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勇者の従者は泣き虫アサシン  作者: SHO-DA
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第1章 北の大道

「おいパシ公、岩竜の目ん玉に矢をくらわしてやれ!」

「ムリですよぉ、戦姫様ぁ。あんな動き回ってるヤツ、俺なんかじゃ。本職じゃないし。」

「ち。ここぞで使えねえ奴だな。」

「仕方がありません・・・ミナサン、目をつぶってください・・・『閃光』!」

 おっ、岩竜がまぶしがって、苦しんでる。さすがセウルギンさん。

「・・・あの、その・・・そういえば、パシリの本職って、なんなの?」

 アサシンですよ、ミュシファさん・・・って言えるか!

「ある時は猟師の弟子、ある時は城の衛兵、ある時は宿屋の客室係・・・そして今は少女二人の子守役・・・なかなか多彩な人生ね。」 

「最後に勇者様の従者をつけたしといてください!コルンさん。」

「それは今、子守と変わらぬ。」

 ひどい、護姫様・・・。結局、岩竜は陣法師コルンさん指示のもと、護姫シルディア様が引き付け、魔術師セウルギンさんが攻撃魔法で援護し、戦姫ソディア様がとどめを刺した。俺はクッキー食べて観戦してる勇者エンノ様の護衛。あれ?ミュシファ先輩の気配がない。 

 さすがスカウト?って何もしてねえだけだし。少しは役に立ってよ、先輩。


第一章北の大道

 俺たちはホルゴスを出立して、北に向かう大道をまっすぐ進んだ。ちなみに、北門の衛兵のみんなにはちゃんとあいさつしたけど、一緒にいた戦姫様を見てみんな急に用事を思い出したらしく、俺たちも後ろめたいところがあって、そそくさと出ることにした・・・ミュシファさんだけ、また手を振られていたな・・・最近ファン獲得中か?俺は気にしてないけど。

 そのミュシファさんは相変わらず馬が苦手ってことだけど、俺の意見で一日の内半分は俺の後ろでいいけど、あと半分は自分で騎乗させることにした。ミュシファさんは、

「・・・え・・・ひ、ひどい。パシリ・・・先輩いじめ?」

 とか、泣きそうだったけど。でも、今回は急ぐ旅でもないし、少しでも彼女を強化するのが隊のためになる・・・前みたいに俺がいなくなった後のためとかじゃなくて純粋に・・・という俺の意見は、反対者なしで承認。

 で、俺と同乗している時は、乗馬のコツとか、野外行動のノウハウとか教えて、実際に騎乗したときは、その実践。ミュシファさんは物覚えもいいし、器用だけど、かなり自信がないかわいそうな子なので、うまく教えないとすぐトラウマが増えてしまう。だから結構親切にかつハードルは下げずに教えていった。この子はコミュ障で妄想過多の思春期症候群だけど、思春期年代の子が苦手な俺も少し扱い慣れてはきた。

「かなり、馬にも慣れて来たね。そうだよ。馬は素直で臆病なんだから、優しく扱ってあげて。そうそう。」

 って、できるだけ自分の馬だけでも世話は自分にさせた。実はミュシファさんも馬に似てるって思った。だからすぐに仲良くなるだろうって。実際、最初は俺が側についていたけど、馬もすぐなついて、ミュシファさんも怖がらなくなった。後は、上達は早かった。それでもこの子は一日の半分はきっかり俺の後ろに乗りたがる・・・なんなの?まあ、俺も女の子とのタンデム自身は嫌いじゃし、互いに薄いヨロイだから、背中に感じる固くて弾力的なモノは、それはまあ、若い男としては、ねえ。それ抜きでも生徒としては良く話を聞く素直な子ではあるが。

 でも、馬はちゃんと休まないとすぐに倒れちゃうから、計画的に休憩をとる。で、その間、いろいろな雑用は従者の俺にまわってくるわけで、もっと働いて先輩って言いたくなる。

「ん!」

 勇者様、クッキーのお代わりですね。今お出しします。戦姫様?水がない?補充しますね。護姫様?今は、この辺だと思います。はい。コルンさん、その植物はちょっと毒があるので扱いが・・・。セウルギンさん、何か御用はありませんか、ない・・・はい。こんな感じ。

 で、馬にも水をやったり、川があったら体を洗い、なければブラッシング。馬具の様子も確認して・・・おまけにコイツ。

『やれやれ。あなたは主以外の者の世話をし過ぎです。ほかの者など、自分でやらせればいいではありませんか。』

 人間はそう割り切れないんだよ、勇者様のユニコーン。だいたいそう言いつつ最近こいつも俺に世話されるようになりやがって。前は俺にかまうな、自分でする的なオーラ出してたくせに。堕落したな。・・・え?勇者様、お茶をお飲みになりたい?はいはぁい。今お湯を沸かします・・・。戦姫様、火つけてもらっていいですか?

