第7章 ボクのアサシン
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「・・・キミ。なんであの時、泣いてたの?魔術師さんにアサシンじゃないって言われて。」
「泣いてねえ!」
「・・・。」
「ち・・・アサシンなんて、所詮人殺しだ。戦場じゃない無警戒の、日常で中の殺人だ・・・卑怯だよ。そして俺は・・・何十人も・・・。そんな俺を仲間扱いしてくれりゃ、な。」
「・・・でも、昨日のキミは、ボクの願いをかなえてくれた・・・初めてだ。叶わないと思ってた願いが叶うなんて。ちょっと違う形になっちゃったけど。」
「人殺しが願いなんて、お前の性格、問題だな。」
「うるさい!・・・でも・・・まだキミに言ってなかった。」
「何を?」
「ありがとう、さ。ボクの・・・。」
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第7章 ボクのアサシン
これは後で聞いた話である。
本陣の第10小隊がアルとともに突入を始めた時、アルの側近が提案した。
「城館内の中庭に隠し通路があります。そこを少数で伝っていけば、敵の大将・・・オークジェネラルに容易に迫ることができるでしょう。」
と。
「しかし・・・今第1分隊が道を開こうとしている。第1小隊や、他の隊だって・・・。」
「アル様、肝心なのは、アル様が敵の大将を討つことです。あの若い従者もわかっているはず。きっと各隊の奮戦は無駄になりません。敵を引き付けてくれているのですから。」
アルは、その提案に乗った。そのこと自身は、責めることじゃない。側近の言う通りだ。ただ、それを今になって提案したこと、他の隊に伝えず単独でやろうとしたこと、そして、自分の戦力を理解していなかったこと、それがこの後の窮地を招いた。
アルたちは、第10小隊の手持ちの各分隊を中庭に移動させ、第9小隊にはそのまま俺の後続を命じた。そして、中庭の隠し通路を第4分隊に守らせ、第2,3分隊で隠し通路に潜入した。
狭い通路を一列で進み、中央階段に一気に到着すると、第2分隊が中心になって敵の守備隊と戦い、階段を突破した。ここで、アルと側近は攻め手の中心を無傷の第3分隊に切り替え、消耗した第2分隊を階段の維持に残した。
実はこの前に気づいているべきだった。部隊の編成上、アルの本陣第10小隊は、精鋭分隊の101を除けばお飾りだ、と言うことに。予備戦力として確保していた第9小隊ならともかく、第10小隊の第3,4分隊は戦力として期待されてなかった。その103分隊を連れて、最も強固な敵本営である城主の間に突入する・・・せめて第9小隊や、第1小隊長ガレデウスさんにでも相談していれば、そんな勝算の薄いことはやらなかっただろう。アルと側近の経験不足が、ここで危機を招いてしまった。
103分隊は士気が高く、猛然と城主の間に突入する。が、全員の突入が終わった時点で、狙いすましたように退路を敵の近衛兵であるオークガーズに塞がれ、室内は一方的な虐殺の場と化した。
俺たち101分隊は、消耗した第6小隊に変わって西ルートを猛進していた。そして、ほぼ無傷で中央階段に到着したんだ。そこで、102分隊と合流し、103分隊を率いたアルが突入したことを知った。
「・・・あのバカ!なんで・・・功を急ぐ必要がどこにあった!」
ここまで突入できたんなら、ここから他のルートに向かえばオーク軍を挟み撃ちできて、ほとんど全軍での敵本営攻撃すら可能だった。その上で最後の最後にアルが出て行けばいい話で・・・。俺は後続の第9小隊に、南、東ルートの支援を依頼し、101分隊を率いて本営に急行しようとした・・・。その時、俺の鋭敏な聴覚が微かな声を拾った。
「・・・キミ・・・助けて・・・キミ・・・ボクの・・・」
ち!アルが呼んでいる!俺が、呼べば必ず行くと約束した、そのアルが。
「・・・分隊長!すまないが先行する。隊は返す!」
