第2章 旧都の主
「おや、向こうでオーク軍が戦っておる。」
「あそこにいる人族・・・どう見ても盗賊です。」
「城館にいるのが盗賊?ここは盗賊が主の城ってことか。じゃ、みんなやっちまってもいいんじゃねえか?オークも人族も。」
「そんな見境ないことをしてはいけませんね。邪の道はheabyですよ。」
「ち。セの字の調子もどりやがったか。また、うっとうしくなるぜ・・・。」
「そういえば、コルン師のクジの結果とやらは何だったのだ?」
「確か、姫様方が戦難、ミュシファさんが水難、ワタシたちが女難でしたね。」
「・・・それ?マジすか?」
第2章 旧都の主
朝。幸いなことに、野外行動中は、三姉妹の朝はほぼ常人と変わらない。これがどれだけ従者の俺や従士のミュシファさんの苦労を激減させるかは、言い表すことが難しい。逆に言えば、宿に泊まった時の苦労もとても口では表現しづらいってことなんだが。
早朝から朝食の用意を始めた俺とミュシファさんだが、ついつい互いの顔を見て、そのささやかな幸福にニヤニヤしてしまう。はたから見たら変人たちと誤解されそうだが。
「二人とも何ニヤニヤして・・・まさか、恋人に!?」
そっちじゃねえ・・・ってなに紛らわしいリアクションしてんだ、先輩!顔赤くすんな。
「いいえ。朝の支度がこんなに楽でいいのか、と互いに幸せに浸ってたんですよ。」
「ああ・・・それはそれは。」
ようやくコルンさんも納得したらしい。俺たちをかわいそうな生き物を見る目で見つめる。それでも・・・多少の、というには過少表現な手間はある。
「パシ公、ちょっと手伝ってくれ!」「んん!!」
三姉妹専用テントからお二人が俺を呼んでいる。ちなみに姉妹以外はテントは使わない。
「はいはぁい。ただ今!・・・先輩、スープの準備は終わったんで、あと火にかけておいて。」
テントに入ると、ショートなのになんでこんなにボサボサって感じの戦姫様と、生まれてから一度も鋏を入れたことのない勇者様が、ブラシ片手に悪戦苦闘していた。
「はいはい、髪のお手入れですね。じゃ・・・勇者様!髪を手入れする前に、せめて下着はしまってって、いつも言ってるじゃありませんか。先に戦姫様のお手入れをするので、その間お一人で片付けてください・・・そこで、口をとがらせない!子どもじゃないんですから!」
勝ち誇る戦姫様を見て悔しそうな勇者様。朝の身支度に限れば、戦姫様が三姉妹では一番マシである・・・人間を基準にして、ライオンと恐竜とクジラを比べるようなものだが。
俺は戦姫様を折り畳み椅子に座らせ、手鏡とブラシを使い、髪を整える。戦姫様の紅金の髪は、見た目こそ固そうだが手触りはとても柔軟で繊細だ・・・この髪は、彼女が火の精霊の加護を受け、その精霊回路を刻まれた証である。彼女は、俺がかつての「兄」であることを知らないが、それでも昔「兄」にされたように髪を手入れされたり撫でられたりすることを俺に求める・・・思い出してないよな、気づいてないよな。そう恐れながらも、俺はやさしく整える。何しろつい半月前、俺とこの子は互いに知らぬ身で一度まみえ、殺し合いをした仲である・・・それもこの子は気づいてない。
「勇者様、もう少しだけお待ちください・・・はい。戦姫様、いかがですか?」
「ん。オッケーだ、パシ公。へへへ。あんがとよ。」
オッケー・・・戦姫様の口癖だ。俺たち転生者は前世の記憶や自我を引きずることが多い。多分「オッケー」も異世界の言葉で、きっと俺も使っていたのだろう。だからわかってしまう。