「・・・パシ公。おめえ、最近エン姉を甘やかし過ぎじゃねえか?ミの字の世話もだけどよ。」

 そう言いながらも戦姫様は火の精霊を使役して、着火してくださった・・・そうですかね?


 そんな感じで、ようやく出発し、結構移動したころ。

「・・・また死体かよ・・・ミの字、見んなよ。」.

 4日目あたりから、北の平原や大道の側に人族の死体を見ることが多くなった・・・ミュシファさんに見るな・・・ってことは、食べられた後ってことだ。あの子、さっきも吐いて・・・しかも俺の背中で!今は、俺の背中に顔を体ごと押し付けて見ないようにしてる・・・おかげでささやかなふくらみの感触を強く感じてしまう。仕事柄か、人の生き死にには鈍感な俺だ。

「うむ・・・魔物か、野獣か、それとも・・・。」

「『それとも』のほうだ。めぼしいものははがされてやがる。」

 先のホルゴス戦役で南下してきたオーク族の軍勢だが、整然と撤退ってわけじゃないようだ。

 一部は残留して、北の住民を襲っている。さっきも何人か住民を見かけ、接触しようとしたが、ひどく怯えていて落ち着かせるのが大変だった。もうだれも信じないみたいな・・・どうもオーク族に襲われただけじゃなく、近隣の同族・・・つまり同じ人族にもひどい目に遭ったようだ。結局食料を少し分けて、そこで別れた。他に何もできなかった・・・。

「この辺り・・・北の平原周辺は、かつての住民に周辺の難民、滅亡した国の流民・・・いろいろ入り混じってますね。」

 コルンさんが、事前に調べていたことを改めてみんなに伝える。

 勇者様は悲しそうなお顔をして、そして、その死体に近寄った。まだ残っている方の手を握り、何かを唱えた。おそらくそれは不意に殺された名もない民の死を悼み弔う言葉だったのだろう。勇者様の発する美しい旋律に、小さな光が集まってきた。俺はその後、穴を掘って死体を埋めようとしたが、それは勇者様もみんなも止めた。「きりがない」と。そんなことを何度も繰り返して、旅は進んだ。


 そんな旅も5日目の夕方になった。そろそろ宿営地を探したいって頃だ。

「パシ公。先行するからついて来な。」

 そう言うのは紅金の髪の戦姫ソディア様。軽装で小柄な15歳はどう見ても13歳くらいの子どもだ。体より大きな大剣が異次元的にミスマッチ。そろそろ退屈したんだろう・・・けっこう野獣とか魔獣とかの襲撃はあったんだけど、物足りないらしい。どっちが野獣やら。

 一方、実質リーダーの護姫シルディア様は赤毛の18歳。いかにも女騎士って感じ。この暑い中、フルプレートを平然と着込む、長身で赤毛の美女。その護姫様があっさり承認。

「うむ。身軽な二人で先に様子を見て来てくれ・・・従者パルシウスも少しは子守から解き放ってやらねば。」

 子守って聞いて、コルンさんとセウルギンさんがニヤッっ笑ったのが印象的だった。

コルンさんは20歳過ぎで栗色の長い髪した超眼鏡美人だけど・・・眼鏡は必要な時しかしない。もったいない。人類の損失だよ・・・羽のついた帽子にマントの下は藤革甲の陣法師。隊の頭脳だ。

 セウルギンさんもすげえイケメンで、三十路前だけど、深い紫色の瞳がやばすぎる長身で灰色の髪の魔術師。二人は王国出身で旧知の仲。見た目お似合いで悔しいけど・・・別に恋仲とかじゃなさそうだ。息はピッタリだけど。セウルギンさんは、ちょっと最近「あって」本調子じゃない。

 その間、勇者様は従者の俺を無断で持ってかれたので戦姫様に文句言いたそうだったけど、何も言わなかった。もっとも精霊に愛され過ぎている勇者様のお言葉は、普段は精霊たちによって勝手に精霊語に変換されて、俺達には美しい音楽的な旋律にしか聞こえない。だから身振り手振りのボディーランゲージを常用する。そのせいか16歳というお年の割には幼い印象がある・・・いつもつまみ食いしてるせいでもあるけど・・・でも体形は戦姫様と違って年齢相応だ。そして、その虹の色の髪と瞳は、全ての精霊に愛され、その加護を持つと言う『行者』とも言われる証。数百年ぶりに出現した人族の真の勇者・・・それがエンノ様だ。