それだけ言い捨てて、俺は全力で駆け抜けた。途中再び防衛線を立て直そうとしていたオーク兵がいた気もしたが、俺は一瞬で天井に駆け上がり、去り抜き際に上から頸動脈を切断する。何体切ったか覚えてもいない。
一昨日来たばかりの城主の間の分厚い扉は、両腕のブレイカーを前に構え、そのままの勢いの体当たりでぶち破った。さすがに衝撃がすごい・・・しかしセウルギンさんにルーンを刻まれた俺の左右の短剣は刃こぼれ一つなかった。
扉の破片が飛び散る中、俺は見た。アル・・・妹ソックリの少女が、オークガーズに切りかかられる、その直前の様を。俺は左のソードブレイカーを投げ、そいつの後頭部をぶち抜いた。オークたち、亜人の軍は、頭の形が人族と違い複雑なため、細工が難しい兜が金属でないことが多い。ここの敵もそうだった。俺はアルの前に立って言い放った。
「だから首から上は弱点・・・遅くなったな。メンクイで独断専行のお嬢さん!」
もう味方は何人もいない。こいつの側にいたはずの側近も、首がない。でもアルは俺が来るまで持ちこたえていた。やってきた俺を信じられない、という目で見ているアル。こんなに追い詰められて!畜生!・・・その時。
カチッ。俺の頭の中でハンマー(撃鉄)を起こす音がした。
俺の周りに闇が満ちる。左手の、普段見えない拳の紋章・・・ゴウンフォルドの族章が輝きだす。回る車輪の中に六芒星、その中央に晴眼が浮かび・・・そして俺は唱えた。
「大いなる精霊ワルドガルドよ。その御名のもと、我に力を示したまえ。エン・ゲイル・アズ・ゴウンフォルド・・・武具召喚!我が名はユシウス。我が武具よ。我が元へ来たれ!」
俺の左手がひときわ強く輝き・・・そしてその輝きが消えた時、そこには、この世界に在ってはならない武具の姿があった。
俺には、ゴウンフォルド族に転生させられた際に、妙な力がいくつかついてきた。赤ん坊のころから人並に自我があり、長じるにつれて身体能力がずば抜けていた。俺は特に足の速さ。それに加えて、格闘術、短剣術、潜入術に関する異常なスキルの高さ(どれもまともな戦場じゃ役に立たねえヤツばっか)、敵味方の空間配置を一瞬で把握する力・・・そして、ある精霊の加護。
俺はこの世で未だ認知されていない精霊の、ただ二人の眷属の一人。その精霊とは・・・『鋼鉄の王』・・・闇の精霊の一族にして『鋼の精霊ワルドガルド』だ。
『鋼鉄の王』は、俺の前世の記憶から、こんな武具、この世に在ってはならないものを顕現してくれる。ハンドガンだ。そして、今、俺の手に握られているのは・・・。
ステアーTMP
マシンピストルに分類されるが、実際は下手な拳銃より軽いサブマシンガン。
このステアーTMPは、機構の水平配置と樹脂の多様で軽量だが弾倉がグリップ収納だから、銃弾を発射しても重心のバランスが変わらない。オプションをいろいろ取り付けられる拡張性も魅力だが、今は関係ない。幸い、俺が召喚する拳銃は左利き対応だ。安全装置やセレクターとかは銃の右側についている。
9mmパラベラム30発の弾倉を確認しながら、セレクターのボタンを目いっぱい押し込んでフルオートにする。発射速度は毎分900発と抑えられてるが、かえっていい感じだ。
俺はその軽い銃身をオークガーズの群れに向ける。口元に冷笑が浮かぶ。
今の俺は、本来の俺とは、ちょっと性格が変わる・・・これでもだいぶマシになったんだが。以前はただの殺人用人間だった。普段赤茶の髪は今黒いはず。もちろん自分じゃ見えない。
オークガーズらはようやく侵入者の俺に対し慌てて盾を構えたが、俺は余裕をもって顔面にフルオート射撃を浴びせる。左手一本の射撃姿勢保持は本来困難な状況だが、人並外れた筋力がそれを可能にする。アルたち103分隊の生き残りの前にいたオークガーズの半分が、顔面を血まみれにして倒れる。ま、この位置からじゃ万が一の跳弾も平気だろう。数秒にして弾切れ。ち。口元に苦笑が浮かぶ。
「クィリロッド。」
上級弾倉交換呪文。本当はリロドという呪文で弾倉を呼び出して交換するんだが、急ぐときや右手がふさがってるときは上級呪文のこっちを使う。魔力の消費が多くなるが、手首の返し一つで弾倉交換が全部終わるっていうガンゲー並みの気楽さだ。再び冷笑が浮かんじまう。