豪快に空腹音を立て、「腹減った~」と姫様はテントを出ていった。
「勇者様、お待たせしました。」
勇者様はそっとヘアバンドを外した。寝てるときはヘアバンド、日中はカチューシャ、戦場では銀のティアラをつける。一見おしゃれのように見えるが、真の理由は・・・この小さな二つの角を隠すためである。小さい時は、この角をバカにされ恐れられ・・・とてもつらい思いをしていた俺の「妹」エンノ。そのため、今でも姉妹と俺以外には見せまい、知られまいとしている。こいつが人族を守る勇者様に・・・そう知った時は意外というか驚愕というか。
あんなに泣き虫だったのに、でも、ホルゴスで、オーガ族の主将に立ち向かった時のこいつは、ホントに強くてかっこよかった・・・普段があんまりだけど。
俺は、この虹色の髪・・・触れる度に七色に移り変わる不思議な、日を浴びた滝のように流れる輝きに触れ、ブラシをかけ・・・と、勇者様にブラシを取り上げられた。手鏡越しの上目遣い。かわいすぎるんだけど。
「勇者様・・・時間ないのに・・・わがままですね。いいですよ。勇者様のわがままですから。」
勇者様は、ホントは戦姫様も俺の手で直接髪を撫でつけられることをお好みだ。子どもの頃、まだ俺が「ユシウス」と呼ばれていた頃、俺は頭の撫で方が壊滅的なシル姉の代わりに二人の妹の頭を撫でてやっていた。俺は一族を追い出され、村で新しい妹と弟が生まれ、母親代わりに、その頭も撫でてやって・・・。いつしか、頭を撫でるのは癖でもあるし特技になった。
勇者様は全ての精霊の加護を受けた「行者」でもある。その虹色の髪も瞳も、そして角も精霊から与えられた加護の証。そして勇者様は精霊に愛され過ぎている。その言葉も、精霊によって、精霊の言葉に変えられる。だから普段の勇者様とのコミュニケーションはその豊かな表情とボディーランゲージ。俺には不思議と伝わるけどね。
髪のお手入れが済んだが、勇者様はまだ少し何かをねだっていた。やれやれ。
「今日は甘えたがりですね、勇者様・・・。」
俺は、勇者様の小さな角を、優しく、優しくなで、そして軽く口づけする。俺が勇者様の角を恐れていないことを証明し、忠誠を示すために・・・愛情表現って気もするけど。
勇者様の耳のさきが赤い・・・かわいい。手鏡越し見つめる。目が合う。勇者様が目をそらしブイサイン。何のサインやら。ま、ご満悦だ。
「うむ・・・仲良きことはよきことだ。」
「ひっ!」「!」
俺も勇者様も飛び上がった。そう言えば、護姫様、いらっしゃったんですね。テントに。
「従者パルシウス・・・たまには我の身支度も手伝うがよい。」
え?マジで?・・・そのお姿・・・シル姉育ち過ぎ・・・せめて下着つけろ・・・ぷっ鼻血・・・ばたっ・・・天界が見えた。
結局かりそめの天界行きを経験した俺だが、すぐに護姫様に活を入れられ、その柔らかな素肌に密着した刺激でまた出血し、天界行き・・・。さすがに俺が遅いので心配になったミュシファさんに介抱され、護姫様の身支度もそのまま代わってもらった。
・・・ちなみにこれでも普段の宿屋での朝よりは随分楽な方である。
で、ようやくの朝食
「パシリくん・・・そんなんじゃ、野外活動中恒例の水浴びイベント、どうするの?」
どうもしません!この超性悪眼鏡美人凄腕陣法師・・・恒例って何だよ?
「うむ・・・従者パルシウス、我の世話はそれほど大変か?」
俺は、共感してくれる仲間を求めて・・・いつも以上に男女比が偏っていることの呪わしく思った。でも、苦労してる同類ならわかるか・・・ち、目を背けやがった、先輩!
