかりエリに振り回されているのに、毎年の付き合いの中でも一番距離が縮まっている現状を悪くないと思っていることに気がつき、ユウトは自分で自分に呆れて溜息をついた。
ちなみにエリは、カレンのうなじを見ながら、やはり先ほどのユウトの顔を思い出して押さえきれない笑みを浮かべていた。
ユウトのことをからかうのは初めてではないが、今のユウトはどんな絡み方をしてもかわいい。それがエリの積極性を一段上げていた。
そして、歩いている途中で……とあることに気がついた。
(さっきのかわいかったなーえへへ……カレン様がいる時に覗くつもりはないって……カレン様が……? あれ? それって、私だけだったら……ユウ兄ぃは……えっ、ユウ兄ぃは、私の裸、覗き……たい?)
エリはそのことに気がつき、一瞬で顔に血が登り切った。
顔まで真っ赤、自分の顔にハロゲンヒーターでも当たってるのかというぐらいにぽわぽわと熱が頭に籠もっている。
カレンはエリの様子が変わったことに気がつき振り返り、その顔を見て何を考えているか察する。
「エリって……年下の私が言うのも何ですが、イケイケなのかウブなのか、計りかねるわよね……もっと積極的に行かないの?」
「うう……無理ですぅ……」
「今のでウブ100%だって判断したわ……」
カレンはエリの身体を見て、もう少し親睦を深めないと攻めに行けないのかなと考えていた。
しかしエリにとっては、ユウトはたまたま出会った素敵な人ではなく、長い間憧れていたいとこのお兄さんなのだ。
ちょっとやそっとで、その時間をえいやと飛び越える勇気はなかった。
エリを見送って、浴場の代わりに鎧を脱いで身体を拭く。【インベントリ】を使えば、装備の着脱は簡単であり、濡れタオルさえ貸してもらえれば十分だった。
……実際は、エリに直前あんなことを言われて、エリの使った湯船を意識しないということができなかった部分が大きい。
客間に案内してもらい、大きなベッドに腰掛ける。
「【インベントリ】」
ユウトは自分の装備が、しっかり収納されていることを見た。
そして、頭の中で目の前のインベントリを意識する。
(……ショートソード……クリック……クリック……)
右手を何もない前方に伸ばし、目を閉じてパネルを動かす想像をする。
しかし何も起こらなかった。
(いちいち指で操作するのは、ゲームと感覚が違うんだよなあ。なんとかうまく、できないものか)
ユウトは何度も試行錯誤を繰り返す。
頭の中で【インベントリ】を呼ぶと、目の前にパネルが出てきた。
そしてアイテムを選択できるところまでは来た。
(クリックじゃないのなら……タッチパネル形式なら、もしかして……!)
ユウトはショートソードを意識し、一気に右にアイコンをスライドさせる。
(フリックか!)
そして、右手にはショートソードが出てきた。
といってもユウトの体格ではかなり大きい剣。持った瞬間落としそうになってしまう。
「あっぶな……よし、操作は覚えてきた。頭の中で操作するの、慣れないとね」
それからユウトは、何度もショートソードを右手に出現させる反復練習をした。
ゲームでも、練習で何度もやって、ようやくタイムアタックの本番で成果が出る。
苦手だと思った部分は、もちろん————
(————飽きても、成功率が100%になっても、しばらく続ける)
柳葉ユウトは、身体が変わっても根っからのゲーマーであった。
ユウトが部屋に入って、かなり長い時間が経過した。
一時間以上は経っていると、ユウトは考える。
(エリはずっとカレン様と浴場にいる……んだろうなあ。女の子のお風呂は長いっていうからね)
少しインベントリの練習を休んでから、ユウトは自分のステータスを確認する。
「【ステータス】これも慣れないとな……」
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名前:柳葉ユウト
レベル:23
種族:ハービットン
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まず目についたのが、そのレベルだ。
「ははっ、上がりすぎてて笑うしかないんだけど。そりゃレベル1で魔王四天王を倒したら、経験値テーブルの上ではこうなるか」
名前、レベル、種族。
そして、自分のステータスを長めながら、ふとある重要なことに気付いた。
気付いた、というかお互い色々と気が昂ぶったり慌ただしかったりしたので、すっかり冷静に考える時間が取れていなかった。
エリは、立て看板を読んでいない。
ユウトに教えられるまで、インベントリさえ知らずに武器を放置しようとしていたのだ。
「エリの種族って、何だ?」
いや、問題はそこではなかった。
ユウトは、ほぼ確信を持ってエリのことをエリだと思っている。しかし……。
(……ちゃんと名前を確認しないで、エリのつもりで会話しているのってまずいなあ……今度からこの辺りは、他の人たちにもしっかり確認しないと。失礼がなければ、だけど)
と考え事をしているうちに、エリが部屋にやってきた。
バスローブ姿で、髪の毛をタオルで巻いている。
身体から湯気が上がり、エリ自身の美しさもあって得も言われぬ色気を醸し出していた。
「ユウ兄ぃ、ここにいたんだね。遅くなっちゃった」
「う、うん。ゆっくりできた?」
「ゆっくりは……できたけど……」
エリは、何故かユウトから視線を逸らせた。
「……何か、あったの?」
「えっとね、ひみつ」
「思わせぶりな反応をしておいて、それはなくない?」
「ゆ、ユウ兄ぃにとって悪いこととかじゃ全然ないから、えっと、追及はしないでもらえるとぉ……」
「まあ……聞かれたくないなら、僕も無理に聞いたりしないよ」
エリは明確に安心した様子で息をついた。
そしてユウトは、そちらを気にするよりも前に、エリの正体に対して真っ先に確認をすることにした。
「エリ、いいかな?」
「ん?」
「【ステータス】と言ってほしい」
ユウトは自分が言ったことで、自分のステータスが表示された。
「わっ! え? あ、柳葉ユウト。ハービットンのレベル23だね」
「そう。エリも自分でやってみてほしい。【ステータス】」
「もう一度やると消えるんだ。じゃあ私もやってみるね。【ステータス】」
エリがすんなりステータスを出してくれたことに、まずユウトは安堵した。
もしも自分のステータスを見せることを渋るような相手だったら、警戒レベルは一気に上がる。しかし、その万に一つの可能性は杞憂であった。
エリは、朝永エリ本人であった。
そしてユウトは、本命となるエリのステータスを見ることになる。
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名前:朝永エリ
レベル:781
種族:フェンリルヒュム
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「神話生物なの!?」
「えっ!? ど、どうしたのユウ兄ぃ?」
「そりゃ強いわけだよ!」
ユウトの珍しい叫び声にエリは驚くも、ユウトは我慢できずに再び叫んだのだった。