12.エリの新たな才能
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カレンは、まずは馬車の様子を見る。
「馬が駄目になってしまいましたわ……。御者の方はご無事そうで安心しました」
「お嬢様、申し訳ありません……」
「いえ、いいのです。寧ろよく無事でいてくださいました。死者が出たとあっては、お父様にも悔恨を残すことになりますから」
馬車を牽いていた馬二頭は脚を怪我して、横になって動けずに呼吸をしていた。
弱々しく痙攣し、血を流す馬の姿にエリは駆け寄る。
「かわいそう……もう少し私が早く気付いていれば」
「そんな、エリ殿が気にしていただくことでは! 本来ならば我々含めて助からなかった可能性の方が高いのですから」
「ううっ、そうですけどぉ……」
エリが、助けを求めるようにユウトを見る。
その目を見て、ユウトはふと昔のことを思い出していた。
————雨の止まない、神社の軒下。
泣いている女の子と、濡れて汚れた————
この記憶は、いつのものだったか。
今は上から見下ろされているが、ぼんやりとその時に見下ろした時と、同じ目がユウトの目の前にある。
ユウトは、何か解決できそうなものはないかと考えた。
ここに来てからのことを思い出して……僅かな可能性ではあるが、エリの先ほどの姿を思い出した。
次にユウトは、周囲を見渡す。
それはほとんど無意識のものだったが、心のどこかに『こういった高貴な人なら』持っている可能性があるかと思い、真っ先に見つけたのだ。
カレンの首に掛かっているものを。
「カレン様、その首のものはもしかして教会によって作られたタリスマンですか?」
「え、ええ……でも、これは」
「少しお貸しいただけますか? すぐにお返ししますので」
カレンは少し躊躇ったが、ユウトなら大丈夫だろうと判断して首からかけたタリスマンをユウトに渡す。
そしてユウトは、そのタリスマンをエリに渡した。
「ど、どうしたのユウ兄ぃ」
「エリは、これから僕の言うとおりのことをしてほしい」
「……なんだかよくわかんないけど、わかったよ、任せて!」
エリはユウトが何を考えているか分からなかったが、その真剣な目を見て一つの確信を得ていた。ユウトが何か、覚悟をしている目だ。
奇しくも同時に、エリは昔のことを思い出していた。
————夏の暑い日、狐の嫁入り。
いつも以上に、大きく、頼もしく見えた背中。
「エリは、そのタリスマンを左手で握って」
「こう?」
「そう。そして強く願って、インベントリのように言葉に出してほしい。【ヒールライト】と」
その説明を受けて、先ほどインベントリを出してはしゃいでいた自分。この世界に来て、初めて魔法らしい魔法を使って嬉しかった記憶であり、ユウトに教えてもらったことの一つだ。
だから、エリはすぐに、今のユウトの説明が魔法の類であると気付いた。
目の前の馬を見る。大きな身体につぶらな瞳が、こちらを見ながら苦しそうに息を上げている。
エリは、心から強く、この馬が治ることを願った。
傷の治りを想像する。立ち上がる姿、スマホで見た、競馬の動画を思い出しながら、目の前の二頭があれぐらい元気に走ってほしいと強く願いながら。
「【ヒールライト】」
エリの左手にあったタリスマンが光り、二頭の馬を中心に金色の光の粒がきらきらと湧き上がる。その幻想的な姿にエリは「わあ……!」と声を上げ、ユウトは小さくガッツポーズをしていた。
数秒で光が消えた後、横たわっていた二頭の馬はゆっくりと、片足を地面に立てて勢い良く起き上がった。
完全に、怪我が完治している。
「な……治ったぁ! やったーっ!」
大きな馬が元気よく起き上がったことで、エリはその場で片手を上げて心から嬉しそうに飛び上がる。
そしてはっと目を見開くと、真っ先にユウトの方へ向き直った。
「すごいよ、エリ! よくやっ……」
「——ユウ兄ぃ〜っ!」
ユウトが何か声をかけるよりも早く、エリがユウトに勢い良く抱きついた。
抱きついたといっても、もちろんその圧倒的な身長差。さっきやったばかりだというのに、また同じようにユウトの頭を胸の中に抱き込んだ。
再びユウトがばしばしとエリの身体を叩く。
しかし今度は、エリは分かっていても喜びのあまりユウトを離すことができない。
少し腕を緩めて、ユウトの顔の下半分を胸に埋めたまま目を合わせるように見つめるエリ。
ユウトは今の自分の格好も肌で感じる柔らかさもあまりにも恥ずかしかったが、何より立って近づいても遠くにあるエリの顔が、彼女からのハグにより至近距離になっていることが、ユウトを照れさせた。
「ユウ兄ぃは、やっぱりどんな時でも私を助けてくれるんだね!」
「むぐ……!」
ユウトは視線を、エリから外す。すると、近くにいた背丈のあるダグラスと目が合った。
エリもユウトの視線に気付き、さすがに他の人の前でこれはよくなかったと力を緩めて地面に下ろした。
「え、エリ、遠慮して……」
「あ、あはは……ごめん、でも今のはもぉすごすぎて我慢できなくて……どうして私が、えっと……ヒールライト? できると分かったの? それにこれは?」
エリの疑問は尤もであった。
転生したばかりで、魔法というものが出来るかどうかは全く分からない。このゲームの仕組み自体知らないのだ。
「まず、タリスマンは白教会魔法を使うための、いわば魔法使いの杖みたいな役割があってね。そして同時に、エリが一体目のホブゴブリンに使った大きな杖も、魔法の素養がなければ威力が出ない特殊な武器だったんだよ」
「そ、そうだったんだ……」
「だから、もしかしたら既に魔法を習得しているのかもしれないと思ってね。一通りの魔法の名称は知っているから、やるだけ試してみたってわけ」
エリは、ユウトが思った以上に自分の身体のことを分析していたことに驚いたし、ちゃんと自分のことをずっと考えていてくれていたのが何より嬉しかった。
そしてもちろん、その奇跡を隣で見ていた人たちがやってくる。
「え、エリさんは獣系亜人でありながら魔法の素養がここまで……いえ、ありがとうございました! これで街まで辿り着けますし、何より何も失わずに済みますわ!」
「あっえっと、いえ! 私はユウ兄ぃに教えてもらっただけで……あっ! これ、ありがとうございました!」
カレンは、エリから受け取ったタリスマンを首に掛ける前に、じっと見ながら親指で優しく撫でる。
「お母様のお守り、役に立ちましたわ……ありがとう、お母様」
そう呟くと、カレンは元あった通りに再び首にタリスマンをかけた。メイドのナタリアは、少し目をハンカチで拭いている。
「さあ、懸念事項もなくなりました! こんなに素敵なお二方は、絶対にお父様に報告しなければなりません! 是非ともおいでくださいね!」
カレンの言葉に、ユウトとエリは、今度はしっかり自信を持って笑顔で頷いた。