「このスープ、おいしいですね・・・スープ・・・汁・・・浮かびません。」
おお、セウルギンさん。ナイス話題転換。でもスランプ長いっすね。
「味のベースに、昨日の鳥の骨髄をちょっと。あと朝に見つけた香草も入れて。」
「へええ。確かにうめえや。」
戦姫様に、勇者様もコクコクうなずいてくれた。うれしい。
「まあ。一応、もと猟師の弟子ですから。不肖の弟子ですけど。」
それでも、肝心の弓以外は、まあまあだったんだけどなあ。一番肝心が常にダメな俺だ。
衛兵だって、左利きじゃ防御戦で邪魔になるし、アサシンとしても殺しがイヤになって。
今は勇者様の従者・・・そういえば従者に一番大事なことってなんだろう。それだけは絶対外せない。絶対身につけなくては!そして今度こそ、本当の意味で必要とされたいって思う。
朝食後、簡単な打ち合わせを済ませ、出立。再び大道を進むと、昼頃、ついに見えて来た。
高い塔と城壁に囲まれた巨大な都市。しかし門は破壊され、壁は何カ所も崩れている。これがかつての族長連合の主都ザラウツェス。四氏族の一つザラウツェン族が治めた北の都だ。ここを失ったザラウツェン族は、族長連合内での地位を失い、ゴウンフォルド族の傘下に入った。
「そう言えば、コルンさんとセウルギンさんは王国から来たんですよね。前にここは通らなかったんですか?」
ふと聞いてみる。近年王国との国交も途絶えがちだし。
「ズルしちゃった。セウルギンさんの転移魔法・・・を使える知り合いに頼んで。」
「魔術師ギルドの『転送門』ですよ。族長連合にも小さいながら支部はありますし。」
要はここは通ってないのか。考えると、北の大道もろくに使えない今、ここが回復することで、王国との国交も貿易も・・・当然この地の再開発も・・・。いいことづくしじゃん。
「・・・パシリくん。一旦回復するだけじゃ、意味ないのよ。恒久的に維持する力が必要なの。ここを取ったり取られたりなんてしてたら、せっかく蓄えた国力があっという間に底をつくんだから。それでなくても、今はホルゴスの食料調達で国中大変なのよ。」
ひっ。また俺、考え読まれちゃった。コルンさん鋭すぎ!
「私自身、今のあなたと同じく考えて、その反論を言ってるだけだから。」
なるほど。北方回復論も、意味は否定してないんだ、コルンさんも。
「要は・・・そうね。旧都を回復すれば、国力が上がる。でも旧都を回復するには国力が必要なの・・・まぁ、実際どのくらい必要かを調べに来たんだけどね。」
仮想敵として、まず王国と族長連合北方にいるオーク族。何でも食って繁殖力がすごい、数だけなら亜人でも一番だ。最近じゃ、人族から魔術や武具も流出していっそう厄介になった。
次いで、族長連合西方にいるオーガ族。凶眼族や黒爪族は、けっこうやっつけたけど剛腕族に強牙族はまだまだ。他の部族もいるだろうし。
で、各種の魔物。この道中もけっこう遭遇した。この一行の敵じゃないけど、通常の衛兵の巡回じゃあかなり危ない。
おまけ。恒例の同族さんだ。「人間の敵はいつだって人間」・・・。ち。絶望したシンの気持ちがわかるぜ。もっとも・・・絶望させたのはアサシンの俺だった。
この地域には、人族の諸勢力や、非合法勢力が数多く入り込んでいる。まずはこの族長連合のもと住民。ザラウツェン族が多い。そして周辺地域の難民や滅亡した国の流民の子孫・・・で、昨日の山賊団やら。他種族よりもむしろ同族の方が扱いが面倒だ、というのは最近、俺もわかってきた。
他種族は分かり易い。戦うか、戦わないか。結局敵だから、最大二択で済む。
しかし、これが人間だと、敵か味方で、二種類。で、敵も降伏したり説得すれば味方になるし、味方も裏切ったり逃げ出したり、勝手に動いたりでわけわかんねえ。これに出身地や居住地や指導者やら立地条件利害関係過去の軋轢からむからむ、で最終的には何十種類だ?