俺はホースから水を放出するがごとく、ステアーTMPの銃口から9mmパラベラムを射出し続ける。今の俺にとって、この辺りは単純労働作業だ。もう一度同じことを繰り返し・・・室内にいる、立っているオークは、大将のオークジェネラル一人になった。ふん。飽きた。
俺は左手のステアーを捨て、ソードブレイカーを拾いに行く。その間にステアーは消え、俺の髪は元に戻り・・・俺もまたいつもの俺に戻る・・・やらかしちまったっていう後悔とともに。どうもアルを助けようとして、頭に血が上ったらしい・・・。アサシンガンナー。あの状態の俺は危険だ。人の命より銅貨1枚の方が大事って状態だ。たまたま今回も味方は殺しちゃいないが、たまたまなのは俺だけが知っている。 が・・・まだ終わっちゃいない。
俺はオークジェネラルに向かい合う。ひときわ大柄な、オーク族とは思えぬ体格に風格までありやがる。口元からつきでた牙が大きい。さすがクラスアップした将軍様・・・プレートメイルにグレートソード。兜はなし、と。どうやらヤツも道連れが欲しいらしい。赤い目で俺をにらむ。思わず無言でにらみかえすが、道連れはお仲間だけで勘弁してもらおう。
一騎打ち・・・柄じゃない。ただ、室内戦だし乱戦でもない。余裕をもって一人に向かえるなら、何でもありな俺の戦いに持ち込める・・・むしろ得意分野か?
そう思って間合いを詰めようとしたが、いきなり上段からグレートソードの強烈な一撃。さすがに片手じゃ自信がねえ。両手の短剣を交差して受け止める。ガチッツ。火花とともに鈍い輝きが俺の眼前で飛び散る・・・魔力のこもった剣、か。いいもん持ってやがる。ジリジリッって俺は下がらざるを得ない・・・が
「こっちも自慢の品でね!」
ジェネラルは容易に断ち切れると思っていた短剣に、自分の斬撃が防がれ驚いている。ムキになったか、そのままの体勢に固執して、力と体重で押してくる。単純な力勝負、特に体重が絡むと分が悪い。何しろ俺の倍は重そうだ。しかし・・・その分、足がお留守だよ。
何でもあり。そういう戦いなら俺は戦姫様よりも慣れている。俺はグレートソードの力を外に流すように短剣を操り重心を移動する。ジェネラルがそれに合わせて態勢を変えようとしたタイミングを足払い。きれいに決まったところで、剣を蹴り飛ばした。魔力のこもったグレートソードが輝きを残して飛んでいく。そして、俺は相手に組み付いて右肩中心に関節を極め動きを封じる。小柄で若い俺をなめやがったな。おかげで楽勝だ。まともにやってたら危ない相手だろうけど。へへ。格闘に持ちこめば無敵さ。いや、そうでもないか?けっこう力が強い。俺も油断大敵だ。
「アル!・・・いい子だ・・・ここがお前の見せ場だ。」
茫然と座り込んだまま、俺の戦いを見ていたアル。しかし俺の声に応えた。
「キミ・・・ホントに来てくれた・・・ホントに・・・ボクの」
「それはいい!今は、敵の大将だ。早く終わらせろ!お前の手で終らせるんだ!それが犠牲を少なくする。明日の、お前の夢に近づく!」
よろよろと、それでもアルは俺たちに近づき、そして勇者様から受け取った小剣・・・これも無銘だが業物・・・を構える。
ジェネラルの抵抗が一層激しくなるが、なんのこれくらい。間接を極められ痛みのせいでたいして効果的じゃない。
「そうだ・・・そのまま・・・やれ!」
「うん!」
アルは俺の声のままに、小剣を構えてジェネラルの胸元に飛び込む。そして、小剣はその切れ味とアルの体重で胸甲を突き破り、敵の心臓の機能を止めた。血しぶきが吹き上がり、アルと俺はオークジェネラルの血に全身を濡らす・・・。
重苦しい沈黙の中、アルの小さな呼吸音が響く。ふ。俺はアルの頭に手を・・・伸ばそうとしてやめた。俺の手は血まみれだ。まあこいつもひどいモンだけど。
「立てよ。アル。そして、勝鬨だ・・・それで後は宴会さ。」
・・・ち。本人も、生き残った連中も全然反応しねえし。
