第5章 帰ってきた漢
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ある日。キーシルドさんが朝のお祈りをしていた。まあそれ自体は毎朝のことなんだけど。
その日に限っていつもより長くお祈りしていた気がしたんだ。
「あの・・・キーシルドさん?」
「ああ、パルシウス殿・・・いえ。拙僧の無力さを天主に詫びておりました。」
別に彼が悪いわけじゃない。北方領の民が苦しんでいるのは、主に本国が放置していたからで・・・それでもこの人は自分を責めてしまう。お人よしだ。が、セウルギンさんは
「泣く子は不幸には勝てませんよ。」
なんて言ってた。キーシルドさんは困ってたけど、後になって笑って俺にこう言った。
「彼は彼なりに、拙僧を励ましているのでしょう。まぁ、彼なりに。」
大人の男二人の関係は、俺にはまだ少しわかりにくい。でも、ちょっとカッコいいって思う。
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第5章 帰ってきた漢
まずは第一段階、ザラウツェス城を取り戻すためにザラウツェン一族に協力する。この話し合いは無事済んだ。コルンさんが俺に挽回しろっていうから来たけど・・・なんかイケメン天才魔術師一人で済んだんじゃないか?ち。あの赤の他人のメンクイ早熟族長め。
まあ、それで、隊章を使い、コルンさんに連絡。仲間と南街区内で合流って、あれ?
護姫様とミュシファさんがいない。
「早速、周辺の勢力の調略に出向いてもらったわ。」
護姫様は適任だけど・・・ミュシファさんも?あのコミュ障の思春期症候群に調略?
「・・・パシリくん。言っておくけどあの子のコミュ障とやらがひどいのは、あなた相手の時が一番なのよ。最近じゃ、普通に話してて気づかないくらいよ。」
ええ!俺ってそんなに嫌われてたのか!・・・ちょっとショック。苦手な思春期なりに気を遣って相手したり、いろいろ教えてたつもりだったのに・・・。
「あなたねえ・・・。」
「ハハハ。コルン師。この手のことは、周りが触れないほうがよろしいと拙僧は思います。」
あ!キーシルドさん!お帰りなさい!
帝国出身の聖職者、天界主教のキーシルドさんだ。年は30ちょいで、仲間内じゃ最年長。でも最年長で聖職者なのに、仲間じゃ一番先にアサシンの俺を信頼した、お人よし・・・っていうのは失礼だけど・・・もう少し人を疑うとか、そういう慎重さもいるんじゃないか?
でも、全体を見て進んで自分の使命を実直に果たす人柄は信頼できる。それに・・・
「キーシルドさん・・・その聖印の階梯票・・・。」
「ああ、これですか。大したことはありません。こんなものであの戦いのお役にたてて、人族の巻き返しに貢献できたのですから安いものです。」
ホルゴスを守る戦いの折、彼は城の北を守るバービカン内で、戦う族長連合の兵士たちのために『聖別』と『加護』という神聖魔術を行使した。ただ、帝国の天界主教会の中には異教徒のためのそういう高度な『加護』を与えるべきではないという声が強く、キーシルドさんは召喚されたんだ・・・そして、階梯を下げられた。処罰されたのか、みんなのために戦ったのに!
