15.初めての街、オーガストフレム
御者を入れて八人が乗った馬車がオーガストフレムの街の外壁に近づく。
閉まっている門に対して、ユウトは何か何か手続きを取るのかと思いきや、近づくだけで門が開いていった。
何ということはない、馬車も馬も立派であり、門番は遠目にも馬車の中にいるカレン・オーガストフレムという領主の令嬢の顔を確認したため、確認の必要はない、むしろ待たせるだけ失礼だろうと開けたのだ。
しかしここで、サリスが御者に、馬車を減速させるように伝える。
「サリス殿、何か問題ですかな?」
「いえ、ほら隣の」
「……ああ、そうでした、説明が必要ですな」
御者が目を向けた先には、馬が減速してからジョギングのように近づくエリの姿があった。
エリは馬車の後ろ側に回り、扉の近くにいたアリアに近づき話しかける。
「あの街に入るんだよね?」
「そうだよ。この馬車は領主様のものだと分かるようなものだから説明は要らないけど、エリの話は伝えておかないと、どうしても驚いちゃうだろうから」
「あー確かに、隣でついてきたから知り合いですー、とかなんないもんね」
すっかり速度が落ちた馬車に、エリも少し大股で歩きながらついていく。歩きといってもエリの大股は、一歩が相当大きい。本来ならばついていけるようなものではないだろう。
(ほんと、規格外だなあ。亜人ってみんなこうなのかな? さすがにないか)
考え事をしてしまい黙り込んだアリアに、エリは首を傾げる。すぐにはっとなって首を振り笑いかけると、頭を切り換えてサリスの方を見る。
サリスはアリアとアイコンタクトで頷くと、門まで一気に走る。パーティーのリーダーというだけあって、脚力はかなりのものであった。
サリスは余裕を持って馬車が小さくなるほど先行し、門番に事情を説明する。
「お勤めご苦労様です、カレン・オーガストフレム様の護衛を担当していた『大鷲の翼』のサリスです」
「お疲れ様です。もちろんお手を煩わせるわけにもまいりませんし、手続きは必要ありませんが……何かあったのでしょうか?」
「道中、亜人の者に危機を助けていただいて。カレン様がどうしてもお礼をしたいというので、そのまま通してほしいのです」
「わかりました」
サリスは門番の反応に頷くと、馬車の方へ向き……一度振り返る。
「ちなみに亜人の方ですが、やや特徴的な姿ですが、あまり気になさらないよう」
「……? 亜人ですよね? もちろん領内に何度も迎え入れましたし、驚きませんよ」
「そういう意味ではないのですけど……はぁ。いえ、すみません。とにかく伝えました。あまりじろじろ見ないであげて下さいね」
「大丈夫ですよ」
門番が朗らかに笑ったのを見て、サリスはどこか晴れない顔で曖昧に笑うと馬車まで戻った。
そして馬車がやってきて、門番は近づくにつれて一緒に歩いているエリの姿を視界に入れる。
カレン様への敬礼を忘れないようにと頭に入れつつも、亜人の方をちらりと見る。最初は珍しい色だな、ぐらいに思っていた門番は……最終的に、その目を見開くこととなった。
「あ、えっと……おつかれさまでーす……」
大きすぎる。何もかもが。
今まで様々な人の顔を見てきた門番からしても、その女性の存在感は唯一無二だった。
呆然としている中、ぺこりとおじぎをしながら、亜人の巨大な胸が視線のすぐ隣を通り過ぎるのを視線が無意識に追った。
(……すっげえ……)
そして通り過ぎた後は、背中側からでも余裕で見える胸と、大きなヒップを目で追ってしまっていた。その瞬間だけは、サリスの約束は綺麗さっぱり忘れていた。
後からはっとなって自分の顔を叩き、遅れて門を閉める。
「……今日は教会で懺悔しよう」
頭の中で『あれは不可抗力だった』なんて思いながらも、馬車を見送りながら門番はそう呟いた。
