9.ユウトとエリの、初めての城外
久々に腱鞘炎っぽいのになってた……でも更新はがんばりたい!
あとタイトル自分で見ていてめちゃ長かったので短くしました!
あのホブゴブリンを倒しさえすれば、外に出られる。
そう二人同時に判断し、エリは真っ先にユウトに訪ねた。
「ユウ兄ぃ先生! あいつはどんな攻撃してくる?」
「ホブゴブリンはかなり強いよ。体力は高いし身体も硬いし、武器を持たない代わりに両拳で素早く殴ってくる。槍は捕まれるとまずい、剣に変えた方が……あっ」
と、そこでユウトはエリのもう二つの可能性に気付いた。
「どしたの、ユウ兄ぃ?」
「二つ案があって、エリが同じように格闘で倒すって手もあるなと思って。でも普段から格闘なんてしていないだろうから、もう一つの確実な手を使ってみよう」
「何かあるの?」
ユウトはちらりとスケルトンの残骸を見た後、エリが暴力呪術師の部屋で最後に何をやっていたかを思い出した。
「相手は盾受けしない。だからインベントリから、あのボスが振り回していた大きな杖というか大槌に持ち替えて、両手で持って相手に叩きつける!」
「おおっ、なるほどっ!」
既に部屋に入ってきていたホブゴブリンを見ながら、エリは素早く装備を切り替えた。突如出現した巨大な大槌にホブゴブリンの足が止まる。
同じ形の部屋で暴力呪術師が振り回していただけあって、この杖が高い天井にぶつかる心配はない。
今度はエリが振り回す番である。
「よーっし、くらえーっ!」
その武器は『ザガルヴルゴスの呪縛槌』という、ラージクラブ系の最終武器の一つであった。
しかし破壊力と呪術の使用を両方兼ね備えているだけあって、装備条件が非常に厳しい。
ユウトはそれでも、装備出来るかどうかを考えずに、エリに利用をさせてみることにした。
エリの跳びかかっての一撃が、ホブゴブリンを直撃する。
相手は回避が間に合わないと判断したのか構えていた両腕を前に出し、防御するように顔を庇ったが、もちろんそれは意味のない行動であった。
腕ごと頭を破壊し、そのまま首まで折ってホブゴブリンは膝を折るような形で仰向けに潰れる。
筋骨隆々とした中ボスクラスのホブゴブリンが一撃。
一週目なら攻撃力を限界まで上げても不可能というほどの威力であった。
(……やはり、普通に威力が出ているよなあ……)
ユウトがわざわざ、装備条件のことを話さずに使わせた理由。
それは、この『ザガルヴルゴスの呪縛槌』の装備条件の特殊性である。
普通の大槌は、筋力さえあれば威力を出すことができる。
しかし、この大槌は装備して威力を出すのに『魔法の素養』を必要とするのだ。
もし魔法が使えないプレイヤーだと、店で売っている一番安いラージクラブの方が威力が出るというぐらいに、この大槌は破壊力が落ちる。
つまり、エリの肉体は魔法攻撃が出来るほどの能力が、既に備わっていることになる。
(獣系亜人なのに魔法の素養があるなんて、ほんとに隙のない最強転生だ)
やはりユウトは羨ましく思いながらも、同時にこれでエリの戦い方の幅が上がると考えていた。
ゲーム内の魔法も、当然全て記憶している。
ユウトの頭の中では、既にエリと相性のいい魔法のリストアップが始まっていた。
「すごいね、エリ。見事に一撃だ!」
「やったね! でもこれ、さっきのゴブリンといいほんとグロいなー……」
「最近のゲームは、ボスや特定の種族でもなければ綺麗に死体が残るからね……でもゲームよりリアルだなあこれ」
どこまでゲームの仕様に沿っているのか二人はわからなかったが、ある程度は現実に沿っているのだろうと二人は予想した。