「お前ら・・・勝鬨って知らねえか。勝ったことねえんだろう!」
言ってから気づいた。図星だった。みんなキョトンってしてやがる。
「アフターサービスもここまでやんなきゃいけないとはね・・・んじゃ俺の真似をしろ・・・ってお前、ホントの名前、何だっけ?」
ボグワッ!結構マジな一撃がきた。元気だな、こいつ。
「ボクは・・・アルテア!アルテア・オン・ザラウツェンだ・・・でも、待って。この土地を捨てたザラウツェン本家の名なんかどうでもいい。だから北方族長会議を束ねるにあたってザラウツェンの名は棄てる・・・ボクはこの都市ザラウツェスを名とする・・・アルテア・オン・ザラウツェスだ!」
「いい名前だな・・・アルテアって言ったんだ・・・アルテア・オン・ザラウツェス・・・北の盟主様にはお似合いだ。」
「それ、いいね!北の盟主、いただくよ・・・ところで、キミもそろそろいいんじゃない?」
「何が?」
「だから、名前だよ。キミの名前!まだ名乗ってないだろう!」
「そうだっけ?」
「そうさ!ボクをずっと変な目で見て、魔術師さんの方は紹介しておいて、自分は名乗らなかったよ、結局!」
セウルギンさん、それくらいフォローしてくれよ・・・天才魔術師で大人だろ。イケメンで。
「だからこんな無礼なヤツとは話すもんかって魔術師さんの方ばかり見てたのに、キミが要所で話をしてくるから仕方なく相手をしてたんだ。」
「それ、マジですまねえ。」
「でも、今はシスコンとブラコンを拗らせてたってわかったから、まあ、いい。」
そういう解釈?なんかすっきりしねえけど?パーラ、フォグルシス・・・ち、笑ってる?
「・・・だから、ボクも新しい名前を初めてお披露目までしたし・・・だから・・・だから・・・。」
ち。こいつもなかなかいいヤツなんだが。何かタイミングずれると、今さらじゃね?
「もうここまで来たら、名前、名乗らない方がかっこいいってうか、なんかお互いのためっていうか・・・俺は勇者エンノ様の名もなき従者。それでいいんじゃないか?」
「よくない!ボクにとっては・・・勇者エンノはすごい人だったし、感謝もしてる。でもボクの過去を断ち切って、そして勇気をくれたのはキミなんだ!ボクの過去を葬ってくれた、キミはボクのアサシンだ!だから、キミは、それなのに・・・名前くらい・・・教えてよ・・・。」
徐々に声が小さくなりうつむくアル。なんか、俺が悪いことをしているみたいじゃないか。
「・・・ち。パルシウスだ・・・もっともみんな、下っ端パシリって呼ぶけどな。」
「・・・ボクのアサシンは、パルシウスか。」
顔をあげて、アルがうれしそうに呟いた。そんなたいした名前じゃないが、でも。
「できれば、アサシンってやめてほしい。それは褒め言葉じゃない。」
自嘲で自分では使う。アサシンだし、とか。でも、人に言われると・・・しかもそんなに誇らしげに呼ばれると場違いだ。前にあったことを思い出してツライ。そもそも、『ボクの』ってその所有格の使いどころはおかしくね?
「ん・・・善処する。でもボクにとっては特別な言葉だ。ボクのアサシン。」
ち。善処?政治家か・・・族長だった。そもそも助けを呼ぶときも・・・。今さらか?
「はいはい・・・じゃ・・・すうっ(呼吸音)、北の盟主、アルテア・オン・ザラウツェス様が、敵将オークジェネラルを討ち取ったぞおぉ!」
アルが思わず身を縮めるような大声で、俺は思いっきり叫ぶ。もちろん隊章も全開だ。そして、聞こえてるヤツに片っ端から復唱させて、それが全軍に、敵軍にも広がって、戦いはようやく終わった。多くの味方が傷ついていたけど、それでも生き残った者は互いに手を取り、肩を抱いて喜び合った。もっとも余力がなくて、追撃どころではなく、逃げる敵は追わず、捕虜はできるだけ武器を奪って逃がしたけど。
俺は早速本陣に戻って勇者様とコルンさんに直接伝えようとしたんだけど、アルがふらついていて、護衛の103分隊の被害が大きかったため、
「キミ、肩くらい貸してよ!」
って、怒鳴られた。お前元気じゃん。肩貸して一緒にもどれって?