サリスに自信満々に答えた自分を思い出し、居心地が悪くなったのである。門番は生真面目な男であった。
屋敷の前の門に到着し、サリスが降りてカレンに手を伸ばす。
「戻って来られましたね……」
「ええ、そうね……」
サリスの発したそれは、自分たちがエリと出会う前にしていた覚悟。ホブゴブリンが二体という状況による、全員が誰かの犠牲を頭の隅に思い浮かべてしまっていたことだった。
突然遠くから跳んできた亜人。エリの槍に飛ばされたホブゴブリンの首を見て、流れが変わったことをサリスはすぐに理解できなかった。
それでも判断は早かった。エリに助けを求めてからは、一瞬の出来事であった。
(そして……彼)
恐らくこの救援の指示も彼のおかげと判断した。
エリ以上に謎の多いハービットンの……少年。ナタリアより年下の男子である。
そして、先ほどの会話。
(今日は、考えることが多くて大変そう)
サリスが、馬車から降りたユウトにエリが駆け寄る姿を見る。
(でも——)
その外見だけで十分分かるほどの、桁違いの戦闘能力を有するという話。
帰らずの城の、絶対無理だと思われていた仇討ち。
その相手を圧倒したという話の説得力。
(——今日は、久々にいい夢を見られそうだわ)
二人の姿を見て、サリスは優しげに目を細めた。
そして視線の端で、扉が大きな音を立てて開かれた。
「カレン!」
「お父様!」
次いで屋敷の中から、壮年の男が老年の執事とともに出てきて、両腕を広げる。
カレンは貴族令嬢らしい雰囲気から年相応の笑顔に変わり、その胸に飛び込むと、父親はカレンをぐるぐると回した。
「数刻前、魔物の増加が見られたと聞いて心配しておったぞ! サリス達も、よくやってくれた!」
「それなのですが、ヘンリー様」
領主ヘンリー・オーガストフレムへと、サリスは返事をした直後、エリとユウトの方を見る。
エリの大きな姿を見て、様々な種族と会うことも多い領主ヘンリーも、驚いたように固まった。
「あの者が、我々を助けてくれました。正直に報告しますと、この『大鷲の翼』だけでは危なかった可能性が高かったのです」
サリスに続く形で、カレンがヘンリーに抱かれながら声を上げる。
「だからね、お父様! あの二人にお礼をしてあげてほしいの! それに、お話ししたいこともたくさんあるんだから」
心から嬉しさを抑えきれないようにはしゃぐカレンに対して、ヘンリーは上機嫌となる。
そしてエリとユウトの目をしっかりと見て、近づいていった。
さすがにユウトとエリも緊張していた。
「ユウ兄ぃ、これ、なんかしゃがんだほうがいいやつ!?」
「屋外だから大丈夫だと思うよ、多分、多分、多分……」
「めちゃ不安な言い方しないで!?」
という会話をしているのを聞き、ヘンリーは笑いながら声をかける。
「いや、少年の言うとおりこの場で客人にしていただく必要はないよ。改めて娘を救ってくれて礼を言おう。娘がここまで喜びを露わにするのも珍しい」
「もうっ、お父様!」
「はは、すまんすまん。というわけで……私も是非とも二人の話を聞いてみたい。どうかな?」
エリはやはりユウトの方を見る。そしてユウトがエリに頷いて、ヘンリーに向き直る。
ヘンリーはそのやり取りを見て、目の奥を静かに光らせた。
「はい、是非とも」
「そうか、よかった! おい、二人を案内してやれ」
「かしこまりました」
執事の男が近づくと、恭しく礼をして屋敷の中へと誘う。
その赤絨毯と金の飾りの多い入り口を前に、内面は一般の日本人ままの二人は緊張しながら足を踏み入れた。
ふと、ユウトは町の方を見返した。
そして一つの確信をした。
(店の数々、ゲームの通りの配置だった)
ユウトは馬車の中からずっと、暗記するまで遊んだゲームを思い出しながら街並みを見ていた。
改めて、自分は『ブラッディ・ブラックバーン』と全く同じ世界に来たのだと理解した。