実際にリアルなゲームといっても、普段から内蔵までモデリングしているわけではない。だから今のホブゴブリンの姿は、ユウトにとっては間違いなくゲームよりもかなり現実寄りで、改めてリアルな転生だと感じさせていた。
エリは大槌をインベントリに仕舞うと、すぐに槍を出した。
「やっぱりこっちの方が落ち着くかな」
「エリに似合ってると思うよ、背丈がないと槍って扱いにくいだろうし」
「うん、暫くこれで頑張ってみるね」
そして二人は、期待を胸に目を合わせると、建物の外へ出た。
「うわあ……!」
目の前に広がる光景に、エリが感激の声を出す。
日本の田舎ですら到底見られないような、木や山さえない光景。
「すごい……! 一面青空と緑だけだよ!」
「ああ! VRじゃなくて、完全にこの世界に入ってきたって分かる光景だね……!」
ユウトは、エリ以上に感動していた。
ゲームでは何度も見ていた、二つの月が昼にも見える『ブラッディ・ブラックバーン』の世界。草原マップも歩いたし、VRでも遊んでいた。
しかし今は違う。見慣れた世界に、心地よい気温、風、土のにおい、草原が海のように波打つ光景がリアルに重なる————。
「五感で世界を感じるのがこんなに気持ちいいなんて……転生モード、初めてやってみてよかったって思えてきたよ」
「えへへ、私も! ユウ兄ぃと二人で海外旅行してるみたいで、なんだかすっごく、得した気分!」
その風を全身で受けるように、エリは両腕を広げて走り出した。
「わーーー! きもちいぃーーー!」
そして両腕を広げたまま草原の真ん中で、くるくると回り始める。
全身を使って、エリはこの世界を楽しんでいた。
「すごいすごいっ! 異世界最高〜〜〜っ!」
ユウトは、そんなエリを見て口角を緩める。
もともとエリは、来る条件も必要もない子だった。ユウトが消えてしまったから、追いかけてきた。
だからユウトは、心のどこかで『自分のせいで面倒なトラブルに巻き込んでしまった』と思っていた。
しかし今のエリは、この世界を心から楽しんでいるように見える。
同じゲームの世界を共有して喜ぶ従妹の姿を、ユウト自身も温かい気持ちで見ていた。
「ほら、ユウ兄ぃも!」
「え? うわっ……!」
いつの間にかユウトのすぐ近くまで跳んできたエリは、後ろからユウトの腋に手を差し入れると、子供に『高い高い』をする要領で持ち上げた。
子供扱いされて赤面するユウトの顔は、後ろから持ったエリからはもちろん見えない。
「ちょ、ちょっとエリ!?」
「いっくよー!」
そしてエリは、ユウトを持ち上げて先ほどと同じようにぐるぐると回り始めた。
それはユウトにとって、身の丈3メートルに近いほどの視界。今までずっと低い視点だったため、遠くの丘がぐっと違って見える。
「うわっ! わあーーっ! あ……は……はは……ははははは!」
最初は恥ずかしかったが、それでもその視界に広がる光景はあまりにも素晴らしいものだった。
段々と楽しくなって笑うユウトの声を聞いて、エリも嬉しくなる。
エリにとって『優しいユウ兄ぃ』は、いつも穏やかで、大人びていて、憧れの年上のお兄さんだった。
だからそんなユウトの子供っぽい——実際今は子供そのものの——笑い声は、ユウトの初めて見る一面である。
まるで可愛い弟が出来たような……どこか不思議な、だけど愛しくてたまらない感覚に包まれた。
ところが、そのユウトが急に笑い声を止めて叫ぶ。
「エリ! 右、右ッ!」
「へ?」
「右、もうちょっと右斜め前の……ほら、あれ!」
「あっ!」
ユウトの視界が高くなったことで、たまたまそれを発見することができた。
エリも遠くで起こっている緊急事態に気がついた————馬車が、魔物に囲まれている!