「いや、だって、俺、外様だし(っていうか家来でもないのに)勝った大将のお側にいるってすげえ図々しいんじゃ?」
「バカ!キミしかいないんだ!」
探せばいるんじゃね?とか思ったけど、まあ、なんか勢いに負けて、肩貸した。大将の隣って、しかも一応女の子だし、声援すげえし、いづらい。なに、この羞恥プレイ?
で、ようやくガレデウスさんを見つけて、後は押しつけた。ガレデウスさんも嬉しそうで喜んで代わってくれた。アルが何か叫んでたのは聞こえない、
そうして、タワーから降りて来た勇者様とコルンさん、合流してきたみんなにやっと直接報告で来た。勇者様には頭なでなでしてもらって、コルンさんには「ちゃんと手柄譲ったのね!」って褒められて、戦姫様にはまだ「戦い足りねえ」とかってグダまかれて、セウルギンさんには「お茶の子ルンルンです」ってちょっとそれわかんねえってこと言われて、キーシルドさんは肩を叩かれて・・・。こうして、400対2000の城攻めは終わった。
この日、人族は族長連合北方領のかつての主都ザラウツェス、その中心部を奪還した。でも、それでも、それはまだ、来るべきオーク族との一戦の、ささやかな幕開けでしかなかったんだ。
その夜。城内では宴会が始まっている。セウルギンさんがちゃんと計算高く温存してた魔力を使い、地下の宝物庫と食料庫の封印と解いた。詳しく調べるのは明日からのコルンさんのお仕事で、きっとその弟子っていうか助手っていうか雑用担当っていうか(これが一番しっくりくる)俺の仕事にもなるんだろうけど、とりあえず今夜の宴会分を持って行っても問題なしってお許しが出た。
みんな楽しそうだ。部屋で休んでいる俺の所にもにぎやかな声が届く。俺は・・・宴会に参加する気になれなかった。いろいろと考えることがあったんだ。
またもアサシンガンナーになっちまって、幸い味方は殺さなかったものの、あの非情な・・・前よりは随分マシになったとはいえ・・・自分をアルに見られちまった。黒い髪も。
それに、やはり知り合いが死ぬのは応えた。竹槍少年は、俺が先行した後、敵との戦いで不意を突かれ、あっさり死んじまった。俺と一緒なら死ななかっただろうな。
そして、勇者様。あの戦役以来、精霊魔術を使えなくなっていた。なぜ?決まっている。勇者様は『行者』・・・全ての精霊の加護を受ける者。その勇者様が精霊と『ケンカ』するとしたら・・・俺のせいに決まっている。
半月前の戦いで、勇者様の力をお借りして、俺はこの世にあるはずのない・・・拳銃どころではない鉄の塊・・・俺の世界でかつてつくられた鋼鉄の巨艦を召喚した。そして、その巨砲で敵の一隊を壊滅させたのだ。未だ認知されていない『鋼の精霊』ワルドガルドの力を、いきなりそんな風に使ったら・・・おそらく精霊界を治める六大精霊が、勇者様に対して何らかの罰を与えているのではないか?俺はその決戦直前に、護姫様とした会話を思い出した。
・・・・・・
「お前は・・・前世の記憶を引きずり、更にそれがワルドガルドと殊の外相性がいいらしい・・・お前が呼び出す鉄の塊は、おそらくお前の前世の記憶から作られている。」
「・・・鉄の塊・・・じゃワルドガルドって・・・」
「闇の精霊の眷属、ワルドガルド・・・その本性は鋼鉄の王。鋼の精霊だ。」
「ちょっと待った!?・・・精霊って自然界にあるものの象徴なんじゃなかったっけ?」
「一般にはそうだ・・・ただ、この現象界の上位にある精霊界も、現象界の影響を受けることはある・・・。例えば、火の精霊だ。火の精霊は、自然界ではそれほど多くない。かつては極めて限られた場所にしか存在せず、地水風の三大精霊に劣る力とされていた。それを人族とドワーフ族が加護を得て世界中に、現象界に広げていった。だからこそ火の精霊は四大精霊の一角を占め、上位精霊となったのだ。火の精霊はもっとも新しく上位精霊と認知され、つまりは精霊も人の行いの影響を受け、時に変化し時に生まれる。」
「じゃあ・・・鋼の精霊って?」
「鋼・・・本来の鉄とは、どこにある?」
「そ、そりゃ、地の底っていうか、石の塊っていうか・・・。」
「そうだ。本来『地』に潜み隠れていたもの。それを人の技によって、『風』を送った『火』で溶かし、『水』で冷やす。人の行いによって四大精霊全ての力を融け合わせて、鉄は鋼になる。その過程で誕生したモノが、今、最も新しい精霊として、世に現れつつある。」
「ええっと・・・一応、理屈はわかったけど・・・。」
何で今この話を?
