第3章 廃墟の少年
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旅の道中、焚火用の小枝を探していた俺はたまたま森の中でコルンさんとセウルギンさんが話している場面を見てしまった。ち・・・やっぱ、恋人同士なのかなぁ。お似合いだし。そう思ってさっさと立ち去るところだったんだけど。聞こえちゃった。俺、耳いいから。
「『勇気』・・・好きな言葉ではありません。あなたも勇者様も、この言葉一つで逃げていませんか。ワタシには偽善にすら聞こえます。」
「あなたは『勇気』の本質を理解しているはずよ・・・『義を見てせざるは勇なきなり!』正しいと知って行動しないのは臆病なだけじゃない?この状況で逃げたら終わりよ、人族。」
「正しさ・・・正義も人の数ほどありますよ。」
「互いの価値を認め合い譲り合う、それも勇気よ。もちろんその上で違いを認めるのも。今の私たちの様に。私も勇者様もあなたを認めてるわよ。最も勇者様に批判的なあなたをね。」
セウルギンさんって、こういう人だったんだな。隊の頭脳のコルンさんに対して、違う価値観を持って、でも普段しっかり補佐してる・・・大人だ。イケメンで。ち。うらやましい。
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第3章 廃墟の少年
結構落っこちたけど、底に刀身とかあったわけじゃなく、俺たちはケガもなかった。強引に逃げようとすれば、できた。
「せっかくですから、捕まってみましょう・・・毒を食わばテーブルまで、と言いますし。」
食いません。でもセウルギンさんがそう言うなら俺は従うだけだ。確かに、これがオークの罠なら、えらいヤツさらって逃げりゃいいし、人族なら接触できる。この辺の判断が早いのは、やっぱ頭いいよな、この人。それでも一応底を探ってみる。暗いけど、俺は暗視がきく・・・どうも空井戸を改造した落とし穴かな・・・なんか湿っぽいし。
で、待つことしばし・・。ようやく上から声がする。
「・・・落ちたのは、人族だ。」
「住民じゃないよな。じゃ、城館の?・・・」
とか会話してた。人族の罠ってことか。じゃ、接触開始!で、
「城の外から来たもので~す。助けてくださ~い!」
って俺が愛想のいい声で叫んでみた。反応は芳しくなく、あからさまに疑ってたけど、それでも引き上げてもらった。
しばらく後、俺たちは武器を取られ、縛られて南街区の中に連れていかれて、牢屋の近くで尋問を受けた。なんか、俺たちを中央区・・・つまり城館を占拠してる盗賊団って決めてかかってるみたいで、そりゃ尋問の意味ねえだろって感じだった。嫌だねえ、人の心も荒む世の中。それでも俺は愛想よく対応。そこに一人の少年があらわれた。この城内に入ってから見た中では一番マシな身なりをしている。
「彼は・・・ボクを助けてくれた人です。縄をほどいてあげて。」
さっきみんなをかばっていた、フォグルシス・・・じゃなくて、弟そっくりの少年だった。そうだ。髪の色はオレンジ色。親父もパーラも同じ色で俺だけ違って、今は理由がわかるけど。
「パルシウスくん?どうしましたか?」
あ、すみません。ちょっと現実逃避してました・・・弟は死んだ。妹をかばって。結局二人とも死んだ。俺は何もできなかった。もう一年前のことだ。オーガ族の襲撃があったのは。
「おい・・・無事に逃げられてよかったけど・・・でも、あんなことはするな!誰かをかばって死んでも、誰も感謝しないぞ!」
ち。俺は何を言ってるんだ。だが、思春期・・・弟や妹と同じ年頃相手になると、俺は調子が狂う・・・まして弟そっくりの奴があの時の弟みたいなことをすれば、頭にきて当たり前だ。
いきなり俺に怒鳴られて少年は眼をパチクリさせ、兵たちたちは俺をにらみ、セウルギンさんは頭を抱えてた。しかし気を取り直した少年は、平然と言い返してきた。
「ボクを助けて、一人残ったキミに言われても納得いかないけど。でも、心配してくれて、それから助けてくれてありがとう。ボクもキミを心配してたんだ。お互い様だよ。」
