序章 勇者の一行、北へ
統一歴421年、大陸南西部の都市ホルゴスは、オーガ軍を中心とする亜人連合の攻撃にさらされたが、かろうじて落城を免れた。人族最強の決戦用城郭都市と謳われながら、内通者の続出によりその食料のほとんどを失い、同じ人族すら敵にまわる逆境から、巻き返したのは、勇者の一行が掲げる「勇気の旗」。人々は大軍に立ち向かう勇者たちとともに戦い、かろうじて窮地を脱した。
・・・残り少ない人類史は、以後もこんな感じでピンチに連続だったりする。でもそのたびに、ページが増えていくのは、いいことだ。勇者様の従者、俺、パルシウスはそう思う。
序章 勇者の一行、北へ
ホルゴス戦役からしばらくは、城主のギルシウス様が妙に勇者様や護姫様に馴れ馴れしくなった。そのせいで城館に詰めることが多くなり、俺たちは少々窮屈な思いをしていた。腹の中では「今更」って思ってたことは内緒だ。
それでもようやく解放されて、再び『黄金の大山塊亭』へ、厳密にはその離れの一角『黄金の峰』を貸し切り、しばらくのんびりすることになった。
俺は毎日のように戦姫様の訓練の相手をさせられて、一層除ける避ける逃げるのが得意になっていった。戦姫様は剣術と体術の一本化に随分熱心だ。俺も、調子に乗って槍とか長剣とかを持ってお相手してみるけど、やはりそっちは全然ダメだ。才能ないね、俺。
隊の様子で、大きく変わったのが、キーシルドさん。彼は、今、天界主教の本殿、つまり帝国に召喚されている。ホルゴス戦役で、北のバービカン(城外門楼)に立てこもった時に『聖別』と『加護』を異教徒に使ったことが問題になったらしい。もっとも本人は覚悟の上で平然としていたけど。本国へは『転送呪文』で、一瞬だそうだ・・・でもなかなか戻って来ない。あの大きな体が見えないと、正直寂しい。
あと、セウルギンさんが、ちょっと暗い。キーシルドさんがいなくなって、からかう相手がいない・・・ってことはないと思うけど、あの『迷語』が途絶えた。あれはあれで、ないと気になってしまうということは、俺も相当彼に毒されていたのだろう。
ミュシファさんは、ちょっと自信がついたらしい。実際、彼女の働きが城内の士気を高め、城主の参戦を早めたのは事実だし、そう言えば、パレードで若い男からこっそり何かもらってたな・・・俺は気にしてないけど。あのロージンって守役も、暴言を撤回した。本人はかえって気絶しそうだったが。
勇者様は、前よりわがままになった。従者の俺にとっては約束だし、甘えてもらってるみたいでうれしいけど、護姫様が時々叱っていらっしゃる。さすがに、いくら夏で暑いからって、あの薄着のままお部屋から出ようとしたときは、必死でお止めして、ちょっと叱られた。でもこれ以上俺の出血量を増やさないでほしい・・・主に鼻血の。
そして・・・。
「お邪魔しま~すっ。コルンさぁん!」
俺はコルンさんの部屋に、お茶とお手製クッキーを持参して押しかけた。彼女も最近部屋に閉じこもり気味だった。もっともこの人の場合は、眼を離すとどんな悪だくみをしているか不安なので、偵察に、っていう部分もあったりする。
案の定、部屋の中はいろいろな書物や地図が散らばっていた。俺は、その中の一枚が妙に気になった。
「コルンさん?この地図って、今の・・・現状の族長連合じゃありませんよね?」
「わかる?・・・5年後の目標よ。」
気づかれて、うれしそうだな。お茶、おいしそうに飲んでくれてる・・・眼鏡、いいなあ。
「国の東側の新道が、南のカストレル港まで伸びて、エムズ川の西端の港町が回復して・・・すごく水運を中心に物流が回りそうな・・・。」
「そう。新経済圏構想。私の個人的なプランだけど、実現すれば、族長連合の国力は、30年前よりも上になるはず・・・パシリくん、一発で見抜いたあなたは、もう陣法師として私の弟子になる運命よ!」
いや、だから俺アサシンなんで、そういうのはちょっと。
「何?」
「いえいえ・・・でも・・・2つ、聞いていいですか?」
「もちろん。優秀な弟子の質問は大歓迎よ。」
弟子じゃねえって。
「これ、すごいと思いますけど・・・個人的プラン?じゃ、実現は難しいんじゃ?」
「・・・いきなり痛い所を突くわね・・・。」
まあ急所を突く仕事柄。言えないけど。
「そう。あくまで、勇者様の私的スタッフのプラン。でも、このまま勇者様が力を示してくだされば、ゴウンフォルド一族の中でも重く用いられるようになる・・・ま、ちょっと希望過多だけど。」
そう。勇者様、護姫様、戦姫様は、この国の中心であるゴウンフォルド一族の族姫だ。でも、勇者として多分に象徴的存在として扱われ、政治的には当然、軍事的にも実権はない。だからあのホルゴス戦役ですら、勇者様ご一行の独断専行での勝利であった。人類の未来ってヤツはきっと薄氷の上に書かれてる。残り少ない人類史はあと何ページやら。しかし、絶対巻き返して見せる。勇者様の望みで、コルンさんの挑戦でもある、全ての種族との和解を達成しないと・・・俺の過去は償っても償いきれない。
しかし、ホント、あの一族は、人を無理やり転生させておいて、どうせならちゃんと実権も与えりゃいいのに。・・・ついグチっちまった。
「んじゃ、もう一つ。北方の国土は、結局現状維持ですか?何か城の人たちはこのまま勢いに乗って旧都を回復してやる~とか言ってましたけど。」
今、俺たちがいる族長連合の国土は、30年前の亜人戦争後、その北西部を失ったままだ。面積で言えば全体の3分の1くらいだけど、主都もあって、かつては豊かな土地だった。
コルンさんは、半分食べかけのクッキーを俺の方に向けた。行儀悪いけど美人がやると
様になる。
「パシリくん・・・これ、元に戻せる?」
「え・・・食べちゃったものは・・・別のクッキーなら用意できますけど?」
「今、あの人たちが言ってる北方回復論・・・旧都を奪回して国土も権威も戻そうなんて、中身はそれとおんなじ。今は、30年前と違うクッキーが必要なのよ。」
「・・・それが、あの新経済構想ですか。じゃ、北方は放置?」
「ううん・・・それは、ちゃんと自分たちで見てから決めましょう?」
今思えば、俺達、勇者エンノの仲間たちが、旧都周辺の探索に出ることになったのは、これが事実上の始まりだったのだろう。