「パルシウス殿。この前も言いましたが、天主が拙僧の意志に応えてくださらなければ『加護』は起こらかった。そして、現実にあのバービカンで『加護』が働いたのです・・・いつもより強くすらありました。それこそが、拙僧の求めた答え。天主の意志です。天主の代理人である教会の立場もあるとは思いますが、拙僧は天主にこそ従う者です。ならば、これでいいのです・・・何をあなたが泣くことがあるのですか?拙僧の年若き友よ。」
俺は、この人といろいろ価値観が合わない。あとで俺の本職も打ち明ける。でも、この人になら、殴られてもいい、そう思っている。尊敬し信頼できるこの大男、キーシルドさんになら。
もっともキーシルドさんは、俺の本職には気づいていて・・・当然か、コルンさんと一緒に俺を尋問したんだし・・・俺を殴ったり罰したりしてはくれなかった。
「この方が、あなたにとってつらいはずです・・・パルシウス殿。甘えてはいけません。」
・・・ち。確かにそのとおりだ。殴られたり殺されたりした方が余程楽になれる・・・厳しいな。優しい癖に。
そして、キーシルドさんの帰還が、北方族長会議にある影響を与えることになった。
「天界主教が、北方領を支援する?どういうことですか、キーシルド師?」
コルンさんがキーシルドさんの提案に目を剥いている・・・珍しい。
キーシルドさんは、俺たちと合流するまでに数日間、北の平原の人々と話したという。そして、その中にはもう国は滅んだけれど、今でも天界主教を信仰する人々も多くいた。だから、まず、彼らを助ける形で、本国の教会に支援を求めたい、と彼は提案した。
「なるほど・・・その提案は通りそうなのかしら?」
「世俗的なことになりますが、信者を増やすいい機会、と思う者もいるでしょう。」
意外にしたたかだな、キーシルドさん・・・要は今存在するけど教会から離れている信者を回復し、それをきっかけに北方領に布教できる、そう考える者たちに働きかける、そう言ってるんだ。コルンさんもホント、珍しく目をパチパチしてる。年より幼く見えてかわいいけど。
「随分世俗的になりましたね、キーシルド師も。」
だけど、そう言ったコルンさんの声には賞賛が込められていた。
「ですが、帝国に本部がある天界主教会の勢力が、北方領に伸びることに警戒しませんか・・・族長連合本国、特にゴウンフォルド族とか?」
俺は、一応聞いてみたが、
「まあ、本国は勝手に警戒してもいいのですが、どうせ何もできないでしょう。」
黒い!キーシルドさん、黒いよ!・・・でも、正解か。族長連合が何もできないから、現状こうなっていて、ほっとけばもっと悪くなって・・・文句があるなら自分でやれってとこだね。
「コルンさん、そう言えば、30年前のクッキー・・・もう別ものなんですよね。」
俺は、ホルゴスにいた時にコルンさんと話したことを思い出していた。
「あら、そうね。今じゃ、半分に割れたクッキーが、それぞれ別の一個になるんじゃない?」
「一個のクッキーが、二個になるんですか!」
「やっぱり来てみないとわからないわよねえ・・・百聞は一見に如かず、ね。」
「あれ、それ、百文は一剣に如かず、じゃ?いろいろ言われても、やったもん勝ちでしょ。」
「・・・それ、セウルギンさんね・・・そうとも言うわね。北方領は実力で独自路線。本国の意向は聞いてらんないし、聞く暇もないしね。」
どうせ、この地はアルを中心にまとまってもらうんだし、考えてみりゃ、勝手に蔵の封印を解くってことで、もうこっちはこっちってみんな覚悟してたんだな。
それで、キーシルドさんは合流したばかりなのに、すぐに本国にとんぼ返り・・・にはならなかった。ザラウツェン城館の奪還には参加してもらうのだ。すぐにアルと俺たちの会談が始まった。
俺たちは南街区の兵400人ほどを主力に、城館のオーク軍2000体を打ち破る計画と、周辺の勢力をまとめる段取りの打ち合わせを始めた・・・意外と大変だった。なにしろ、隊のまとめ役の護姫様がいない。これが意外に響く。もちろん案の骨子はコルンさんから出るんだけど、どうしても提案者が進行までやってしまう現状、中立性がやや問われる。そこにアルとガレデウスさんが入る。どうもコルンさんの提案が非常識に聞こえてしまうらしい。
しかも、どうもアルが、意外に馴染めない。俺は一度腹をくくったアルなら、年もまあ近いし女が多い勇者の一行に親しみやすいと思っていた。ところが、どうも逆らしい。