ち・・・返す言葉が浮かばねえ。調子狂いまくり。これが、アルと俺の出会いだった。
「城の外・・・つまり族長連合の国内から来たっていうんだね。別に来ること自身は不可能じゃないさ。ただ、来るには大変な苦労があるはずだ。野獣も魔獣も、山賊も。よほどの大軍か精鋭部隊か、さもなくばよほど手慣れた冒険者じゃないと無理じゃないかな?それに、わざわざ何をしに?ここには何にも残ってないよ。」
南街区の中は、コルンさんが言った通り独立した城街になっており、案内された途中で見る限り、東街区とは異なり人の営みがふつうに行われていた・・・訂正、戦時中の生活が、だ。でも連れて来られた建物は、まあまあ立派なもので、この、アルと名乗った少年は支配階級・・・おそらくは旧ザラウツェン一族の一員・・・に属するだろうと思われた。こういう話し方をされると、弟じゃないのがよくわかる。あいつは素直でかわいい奴だったが、村の猟師の子で、こんな物言いはできない。広くはないが、客間らしい部屋で、アルと俺達は話をしている。当然護衛の兵もいる。アルはフォグルシスに似て、ってことは双子のパーラに似て、中性的な美少年だ。でも、イケメンのセウルギンさんが気になるらしい・・・まさかソッチか?まさかな。
「一応、腕利きの冒険者かな・・・北方の調査そのものが目的の。だから何もないんなら何もないってわかれば、それはそれでいいんだ。」
とりあえず俺とセウルギンさんは、打ち合わせした話をする・・・だいたい本当だし。
「ふうん?わざわざ戦争中の東街区を通って来る冒険者ねえ?」
「・・・調査だから。」
ちょっと苦しいけど。
「まぁ、盗賊じゃないのは信じてもいいさ。もちろん解放するし、調査も目的によっては協力してもいい・・・でも、交換条件ってヤツでどうだろう?」
俺とセウルギンさんは、一度顔を見合わせ・・・。
「条件によっては。」
そう答えることにした。
「そっちの人。セウルギンさんでしたか、魔術師なんだよね。魔術師もいる腕利き冒険者一行。」
って、護衛の一人が持ったままのワンドを指して言うアル。ちなみに俺の武器もまだ返してもらってはいない。
「協力してよ。城館を取り返すのを。」
アルの話によると、現在のザラウツェス城は、次のようになっている。
ここ南街区は、ザラウツェン族の生き残りが中心に治めている。元住民が住む。もともとの領主の一族が今も領主だが、現在は直接的な支配地はここだけである。
東街区は、最近まで、元住民や流民、難民が雑居していたが、現在オーク軍に占拠されている。オーク軍は中央区と南街区を攻撃中であり、住民の一部は南街区で救助している。先ほどのアルも救助しようとしていたそうだ。
北街区だが、30年前の戦いで最も破壊された地区。現在はほぼ廃墟。無人の近い。
西街区も東街区同様の雑居区だそうだ。時折北の草原の遊牧の民や西の森の民が交易に来る。現在は無政府状態だが、それなりの治安もあり、南街区とは交流ある。
で、問題の城館がある中央区なのだが、5年ほど前にやってきた盗賊団が居座り、領主面するようになった挙句、今まで各地区から略奪していたということだった・・・ん?
「ええと・・・それは、つまり・・・」
うまく言葉を飾れない・・・ダメな俺。
「それは城館も盗賊に奪われていたってことですね?」
ああ、セウルギンさん。そんな素直な表現・・・。で、やっぱり。護衛の一人がすごむ。
「何だと!冒険者風情が何を言うか!」
ごっついおっさんだ。革ヨロイなんか着てるけど、もとは立派な騎士とかだろう。40半ばくらい・・・ってことは30年前の戦いの生き残り?
「ガレデウス・・・言葉を飾っても仕方がないさ。ああ。紹介しよう。ここの騎士団長のガレデウスだ。」
騎士団長・・・騎士団があるのかよ。
「あるよ。一応・・・実際には騎士というより衛兵隊に近くなったけど。」
あら、こいつにも俺の考えが読まれてる・・・マズッ。ガレデウスさんは俺たちを無言で威圧してるし。角刈りの赤い髪は怖いんですけど。顔の傷も激コワ。
「話を戻すと・・・。」
おお、アルって年の割には如才がないしモノのわかったヤツだ・・・って何歳だ?
