16.ユウトとエリは、晩餐を楽しむ
ユウトとエリは、執事の男に先導されて屋敷の奥へと案内される。
修学旅行の行き先が迎賓館でもない限り、まず入れないような場所。壁や天井一面の装飾、ホールのシャンデリア、廊下の途中で行き交うメイド。
エリはユウトに「ほんとにメイドさんてこんな沢山いるんだ……」と言い、ユウトはほんともなにも元々ゲームの世界だし、実際ゲームにもいたからなあと思っていた。
もちろんゲーム世界などと口には出さない。
屋敷の奥にある部屋に案内され、そこに置かれた長机と椅子の数々に、更に二人は緊張する。
エリは視線を彷徨わせながらも、執事の男に質問する。
「こ、こういうの、どこか座る場所どうとかありますよね……?」
「親と子……ヘンリー様とカレン様の食事などなら対面側ですが、今は自由に座っていただいて構いませんよ」
「対面? あの端っこと端っこですか?」
「はい」
「遠くないです? 隣同士とかの方がお話するにはいいんじゃ?」
エリの疑問に、執事の人も困ったように笑った。
「そういうわけにはまいりません。まあ、確かに言われると変わっているのかもしれませんね、こういう決まりは」
柔軟な解答をした執事に、今度はユウトが驚いた。
「もっと厳しく、貴族のたしなみとして厳守と言うのかと思ってました」
「いえいえ、外でのお二人を見たとおりヘンリー様はそこまで厳格な方ではありませんから」
確かにヘンリーは先ほど、走って飛びついたカレンを咎めたりはしなかったと思い出す。
客人の前でなら、親子であっても礼儀作法を守るのは普通の考えである。それをあまり意識せず自由にさせているのは、ヘンリーの考え方によるものでもある。
「ですので、お二人もあまり作法のことなど分からずとも、自由に食事していってください」
「わかりました、ありがとうございます」
執事の男が退室して、二人は緊張しながらも窓側に回って、二人隣り合って座る。
(う……これは……)
ユウトは椅子に手をついてなんとか乗り、床から脚が離れてしまったので、椅子の脚にある子供用の足置きらしき棒に脚を乗せて、ようやく落ち着く。
白人社会の家具を使う、日本人の小学校低学年ぐらいの身長のユウト。当然そうなってしまうのは無理からぬことである。
そして、ユウトの隣のエリは逆にテーブルが低い。
座った瞬間に、対面側の椅子が動いたのをユウトが見た。エリが脚を伸ばすと、テーブルの反対側に届いてしまったのである。
貴族の屋敷の大きなダイニングテーブルも、エリの体格には普通以下のサイズであった。
ユウトは無意識にエリを見上げて、エリもユウトを見下ろす。
先に気まずくなったのは、エリのほうだった。
「……やっぱり、もうちょっと普通の身長の方が良かったなあ……」
「戦うなら圧倒的に有利でも、日常生活には大変そうだね……」
「……それも、あるけど……」
エリが何か言いたげに、言葉を濁した。それをユウトが疑問に思って聞き返す前に、扉が再び開いた。
そこにはすっかり軽装となった『大鷲の翼』の四人がいた。
「カレン様はもう少し時間がかかるそうだから……あら?」
サリスが言い終わる前に、カレンは部屋へとやってきていた。
「お待たせ! ふふっ、エリともお話するの楽しみで」
「わあ、嬉しいです! 私もカレン様と、あと皆さんともお話してみたかったですから!」
「その話、私も混ぜてもらわないとな」
と、ここでヘンリー様もやってきた。
「食事が出来たようだ、私もある程度片付けたから、ゆっくり話をしようじゃないか」
その言葉に続くように、ワゴンテーブルが料理を乗せて部屋にやってきた。
転生してから初めての晩餐が始まった。
「これおいしいっ!」
緊張から一転、エリはすぐに料理にとびついていた。
「スープ冷たいの、とってもいいですね!」
「ふむ、この辺りのみなのだろうか? スープは冷製のものがディナーでは標準的だが、気に入ってくれて嬉しいよ。シェフも喜ぶだろう」
エリは持ち前の明るさで、すぐに話を弾ませていた。しかし明るいだけではなく、テーブルマナーもそれなりにわきまえていた。
関東圏に住んで数年、ディナーにフレンチを一度で良いから食べてみたいと、朝永家は家族でレストランに行った時に覚えたものだ。
「あ、ユウ兄ぃ。違うよ。端っこから」
「えっ、違うの? 端?」
「そうそう。以前食べたお店で教えてもらったんだけど、コースは並んでる食器、はじっこから使うみたいだよ」
「そ、そうなんだ、知らなかった……ありがとう」
元々日本において、エリは都会暮らしで、ユウトは田舎暮らし。
ユウトの周りには、フレンチのコースをやっているようなお店はなかったため、エリに教えられることとなった。
しかし年下の従妹に教えられるというのはなんとも気恥ずかしい。ユウトは自分が手に取っていた内側の小さなデザート用スプーンを元の位置に戻して——その教えられたとおりに動くことに妙な恥ずかしさを覚えてしまい、急に頭が痒くなり思わず頭を掻いた。
エリは、そんなユウトの動作の違和感、心情を敏感に感じ取っていた。
「あの……なんか偉そうでごめんね?」
「えっ、あ……そんなこと気にしてたの? まー正直エリに教えられるってちょっと恥ずかしいけど、僕は気にしないから。僕の知らないこと、エリが教えてくれると助かるよ」