特に、勇者様をなんかさっきからにらんでる?さすがにおやつは持ち込まないでってお願いしたから、それは大丈夫のはずなんだけど・・・やはり会談の直前についコルンさんとキーシルドさんの意見交換にはまってしまったのが失敗か・・・この辺も護姫様がうまくやってたんだな・・・よく見ると勇者様の口元にはお菓子の食べかすが付いていて、アルはそれを見つけムッとしているらしい。アルからすれば、北方領の未来に関わる重要な会談をバカにされてるような気がしたのかもしれない。むしろ最初はしぶしぶだったガレデウスさんが間に入ってアルを落ち着かせようとする場面すら見えて来た・・・なにこれ?何が起こってるんだろう。
アル、妹パーラに似てる協力者。勇者様、元妹だけど今は主。でも、なんかギスギスしてる・・・。
「・・・パシリくん?この事態の責任をとって、どうにかしなさい!」
コルンさんが状況を見かねて小声で俺に振ってきた。
「どうにかって・・・そんなぁ?俺の責任ですか?」
「どうにかよ・・・この事態はあなたの管轄でしょう。全く、できの悪い弟を持った気分よ。」
・・・すんません、コルンさん。これ以上、俺のメンドくさい姉妹関係、複雑にしないでもらえます?元姉妹三人に死んだ妹のそっくりさん。これに自称姉が入ったら俺パンクするよ。
で、俺は一度休憩を提案し、コルンさんが了解した。俺はいったんみんなから離れてアルとガレデウスさんの控室におしかける羽目になった。ち、ほんとはセウルギンさんがくれば一発であのメンクイは機嫌を直しそうなのだが、彼は久しぶりのキーシルドさんいじりに夢中らしい。魔術師と聖教師の問題の一般的な問題なのか、それともセウルギンさんとキーシルドさんの特別な事情なのか・・・なんかセウルギンさん、絡むんだよなあ・・・前も聖職者のキーシルドさんの眼前で「お供えあれば憂いなし」なんて、宗教っていうか教会の在り方をおちょくってからかってたし。なので、こっちは心ならずも非イケメンで我慢してもらおう。
そんなわけで、今、俺はアルとガレデウスさんのいる部屋にいる。
「おい・・・お前、随分何ていうか・・・高飛車っていうか・・・」
「何だって!キミもボクが悪いっていうのかい!」
『も』?・・・ガレデウスさんが頭を抱えてる・・・この人と何かを共感することになるとわね。ちなみに、この場にはもう一人、側近のおじさんがいたけど、この人は無関心だ。
「・・・正直、そうだ。お前、『過去は不問』ってわかってくれたじゃないか。なのに勇者様に随分食って掛かって・・・。」
「・・・ああ、ボクは確かに『過去は不問』に同意した・・・でも現在の問題は言うぞ!あれが今の勇者?冗談じゃない!・・・髪は変にキラキラして、会議中なのにクッキーの食べかすつけたままで・・・挙句に人の言葉を話せない?そんな勇者、どう信用すればいいんだよ・・・?それでなくても、ガレデウスが言う通り、今の時代の戦いに勇者の力がどこまで通用するもんか・・・。」
多分俺の血相が変わってたと思う。確かに、初見の自己紹介からこいつはひいていた。でも。
「・・・アル。」
俺は可能な限り抑えて、落ち着いて話をしようと努力した。成功した自信はないが。
「・・・勇者様は確かに人の言葉は話せない。精霊たちがすべて自分たちの言葉に変えてしまうから、俺たちにはただの音楽にしか聞こえない・・・だけど、勇者様の言葉じゃなく、行いを見てくれ。勇気を語るんじゃなくて、勇気を実践しようとなさるお姿を。あの方が決断しなければ、大陸最強の城郭都市ホルゴスは陥落していた。そしてこの北方領で俺たちが勝算低い戦いに挑むこともなかった・・・まあ、でも、食い意地が汚いのは、それは俺も叱っておく。」
アルは一応俺の話は聞いているが、すんなり納得してる様子でもなかった。
「じゃあ、キミに聞くよ・・・もしもキミの勇者が、ホントはキミが思うような存在じゃなかったとしたら、キミはどうするんだい?」
はあ?何言ってるか、ぜんぜんわかんねえ。在り得ねえって。俺の全部をささげてる勇者様が、俺の思った通りじゃない?まあ、それは人なんだから、もっとつまみ食い減らせとか、寝る時は下着くらいつけろとか、年頃の羞恥心持てとか、いろいろ言いたいこともあるけど。
「もしもあの女が、キミの思うような勇者じゃなかったら・・・キミはこの一件が終わってもこのザラウツェスに残れ!」
・・・ホントにわけわかんねえ。
「それ、俺でいいのか?セウルギンさんとかもっと・・・」
「・・・今はキミと約束してる。もちろん約束してくれれば、ボクは少なくても城館を取り戻すまでは、あの小生意気な陣法師とやらの言うこともそのまま聞いてやる!」
『小生意気』とかって年上の美女相手になんてことを・・・だが、俺にとっては、ノーリスクだがハイリターンな提案である。いや、誰にとっても問題ないんじゃないか?勇者様は100%勇者様。そこに疑念は全くない。そしてこいつが言うこと聞いてくれるんなら、いいことずくめ・・・賭けにもならない。てか、何のための賭けだよ?