「5年前、ボクが8歳の時だけど・・・。」
今13歳。弟とマジ同い年か。
「南から、このザラウツェンを救援に来たって一団がね・・・要するに盗賊だったんだけど、なにしろここ、本国に見捨てられたって思いが強くてね。30年前の戦いで生き残った人ほど・・・しかも、周りには滅んだ国々の流民やら他の地域からの難民やら増えて・・・近くにいる遊牧の民や森の民、山岳民は公式な交流を絶っちゃったし・・・それなのに野獣だ魔獣だ亜人軍だあ・・・もう大変なんだよ。」
で、助けに来たって一団にまんまと騙されて、領主夫妻・・・ってもザラウツェン族じゃ見捨てられた傍流らしいけど・・・始め一族郎党皆殺し。かろうじてたまたま城外に遊びに出てたアルだけが一族で唯一生き残り、生き延びた家来たちと合流してひそかに南街区で潜伏。で、唯一この区画だけは盗賊団に抗っていた、と。それが5年間・・・もともと乏しい力をこれで更に使い果たして、そこに今回のオーク軍の襲来・・・。
・・・こういう話を聞くと、ホント、この種族もうだめじゃね?って思う。残り少ない人類史の最後は異種族じゃなくて同族によって強制終了になりそうだ。
「だから、城館を取り戻すの、手伝ってくれないか?」
・・・はあ?今何てった?こいつ。
「盗賊団をやっつけて、城館を取り戻す。そして城内の、いや、北方領の人族を糾合して、オーク族を追い払い、北方領をザラウツェン族が取り返すんだ。それに協力してほしい。」
どうも、アルたちは、オーク族の大軍が近いうちに押しよせると思っているらしい。で、その前に城館を奪還して守りを固め、周辺の人族と連合したい、と考えている・・・悪くないんだけど・・・でも
「じゃ、まず城館の盗賊と話したら。同じ人族だし。」
無駄とわかっての提案だ。でも周辺の人族だっていろいろいる。利害恩讐が入り組むそれらを仲間にするんなら、これくらいの度量がほしい。何より、現にオーク軍に攻められているアルたちと盗賊の二勢力がここでまた争ったら共倒れじゃないか?
「一族の仇と組め、って?」
「共倒れよりは、いいんじゃないか?同じ人族だろう。」
「その同じ人族をだます奴らとなんて組めるか!」
ちらっと横目で表情をうかがう。アルが色白の顔を怒りで赤くしている。騎士隊長のガレデウスさんはもう俺をやる気マンマンだ。
結局、人間の敵はいつも人間、さ。敵と戦う前にまず同族と戦う、裏切る、だます。ほんと、他種族との戦いの方がよっぽどわかりやすい。
ま、気持ちは俺もよ~くわかるけどな。以前組織にいた内通者によって、俺に偽りの指示が出ていた。その時の俺は何の疑問も持たず指示通りに何人もの人を暗殺した。中には殺してはいけない人もいた。その内通者に暗殺命令が出た時は、あれ俺の最速記録出たね。そう、裏切りへの憎しみは、強くて消えない。俺はそれを知っている。
だから、勇者の一行に密偵として潜入し、その動向を流し、挙句に暗殺指示に従ってみんなを暗殺しようとした俺の罪は決して赦されない。俺はみんなを裏切っていた。『姉妹』だって知ってたのに。人族の勇者様だってわかっていたのに。
でも、そんな俺を勇者様は何も聞かずに赦してくださった。シル姉はすべて事情を打ち明けられたのに、それでも赦してくれた。コルンさんはうすうす事情を察しているのに何も言わず仲間にいれてくれた・・・。だから俺は今みんなと一緒にいられるし、いつか勇者様の、みんなのために死ぬ。俺は死ぬために生きている。
結局、俺とセウルギンさんは解放されず、それでも牢屋ではなく、一応客間に軟禁されることになった。
「すみません。セウルギンさん。俺が余計なことを言ったばかりに。」
結局ワンドも武器もまだ返ってこない。とは言え取り返して逃げるのは、きっと俺たちにとっては簡単なことだ。
「余計なことには聞こえませんでしたよ。さすが、コルンさんの弟子だけあって。」
弟子じゃねえ。元スパイでアサシンって言えねえけど。
「ただ、同じ人族だから許せない。そんな感情は、人にとってどうしようもない。それだけです・・・ワタシですらそうなのですから。」