そんな混沌とした情勢が、どうもいまの族長連合北方領ということらしい。俺なら放置決定。まるで扱いにくい思春期の集団を相手してるようなもんだ。
これまでの道中でコルンさんは「地図」を作ってた。陣法師の彼女のつくる地図は、その正確さ、精密さ、いずれも関係諸勢力はのどからロケットパンチが出るくらい欲しいだろう・・・ろけっと?転生者の俺は時々こんな前世の言葉が浮かぶけど意味はよくわかんねえ。
で、今もいくつかの印をつけた後、コルンさんは右手に軍配を構え、しばらく念を凝らし始めた。俺は一応、術の間、周辺の警戒をする。そして、コルンさんの軍配が輝き始めた。
「臨兵闘者皆陣列前行!」
と唱えながら左手は次々と刀印を切る。そして・・・
青く光った軍配から大きな鷲が現れ、空に飛び立った。鷲はザラウツェスの上空を長い時間かけて悠々と飛び続け、ようやく戻ってきた。軍配の上で、鷲はいつの間にか光っていたコルンさんの目と見つめ合い、その後、光とともに軍配に吸い込まれた。コルンさんは目を閉じる。再び目を開けた時は、その目は元に戻っていた。コリンさんは、そのまま一心不乱に「地図」に毛筆でいろいろな記号や文字を書き込み、最後に「オン アラハシャ ノウ!」と唱えた。
すると、「地図」全体が一度輝き・・・先ほどの記号や文字に合わせたのだろう、「地図」そのものが少し変化していた。特にほぼ空白だったザラウツェスの様子が、精彩に書き込まれていたのだ。
「今のところは、こんなところね。」
事も無げに話しながらも、ちょっとだけ自慢気なコルンさん。自慢していい。この「地図」だけでも、今の族長連合にとっては十分に価値がある。もっともこの人にとってはホントに小手先の術でしかないんだけど。
コルンさんは、族長連合では激レアな陣法師だ。いや、本家の王国だってそんな多くない。
陣法師とはここ数十年で隣国の王国から広がった下級の戦闘支援職だ。戦闘の際の陣形や戦術、仲間の連携などをかなり強力に支援できるスキルが多い。陣法師がいるといないでは、隊の戦果や損耗が段違いだ。特に右の拳に刻まれた隊章を通して互いの位置や状況、簡単な連絡すら取りあえるのはとても便利。まして、俺たちのように勇者の仲間ともなれば、勇者様のお力を分けてもらった特別な隊章を刻める。ホルゴス戦役での人族の勝利は、それのおかげといっていい。いや、ホントにすごいのはこの人の頭脳なんだけど。たまに性格悪くなるのが残念。
ちなみに陣法師の上級職が軍師。優秀な軍師は一国の存亡にかかわるとも言われている。亜人戦争が起こる前、帝国による王国侵攻をくじいたのが、今じゃ伝説級の大軍師ガーザイル・ボゥマン・・・実はコルンさんはこの方のお孫さんなんだって。
「さてと」
コルンさんは、一息つくと、俺が用意したお茶を「気がきくわね」と言って一口。
「つぎは、都市の詳細な調査をします。能率よく、二人一組・・・くじ引きにしよっか?」
・・・なんでくじ引き?
「フフフ・・・内緒。」
色っぽいのは好きだけど、人をからかうのは止めてくれよぉ!
「どうも地相が不安定で流動的。だからこっちも人選も運勢に任せてバランスを、ね。」
よくわからんが、クジにはちゃんと、工夫をするらしい・・・。陣法の半分は占いだってさ。
で、一応本陣にコルンさんと勇者様、あとハズレの人(アタリじゃね?)の3人。
残った護姫様、戦姫様、セウルギンさん、ミュシファさん、俺で二人一組になるクジを引いた。
俺はなんとセウルギンさんと男同士のお気楽コンビ。ラッキー!本陣の次に気楽だ。あ、言っとくけど、俺、ノンケだから。念のため。
で、ハズレ(アタリだろ)がミュシファさんで、もう一組が護姫様と戦姫様。
「・・・なんか、すんげえかたよったクジっすね。コルンさん。」
ほんとに運任せか?
