10.ユウトとエリの人助け
馬車を見つけてからは、エリの動きは早かった。
「ユウ兄ぃ! おんぶするよ、捕まって!」
「え!? あ、ああっ、うん! お願い!」
一瞬、ユウトは従妹の大きな背中に抱きつく自分を想像して困惑したが、襲われている人のことを考えると悠長なことは言ってられないと判断し、すぐに頷いた。
そして、エリの背中から首に腕を回す形で、しっかりと抱きついた。
脚もエリのお腹に絡めるが、ユウトはどうしても、身体が小さすぎて脚がエリの胸に埋まってしまい、慌てて外す。
「ご、ごめん!」
「あぅ……き、気にしないで! それよりしっかり捕まっててね! 私も捕まえてるから!」
エリはインベントリに武器を仕舞って両手をフリーにすると、ユウトが首から回している両腕を、自身の両手でしっかり握った。
そして、馬車目がけて走り出す。
あまりのスピードに、ユウトは一瞬で吹き飛ばされそうになってしまった。
しかしエリが、自分の両腕を離さないように固定している。
結果、ユウトはエリの首筋にしがみつきながら、うつ伏せで真横に向いたような状態となってしまっていた。
(は、速いっ……! エリの本気の脚力は、こんなに……!)
まるで高速道路を走る自動車のように、正面以外の視界がぶれて狭くなる。そして遠くに見えていたはずの馬車は、想定より遥かに早く近づいていた。
馬車には盾を持った男女が四人、中に怯える女性が二人。そして馬車の前に、倒れている馬が二頭と、御者。
馬車を取り囲む魔物の数は、十体以上。うち二体がホブゴブリン、残りがゴブリンである。
少しずつエリは減速していき、ユウトは途中でエリから飛び降りる。
ユウトが無事に着地したのを見届けると、エリは槍を装備して馬車を取り囲む魔物目がけて走っていった。
「隙ありっ!」
エリの両手持ちの槍が、馬車を囲んでいた群れのリーダーであるホブゴブリンの首を弾き飛ばす。
ゴブリンが一斉に、エリの姿を見る。
「なんだ!? と、突然でかい亜人の女が来たぞ!」
「え、ええっ何なの!? 味方なの?」
エリの出現を連絡し合う四人に、エリは大声で答える。
「助け、要りますか!」
「……! お願いします!」
リーダーと思われる女が驚きつつもすぐに判断して答え、エリは「よし!」と頷くと、その巨体に似合った大きな槍を横凪ぎに振るう。
周りのゴブリンの胸が一撃で大きく裂かれ、次の一振りで横のゴブリンの首が飛ぶ。
エリと比べるとゴブリンは、大人の男に比べての幼稚園児ほどの背丈しかない。その上にリーチの長い槍を持っているのだ、最早ゴブリンはエリの攻撃範囲外から飛びかかったところで、攻撃が届くことはない。
「なんだあれは」
「助っ人の方、強いですね……!」
戦士達の間に、徐々に喜色が見え始める。
その外の様子の変化が伝わったからか、馬車の中で震える身なりのいい少女を抱きしめていたメイド服の女が、扉の外を覗き見る。
しかし、あまりにエリの活躍が派手すぎて、パーティーはホブゴブリンがもう一体いたことを失念していた。
エリと、リーダーらしき女性の反対側、ホブゴブリンは馬車の中の女性に狙いを定めて握った拳を目の高さに上げて歩き出す。
弓を持った女性がいち早く気付いて「あっ」と声を上げるも、とても自分では間に合わない。そもそも、遠距離から狙う弓で近くのホブゴブリンに矢を射るなど、自殺行為もいいところだ。男の剣士は、遠くて間に合わない。
メイドの少女はホブゴブリンと目が合うと、一瞬死をイメージしてしまった。
殺される————と思った次の瞬間、ホブゴブリンの胸から銀色の光が現れる。
「背面の致命が決まったから奇跡的に一撃だったものの、近くで見るとホブゴブリンとの身長差がこれかあ……ほんと、マトモに戦える気しないなー……」
そんな声が聞こえてきて、弓を持った女は警戒しながら様子を見る。
そして視界に、ユウトを捉えた。
「……子供……なわけない、もしかしてハービットン……?」
「え? あ、あーっ撃たないでください! 敵じゃないです! エリ、あの亜人と同じパーティーで」
「はっ!? こ、これは失礼しましたぁ」
女性も、今のは明らかに自分を助けてもらったことに気付いて、頭を下げた。
代わりに馬車を守っていたもう一人の男の人が前に出てくる。
「ほんとにハービットン……っすよね……?」
「ええ。加勢が必要と思い、エリから見て死角だったようなのでサポートに来ました。間に合って良かったです」
「なんつー胆力あるハービットン……いや、助かったっすわ、ありがとさんっす」
男がお礼を言ったところで、エリが馬車の裏側まで移動する。
そこにはホブゴブリンに剣を突き立てたユウトの姿。エリはすぐに、状況を把握して慌てて声をかける。
「ゆ、ユウ兄ぃ!? もしかしなくても、ホブゴブリンはユウ兄ぃが?」
「そうだよ。馬車の中のメイドさんを襲おうとしていたから」
「ううっ、ユウ兄ぃを助けるために来たのに、またユウ兄ぃに助けられちゃったよぉ……」
がっくりと膝を突いて、地面を見ながら溜息をつくエリ。
その姿を見て、今度はユウトの方が慌ててしまった。
「いやいや! むしろ現状僕が助けられまくってばかりで、僕も男だからちょっとはエリの役に立ちたいんだけど……もしかしてエリは、ピンチを僕に助けられるのとか、苦手?」
「……正直、めっっっちゃめちゃ嬉しいです……」
「ふふっ、じゃあそのまま喜んでよ、僕もエリが喜んでくれると嬉しいんだから」
エリはユウトの正直な言葉に、頭をぼりぼり掻きながら「えへへ……」と恥ずかしそうに破顔した。
そんなエリを見ながらユウトもちょっと恥ずかしそうに頭を掻いていると、剣を持った女性が二人に近づいた。
「お二方、助太刀感謝いたします。あなたたちの助けがなければ、正直危ないところでした……」
「サリスもよくやってくれたわ」
「お嬢様! もったいないお言葉です」
途中から、サリスと呼ばれた女性に言葉を被せるように、馬車の中の少女が降り立ってエリのほうを向いていた。
金髪碧眼のドレス姿と、見るからにお嬢様といった様子の少女に、二人は姿勢を正して向き直る。ユウトは立ち上がった。
「感謝します、戦士の方。あなたの活躍、素晴らしかったです」
「あっ! いえいえ、助けられてよかったです! ユウ兄ぃが遠くで襲われているのを見つけてくれて、それで走って来ました!」
「わざわざわたくしたちの所へ……重ね重ね感謝いたしますわ」
少女がスカートの裾を掴み礼をしたことで、周りの五人の男女も腰を曲げて礼をする。
貴族らしき令嬢からの丁寧な礼に、当然こういった礼をされる機会のない日本人のユウトとエリは、慣れない恥ずかしさで互いに目を合わせながら小さく礼を返していた。
「それにしても」
と、ここで少女が雰囲気を変えて、ユウトとエリを交互にのぞき込むように身を乗り出した。
そして次に少女が発した言葉で、エリもユウトも、自分がやらかしてしまったことに気付いた。
「力自慢が多くプライドの高い獣系亜人が、ハービットンの方を兄と慕うなんて、珍しいですね。お二人のこと、わたくし興味があります」