で、俺も冷静になって、みんなの所に戻ったんだ。そしたら・・・
ぷんすかぷんすか怒ってる勇者様がいた。よほどアルと相性が悪いらしい。コルンさんも珍しく困ってた。
「護姫様がいないと、やはり隊のラインが狂うのですね。」
なんて弱気だ。まあ、意外にいろいろ困るのは確かだけど・・・シル姉えらかったんだな。
「提案者と進行役をコルンさんがやるから大変なんです・・・セウルギンさん、進行役やりません?そうすれば・・・」
あの赤の他人のメンクイ生意気族長も聞く耳を持つかも。
「お断りします・・・ワタシは苦手です。むしろアナタの方が向いてますよ。」
「それもそうね・・・パシリくん、頼むわ。」
マジっすか?俺もなんかあいつににらまれるのはイヤなんだけどなぁ・・・妹のパーラも丁度反抗期だったのか、俺の言うこと全然聞かなくなって、その辺りのことがどうもぶり返しそう・・・。でも・・・みんな俺を見てるし・・・。ま、アルとそれなりに接触がある俺が仲介に入ること自身は、悪くないはずだけど。んじゃ、まあ、やりますか。
で、休憩が終わって再開・・・ところが、いきなりアルが爆弾を落とした。
「とりあえず、城館を奪還するまでは、勇者様のご一行に全て従う。ただ、もしもそれがうまくいかなかったり、或いは、うまくいっても皆さんに疑問を感じることがあったら、協力関係を見直させてもらう。」
まあ、でも、ここまではさっき話した内容だし、とりあえず従うってことだから悪いとは限らない。実際コルンさんもちょっとほっとしてた・・・んだけど!
「それと、勇者のご一行との円滑な協力関係を維持するため、間に入って連絡、調整をしてくれる方をお借りしたい。既知の者がいい。魔術師殿はお忙しいので若い従者のキミでいい・・・キミ。わかってるな。例の場合はキミは僕の家臣になるんだ。約束だからな!」
それ、言っちゃう!?このタイミングで。しかも家来になるの?初耳!ああ、みんなの視線が痛い・・・。
アルは言いたいことを言ったらそれで引っ込んで、その日の会談はこれで終わった・・・。
ポカポカポカポカ。最近、勇者様に折檻されることが多くなったけど、今日は格別だ。
「勇者様・・・ちょっと聞いてくださいよ~」
「パシ公・・・おめえ、まさか?」
何がまさか何ですか?戦姫様。
「妹に似てるからって、ほだされて・・・ここに残る気なのか?」
なわけないでしょう!俺の忠誠は勇者様に捧げてるんだから!まったく!
ブウブウブウブウ。今度は何ですか勇者様?口をとんがらせて?