「気のせいよ。」
へえ~・・・?まあ、しばらく女難続きって気もするし、俺はいいんだけど。
さて、コルンさんの情報によれば東西南北4つある城門のうち、3つが破壊され・・・。
「城の作りは、城郭の形式としては旧式で広いだけ。堀もない。厄介なのは、ツインタワーゲイトハウスくらいで、ホルゴスと比べれば・・・」
しばらく難解な用語が続く。元ホルゴス衛兵の俺がわかるのは、ツインタワーゲイトハウス(双塔城門)くらいで、要は城門を二つの塔で挟み込む形で様々な防御設備を配置した門ってことだ。確かに最大の防御力を誇るキープ(天守、楼)の機能を門に移行したキープゲイトハウス(楼門)に加え、水堀に跳ね橋、独立したバービカン(城外門楼)まであるホルゴスと比べると甘さが目立つ・・・ってホルゴスは王国の協力と大軍師ガーザイル・ボゥマンの設計による、下手すると人族最強の決戦用城郭都市だ。比べるのが、間違いか。もっともそのホルゴスでさえ、勇者様一行がいなかったら確実に落城してたけど・・・内通のせいで。
おっと。話が佳境だ。
「見るべきところは、城内が、ある種の「坊郭」、つまり独立した防御区画に分けられているところ・・・」
要するに、都市の内部が更に大きく5カ所に区画され、中央の城館と東西南北地区それぞれが城壁で守られ、城郭としてそれぞれ独立しているということだ。
で・・・城館と南街区の防御機能は未だ生きているらしい・・・。え?それって!
「そうね。完全な機能喪失はしなかった。生き残りはいたかもしれない・・・30年前の。」
もちろん、今がどうかは行かなきゃわかんない・・・なんか戦姫様ぽくっていやだけど。
「でもね、ただ今城内は、絶賛戦闘中!気を付けてね。」
なんじゃそりゃ!
「都市内の城館、南街区に対して、おそらくオーク軍が東街区から攻撃が仕掛てるの。たいした攻城兵器は見当たらなかったから、簡単には突破されないと思うんだけど。」
・・・この状況で「偵察」ですかぁ?陣法師のコルンさん。それって。
「もっちろん威力偵察よ!ついでにエラそーな奴、拉致ってきて。」
んじゃあ、この組み合わせって・・・。
「あら、そうね。ちょうどいいわね。護姫様と戦姫様がオーク軍の後背を攻撃、軍の規模、装備や練度を体感して・・・ええ、もちろん、そのままやっちゃっても構いませんよ。」
この二人なら1000人くらいはやれるかも。何しろワンマンアーミーにワンマンフォートレス。ホルゴス戦役じゃ、思い知った・・・この世には人型のバケモンがいるって。
「で、セウルギンさんとパシリくんは」
「捕虜の確保ですね。エラソーな方。」
ってセウルギンさん。
「可能なら、城内の人族に接触。」
て俺。
「さすが。二人ともさっしがいいいわね。」
・・・何がくじ引きだって?絶対イカサマじゃね?それぞれ適材過ぎ。
「ミュシファは、川で水くんできて・・・気をつけてね・・・勇者様はお留守番ですよ。まだまだこれからですから序盤はクッキーでも食べててください。」
それ焼いたの俺だし。勇者様もご機嫌で食べてるし・・・相変わらず食い意地はってる。それもかわいいけど・・・俺も毒されたな。
でも、ミュシファさんの水くみって、そんなに注意すること?コルンさん?