・・・セウルギンさんには兄がいて・・・でもそいつは人族を裏切って・・・。ち。まずったな。俺も・・・言葉が出て来ねえ。
「とりあえず、コルンさんに報告しましょう・・・城内の人族との接触に成功しました、と。」
・・・ま、ウソじゃねえな。『接触』はしたんだから。
セウルギンさんの右手に、隊章が浮かぶ。勇者エンノの旗印である虹の輪だ。同じ隊章を持つ者は離れた場所でも連絡を取ることができる。ただ距離が遠くなるにしたがって莫大な魔力を使用するので、数キロ離れたコルンさんに事情を説明し指示を受けるとなると、俺程度の魔力では足りないだろう。で、魔術師のセウルギンさんが今実行中である。
「・・・パルシウスくん。ワタシは自分のミッションをやり終えていないので、今からちょっと出かけます。そうですね。こっそり行ってもいいんですが、ここは筋を通しましょう。」
要するに、セウルギンさんが、アルたちに一度仲間と相談するって言って(もう終わったけど)ここから出る。途中でオークをひっ捕まえる。で、そのままやはり戻っちゃう。俺がその間、人質ということで残って、ここで得意の情報収集をする。そういう事だ。
で、外の警備の兵(竹槍だよ)を通してアルに伝えてもらって
「・・・出かけるのは・・・魔術師さんの方なんだ。その、キミじゃなくて。」
ち。残るのが俺で不服か。やはりイケメンに残ってもらいたいらしい・・・マジでそっちか?
「いや、キミに人質としての価値があるか、不安で・・・キミはスカウトだよね?しかもまだ若いし。」
・・・あの装備に戦い方。そう見えるように工夫した甲斐はあったようだ。スキル的には親戚だしな。魔術師とスカウト。普通の冒険者じゃ、魔術師の方がかなりレアだ。わかるけど。
「その魔術師を解放して相談してもらうんだから、そっちの誠意も伝わると思うんだけど。」
「・・・わかった。ボクを助け、一人あそこで残ったキミの義侠心を信用しよう。」
そりゃ、どうも。自分の青臭さをそう言われると、恥ずかしいやら情けないやら。
こうしてセウルギンさんは屋敷を出て仲間の元へ戻った。「I 去る 一旦」と言い残して。意味わかんねえけど。
残った俺は、明るいうちは、ドアの向こうでの兵たちの会話の盗み聞きくらいで大人しくしていたが、暗くなると天窓から・・・ここ屋根裏・・・抜け出して自由に?情報を集め回った。
やはりかなり疲弊している。オーク軍の規模は二千体くらいで、攻城兵器もないから持ちこたえているけど、味方の武器が・・・なにせ竹槍。ここら辺は族長連合じゃ北方だけどもともと大陸では南部だから竹は自生しているけど・・・ねえ。矢も矢じりが木のままだったし。ちなみに俺の晩飯(昼飯は出なかった)は芋粥。別に食材に不服はないが、塩っけが少ない。塩の流通が滞ってるかもしれない。南街区の人の暮らしは、苦しくはないけど貧しいって感じ。
都市の南に広がる北の平原は、気候条件的には。米作かイモの栽培は可能で、地形的には西方の森林地帯より農業向きだったはずだが、おそらく灌漑設備とか農具とか、そんなものがいきわたっていない。そこに流民やら移民やら難民やらが雑居して、その争いもけっこうあるらしい・・・ここに来るまでに聞いた話と、ここで集めた話をまとめると、ざっとこんな印象だ。
っと。人の気配だ・・・けっこう夜も遅いんだがな。俺は一応あるってだけが取り柄のベッドで寝てるふりをする。夏の夜だけど、幸い、そんなに暑くはない。
「キミ、起きてるんだろ。」
「・・・一応な。」
アル、か。
「一人で捕虜のとこなんかに来て、あのガレデウスって人に知られたら大変じゃないか?」
「捕虜じゃないよ。客人さ・・・命の恩人でもある。」
アルは白くて薄い夜着をまとって俺のベッドの近くに・・・?待て!俺は暗視がきくぞ。
「お前・・・何て格好だ・・・てか、女か!?」
「・・・今までなんだと思ってたんだい!?こっちの方が驚きだ。・・・見えてるのか、さすがスカウトだ。」