「だいたい、アルはメンクイで、セウルギンさんをお気入りなんですから、俺はホントにただの調整役ってやつですよ!・・・会談の進行役と役割は似たようなもんです。」
もっとも、俺なんか仲間たちにもアルにも重要な存在なわけないけど。でも事情を知ってる仲間がいれば、また俺が裏切ってとかって思うんだろうか?それだけはイヤだ。
「まあ、でも、向こうも納得いく方向で城館を奪還できれば、いいわけだし、ね。」
「そうですよ、コルンさん!」
「・・・あなた、しばらくあちらさんに貸し出すから、うまくご機嫌取りなさい、いいわね!」
ええ!?俺って『いらない子』ですかぁ?なんか身売りされてるみたい・・・。
で、少ない準備期間の間だが、俺は仲間とアルの間を行ったり来たり。勇者様のお世話がなかなかできない。ミュシファさんもいないし、どうしてるんだろ。心配だ。
「キミ、当分ボクの近侍扱いにするから、ボクのそばにいて、それと連絡や提案は遠慮なくしてくれ。」
・・・こいつ、マジで俺を家来にする気か?無理だって。俺は勇者様の従者なんだから・・・。しかも側近のおじさんが俺のことにらんでるし。いや、俺は別に主君の寵愛とやらを争う気なんかないから・・・でも、せっかくだから。
「じゃ、攻城戦の動きを訓練したい。兵を集めてよ。」
前回、盗賊団が守る城館を落とせなかったのは、もちろん俺の失態だが、しかしあれだけ有利な条件で落とせなかった衛兵・・・自称騎士団・・・にも課題が多い。武装が貧弱なのは、あとで改善するとして、城攻めの動きがまるでダメだ。だから人類最強の決戦都市ホルゴスの北門番として鍛えられた経験をいかし、少し仕込むことにした。
だけど、みんな、俺の言うことは聞いてくれない。そりゃそうか。俺なんかどこの馬の骨とも知らない、背も大きくない若造で・・・。
「みんなに言う!この者は勇者の一行の一員で、この前の盗賊団との戦いでかの頭領を討ち取った者だ!ボクの命の恩人でもある。軽んじることはボクが許さない!」
アル・・・。アルが一喝してくれたおかげで、少しマシになった。で、うんざりするほどの定番イベント、恒例のパターン腕試しだ・・・。はぁ~・・・昼間から、衆前で、堂々と、野外で戦う・・・アサシンに何やらせるんだ。おっと、元アサシンだ。セウルギンさんも、ああ言ってくれた。へへ。忙しいのに俺の新装備にルーンも刻んでくれたし・・・俺は、軽戦士系スカウトって感じで行こう。
で、腕利きらしいのが3人出てきて、一対一の模範戦闘ってわけだ。
一人目。若くて長身の、両手槍(竹槍だけど)の使い手。舐めて攻めた初撃をかいくぐり、間合いを詰めて一撃。なんなく勝利。相手をなめすぎだ。危ないよ。特に混戦じゃ油断禁止。
二人目。横幅のある怪力おっさん。木槌をふるう。正直、この中ではいい装備だ。でも大振りだし、日ごろの節制が足りない。かわしまくって相手が疲れたところを木槌を持つ手元を片手で抑えてやる。こう見えても常人より俺は力もある・・・戦姫様と比べちゃダメだけど。
完全に攻撃を封じられて、相手は降参。重い武器を振り回しすぎです。力は要所で使う!
三人目・・・。ち。長身のベテランだ。ブロードソードにラウンドシールド。手堅いな。動きも無駄がなく、攻防にスキがない。一撃が重くて速い。右手からの突きと素早い斬撃に加え、左の盾も俺の視界を妨げたり、直接盾で攻撃してきたりと、なかなかの使い手だ。
でも・・・戦姫様相手にさんざん付き合わされて、俺の戦闘経験も上がっている。ここは見せ場だし・・・やってやるぜぇ!