・・・後日。水難の相とやらが出ていたミュシファさんが、この後、水辺で「へび~!」って叫んで川に落ちたことを俺は知った・・・これくらいで済んでよかったっすね、先輩。
なるほど。ザラウツェスに近づくにつれ、戦闘の気配が明らかになる・・・前を歩く戦姫様はもちろん、護姫様とでさえ足取りが軽い。護姫様も謹厳な女騎士に見えて、実は目立つのが嫌いじゃない。
「ふふん。ソディ、わかっておるとは思うが・・・。」
「わかってるよぉ、シル姉。野郎二人の潜入の支援が優先だろ?へへへ。」
なんか姉妹二人でお買いもの的な気安さすら漂う。一方こっちは・・・
「う~ん・・・浮かびません。」
この期に及んで、まだそれですか。まあ、あなたはイケメン天才魔術師だからなんとでもなるでしょうけど。イケメンは絶対勝つのがどっかの異世界の常識らしいし。・・・あ、見っけ。
「東門の櫓に物見がいますね・・・4人・・・まだこっちを見つけてません。」
「・・・昨日も思っただけどよぉ、おめえ、どんな目をしてるんだ?」
「もと猟師の弟子ですから・・・これくらい普通ですよ。」
「お前の普通は、基準がおかしい。」
護姫様、なんかいつもコルンさんが言ってるようなことを言い出した?
「そこの茂みにかくれて・・・ついでにこれ、持ってください。で、これつけてっと。」
「なんだか、樹人トレントか樹精ドライアドになった気分ですよ。」
近くの茂みで用意した木の枝や草をみんなの全身につけまくる。オーク族はイノシシっぽい顔つきの亜人で、そのせいかどうか、視力は人族より悪い。かなりごまかせるだろう。あちこちに茂みもあるし・・・人がちゃんと守ってる城ならこの茂みも刈っちゃってるけどね。
「・・・いや、ごまかさねえで、一気に突っ込もうぜ!」
だめだめ。あなた方やセウルギンさんと比べて、俺はただの人なんだから。できるだけ安全に、こっそりと、がモットーなの!アサシンだし。
それでもみんなカムフラージュしたままで、ついてきてくれた。意外に素直だ。
さてと。高い城壁。櫓の囲い。厚手の革ヨロイに革の兜・・・4人。距離はざっと100m。
風は・・・ほぼ無風。すうっと息を吸う。俺はこの編成ではアーチャー(弓兵)、というよりスナイパー(狙撃弓兵)役だ。アサシンじゃないけど一撃必殺の覚悟は同じ。量産品の木のショートボウを構える。指には弦を引きやすくするために骨の輪をつけてある。矢は選定済みだ。
「おいおい・・・遠くねぇか?まだ100m近いんじゃ・・・」
ひゅん、ひゅん、ひゅん、ひゅん・・・ふう。
「うむ。物見が4人とも眉間を貫かれておった。」
「・・・ワタシの出る幕がありません・・・。」
全然だめですよぉ・・・4射に6秒近くもかかっちまった。5秒以内に撃ち終えて、もし打ち漏らしがあったらもう一射するっていう余裕がないといけないのに・・・。しかも3人目は狙いから2cmもずれたし。
「・・・あぁ、なるほど。」
わかってくれましたか、戦姫様!ホント俺、未熟者で、もう弓持つのが恥ずかしくて・・・。
「てめえの基準がおかしいのがよぉくわかったよ。」
・・・なんですか?それ?師匠である親父と比べられ、失望ばかりさせていた俺だ。一行じゃ誰もいないから、しかたなくこんな俺でも弓を使うけど、なぜかみんな変な反応する。謎だ。
俺たちは、その後カムフラージュを解き、壊れた城門内に入った。案の定警戒部隊がいたが、
「ここで別れる。お前たちは別行動だ。」
護姫様の指示により、俺とセウルギンさんは廃墟となった東街区に潜入した。戦姫様が高笑いを挙げながら派手に敵陣に突撃し、背後に護姫様が地味に続くのを確認する・・・あの人外姉妹相手じゃ、敵ですらかわいそう・・・でも意外にオーク軍、整然と対応してるな。