 でも、本人には『子守』されてるって自覚はない。ただ、俺が「わがままききます」って約束して、わがまま言い放題なのが現状なだけ。

 更に自覚がないのがミュシファさん。赤毛の14歳。この子はドジでのろまなダメスカウトで、そもそもスカウトの癖に道に迷うし、コミュ障だし、ヘビが出ればぎゃあぎゃあ騒ぐ、ここぞでヤラカス不幸の子。なんで俺が懇切丁寧に日々指導してるのか、自覚してほしい。隊の従士でもあり、俺の先輩なんだけど、ついいろいろ手伝わなきゃいけないのだ。この暑いのに全身覆った服だし、いつも首にしてる白いスカーフは意味不明。スカウトが目立つなって感じ。

 ちなみに俺がパルシウスこと通称下っ端パシリ。17歳。ここじゃ不便な左利き。赤茶の髪にやや小柄で童顔の、チャラいヤツだ。少なくてもそう印象されるようふるまっている。猟師の不肖の元弟子で、元衛兵で元宿屋の下働きで・・・まだ現役のアサシン兼スパイ・・・現役かな?組織からは自由になったんだよな・・・じゃ、現役の、勇者エンノ様の従者だ。でも、俺が元アサシンなのは、勇者様には内緒。他にもいろいろ言えないことがあるけどね。

 そんなこんなで、戦姫様に俺が連れていかれたのは、みんな、俺のためだって思ってたらしい。ただ、みんな、子守と、猛獣の世話とどっちが大変かって、気にしてなかった。

 それで・・・こんなことになった。

 俺は、大道の向こう側に武装した一団を見つけたんだ。で、向こうがこっちを見つける前に、だいたい偵察を終えていた。規模に編成を見ると、まず軍旗がない。歩兵だけど装備がバラバラで、山賊かって思った。向こうはようやくこっちを見つけて、今ごろ攻撃態勢。遅いよ。

「どこかの部隊ですかね?それともどっかの残党?山賊とかって線が一番ありそうです。」

「やればわかるって!」

 戦姫様、決断早すぎ。

「一応100かそこらはいますよぉ。しかも、シャーマンぽいのとかアーチャーとか。」

「だから、やればわかるって!」

 しかし相手が山賊っぽいけど、一応、戦うにしても、準備とか確認とかいろいろあるじゃん・・・なぁんもなし。もう突撃する気・・・まあ戦理に適ってなくもない。むこうの準備がまだだし。でもこっちは騎兵だから逃げるって選択が・・・ああ、もう!

「あなたの座右の銘は『見敵必戦』ですか!?角田覚次かマカロフ提督かい!」

 結局、戦姫様が大剣抜いて突撃かましたわけで、俺は援護するしかなかった。

 これが2対100の戦闘の発端・・・マジで。

 今も俺は軽騎兵役か?量産品の短弓を出し、矢をつがえ、まず隊長。次シャーマンぽいヤツ。次アーチャー・・・。

 戦姫様が接敵する前には矢筒はカラだ。まあ、だいたい目標はやっといたけど。あ~あ。これが親父なら、『速射』の弓術で5秒で終わるし、てか、『強弓』で、一矢で三人は射貫いていそう。挙句に『空射』で、念だけ飛ばして攻撃続行・・・もう終わってる。俺はダメな弟子だ。

 ま、戦姫様だから、あっさり突入して蹂躙し放題。

でもなあ、しなくていい戦い、侵さなくていい危険は、ちょっと俺のスタイルじゃないんだよなぁ、アサシンとしては。そんな感じで、でも一応は援護にと思って接近したら。

「パシ公、このバカ野郎!俺が突入する前に終わらせるなぁ!」

 って、何の話だよ?何で俺、怒られてるの?そんなに俺の援護、下手だった?


 その後、隊に合流したけど戦姫様はなかなか機嫌が直らなかった。 

「こいつ、俺が、突っ込む30秒かそこらでめぼしいヤツ全部狩りつくしやがって、おかげで単トツしたのに一方的過ぎて、全然面白くねえんだよ!」

「・・・それは何と言うか・・・何とも言い難いな。」

 戦姫様が護姫様に愚痴をこぼしているが、俺としても言いたいことがある。恐れ多いけど。

「何をおっしゃってるんですか!戦姫様!俺なんか、矢筒空にするのに20秒もかかっちゃいましたよ。しかも即死させられなかったのが二人もいて!危うくシャーマンに精霊魔術使われるかもしれないところだったんですよ!あれが親父なら、30秒もあれば100体くらい全員射殺してましたよ!こんな俺の援護をアテに突入なんて危険すぎです!」

「相変わらず・・・武芸の基準がおかしいと言うか。」

 おかしいのが俺の基準なんですか?コルンさん?