「・・・言ったであろう。我はいい子だから使わぬが。」
そう言いながら、掲げたシル姉の左の拳には、俺と寸分たがわぬ印が刻まれ、輝いていた・・・。
「世界にただ二人の眷属だ。どうせ封印が破れ一族でもなくなったお前だ。ユシウス。いかに忌まれる力でも、使うべき時はためらうな・・・エンと力を合わせよ。エンの、勇者の道を切り開け!」
その、シル姉の檄は、とても力強くて、俺の心を震わせたんだ。俺はシル姉の左手をつかんだ。そして、俺の族章もシル姉に共鳴して同じ輝きを放ったんだ。世界にただ二人の眷属・・・。
・・・・・・
ち。使っちまったモンは仕方がない。あの場面で、勇者様の力をお借りして、鋼鉄の巨艦を呼び出したこと自身は・・・多分どうにもならない。でも・・・その後、今日まで俺は勇者様が精霊魔術を使えなくなっていることなんか全然気が付かなかった。従者失格だ。俺はいつも一番肝心なものができていない・・・相変わらずの役立たずだ。
ガタン。突然部屋の戸が開けられた。誰だよ。いくら下っ端の従者でも、ノックくらいはしてほしいんだけど・・・。
「いたぁ!何やってるんだい!キミは!101の、いや、騎士団のみんなが待ってるぞ!」
ってなんだよアル・・・顔が赤いぞ・・・お前、飲んでるな!
「ハハハ、当たり前だよ。今日は宴会だって言ったボクが飲まないで、誰が飲むんだい!」
いやいや、いくら異世界でも13歳は・・・まあ、俺の前世の大昔は、問題なかったみたいだけど・・・。でもなんか妙に陽気だな。あら、勇者様?戦姫様まで?
「パシ公!てめえ、また辛気くせえこと考えてやがったな。今夜くらいは飲みやがれ!」
戦姫様・・・はこれでも15歳だったな。ここじゃ成人・・・外見だけならアルより幼いんだけど。勇者様ぁ・・・そんなにツマミばっかり食べてないで・・・いいんですか?ほんとに。
精霊とのケンカ・・・。ニコニコしてるけど・・・。え、何ですか?来いって!?
結局俺は右腕を勇者様、左腕を戦姫様にしっかりつかまれ・・・正直に言えば右腕は幸せだった・・・ポク?なんか今、戦姫様に・・・まさか『ちっぱい』読まれた?にらまれてる。
「このパシ公!つまらねえこと考えたろ?」
「ハハハハハ!パシコー?パシコーなの?」
先導するアルがそれを見て笑っている。こいつ、笑い上戸か?そんな感じで俺は城壁の上に連行された。
「まあ、仲良くなってなによりね。」
コルンさん、他人事みたいに。それでも赤ワイン片手にほんのり染まった頬が色っぽい。見とれちゃうね。眼鏡かけてほしい。
右からポカ。左からポク。正面からボグワッ・・・アル、お前が一番いてえよ。てか何で俺殴られてんの?
「天国と地獄は紙一重・・・あれはどっちでしょうね?」
「俗世間では天国、わが友にとっての地獄、そんなところではありませぬか?」
なに野郎二人でビール片手にノホホンとしてんの?裏切者。天界主教は酒飲んでいいのか?
「こんなもの、酒の内には入りませぬ。」
て・・・それって実はダメなんじゃ・・・。
「パシ公!細かいことは気にすんな。キー坊もやっと帰ってきたばかりで、しかも戦争したらまた行っちまうんだぜ!」
・・・キー坊。ぷ、ぷぷぷ。
「・・・わが年若き友よ。まさか、お笑いではありませんか?」
ブンブン。思いっきり首を振る。うなずいたら天国に行きそう。強制送還なんて御免だ!
