11.助けた人はお嬢様
亜人。それは人間以外の存在を雑に括ったもの。
その種族はそれぞれに差があるが、どの種族も自分たちの得意とする分野がある。
エルフは魔法、ハービットンは細工、そして獣系の亜人は……シンプルに身体能力を誇りとしている。
そんな獣系亜人の中でもぶっちぎりで強そうなエリが、誰がどう見ても人間より力がなさそうなユウトを慕っているのだから、疑問は当然であった。
そしてユウトは、事前にこの種族の性質を話しそびれていたことを後悔していた。
とはいっても、まさか街に着く前に事情を説明するつもりが、ユウトのすぐ近くで襲われているとは思わなかったのだ。
エリはエリで、単純に自分の配慮が足らなかったと思っていた。
普通に考えて別種族なのである、兄扱いはちょっと考えれば誰の目にも不自然なのは明らかであった。
「ああ、もしも話したくなければ話さなくても大丈夫ですわ。恩人の迷惑になるようなこと、したくはありませんから」
「エリは、旅の途中で誘ったんです」
ユウトの突然の発言に、エリはびくっと驚いてユウトを見た。その目をユウトは見返して、片手を前に出してエリに黙っているようアイコンタクトをする。
————ここは、合わせて。
そう言っているであろうことを察したエリは、口を引き結んで頷いた。
「途中で、誘った?」
「はい。あまり詮索はしないでほしいのですが、彼女は記憶喪失でして。僕が『ネイディアル・フォレスト』からの旅の途中で、一度降参させるところまで、運もありますができたんです。それ以来、僕の戦い方や知識を教える代わりに、旅に協力してもらっています」
それは、非常にそれっぽい話であり、また二人にとって都合のいい設定であった。
ユウトは当然世界中を見て回っている。ゲームの液晶画面上で、または攻略サイトのブラウザ上で。
『ネイディアル・フォレスト』とは、ハービットンの集落のことである。出身集落を語れば、疑われにくいだろうと判断したのだ。
もちろん、大嘘である。
ユウトは当然、ハービットンの集落出身ではないし、エリは記憶喪失でもない。
しかしユウトの見た目から出身を疑う確率は低く、エリは記憶喪失といっても差し支えないほど、この世界の知識に乏しかった。
「なるほど……事情はわかりました。勿論これ以上詮索はいたしません、お教えいただきありがとうございますわ。確かに先ほどのあなたの動きなら、そちらの方を一度抑え込むこともできたのでしょうし、実際に仲も良好そうですから」
ユウトは危機を脱したと一息ついた後、今度は自らが質問した。
「ご配慮いただき感謝します。ところで、もし差し支えなければあなた方も自己紹介いただけないでしょうか。僕達は見ての通りのお話しした通り、ただの旅の者です。僕はユウト」
「私はエリだよ!」
二人が自己紹介を終えたところで、少女がはっとする。
「これは、オーガストフレム家の者ともあろうものが、大変失礼を……」
そして、一歩引いて手を前に重ね。改めて姿勢を直す。
「わたくしはカレン・オーガストフレム。必ずこのお礼はしますので、是非屋敷までご一緒に来ていただければと思いますわ」
自らの名前を語り、再びスカートを持ち上げて礼をする少女改めカレン・オーガストフレム。
年の頃は十三ほどで、金髪碧眼の長い髪を揺らしたドレス姿の、いかにもお嬢様といった姿だった。
ユウトはその言葉を聞いて、真っ先に気にしたのは家名だ。
(オーガストフレムって、街の名前だ。東のあたりの、魔物も少ない街だったはず。それでゴブリンぐらいでも対応できなかったのか。それにしても……)
正面のカレンと言った少女が、実際にゲーム内では見たことがない領主の娘であることに気付いた。
領主の館に直接入れることはなく、ゲームの中にイベントもなかったのである。どれだけゲームの設定と連動しているのか判断に悩んだが、少なくとも地図まで全く違うということはなさそうだとユウトは結論付けた。
ユウトが考えているのを余所に、カレンの「皆も自己紹介を」という一個で、まずは横に控えていた茶髪のメイドが礼をする。
「ナタリアです、何かご用命の時はお申し付け下さい。ユウト殿、エリ殿。お嬢様を助けていただき、ありがとうございました」
「どういたしまして、間に合ってよかったです」
「うんうん!」
恭しく礼をしたナタリアに返事をするユウトとエリ。続いて護衛の四人が自己紹介をする。
まずはリーダーらしき人。剣を背中に背負い、革の鎧を着込んだ生真面目そうな女性である。
「サリスです。このパーティー『大鷲の翼』のリーダーを務めています。本来ならば私が身を張るところを……ありがとうございました」
次に、金髪でやや背の高い、がっちりとした体格の剣士の男性。
「どうも、自分はダグラスです。……囲まれた時は完全に決まったと思ったんですがね……」
三人目は、矢筒を腰に挿した緑の髪の女性。
「アリアです〜。ユウト殿、本当にありがとうございましたぁ。……あの時は身体を張る場面だと分かっていたのに、動けなくて〜……」
「いえ、無茶をしないでくれて、無事でよかったです」
最後は、茶髪の飄々とした短刀を腰に、大きな袋を背負った男。
「トニーっす。ホブゴブリン相手に接近戦はちょいと遠慮願いたかったんで、マジで感謝ですわ。ユウトさん、勇気あって尊敬っす」
皆の紹介を終えたところで、カレン・オーガストフレムが手を叩く。
「お二人は旅の途中なのでしょう? でしたら是非、私の屋敷まで来てほしいわ。どうかしら?」
行き先に困っていた二人は、お互いの目を一瞬合わせると、すぐに二人同時にカレンの誘いに乗った。
最初の行き先が、オーガストフレムの街に決まった。