何度目かの、ヤツの右の突きを左手のソードブレイカーで抑える。手首の返しで折ろうとするが、さすがに相手もそれはさせてくれない・・・が、俺は抑えたままのブロードソードの刀身に右のメイルブレイカーをふるった。本来ヨロイを突きとおす貫通力をもつメイルブレイカーが、ソードブレイカーによって傷つけられおさえこまれている敵の武器を貫き破壊する。刀身が粉々にくだかれて、銀色の鋼の破片がちりばめられる。決まったね。
「『ブレイカーズ』・・・俺のHSW(必殺技)って地味でしょ。」
つい両手を交差して、怪しいアルファベットの造語を連発したくなる。
「あぁ・・・貴重な武器がぁ!」
・・・ごめんなさい。俺が考えなしでした!俺は慌てて平謝りする羽目になった。
こんなさえない腕試しイベントだったけど、中には強い人もいるってわかった。
結果として俺は、何とか面目を保って、その後は攻城戦の訓練に入ることができた。
「キミ・・・そろそろいいだろう。教えてくれよ?」
「え?何を?」
「・・・何でもない・・・ところで、今の訓練は何なんだい?」
今、衛兵(自称騎士)たちは自分たちの城の防衛設備を使い、敵味方に分れて城門を突破してからの階段確保、で、各階を分断した上の施設への侵入・・・この流れを訓練している。
「つまり、敵のオーク軍は館の防御に慣れてないし、もともと守城戦は得意じゃない。」
だから、城門を突破した後の動きで味方が主導権を握れば敵を分断できるし、勝ち目がでる。
「そこの人!階段では・・・こうして!みんなも見て、聞いて!」
城内の上下の移動は狭い螺旋階段である。これは『右回り』って決まってる。これは下から攻める側の右手の武器を狭い階段の壁によって動きを妨害するためだ。一方、守る側は右手の武器が壁から離れた場所にあり、自由に攻撃できる・・・まぁ俺が左利きで守城戦じゃ邪魔っていうだけなんだが。
「だから、階段はできるだけ左側に立って、右足は下の段に置く。で、体を内側に向けて・・・そう。で、敵が攻めあぐんだら、先頭の人・・・なるべく盾持つ人・・・うん。雑な攻撃を盾で思いっきり弾いて・・・で、相手の態勢が崩れたら足を攻撃して。うん、胸部や頭は下からだとムリだよ。スキができたらいいけど。まずは動きを封じる足、せめて腹・・・そうそう。うまいぞ!」
あと、オーク軍に限らず、亜人の軍は、人族のヨロイを奪うか真似して自分で作るかのどっちかだけど、人よりも頭の形が複雑だから、兜はかぶらないか、革製が多い。オーク相手だと普通に平らな場所で戦えば人族の方が体格がいいから、上段からの一撃で頭を狙う練習もする。
もと衛兵として教わったことを、味方に伝える。実戦の経験は大事だけど、こういう訓練をすることで、兵士の練度は飛躍的に上がる。
たった1日の訓練。これが俺に与えられた時間。だから、俺は手を抜かない。むやみに
叱りこそしないが、真剣に、分かり易く、できるだけ自分でやってみせて、実際にやらせてみせる・・・で、出来たら褒める。みんなも次第にわかってくれたようだ。明日には、この400人が中心になって、2000体が守る城館に突入する。普通なら自殺行為だ。でも敵が占領したばかりで、城館内部に全く不慣れな今のうちにこれをやり遂げないと、城館の守備体制が整い、逆に向こうが攻めてくる。だから、今、みんなでやんなきゃいけない・・・でも、ホントは誰にも死んでほしくない。アサシンだったせいか、人の生き死にには無関心な俺だけど、一緒に戦う仲間は別だ。
「ねえ、キミ・・・肝心な城門なんだけど、ボクたちには攻城兵器はないよ。だから・・・。」
「ああ、そこは勇者様の一行にお任せしています。で、要所には必ず勇者様の仲間がつきます。ですが、いいですね。主役はあなたたちです。アル様。北方領を束ねるため、仲間の結束を強めるため、あくまで中心はこの400人。」