「パルシウスくん・・・ワタシのミッション捕虜獲得は脱出しながらでも可能です。ですから、あなたの任務、人族との接触をまず優先しましょう。」
合理的でありがたい申し出だ。こうしてると、すごい優秀な人なんだよな。イケメンだし。
俺の暗灰色のフード&マントに対し、セウルギンさんは明灰色のマント。俺ほどじゃないけど、足は速い。廃墟と化した東街区の中を、オーク軍や魔獣や野獣の姿を避けて進む。自然とオーク軍の主力が目指す中央の城館じゃなくて、南街区に向かうことになる。城門内の高台で一瞬だけ見えたのは、城館にいたのが盗賊ぽい連中ってこと・・・本物の盗賊か、或いは30年で盗賊並みに荒んでしまった住民なのか?南街区の人たちもそうなのか?・・・ま、それを確認しに行くんだし、行かなきゃわかんない・・・いやだな、戦姫様に影響されたみたいで。
ところどころに死体があった・・・人の。新しい。と言うことはオーク軍が来るまで、この東街区にも人がいたのか?・・・今は見当たらない・・・?
「セウルギンさん・・・今音が、いえ、声が聞こえませんでしたか?」
「ワタシには・・・何も。」
集中する。耳をすませる。自然に『聴覚強化スキル』が発動する。
甲高い声・・・少年か少女か?
「こっちです!」
俺は超高速疾走に入る。さすがにセウルギンさんも遅れるけど仕方ない。街の一角にオークの一隊がいて、人々を、人族たちを狩り立てていた。人族の一人が、人々の前に立って、皆をかばうように手を広げる!一瞬こちらをふり返った横顔にオレンジの髪・・・あの姿は、フォグルシス!?いや、そんなはずはない。弟のフォグルシスは死んだ。双子の妹パーラを守ろうとして。俺は何もできなかったのに!1年前のことを俺ははっきり思い出す。
一瞬自制心が消えかかった俺だが、かろうじて抑え込み、さらに加速して、その少年を槍で突き殺そうとするオーク兵の前に立った。そして新装備の左手のソードブレイカーで槍を受け、へし折り、これも新装備、右手のメイルブレイカーで首筋に一撃。首から血を流して崩れ落ちるオーク兵を見届けることなくオークの戦列に飛び込む。相手が冷静になって隊を立て直す前に先手を打たなきゃ。ホントは隊長格を仕留めたかったが、さすがに余裕はない。俺は少年・・・弟と同じくらいの年恰好の・・・に叫ぶ。
「逃げろ!とにかく死ぬな!」
本来アサシンの俺が、昼間から、しかも乱戦に自分から飛び込むのは自殺行為だ。こんなリスクを負って戦うのは流儀じゃない・・・ないんだけどぉっ!
利き手の左手に握るソードブレイカーは、時に敵の武器を折り、時に敵を切り裂き、利き手同様に鍛えた右手のメイルブレイカーは敵の革ヨロイを軽々と貫く。護姫様・・・シル姉からもらったお古の藤革甲は、軽量だが頑強な優れもの。多少の刺突や斬撃では傷もつかない。
しかし、さすがに多勢に無勢。しかも、何度目かの攻撃がついに防がれた。俺に対するはオークウォリアー・・・プレートメイルにスピア、ラウンドシールド・・・強敵だ。この隊の使い手らしい。ち。周囲を見て、一度飛びのき距離を取る。人族・・・さっきの少年はうまく逃げたらしい。そのかわり、俺は包囲されちまったか。おっと包囲された時はうかつに壁を背にしない。新選組の草攻剣っていう集団戦法なら、むしろ壁に追い込んで逃げ道を封じる。
ようやく多少の冷静さを取り戻して観察する。敵は20体程度の小隊だ。とりあえず3体倒して、2体を重傷に追い込んだ。
・・・目的は達成したし、逃げよっかな。冷静になると、そういう結論が出る。逃げ足なら自信ある。俺は得意の遁走術の準備に入ろうとして・・・。え?