そして
「みんな、遅くなったが、勇者様の従者でボクの近侍・・・パシコーだ。」
ぶっ!それ誰だよ!まあ、アサシンでないだけマシだけど。
戦姫様どころか勇者様もコルンさんもセウルギンさんもキーシルドさんは・・・仕返しだな絶対・・・みんな笑ってやがる。
「パシコー・・・みんなに一言あいさつしてくれ。他のみんなは終わったけど、キミにも一言もらわなきゃ、ホントの宴会は始まらない。」
・・・あれでか!俺の部屋に聞こえるまで盛り上がってたくせに。
「こまかいなあ。キミは。さっさと済ませてくれ。早く本格的に始めたいんだから。」
俺はアルに強引に前に連れていかれた。ち。あ、勇者様が手を振ってくれたし。でも。
「いや・・・俺は・・・人前で話すことなんか・・・」
「何言ってるんだい!キミ!キミが訓練してくれたから、犠牲が思ったよりウンと少なかったんだぞ!」
少ない・・・のかな。全軍の1割が損害受けたら大敗北モン・・・それなのに3割だぜ!死者こそ確かに相当抑えられたけど・・・。それは各隊ごとの連携や仲間の支援のおかげで、重傷者が増えそうな場合は迅速な対処できていた。そしてコルンさんの指揮が無茶苦茶早くて、キーシルドさんの『回復』呪文や手当が効果的で、そのおかげだ。俺じゃない。
それでも、アルの声に、みんなが拍手している・・・。俺は、いつも一人で暗殺なんてしてて、城兵としてはこんな大きな戦いやったことないし・・・人と協力して戦うって、勇者様の従者になってからで・・・。ダメだ、場違いだ・・・正直、何も言うことが浮かばない。
「ホント、この子は自己評価が低いっていうか。」
「うむ。武功の基準もおかしいのだな。」
「・・・あ・・・でも、なんか、それ、パシリっぽい、です・・・。」
え?
「相変わらず場慣れしないっていうか。」
「世情に妙に疎いと言うべきか。」
「・・・人の気持ち、わかってくれないです・・・」
あのぅ。
「非常識というか。」
「嫌味なほどケンキョと言うべきか・・・。」
「・・・器用なこと、むしろ恥ずかしがってるみたい・・・」
・・・って、護姫様にミュシファさん!なにいきなり戻ってきてて、コルンさんと一緒に俺を交互に罵倒するディスリレーやってんの!
「あ・・・あの!すみません!俺のことはいいので、勇者様のお仲間が、任務からお戻りになったので、みなさんにご紹介します!」
俺はあわてて逃げて、護姫様に振ることにした。なんか「逃げたなあ」とか「敵前逃亡は死刑だあ」とか聞こえたけど、知らねっと。
「うむ・・・勇者エンノの姉、シルディアである。此度の貴公らの武勲、実に見事であった!本来敵に勝ること三倍を持って行うべき城攻めをわずか二割の兵でやり遂げたのだ。アル殿・・・アルテア殿を始め、貴公らの武名は大陸中に轟こうぞ!天晴れじゃ!」
すげえ。さすが護姫様。とっさの一言が、もう騎士っていうか武将っていうか・・・子供時代を知ってる俺からすれば信じられないけど、それはシル姉が妹たちを支えるために身につけたことなんだもんな・・・えらいな。
もう、みんな喜んじゃって大歓声・・・。え?キミも言うの?コミュ障なのに?
