14.ユウトとエリは、知らないうちに偉業を成し遂げた
ユウトが最初に出てきたチュートリアルステージから出てきたことを伝えると、急に青い顔をして震え出すサリス。
その反応を見て、ユウトは言わない方がよかっただろうか、と感じた。
ユウトはこのゲームをやり込んだ人のうちの一人であり、当然ゲームの内容を全て覚えている。
しかし、そんなプレイヤーでも絶対に知らない場所がある。チュートリアルステージが具体的にどこであるかを知らないし、気にした人もあまりいないのだ。
一度行けば、二度と戻って来られない場所。戻る必要のない場所がチュートリアルステージである。だから、洗礼君こと暴力呪術師ザガルヴルゴスの部屋の向こうに違うマップがあることも驚きであったし、チュートリアルステージがオーガストフレム近くの平野の、中に入れない廃城であったことも新発見だった。
だから、その廃城がオーガストフレムの人間にとって見慣れたものであり、その中に入ることができるのも、常識であった。
それはそうである、この転生世界は現実なのだから。『マップのモデリングが作られていない』などという概念は元から存在しない。
それ故に判断を誤ったのだ。あの廃城を、街の人が調査したことがないなど有り得ないと。
ユウトはまず、その呟きの単語を拾う。
「……帰らずの、城?」
サリスは真剣な顔で、ユウトに頷いた。
「ええ。……帰らずの城は、オーガストフレムのギルドにおける最大の謎であり、最大のタブーなの」
その話が始まったと同時に、ユウトは自分の腰が少し締まるのを感じた。カレンが話を聞き、ユウトを抱きしめたのだ。
反応から察するに、タブーといえども不安になるほど知られている話なのだろうとユウトは結論付ける。
「あの城は、一見廃墟のようなのに、何故だか常に魔物が固まっている。いつ行っても、必ずホブゴブリンが門番にいる」
「ホブゴブリンを倒した人は?」
「もちろんいるわ。いるのだけれど、それが街一番の腕利きであり、カレン様の護衛をした前任のパーティーだったのよね。この辺りは魔物も強くないし、私も彼らにはこの辺りのホブゴブリンや頭突きウサギ、あとは爪リスぐらい相手なら絶対に負けないようなパーティーだった。私も尊敬していたし、憧れもした。でも……」
サリスは、辛そうに視線を下げると首を振った。
「あの城に入ったっきり……誰も戻ってこなかった」
カレンの腕がまた一段と強くなる。更にカレンは、ユウトの髪に顔を埋めるように抱きしめた。
(そうか、カレン様はずっと護衛をそのパーティーにしていたということは、当然顔見知りだったはずだ。それも、街一番となるとそれなりに長い期間だろう)
ユウトは、自分を抱きしめるカレンの手の上に、自分の手を乗せた。優しく包み込みながら撫でると、一瞬ユウトの頭から感触がなくなり、再び同じ感触が広がる。
カレンがはっとなって顔を上げて、安心させるようにしてくれていると気付くと、再びユウトに身体を預けたのだ。
「調査隊として同じようにパーティーが組まれて、あの廃城に入っていった。部屋を調べる度に、戻って報告するようにしながら、慎重に進む。しかも後方パーティーを更に遠くで観察するパーティーがいるという盤石な手はずだった。……でも」
サリスは首を振る。
「後ろに控えていたパーティーに複数のホブゴブリンが襲いかかるのを遠くの観測用パーティーが見た。それで前方のパーティーがホブゴブリンを倒して、調査は一旦中断となるはずだった。でも……前方のパーティーは助けに戻って来なかったの。結局城の中で消息を絶った。それからこの城は、あまりにも不気味で、皆が話に出すのも避けるようになったの」
ホブゴブリンが勝手に集まってくる廃城。あまり強い魔物がいない地方には、その存在はあまりにも恐ろしいものだった。
そこでサリスは、身を乗り出してユウトの手を握る。急に雰囲気の変わったサリスに、カレンもナタリアも驚いた。
「なので! あの城に入って出てきたのは、ユウトとエリが初めてなの! 少なくとも、オーガストフレムにはいない! あの、もしも可能だったら、あの城に何があるのか、それと人間の死体は残っていたのか、教えてくれない!? 出したくない情報ならいくら隠してくれても構わない。でも、どうしても……どうしても私は、知りたいの……!」
サリスの悲痛な声に、ユウトは感じるものがあった。きっとサリス……いや、『大鷲の翼』は、その先輩パーティーにお世話になったのだろう。もしかすると、犠牲になった三組のうち、親族か何かがパーティーメンバーに関わっているのかもしれないと予想した。
親族、というものを連想したユウトは、真っ先に自分の従妹であるエリと……自分たちの、柳葉家と朝永家の家族を思い出したてい。
行方不明の理由が分からない。それは本当に恐ろしいことだし、まだ生きているかもしれないという一縷の望みを持ちながら、しかし絶対に無理だと不安に押しつぶされる諦めのつかない日々は、疲弊するだろう。
だからユウトは、包み隠さず全ての話を伝えた。
「あの場所の一番奥にいたのは、身の丈2メートルを大きく超す、巨大な大槌を振り回すデーモンだった」
「デーモン……!?」
初めて、『帰らずの城』の中の話が明かされる。
カレンとサリス、ナタリアもその真実に息を呑む。
「魔王軍の幹部だと思う。そこで数々の人を、奥から転移させていた。デーモンの部屋は、死体の山で誰が誰かなんて分からない有り様だった。杖を突くと呪術を発動し、死体を壁の染みにするような、恐ろしい悪魔だった。部屋に入ると赤い魔法の壁が人間を部屋に閉じ込める。後はなぶり殺しだっただろうね……」
「そ、そんな……!」
「————待って、待って?」
ユウトの話を聞きながら震えるカレンとサリスに対して、ナタリアが口を挟んだ。
「その情報を持ち帰って、生き延びているのよね、お二方とも」
ナタリアの当然の疑問に、はっとしてサリスはユウトに顔を向け、直後弾かれたように馬車の外で走っているエリの方を向いた。
エリから見て、ずっとユウトを見ていたサリスが振り返ったことで、エリはなんとなくサリスに向けて笑顔で手を振った。
その姿を見ながら、後ろからのユウトの報告が続く。
「お察しの通り、凶悪なデーモンよりも、エリの方が強かった。相手を倒した瞬間、デーモンは光になって消えて、部屋から出られなくなる赤い扉も消滅した。城の中での出来事はそれで終わりです」
話を聞き、サリスは自分がどれほど無謀な仇討ちをしようとしていたか理解した。
そして、自分では取れなかった仇を、今目を合わせている笑顔の眩しい亜人の美女が果たしてくれたと理解した。
「……私じゃ、絶対駄目だった……エリ、ありがとう……」
窓の外のエリに、長年のつかえが取れた表情で手を振り返すサリス。そしてその気持ちは、カレンも同じだった。
「この功績、どれほど素晴らしいものかユウトは全く分かっていない様子。でもこれほどの偉業を見逃したとあっては、オーガストフレム家を継ぐ者として名折れだわ。あなたたちの功績、必ずお父様に報告して、断っても絶対に受け取ってもらいますから!」
そう明るい表情で言うカレンが視線を上げると、その先には横に広がる外壁が見えてきていた。
話し込んでいるうちに、一同はオーガストフレムの街へと到着したのだった。