アサシンだけど。いや、そこじゃない。
「キミは初めて会った時から、ボクを変な目で見てたから、とっくにバレてると思ってた。」
「・・・あぁ・・・そう意味じゃないんだ。弟に似てたんだ。妹をかばって死んじまった。」
ち。驚いたせいか、ついしゃべっちまった。
「それで、あの時・・・『誰かをかばって死んでしまっても誰も感謝しない』なんて・・・。」
「ま、妹も死んじまったけどな。」
少し会話が止まった。その間に、アルは、俺のベッドのスペースに潜り込んできた。
「おい!この手のおふざけは止めろ!」
俺はマジで怒った。怒ったせいか、普段なら思い出すとこみ上げる吐き気とかは吹っ飛んだ。
「・・・キミは弟や妹をボクに重ねて見てるのか・・・じゃあ確かに逆効果っぽいな。」
「当たり前だ。まだ13のくせに!もっと自分を大事にしやがれ!」
前にミュシファさんにも似たようなこと言ったな。ホント、俺、この手のことはダメだ。世間じゃもっと年下でも嫁に行って子ども出来てる娘がいるってわかっちゃいるけどよ。
「キミはいい人だね。そういう意味でも、ボクはあの魔術師さんに残ってほしかったよ。」
「・・・メンクイめ。」
アサシン相手に、いい人だと!阿呆。それでもアルはそれ以上俺との距離を縮めようとはしなかった。俺たちは互いに天窓の外の星を見ながら話し続けた。
「そういう意味もあったけど、それだけでもない・・・ねえ。やっぱり、ボクじゃダメかい。できれば他の娘を巻き込みたくないし、でも、今のボクたちには他にキミに払えるものはない。冒険者なんて雇いたくても雇えない。」
「そこまでして盗賊を・・・仇を討ちたいのか」
「そうだよ。当然だ。全てを奪われた。父も母も、兄も姉も、家臣も・・・安らいだ生活も。」
横目で見る。アルは泣いていなかった。淡々と事実を俺に告げている。それがかえってこの少女の心のいたみを俺に教えてくれた。
「キミは?弟さんや妹さんを失ったんだろう?じゃあ、ボクの気持ちはわからないかな?」
俺もそうだった。オーガ族に全てを奪われた。妹も弟も親父も、一緒に暮らしていた村のみんなも・・・あの穏やかな時間は二度と戻らない。そして俺は・・・。
「アル。聞かせろ。お前は仇を討ちたいのか、城館を取り戻したいのか?どっだ?」
「その二択はない。それは同じ事だから。」
「それでも選ぶとしたら?過去にとらわれた復讐か、それとも生き残るための戦いか?どっちだ?」
「ボクにとっては同じだよ・・・選べない。盗賊を殺して城館を取り戻す。同じなんだ・・・キミ、何でそんなこと、聞くの?」
「・・・今の俺にとっては違うことだから。過去の復讐よりは、未来の生存を、明日生きのびることを選ぶから。城館を取り戻して、盗賊への復讐なんて忘れちまえよ。」
勇者様は、オーガ族との決戦の場ですら、一度は和解を申し入れた。コルンさんは全ての種族との和解を自分の挑戦だと言った。それを知った俺は、無条件に他種族を殺すことを止めた。無制限の復讐より条件付きの和解を取るようになった。でも、それは俺自身が直接仇をとった後だから言えるのかもしれない。それでも、そうかもしれないけど、今は過去よりも未来が大切だと思える。
「キミは自分でそのオーガたちを殺したのか。じゃあキミの復讐は果たされたんだ。だから未来とか、生き残る手段とか、人ごとのように言えるんだ・・・でも、ボクの復讐は終わるどころか、始まってすらいない。この5年間、生きることで精いっぱいさ。今さら、生きのびるために復讐を諦める?冗談じゃない。キミたちが協力してくれなくても、他の誰かに頼ることになっても、いつか、きっと復讐する・・・世の中にはキミほどいい人じゃない奴らの方がきっと多いからね。」
おそらくこの少女は、きっとこの後も、復讐を諦めない。この小さな体がボロボロになっても。俺はそれが無性に悔しかった。だからおれは・・・。
それからしばらく後、俺は城館への潜入を難なく果たした。そして、その最奥部、城主の間、かつてそう呼ばれていた空間にいる。