「えっと。あの、あたし、ミュシファです。皆さん、お疲れ様でした!あたしは、皆さんの勝利を知って、すごく感動しました!・・・今夜は思いっきりみんなの勝利をお祝いましょう!」
すげえ・・・ダレ?俺なんかより、よっぽど人前でしっかり話してるし・・・。俺、自信なくなっちゃったな。ミュシファさん、いきなりみんなに受け入れられて、コールが始まってて・・・なんかアイドルみたい・・・アイドルがなんだか知らねえけど。まあ、うちのメンバーじゃ一番庶民的で、手が届く範囲でかわいいってのはわかるけど。
勇者様は神がかってるし(普段の姿知らなきゃね)、戦姫様はかわいさが獰猛さに埋もれてしまってるし(ホントはかわいいんだけど)、護姫様は見かけからして『堅過ぎ』だし(朝は一番ダメな人である)、コルンさんは・・・一番人気でそうだけど、表に出ないか。
そんなわけで、ミュシファさんが男性ファンに囲まれている・・・何かなぁ・・・俺は気にしないけどさぁ。
ボグワッ。いてえ。
「ハハハハハ。キミ、なんだか暗いぞぉ!敵前逃亡は重罪だぁ!・・・ボクの酒を飲めぇ!」
・・・実は仕事柄、酒も嫌いだ。飲むときは、『仕事』の一環で、潜入した時に相手を油断させたりするために飲むもので・・・うまいと思ったことはない。だから『仕事』でもなきゃ飲みたくもない。宴会自身がそうだ。周りに合わせて、ニコニコして、信頼させるための演技ばかりして、楽しいと思ったこともない。
「ふう・・・いろいろ拗らせてるわね。また。」
アルの酒を受け取れずに困っていた俺を、アルがすごい目でにらみ始めた時、コルンさんが間に入ってくれた。
「すみません、うちの子が。ホント、表向きは世慣れたふりだけで、ホントにダメで。」
「・・・陣法師殿か。昼間もそうだったけど、妙にボクとコイツの間に入るな・・・まさかキミは陣法師殿の若いツバメか!」
ぶっ!お前、そういう勘違い反応ばっかり。
「ほほほほほ。それは面白いですけれど、この子は、できのいい弟子兼できの悪い弟みたいなものでして。」
・・・微妙な表現だな・・・でもこれ以上俺のメンドくさい姉妹関係を複雑にしないで。
「弟・・・なるほど・・・では、ボクはこいつの妹ソックリだそうだから、こいつはボクの兄のようなもの・・・なのかな?・・・いや、それはやめよう。」
よかった!一瞬ぎくっとしたぜ。思いとどまってくれてよかった・・・。
「うん・・・でも・・・そうだ。陣法師殿。真面目な提案だが、ボクが勇者どのと義姉妹になる、と言うのはどうだろう!」
・・・え?今、何てった、コイツ?
「真面目なご提案なのですね。」
「そうだ。ボクが、勇者どのの妹になる。政略結婚とかではないぞ。あくまで個人的な友誼の表現として、そう言っているんだが、どうだろう!」
まあ劉備と関羽張飛みたいな関係か・・・なるほど。
「アル。お前、腹黒いな。」
「思慮深いと言って!」
ボグワッ。いてえ。思慮深い奴が簡単に人を殴るか?
「なかなか面白いご提案です・・・え?」
あ、勇者様・・・!勇者様がアルを抱き締めて・・・なんて羨ましいアルのヤツ・・・勇者様、なんか酔ってるっぽいけど・・・まさか酔うと抱きつく癖があるとか、それだけじゃ?
「決まり・・・でよかろう。」
護姫様まで。すぐにその意味することを理解したのはさすがだけど。
「俺は、あんな生意気な小娘・・・でも、そうか、俺が姉貴か・・・ならいっか!」
戦姫様は、単に妹分ができる、姉貴風が吹かせられるってことでご満悦らしい。やれやれ。
アル・・・お前の姉たちは、かなり厄介な人ばかりだけど、覚悟しろ。お前が『北の盟主』
を名乗るために必要なんだろうけど・・・て、待てよ!俺の元姉妹の義理の妹が、妹ソックリなこいつなのか?・・・俺の複雑な姉妹関係・・・悪化したな。もうわけわかんねえ。
「おい、キミ。主の妹の命令だ・・・飲め!」
こいつ・・・まさか、俺に酒飲ませるためにやった姉妹宣言じゃないだろうな。それでも、宴会の最中での、勇者様、護姫様、戦姫様とアルとの姉妹宣言は、絶大な支持を得て受け入れられた。それは瞬く間に北方領に広がることになるだろう。アルテア・オン・ザラウツェスの武名とともに。
もっとも今は俺に酒を強制させる効果くらいしかないだろうが。
「パシ公。もっとうまそうに飲みやがれ。」
「ソディ姉様、もっと言ってやって!」
「ソディ、アル。酒は強制させて飲ませるものではないぞ。」
・・・なんか、仲良くなるの早すぎじゃね?勇者様、何とか言って・・・うげえ!グピピピピ。俺は勇者様に口にワインの瓶を突っ込まれ、一気に飲み干すまで許してもらえず・・・その後、意識を失った。もし生きていたら、それはきっとキーシルドさんの神聖魔術のおかげだろう。『解毒』・・・酒って毒・・・。