銀色に輝く光の矢が、敵を襲う・・・ざっと20本くらい?あれって魔力矢?
多くのオーク兵が・・・シャレじゃないよ・・・重傷を負って、俺の前のオークウォリアーもひるんだ。そのすきに俺はスッと間合いに入り、順手に持ち替えたソードブレイカーでスピアを抑え、そしてそいつの首筋にメイルブレイカーを突きたてる。倒れるそいつを見たオークどもは慌てて逃げ出した。やれやれ。いいところはやはりイケメンに持っていかれたか。悠然とやってきたセウルギンさんに、俺は頭を下げた。
「なんのなんの。大したことではありまスン。」
・・・どっちですか?しかし魔力矢20本って、この人もバケモンだな。やっぱし。しかもまだまだ余力あるし。
「しかし、キミもなかなか・・・戦姫様並みに手が早いですね。」
「違いますよ!あんなソードハッピーと一緒にしないでください・・・さっきまで人族が襲われていたんです・・・向こうに逃げていったと思います。」
何人かは、俺が来る前に殺されていた。畜生。・・・でも、あの、みんなをかばおうとした少年・・・フォグルシスに似てた。双子のパーラを助けようとした俺の弟・・・血がつながってないのは、あいつらが死んでから分かったけど、でも俺の弟と妹だ。
「パルシウスくん。とりあえず、皆さんが逃げた方に行ってみませんか。まだ近くにいれば接触できるかもしれませんし。」
俺は賛成して、街の中を更に進んだ。建物自身はまだ原形を保って住めそうなものもある。
外観がボロボロなのは当然か。石にレンガ・・・砕けた破片が路に散らばっている・・・。
「ところで、キミの接近戦の戦い方はダガーの二刀流ですか?珍しいですね。」
・・・実は違う。ホントは右手のイアードダガー・・・刺突用&暗殺用の武器である。しかし、これを使うと、こいつで殺しあった戦姫様に俺の正体が気づかれる。だから、この使い慣れた武器は今はサイドアームにしてブーツに隠している。で、今回の北方探索のために急遽新しい武器と表向きの戦闘スタイルを作ったわけ。共に逆手で持つ刀身は前より長い30cm。一応必殺技も作ったんだけど・・・練習中。しかもかなり地味だし。
「よかったら、こんど武器にルーンを刻みましょうか?」
「ホントですかぁ!ぜひお願いします!」
セウルギンさんはルーン系の魔術を得意とする。彼がルーン文字を刻み呪符することで、物質の強度は跳ね上がり、魔術の威力も増し、その操作が容易になる。本人に言わせれば、直接魔力をぶつける攻撃呪文とかは下品で邪道だってなるんだけど、この人はその邪道の威力が凄い。だって、小隊を軽く瞬殺だよ。それにもっと威力ある呪文も使えるし。
そんな風に話しながら歩いていくと、急にセウルギンさんが叫んだ、どうしたんですか?
「あ!・・・二刀追う者は一刀も得ず!どうでしょう?」
・・・二刀流やめろって?いや、ただ言っただけでしょ、あなた!そんなに面白くないよ!・・・久々だけど、その手の迷言。
これがいけなかった。またセウルギンさんが声を上げて。
「あ!」
今度は何ですか・・・って・・・あ!俺まで注意不足なんて初歩的なミスを・・・。足元がスッって、なくなる感じ。やられた・・・てか、ミスった。罠検知、発動してないし。
気がつくと、俺たちは深い落とし穴にはまっていた・・・油断しすぎた。いててて。
「・・・胃の中の蛙ですね・・・ワタシタチ。」
「・・・井の中に生け簀って気分ですよ、俺は。」
どっちにしても、罠にはまったことに変わりはないが。