城館と言っても、本来の警戒設備のほとんどは機能を止めて久しい。俺からすれば、無警戒の近似値だ。それでも時々人族の・・・盗賊・・・の見張りはいる。それもたいして士気が高くない。昼間のオーク族との戦闘で疲れていたのだろう。
「本当にやれるの?」
「ああ・・・今から盗賊団の頭を暗殺する・・・誰がやったかは絶対秘密にしろ。だが、成功したら、すぐ戻るから、軍をありったけ出して、朝までに城館を占拠するんだ・・・だが、降伏した奴には手を出すな。それが条件だ。」
「ホントに・・・それだけでいいの。キミは・・・その・・・ボクとか・・・」
「条件は今言った通りだ。俺は他に何も望まない・・・これでお前の復讐が終わるなら。」
そして、お前が新しい道へ進めるなら。
「キミ・・・わかった。ガレデウスに伝える。でもキミが成功しないと動けないからね・・・気をつけて・・・ムリしないで。」
ち。別にムリはしないが・・・人を追い込んでおいて中途半端に心配すんな!全く。
俺はブーツに隠していたイアードダガーを撫でる。刃渡り20cmほどの短剣。柄頭が左右に耳のような形をしていることから命名されたこのダガーだが、特筆すべきは、その柄頭の間に親指を押し込み、逆手で振り下ろすことで発揮される貫通力だ。俺が振るえば大概のヨロイはぶち抜ける。もちろん仕事柄、対象がヨロイを着ていないときに使うことが多かったが。刀身に鍔はなく、両刃のくせに片刃が広い。この一年間愛用していた俺の武器。正式に勇者様の従者になってからは一度も使っていなかった。
音もなく気配もなく、無論、敵意や余計な感情は一切消去している。そして・・・目の前のこの男が盗賊の頭だ。隣に連れ込んだ街の娘らしいのがいる。どちらも寝たままだ。
俺はスッと、ダガーを頭の心臓に刺す。これで終わりだ。後は、どうせ盗賊団。頭領がいなければ四分五裂だろう。そういう情報だ。一応首を証拠として持っていく。娘は『薬』で眠りを深くしておき、ベッドから離れた場所に横たえる・・・少しでも巻き込まれないように、か。俺も甘くなったもんだ。『影守』一と言われた、この俺が。
普段着に着替えていたアルは、昼間に俺やセウルギンさんと話していた部屋にいた。そういや「あの時」以外は男物の服ばかりだ。俺が間違えたのも当然って、言い訳だが。部屋の中にはたたき起こされたらしいガレデウスさんがいたが、アルの話を信じようとしていない。ま、当然か。アルってより、俺を信じられるわけがない。俺は無音で窓から入り声をかけた。俺に気づき驚く二人。ようやくおれは、振り向いアルの瞳の色がパーラともフォグルシスとも違う碧色だということに気づいた。
「アル・・・これでいいか?」
頭領の首を出し、見せる。アルは一瞬息をのみ、ガレデウスに確認させる。
「・・・信じられん・・・が、確かにこいつだ!5年前、ご領主様を・・・よくも・・・」
「キミ・・・ホントにやってくれたんだ・・・ホントに・・・。」
泣き崩れそうなアルに、俺は敢えて厳しい声をかける。
「まだ何も終わっちゃいない。朝までに城館を占拠するんだ。朝になればオーク軍が動く。その前に落として守りを固めるんだろ!」
弾かれるように立ち上がり、アルはガレデウスに命令を下し、ガレデウスは慌てて部屋を出ようとする。
「これを持っていけ!この図の場所は、城門を開けておいた。見張りも寝てるはずだ。」
何カ所か開けた門や部屋の場所の図面を渡す。ここまでやれば、大丈夫だろう。
これで、もうアルの復讐は終わる・・・そして、アルは違う生き方を目指せるはずだ。
が、朝になっても盗賊団が守る城館は落ちなかった。奴らの方が武器もよく、戦いなれている。しかし何よりも、盗賊は、頭領が殺されたことで、一層南街区の兵たちに敵愾心を持って立ち向かってきたのだ。それは異常とも言える有様だった。
「また城の奴らが卑怯なまねをしたぞぉ!」
「頭の敵討ちだぁ!」
「降伏してもどうせ、なぶり殺しになるだけだ。絶対に奴らを信じるなぁ!」