「お二人の認識がかみ合ってませんねえ・・・ああ、何も浮かばない。」

 まだ調子でませんね、セウルギンさん。

「あの・・・えっと・・・その場の様子がわかんなくて・・・想像を超えていて。」

 キミは入って来なくていいんです、ミュシファさん。

 山賊の一隊を食い散らし、満腹したライオンの女王様のようにご満悦かと思えば、なんか俺にすごい噛みついてきた。だから猛獣のお世話は命がけ・・・理不尽だ。

「そもそも偵察自体は終わったんですから、戦闘する理由はないんですよぉ。」

「領内にのさばる賊をやるのに理由はいらねえ!」

 人食いライオンの女王様め。外見のかわいさが獰猛さに埋もれちまってる。ほんと、見た目だけなら13歳くらいの美少女といえるレベルなのに、中身は粗暴で野蛮で凶悪。残念過ぎ。

 それでも当初の障害を取り除き、危険だということも分かったので、俺たちはやや大道から離れた宿営地を見つけ、夜営に入った。今は食事中で、みんなで火を囲んでいる。俺は給仕だから、用意したシチュウーやパンを配ってる。

「明日辺りには旧都が見えそうね。」

 ほんと、コルンさんのメガネ姿は眼福だよなあ。中身は実は悪い人だけど。

「きゅうと・・・きっと・・・あぁ・・・浮かびません。」

 スランプですね。セウルギンさん。でも事情はわかるんで無理しなくていいです。

「今日の敵の本隊とかが陣取ってるんじゃねえのか?」

 あなたはそれを望んでるんでしょう。まだ暴れ足りませんか?戦姫様。

「うむ。いると仮定して進もう・・・ソディ、今日のような軽挙はなしだ。」

「ち。へ~い。」

 さすがの戦姫ソディア様も長姉の護姫シルディア様に言われて引っ込んだ・・・今だけな。

一応、山賊の生き残り・・・少しだけど・・・から情報は得ている。その意味でも偵察そのものは成功だった。結果オーライ。

「ん!」

「あ、勇者様、お代わりですね・・・はぁい、大盛りですよぉ。」

 俺はさっき偵察のついでに狩ってきた鳥やウサギのシチューを勇者様のお椀によそった。

「・・・パシリ・・・野外料理もできるんだ・・・材料調達も含めて。」

 なんか時々先輩風ふかしたがるミュシファさんだけど、従者としては俺の雑用技能が抜きんでてる。なかなか負ける気が・・・って、なんか情けなくなってきた。所詮俺は便利屋で、専門外の器用貧乏。人に言えない本業以外はプロにはかなわない。弓だってホントへたくそで。

「パシリくん、また変にケンキョでヒジョウシキなこと考えてムダに反省してるんでしょ。」

 え?・・・何でこの人、俺の考えることいつもわかるんだろ。

「ああ、例の・・・弓が下手とか。」

「雑用しかできないとか。」

「専門家にはかなわないとか。」

 また護姫様とコルンさんの、俺を交代で罵倒するディスリレーが始まった。

「ち。辛気くせえヤツだぜ。」

 ポクッて・・・軽くたたかれた?戦姫様?

「おめえよう・・・おめえが隊に入って、いろいろしてくれるからみんな助かってるんだ。いい加減気づきやがれ。」

 え?人食いライオンの癖に、俺に気を遣ってくれるのか。とっさで笑顔が浮かばない。

 ポンポン。え?隣に座ってる勇者様が、困ってた俺の肩を叩いている。おれは、焚火に照らされた、その虹色の瞳を見つめてしまう。

「勇者様・・・俺のシチュウー・・・ホントにうまいですか?」

 勇者様はウンウンして、俺の頭をなでなでした・・・ハズいけど、うれしい。でもホントに俺なんか、役に立ってるのかな。

「・・・パシリ・・・今度、料理も教えて・・・。」

 先輩が殊勝に聞いてきた。この子も俺を気遣ってくれてる?へへへ。でも。

「教えてもいいけど、先輩はまず、いいスカウトになるんだろ。雑用は不要じゃね?」

「・・・ケチ。」

 そんなこんなで夕食は終わった。俺は、さっきの話を思い出して、後片付けをしながら、考え事してた。みんなが、新入りの俺に気を遣ってくれるのは、うれしいけど・・・実は心苦しくもある。それは・・・。