「うん……えっと、ありがと」
「なんでお礼を言うのさ」
「……なんとなく?」
そんなやりとりに、二人はおかしくなって同時に吹き出した。
その様子を、カレンを始めとして周りの人が食い入るように見つめている。
「えーっと、その……エリ、いいかしら?」
「カレン様? いいですよ」
「ユウトとは、エリがいろいろ教えてもらうから一緒にいるという関係なのよね。その……ユウトがあなたより無知だったとしても、あなたはユウトと仲が良いのね?」
それは、二人の関係を聞いたカレンにとって当然の疑問であった。
しかしエリは、あっけらかんと答える。
「そりゃもう、ユウ兄ぃの方が絶対、私の知らないことを沢山知ってる、とっても物知り先生ですから! ずーっとついていきます!」
エリの答えに、カレンは驚き半分、呆れ半分でユウトに話しかける。
「……すごい懐かれようね?」
「そ、そうですね……」
カレン達の疑問は当然のことで、第三者から見れば知識の享受がなければエリがユウトを兄と慕う理由などない筈なのだ。しかし、エリはユウトに知識を授けることさえ嬉しそうにしている。
もちろん転生のことなど皆は知らないし、それを言うわけにもいかない。
二人のそんなやり取りを見て、周りの者たちは皆こう思った。
((((((絶対惚れてる))))))
もちろんユウトにとっては、従妹で毎年ずっと一緒に過ごしていたから仲が良いのであるが、そんなことは皆には分からない。
そして同時に……あながちその想像は間違っていなかった。
知らぬは本人だけ、である。
サラダ、パン、魚に次いで肉料理。おいしい料理は多かったが、ユウトの身体には少し量が多かった。
逆にエリは、少なく感じていた。
「肉、半分食べてくれない? まさか魚の後に肉とは……」
「えっ、ほんとに!? やった、ありがと!」
ユウトは食事を続けながらも、ヘンリーとの話の中で、例の『帰らずの城』の話をした。
その情報の大きさはユウトが思っている以上だったようで、ヘンリーは立ち上がって全身でその衝撃を表現した。
「あの永遠に解決できないと思っていた廃城の謎が、そして亡くなっていった優秀なギルドメンバーたちの仇が……! なんということだ、とてつもない功績じゃないか、素晴らしい! ギルドマスターにも朝一で報告だ!」
ヘンリーが手を叩き、カレンやサリスがうんうんと頷く。話を初めて聞いたダグラス、アリア、トニーは心底驚いてサリスに詰め寄っていた。
そんな皆の反応に、むしろエリが驚いていた。
「ユウ兄ぃ、あの城ってそんなすごい場所だったの?」
「エリには後で話そうと思っていたけど、あの悪魔のいた部屋は一度入ると出られないから、この街からも何人もやられていたらしいよ」
「うわー……まああの悪魔、めっちゃ怖かったもんね……私もユウ兄ぃ抜きで挑むのは絶対無理だったし」
それはエリの本心から出た感想であった。暴力呪術師ザガルヴルゴスの呪術、その破壊力を目の当たりにしたエリにとって、ユウトの声はあの時一番の救いだった。
しかしエリの反応を聞いて、ヘンリーが疑問に思い質問する。
「エリ殿の話を聞くに、ユウト殿は役に立つのですかな? 失礼ながら、戦いではあまり役に立たないように見えたもので……魔法の専門であろうか?」
「ユウ兄ぃはですね、相手の弱点を見極めてくれるんです。あの悪魔の時は強い魔法の準備だとか、尻尾を切り落とすといいとか、次は右から振り下ろしてくるとか……全部言ってくれて。だから、私一人だと負けてたんじゃないかなと思います」
「なるほど……」
ヘンリーの、ユウトへ向ける目の色が変わる。
「エリ殿の力だけで勝ったと思い込んでおったが……まさか、初めて出会った強い魔族相手にそこまで見抜くとは。圧倒的なる慧眼をお持ちですな、領主として改めてユウト殿にもお礼を言わせてもらおう」
「あ、えっと、恐縮です」
ユウトは思わず返事をしてしまったが、当然のことながらそこまで凄い慧眼を持ち合わせているわけではない。
エリにヒントを出せたのは、当然ボスの行動パターンを知っていたからに過ぎないのだ。
(うわー、別に僕は初見でもなんでもないし、攻略サイトのボス討伐ページは僕じゃない人が編集したんだよなー……なんだか功績を横取りするみたいですみません、ボス攻略動画のmatsudaira1592さん……)
何度も見た、先輩タイムアタック動画投稿者の人の名前を思い出しながら、心の中で謝罪する生真面目なユウトであった。
エリはそんなユウトの心情を分かっていたが、むしろ「すごいでしょ、ユウ兄ぃ」と自慢するようにユウトの肩を抱いて、褒めて褒めて褒めまくった。
そしてユウトは、もちろんエリとの身長差でそんなことをされると……頭が横から胸に押しつけられてしまう。
エリからの全幅の信頼が寄せられている理由がはっきりと分かり、周りの皆から尊敬の眼差しが集まる。
ユウトは柔らかい感触を頭部側面に感じている、今の自分の有り様に再び頭が痒くなり、ぼりぼりと頭を掻く。
(……褒められるのも、無自覚なのか抱き寄せてくるのも、その……当ててるのも。満更じゃないって思ってしまってる辺り、すっかり僕はエリにやられちゃってるなあ……)
と思いながら、今度は順番どおりのデザート用スプーンに手を伸ばした。