盗賊団は、頑強に抵抗を続け、それは朝になっても続いた。
そして、オーク軍の攻撃が再開し、ガレデウスは諦めて南街区の兵を引き上げさせ、守りを固めた。結果として城館は落城した・・・オーク軍によって。オーク軍は疲弊した盗賊団を打ち破り、昼前には城館を占拠して、その日は南街区には攻めてこなかったのがせめてもの救いだ。
しかし、この北方領で今、最も重要な土地をオーク軍に奪われてしまったという事実に変わりはない・・・俺の失態で。
俺は撤退したガレデウスを問いただした。アルは消耗していたので強引に寝かせた。
「おい!あの盗賊団の様子は何なんだよ・・・なんかあるだろ?」
明らかに聞いた話とは違う。そもそも奴らの方が「城の連中に騙された」という被害者意識を持っていた。なかなか口を開かない様子にじれた俺は、全員眠らせて『薬』で聞いてやろうかと考え始めたころ。ようやくガレデウスが重い口を開いた。
「もともとあいつらを招いたのはご領主様だった・・・。」
野獣や魔獣が闊歩する北の大道を越えて来た一団。それが盗賊団であったとしても、その武力をいかして、亜人との戦いに備え、かつ周辺の諸勢力を抱き込むのに使えないか。そう考えた領主・・・アルの父親・・・は、盗賊団の頭領に対し、正式に騎士として任用したい、と申し入れた。領内で無法なことをされても抑えられないと言う実情もあったのだろう。それでも盗賊団の一味も、わざわざ西方領から逃れたばかりで疲れてもおり、まっとうな生活にもどれることを喜ぶ者も多かったそうだ。
しかし、領主の息子が盗賊を騎士に叙勲することを恥じ、領主にも無断で兵を動かし、会談の中、頭を拘束し殺したと言う。唯一会談の場にいて生き残った盗賊・・・新しい頭になる・・・が仲間に事情を伝え・・・ここからは俺がアルから聞いた話と同じである。再び話し合いを設けようとした領主たちは、今度は盗賊たちに殺され、その城館は奪われた。
・・・また俺の人間不信が大きくなりそうな話だ。だが、今回は俺の大失態である。そもそも最初にアルから聞いた時に、なんでそんな簡単に領主が騙されたのかって違和感があった。普段の俺なら、当事者一方だけの話を聞いてうのみになんかしない。それなのに、なんで・・・ち。俺は部屋のドアを開ける。
「お前・・・どっから聞いてた?」
アル。ドアの外にさっきから気配を感じていた。
「・・・ほとんど、最初から、かな。キミ、気づいてただろ・・・。」
泣きそうな顔で言うな。阿呆・・・聞かなきゃいいのに。でも聞かなきゃいけなかったんだよな。聞かずにはいられなかったんだよな・・・だからって、そんな、フォグルシスに、パーラにそっくりの顔で泣くなよ・・・。
「ボク、何も知らないで・・・いや、知ろうともしないで・・・都合のいい話をそのまま信じて・・・。」
それは俺だ。今回、俺がやっちまったドジだ。
「それなのに、キミがあんなに言ってくれたのに・・・キミがボクの仇をとってくれたのに・・・結局キミを巻き込んで、仲間も何人も死なせて・・・結局城館はオークに取られて・・・。」
だから、好きで巻き込まれたのは俺だ。うかつに話に乗って、人を死なせたのも、俺だ。
「ゴメン・・・ゴメンよ、キミ。謝ったって、どうもならないけど・・・でも・・・」
俺が悪い。お前のせいじゃない。俺が安易に動いたから。俺が冷静じゃなかったから。
アルはドアの前でひたすら俺に謝り、俺はアルに何も言ってやれず、ただ自分を責めた。
そして、俺はまだ泣き止まないアルに告げた。仲間に事情が変わったことを急いで報告したい、一度解放してくれ、と。
「ならん!・・・待てよ・・・オークの将を暗殺してくれれば、考えても・・・」
そう言いやがったガレデウスを、アルが説得した。
「この人は、勝手に監禁したボクたちを簡単に暗殺して逃げられたんだよ。それなのに、ボクの身勝手な頼みさえ聞いてくれた・・・これ以上ボクに恥をかかせないで。」
俺はアルに頭を下げ、超高速疾走で仲間のもとに戻った。