「従者パルシウス・・・少し時間をもらおう。」

そんな俺を護姫様が連れ出し、二人で少し離れた場所にいった。夏の星空がきれいだった。

「なかなかみんなに馴染んでると思うが・・・あの事を、まだ気にしてるのか?」

 ・・・護姫様にも気を遣わせて。でも・・・この方になら話せる。だって・・・。

「シル姉・・・だって、そりゃそうだよ。俺は人殺しで・・・ホントはみんなも・・・」

「もうすんだことではないか。それにあのソディですら、なにも知らぬのにお前を慕っておるぞ。ああ見えて。どうだ、そろそろエンとソディに・・・「兄」であることだけでも言わぬか?」

 俺と、護姫シルディア様、勇者エンノ様、戦姫ソディア様は、かつてはともに暮らした兄弟・・・でも、俺はゴウンフォルドの一族から追放されて、猟師の息子として育った。12年も前のことだ。1年前にある事件がきっかけで俺の記憶と力の封印が解けて・・・。その後俺はアサシンとしてある組織で働いていた。そして、勇者一行の動向を探るスパイとして、ついには勇者を葬るアサシンとして命令が下って・・・。

 結局俺がスパイだってことはコルンさんにばれて、でも、そんな俺を、勇者様は何も聞かずに赦してくれて、俺は、弟って気づいてたシル姉に全部の事情を打ち明けて・・・。

 勇者様は、俺を、ホルゴス戦役の最後で勇者様に随行するという一番大切な任務を任せてくれた。俺は勇者様に永遠の忠誠を誓い、みんなにも仲間として認めてもらった。あれから半月。

そう。俺は、勇者エンノの勇気の虹の隊章を、右の拳にもつ8人の一人。俺はこの仲間だけは、決して裏切らない。いや、あともう一人、俺にこの夢を与えてくれた少女も。

でも、それでも

「あいつらに、こんななさけない俺が「兄」だったなんて、みんなを殺そうとしてたなんて、知られたくないよ・・・シル姉!だから、言わないで・・・お願いだ。言わないでくれ。」

 俺は一生エンノの、いや、みんなの従者だ。陰ながらお支えできればそれでいい。もしもの時は、喜んで命をささげる。そのためだけに生きている。俺が組織のために暗殺した何十人もの人のためにも。そして・・・俺が自分の意志で殺してしまったあの少女のためにも。

 いつかは、この命で償いたい。そのいつかが早く来ることを願っている。『永遠の忠誠』は、永遠の天国でもあるし地獄でもある。その天秤の上でいつも俺は揺れている。でも・・・天国も地獄も『死』の表裏であることに変わりはない。そして、死は俺にとっては救いだ。

「ユシウス。」

 二人だけの時は、シル姉は俺をそう呼ぶ。それは、かつての俺の名。奪われた俺の名。兄弟としての俺の名。シル姉は、うつむいた俺の心境に気づき、俺を抱きしめてこう言った。

「何度も言う・・・死に急ぐな。どんなに苦しくても生き恥をさらして償え!いいか、お前がやるべきことはまだまだあるのだぞ・・・妹らにはまだ黙っておく。安心しろ。」

 フルプレートを脱いだシル姉は、本当に女らしい肢体で、暖かく柔らかく・・・。

「ゴメン・・・シル姉・・・ゴメン。」

 俺はシル姉にすがって泣いた。どうもダメだ。俺は優しくされると、甘ったれに戻ってしまう。こんなんじゃ、いけないのに。俺に夢をくれたあの子に叱られちまうのに。会えないけど。

 もう聖月が近い。一年に一日だけの満月の日が。17年前のその日、俺はこの世界に転生させられて、でも、結局、一族から追放されて、一年おきに転生させられた姉妹の三人は勇者に、戦姫に、護姫になったのに、俺だけが情けなくて・・・。それでも、シル姉に甘えてる俺がいて、エンを愛している俺がいて、ソディをかわいいって思ってるのも確かで・・・。

 仲間として従者としての感情と、かつての「兄弟」としての感情がバラバラで、勇者様への忠誠と、アサシンだった罪悪感が相反して・・・。

 時々俺は、こんなふうに感情を制御できなくなる。そんな時は、前世の自分がうらやましくさえなる。おそらくはただの殺し屋で、殺人にすら何の感情を持たなかった前世が。

「本当に、お前は甘えん坊になったな。生意気だった昔とは大違いだ。」

 シル姉に、へたくそに髪をぐちゃぐちゃに撫でられながら、それでも、俺はしばらくシル姉から離れたくなかった。


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