みんながいる前だ。俺も言葉を改める・・・訓練も終わりだ。みんなこっちを見てる。俺は最後に、アルから兵たちに言葉をかけてもらうことにした。アルも笑って了解した。
「いいかい!明日は、ボクたちが勝つんだ!たった400人で2000体が守る城館を攻め落とす!簡単じゃない。きっとたくさん死ぬ。でも、明日やらないと、ボクたち人族が北方で、いや、この世界で生きる場所がなくなる。だからみんなで戦って勝つよ!できれば死なないでって言いたい。でも、言えない!だけど・・・だけど・・・明日の夜は、城壁の上で宴会だ。生きのびてみんな、絶対参加してくれ!」
大きな歓声が響く。中央区のオークの城館にまで聞こえたんじゃないか・・・。ま、いいさ。
みんなやる気になった。やれることはやった。アルも、みんなも。
「パシリくん・・・あなた、教官もできるんじゃない・・・大したものよ。一日でこの練度。」
おっと、様子を見に来てくれたコルンさんだ。
「城兵のみんなが、1日の訓練の意味をちゃんと分かってくれました。それに、しがない衛兵時代に絞られまくった経験です。ファザリウス隊長、厳しかったんですよ。」
訓練中に編成は終えている。10人で分隊、4個分隊の40人で小隊とする。各分隊には、まともな盾と武器を装備するものを2名以上配置するようにする。
中には弓を一応は使えるアーチャーで編成した弓兵分隊5個や、スリングや投石の得意な投擲分隊3個をつくる。腕利きで装備もよい兵士で固めた精鋭分隊も全部で3つ選抜した。
全部で10個小隊。で、各小隊にはなるべく弓兵か投擲兵分隊1個は入るようにして、第1小隊には精鋭分隊隊2個、第10小隊にも1個を配置する。第1小隊はガレデウスさん。アルは第10小隊、後方だ。
全軍の指揮はコルンさんがする。勇者様始め仲間たちは、基本要所で支援。ただ、ここぞの場面では表に立ってもよい。その辺は臨機応変で。隊章もあるし。
「パシリくん・・・衛兵の皆さんに、いい鍛え方してくれたわね・・・確かに初動の動きが全て。一瞬で門を破壊されて、混乱した敵が次に動く前に、城の防衛設備を一気に占拠する。螺旋階段の突破、上の階の確保・・・これがスムーズにいけば城兵を分断し、かつ味方は後続との連携が容易・・・。まるで私の采配を読んだかのような訓練だったわ。ありがとう。」
「そりゃ、セオリーですから。あと、城門はどうしても皆さんにお願いするわけで、それなら一気に突破できて、そこで勝負を決めるしかないでしょう。」
俺がコルンさんに勝る部分があるとすれば「兵」としての実体験だ。何でも知ってるコルンさんだけど知りすぎて体験がついてこないこともたまにはある。相手がそう感じると今回のアルのように反感を持たれることになるし、ホントは俺が向こうの陣営に行く時に城攻めの打ち合わせが必要だったと思う・・・考えることが多すぎて大変だよな。だから俺は自分なりに考えて、最善のことをしたまでだ。これだってコルンさんの計算に入ってたかもしれない。
で、仲間の元に戻った俺は、みんなに夕食後のお茶を淹れていた。
「あ、勇者様・・・これ。さっき南街区で焼いてきました。皆さんもよろしければ。」
焼き立てのクッキーを配る。しばらくみんなと離れているので、つい不安になってこんなサービスをしてしまう。いつの間にか『いらない子』になってないかなっていう不安だ。実際の所、普通の衛兵やら騎士の中にいれば強くも見える俺だが、ここにいる誰もかれもがみんな人外だから、その足元にも呼ばない。そんな俺が仲間にいていいのか。アサシンだってことがばれたのも、後ろめたい。得意の諜報活動で見事に失敗したばかりだからなおさらだ。おまけに今は仲の悪い協力陣営に出向の身・・・。
「勇者様、それに戦姫様まで・・・クッキーは逃げません。」
そう言いながらお茶好きなキーシルドさんに、お茶のお替りを淹れる。
「阿呆。パシ公。逃げるんだよ!エン姉の腹ん中に!」
・・・逃げそうだ。確かに。そんな俺たちをコルンさんはちょっと真面目に見ていた。